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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第二章 「その命を懸けて」
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第八話 「戦争はすでに始まっていた」

 里に入ったセンは、細心の注意を払いながら里と住民の様子を観察する。襲撃を警戒してのことであるが、ユヅルハの民の生活ぶりを把握するためでもあった。


「なるほどな」


 里の様子はセンの想像通りのものだった。住民たちが野良仕事をしている土地は田畑とも荒れ地ともつかない有様で、満足に農業が営まれていないことは明らかだった。一方で、作物が十分に育っている区画も見られた。おそらくシトリが豊作の儀式を行ったのだろう。しかしそれはごくわずかなもので、とてもではないが住民たちに十分な食糧を生み出せているとは思えなかった。彼らの身なりも悲惨だった。身に着けているのはぼろきれのような衣服で、手にしている農具はいつ壊れてもおかしくないくらい年季が入っている。家屋は朽ちかけており、素人が修理したと一目でわかる箇所がいくつもあった。

 この里が限界を迎えていることは、明らかだった。


「生きているのがやっとって感じだな」


「雨風をしのげる家と、田畑があるんだ。それだけで十分だ」


「まあ、俺がいた里と比べれば、まだましなほうだけどな」


「どんなところだったんだ?」


「何も食えない日が二日三日続くのが当たり前だった。飢え死にして道端に転がってるやつなんて珍しくもなかった。今はずいぶん豊かになってるらしいけどな」


「よかったじゃないか。どうやって豊かになったんだ」


「皇都の直隷地になったのさ」


 ツナは歩みを止めて、センのほうへ振り返る。


「里の連中は皇都の直隷地になるため、里の守り神を排除して皇神の分霊に忠誠を誓った。その結果、食糧も物資もたんまりと支援を受けられるようになった。連中は大喜びだ。今までの守り神のことなんかきれいさっぱり忘れて、皇都と皇神にひれ伏した。よくある話だ」


「だから、ユヅルハも皇都の直隷地になれって言うのか」


「その決断を遠からず迫られることになるだろう。誰の目にも明かなはずだ。このままだとユヅルハに未来はないってな」


「今までやって来た皇都の役人どもも同じようなことを言っていた。だからなんだ。どんなに貧しくても、おれたちユヅルハの民は誰の支配も受けない。何があっても守らなくちゃいけない使命のために」


「創世の神器を守ることか」


「そうだ。それがおれたちの使命であり、誇りなんだ」


「誇りでメシが食えれば苦労はしないさ」


「誇りを失くして食うメシは、うまいのかよ」


「お前の言う通りだ。だがうまいメシを食うためには、まず生きなくちゃいけない。そして生きるためには、まずいメシでも食わなくちゃいけないんだ。いつの日にか、またうまいメシを食うために」


 そうでも思わなければ生きてはいられないと、彼の目は語っていた。




 ツナは近くの民家を訪ね、住人の老婆にシトリが起きるまで休ませてほしいと頼んだ。猿のミイラのような姿の老婆は「おやおやまあまあ」と微笑みながら、彼らを快く迎え入れた。


「どうぞゆっくりしていってくだされ。なんなら泊まっていってもええですよぉ」


「ありがとう。でも大丈夫。もうすぐ目を覚ますだろうし、泊まるってなったらメシの用意も必要だろ。そこまで世話にはなれないよ」


「ええんですよぉ。食べものにはあてがありますから。ちょっと下ごしらえが必要ですけどねえ……」


 老婆は笑みを崩さず、センへ顔を向ける。


「お若いの。すまないが一緒にこちらへ来て下さらんか」


「ああ。だがその前に、あんたが背中に隠してる鉈の使い道を話してくれ」


 背を丸め、両手を後ろに組んでいる老婆の背中越しに見えたのは、それはそれは立派な鉈の切先だった。大の男でも両手でやっと持ち上げられるくらいの代物だ。

 センの見間違いでなければ、その得物を小汚い老婆が暗器を忍ばせるように隠し持っている。まあ、全然忍べていないのだが。

 老婆の体は小刻みに震え、顔には大粒の汗がいくつも浮かび、半ば閉じているまぶたの奥には尋常ではない輝きを秘めた眼光がぎらついている。


「…………おやおや、まあまあ」


 老婆は後ずさりするように部屋から出る。

 それからほどなく、どすん! という不吉な重低音が響き、家屋の壁が軋んだ。

 もし戦争が起これば、こいつらは手足をもがれても敵の喉笛を食いちぎるんだろうな。

 センはもはや恐怖さえ感じていた。


「なんでこいつらはこうも好戦的なんだよ」


「始祖の民にして、神器の守り手だからな」


「お前らは本気で皇都と戦争をするつもりなのか?」


「もうとっくに、皇都との戦争は始まっているさ」


「バカなことを言うな。まだ皇都もお前らも宣戦布告はしてないだろ。戦争にだって決まりはあるんだ」


 するとツナは「バカじゃねえの」と鼻で笑った。


「お前、天士のわりにずいぶんとお行儀のいい考え方をするんだな。今からお前の身ぐるみはぐぞって宣言して襲ってくる強盗なんかいないだろ。皇都はもうユヅルハへの攻撃を始めているんだ。シトリが神官に選ばれた頃から例の精霊が現れて、そのせいでユヅルハの交易はほとんどなくなった。ここに来る商人も旅人もすっかりいなくなった。おかげでおれたちの暮らしぶりはどんどん悪くなる。それを待っていたかのように、皇都は直隷地化の話を持ってきた。どう考えても、皇都の策略だ」


「なるほど、筋は通っている。だがそれは結果からの逆算だ。例の精霊の被害にあっているのは皇都からやって来た連中だけだろ。皇都が仕掛けた策略だとしたら、おかしいじゃないか」


「皇都のやつらは目的のためなら手段は選ばない。そんなこと皇国中の人間が知ってるさ。役人の一人や二人が死んだところで痛くもかゆくもない。むしろ、ユヅルハに侵攻する口実ができて好都合なんじゃないか?」


 皇都の支配層は大体がそういう思考なので、センは否定できなかった。


「なんにせよ、おれたちユヅルハの民が皇都に与することはない。絶対にな」




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