第二話 「わかちあう喜びを」
センは腕を組み、眉をひそめる。
「創世の神器って、世界を再生させたっていう、あの神器のことか? いや、ありえないだろ。もしそんなものが実在するんなら、皇都の大聖殿よりもでかい聖殿を建てて、何百人もの神官を配置して厳重に管理するはずだ」
「それくらい重要なものだから、どこにあるかわからないようにしているんだよ。もっとも、皇都の神官たちもわからなくなったらしいから、とりあえずユヅルハを丸ごと直隷地にしようって話になったらしいね」
「バカじゃねえの」
「世の中バカばっかりだよ。でもいいじゃない。そのバカのおかげで仕事があって、それが成功したら報酬がでるんだから」
「……そうだな。べつにこの島の連中に義理があるわけじゃないし、俺は俺の仕事をするだけだ。で、報酬をもらってうまいメシを腹いっぱいに食う。この島は食材の宝庫として有名だしな。海の幸であれ山の幸であれ、心も腹も満たしてくれるってもっぱらの評判だ」
「そうそう。ここには『ミタマグサ』っていうユヅルハでしか栽培されない特別な作物があるらしいよ。それがとても美味しいんだってさ」
「それは楽しみだ。ハチもよろこぶ」
「だね。それじゃ僕はそろそろ失礼するよ。この島の風はホウキボシにとってあまりよくないみたいだから。仕事が早く済んだら神都においでよ。せっかくの奉星の大祭なんだ。見物して損はないし、前夜祭には皇国中の美食がそろうはずだから」
「いや、遠慮しておく。ああいう下品な金儲けは好きじゃないんだ。せっかくのメシがまずくなる」
「下品でも必要なことなんだよ。我らが皇国を守るためにはね」
リクはホウキボシのそばに立ち、その顔に触れようと手を伸ばす。ホウキボシは身をかがめて頭を下げ、リクの手のひらに頭をこすりつけた。
「ずいぶんとご機嫌だな。やっとこの島から出られるって喜んでるぞ」
「この島をめぐる風は独特の霊気を含んでいるからね。上位精霊みたいに独自の霊気を持つ存在にとっては、息苦しいものなんだよ。たぶん、原始の霊気ってこんなかんじなんだろうね。あ、そうだ。この島の神官について言い忘れたことがあった」
「なんだ?」
「聞いた話だと、若い女性らしいよ」
「それはよかった。守り神ともども始末しようかと思ったが、その必要はないな。奴隷商人に売り飛ばせばそれなりの金になる。神都にはその手の業者も多いはずだ」
神の都を称しているわりに、神も仏もないくそったれな都のようである。
「お金に換えてどうするの?」
「うまいメシを食うに決まってるだろ」
「あはは。やっぱりね。センならそう言うと思ったよ」
そう思わないように改心させるのが友人の務めではなかろうか。
「話はちょっと変わるけどさ、身をかためるってことも考えたほうがいいんじゃないかな。僕たちはもう十八になるわけだし」
「ないな。嫁なんぞとった日には、俺が食えるメシが減っちまうだろ」
どこぞの昔話みたいなことを言うセンであった。
「たしかにね。誰かと一緒になったら食べものも分け合わなくちゃいけない。でも、食べものが減ってもそれを補ってあまりあるほどの幸せが得られることもあるんじゃないかな」
「……なんか、ずっと昔に同じようなことを言われた気がするな」
「シロに言われたんでしょ」
その名前を聞いた瞬間、センの目が鋭くなる。
「一応言っておくと、シロは今回の奉星の大祭で学府連合の代表団団長として出場するんだ。だから、いろんなことが無事にすんだら、三人で一緒に食事をしようよ」
センは口を閉じたまま、リクの顔をじっと見る。リクはそれを答えであると受け取り、手慣れた動作でホウキボシの背に乗った。ホウキボシは優雅に翼を広げ、地面を強く蹴って跳躍すると、羽ばたいて風を巻き起こし、瞬く間に空の彼方へ消え去った。
「誰かと一緒に、か。そんなもん、とっくに間に合ってるさ」
センは右手の甲に触れ、目を閉じる。その指先に微かな熱を感じた時、彼は「ハチ」と言って右手を正面に伸ばした。すると右手の甲に青い輝きを放つ聖紋が浮かび上がり、光はセンの目の前で人の形へと集束していった。
現れたのは、センよりも頭一つぶん背丈の低い子どもだった。
少年とも少女ともつかぬあどけない顔立ちをしているが、その瞳は神々しさを感じさせる金色に輝いている。髪は透き通るような白さで、日の光を受けて静かな輝きを帯びていた。身にまとっているのは白一色の神官装束で、両手首と両足首には鉄枷が、首には鉄の首輪はめられている。頭からは左右に一本ずつ水牛のような角が生えていた。天に向かって美しい曲線を描きながら伸びているが、そのうちの一本は中ほどで折れており、痛々しさを感じさせる。
「ハチ。気分はどうだ」
うーん、とハチは腕を組み、首をかしげる。
「ぼちぼちってとこやなあ。さっきまでホウキボシさんがそばにおったから、まだちょっとウチの調子はもどりそうにないわ」
「少しここで休むか」
「いや、大丈夫やろ。ここの風はウチによう合うみたいやし、霊気も充実しとる」
ただなあ、とハチは目を閉じて深呼吸をする。
「なんとなくやけど、やばいもんがどっかそのへんにおる気がするわ」
「皇都の天士や神官が歯が立たなかったっていう、異形の精霊か」
「かもしれんな」
「来て早々、めんどくさいことにならなきゃいいけどな」
「ほんまになあ。でも、めんどくさいことせんとウチらの商売あがったりやで」
「まったく、働かなくても腹いっぱい食える生活がしたいもんだ」
「ええやないの。苦労するからこそ、ごはんは美味しくなるんやで」
「わかったようなこと言うなよ。そうだ、リクから聞いた話だとこの島の神官は若い女らしいぞ。それなりにうまいメシでも振る舞ってくれればいいんだけどな」
「おお、ええやないの。なんやったらセンの嫁さん候補にしたらええやん」
「お前ならそう言うと思ったよ」
「ん?」
「なんでもない。さて、そろそろ行くか」
「そうや。社てどこにあるん? それらしい気配は感じられんけど」
「あのへんらしいな」
センははるか遠くの山の上を指さす。
「えっと、まさかとは思うけど、あの山のてっぺんにあるんか?」
「たぶんな。ぐずぐずしてると日が暮れちまうぞ」
「なあ、セン。なんで今ウチを顕現したん? 社に着いてからでよかったやんか。なんで?」
「一人であそこまで行くのは退屈だし、俺だけが苦労するってのもおもしろくないからな。それに昔っから言うだろ。旅は道連れ世は情けって」
「情け容赦もないアホが何を言うとんねん! あんなとこまで歩け言うんか!」
「お前もさっき言ってただろ。苦労するからこそメシは美味くなるって」
「言うたけど、言うたけどぉ……」
「それともう一つ理由がある」
センは周囲を警戒するように目線をめぐらせる。
「いつでも戦えるようにしとかないとな」
「あー、たしかに。さっきよりも近い感じがするわ」
「とにかく今は、進むしかないさ」




