第四話 「紅い瞳に宿るもの」
朝食を済ませた後、シトリはツナと交信するため社の御柱へ向かった。
シトリは御柱の前に立つと、そっと両手を当て、ゆっくりと額をくっつけて目を閉じた。ほどなくしてどこからともなく穏やかな風が吹き、御柱は淡く輝き始めた。
その様子を見ていたセンは、なるほどとうなずく。
「島をめぐる風を利用して交信しているのか」
「皇都の連中も似たようなもんつくろうとしとるらしいで」
「どうも嫌な感じがするな」
交信は終わったらしく、シトリは御柱から離れる。
「お待たせしました。ツナは里の広場で待っているとのことです」
「さっきのは交信の術式か? 初めて見る類のものだな」
「そうですね。この御柱、私たちは御風柱と呼んでいますが、これを使っての交信はユヅルハだけのものなのです」
「御風柱ってのは、ユヅルハのいろんなところにあるのか?」
「はい。各地の里や社はもちろん、山や洞窟なんかにもあります。全部でどれだけあるかはわかりませんが、けっこうな数はあると思いますよ」
「それは俺も使うことができるのか?」
「申し訳ありません。御風柱が使えるのはユヅルハの民だけなんです。ユヅルハの民は生まれてすぐに御風の儀式を受けてこの術式を使えるようになりますが、これはユヅルハの民以外に使わせてはいけないと掟で決まっているのです」
「ということは、ユヅルハの民は全員これが使えるのか。便利なもんだな」
センは御風柱を見て、ため息をつく。
「さて、そろそろ行くか」
「では私は準備をしてきますので、御二方は鳥居のほうでお待ちください」
社へ歩いていくシトリを見送りながらセンは言う。
「戦になると厄介だな。連中には地の利がある上に、独自に使える通信網まであるときた。制圧はかなり困難だろうな」
「そないなことにならんよう、なんとかせなあかんなあ」
「まったくだ」
センとハチが鳥居に到着してからほどなくして、シトリがコロンと共にやってきた。彼女は昨日と同じく神官装束をまとい、手には顕現した祭器の槍を持っている。
「例の精霊と戦うわけじゃないんだ。槍はまだ必要ないだろ」
「いえ。用心するにこしたことはありませんよ。あの精霊がいつどこで現れるかわかりませんし、ユヅルハの外から来られた人の前にはよく現れますから」
そう言っている間にも、コロンはてくてくと歩いている。
「コロン様が早くとおっしゃってます。急ぎましょうか」
一行はコロンを先頭に進む。コロンは目指すべき場所を知っているかのように迷いのない足取りで進んでいた。どこに霊災が封じられているかがわかっているのだろう。センはその様子を見て、やはりこいつはユヅルハの守り神なんだなと思った。
鳥居を出たところで、センはシトリに尋ねる。
「少し聞きたいことがある。ユヅルハに創世の神器があるっていう話は本当なのか?」
「はい。両親から聞いたことがあります」
「その神器にどんな力があるのかは知っているか?」
「詳しくはわかりませんが、心に深く結びつく力だと教わりました」
「なるほど。それで、神器は今、どこにあるんだ」
「ユヅルハのどこかにある、ということは確かですけど、詳しい場所まではわかりません」
「神官でも所在はわからない、か……」
「だからこそ、私の一族はユヅルハを守っているのです。創世の神器を守り続けることが、私の一族の務めですから。ユヅルハは創世の神器を奉じる神聖な場所で、ユヅルハの民はその守り手です。神官の一族はその要であり、これはとても栄誉のあることなのです」
「それはまたご立派だな。でも、一体何から神器を守ってるんだ?」
センに尋ねられ、シトリは立ち止まって振り返る。
「皇都です」
うす暗い山道の中でも、シトリの紅い瞳はセンの目にはっきりと見えた。
「創世の神器を皇都の手に渡してはならない。これが、私の一族に受け継がれている使命なのです」
「なぜだ。創世の神器はもともと皇神のもので、皇都はその皇神を祀っているんだぞ」
「皇都、そして皇神が道を誤った時、ユヅルハの民は始祖の民として、彼らの道を正さなければなりません。そのために創世の神器は必要なんですよ」
「皇都が道を誤る、か」
そんなもんとうの昔に誤ってるぞ、と言いたいところをセンはこらえる。
「時と場合によっては、創世の神器を使って皇都と戦うってことか?」
「皇都が皇国にあだなすものとなれば、私たちは皇都と戦うことも覚悟しています。創世の神器を守るということは、皇国とそこで生きる人々を守ることでもあります。それこそがユヅルハの民の本当の使命であり、誇りなのですから」




