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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第二章 「その命を懸けて」
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第二話 「表裏一体の理」

 センが祭壇に到着した時、東の山の稜線から日の光がうっすらと見えはじめた。人の姿はまったくなく、祭壇に安置されている器の内側では、灯火が静かに燃えている。慰霊碑は遥かな天空に挑むようにそびえ立ち、その両隣にある御柱は淡く輝いていた。

 春の終わりに吹く風は、どこか寂しげだった。

 風は豊かな緑の香りを運んでくれるが、そこには季節の変化を感じさせる兆しがあった。


 センは慰霊碑の前に立ち、その頂を見上げる。


 旧世紀に起こった世界戦争にまつわる慰霊碑は皇国の各地に存在するし、旅先で見かけることも珍しくはない。しかし、これほどまでに巨大な慰霊碑を彼は見たことがなかった。やはりユヅルハは特別な場所なのだろう。老婆の話が真実なら、世界を崩壊の危機から救った創世の神器を奉じるこの場所は、英霊たちにとっても神聖な場所なのかもしれない。


 ここに眠る英霊たちは、世界を守るために戦い、散っていった。

 だからこそ、彼らが命を賭して守ろうとした世界を再生させた創世の神器は、まさに神の器といえるのだろう。


 そんな考えが、センの頭にとりとめもなく浮かんでくる。

 ユヅルハを巡る風が、誰にも届かない声を、彼の心に届けているかのように。


「あんたたちのことは顔も名前も知らない。でもさ、俺はあんたたちがうらやましい。守りたいものがあって、それを守るために戦えたんだから」


 そこにいるであろう誰かに向かってセンは語りかける。もちろん、誰も何も答えない。

 石は沈黙し、灯火はゆらめき、風は巡る。


 朝日が昇る。


 東の空に『彼の国』の存在を思わせる光が現れる。


 そして堂々と、太陽がその姿を見せた。


 未だかつて何者にもその到来を阻止されず、また、何者も繋ぎとめることができなかった、絶対的な理の象徴が、皇国に、世界に、朝をもたらしている。

 沈黙を守り続ける慰霊碑は、冷たい影を落とした。

 センは慰霊碑に背を向け、祭壇から去った。




 社に帰った時、センは心安らぐ食事の匂いを感じた。炊きあがった白米とみそ汁の、実に食欲をそそるにおいだ。土間をのぞくと、簡素な普段着を身に着けたシトリが食事の用意をしていた。


「あ、セン様。おはようございます」


 先ほどの寝ぼけっぷりはどこへやら、明るくはきはきとした口調でシトリは言った。


「びっくりしましたよ。朝起きたらお部屋にいらっしゃらなかったんですから。ハチ様にお聞きしたら食事のにおいに誘われてすぐ返ってくるとのことでしたけど、本当でしたね」


 シトリは小さく笑う。


「お前、今朝のこと覚えてないのか?」


「え?」


「いや、ならいい。それより昨夜のことだ。いいか、ああいうことは二度とするな」


「昨夜……あ、あの、ご満足いただけませんでしたか?」


「誰に何をどう吹き込まれたか知らないが、はっきり言って不愉快だ。いいか、お前みたいな年の娘が夜の世話をするなんて言葉を」


「セン?」


 ハチの声が聞こえ、センはそちらへ振り向く。

 そこには少しやつれた顔のハチがいた。


「なんや、その、夜の世話て……え? まさか、あんた、まさか」


「待て、落ち着け。妙な誤解をするな」


「ハチ様、セン様は何も悪くありません。ご満足いただけなかった私が悪いのです」


「おいやめろ。妙な言い方をするな」


「ですが昨夜のことでご満足いただけなかったのは本当ですよね?」


「それはそうだが、いや、そういうことじゃなくて」


「セン」


 ハチはセンの肩に触れる。その瞬間、センの背筋を冷たいものが走った。


「シトリちゃん、ちょっとセンと向こうで話してくるわ」


 そう言ってハチはセンを客間へ連れていく。

 そして間もなく、空気が破裂するような乾いた音が響いた。


「え? え? どうしたんですか?」


 シトリが客間に入ると、そこには向かい合って正座をしているセンとハチの姿があった。話をするにしては、不自然に距離が近い。


「あはは。大丈夫大丈夫。ちょっと悪い虫がおっただけやから」


 ハチは笑顔で言う。一方でセンは頬に手を当て、小さくつぶやいた。


「理不尽だ……」


「なんて?」


「なんでもない。それより、メシはもうできたのか?」


「あ、はい。もうすぐです」


 シトリが土間へ戻った後、センはため息をついた。大体の場合において、ハチに嘘や隠し事は通用しない。場合によってはセン自身も気づかなかったことにハチが気づいていることもある。今回は、後者のほうだったというわけだ。




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