第九話 「その心に下される審判は」
シトリに案内され、センとハチは居住用の家屋に入り居間へ通された。居間には膳が一つと座布団が二枚置いてあり、膳には夕食が用意されていた。
ユヅルハの海域でしか獲れない月光魚の刺盛りとあら汁、ユヅルハ原産の山菜である四季八菜の天ぷらと黄金芋の煮物、皇国でも名の知れた高級乳牛である花王種の乳でつくった茶碗蒸し、そして見事に粒だった艶やかな白米。センは歓喜の声を上げるかわりに、盛大な腹の音を立てた。
「どうぞ、天士様」
シトリは膳の方へセンを招く。
「これだよ、これ。ここまで来たかいがあったってもんだ」
センは腰を下ろし、箸に手を伸ばす。が、途中で手を止めた。
「そうだ。ハチのぶんはあるのか?」
「もちろん精霊様のぶんもご用意しています。少々お待ちください」
シトリは土間の奥へ向かう。ハチはセンの隣に座り、期待感に目を輝かせた。
しばらくして、シトリは大きな台座を抱えて戻ってきた。
「お待たせいたしました」
シトリはハチの前に台座を置く。それを見て、ハチは目を丸くした。
そこにあるのは、採れたて新鮮の海の幸山の幸盛り合わせだった。調理は一切されておらず、丸ごと食材のままである。そして、どの食材にも紅と白の紙で飾りつけが施されていた。
「えっと……シトリちゃん? これは?」
「お見受けしたところ、精霊様からは神霊と同じくらいの力を感じました。ですので、それにふさわしいかたちでこれらの食材をお供えいたしました」
「ああ。そういうこと。てっきり、新手の迫害かと」
「迫害だなんて、とんでもありません。あ、そうだ。少しお待ちください」
シトリは台座の前で正座し、目を閉じて、祈りの言葉を述べた。
「……これで大丈夫です。それでは精霊様。どうぞお召し上がりください」
「ありがたくいただきますわ。それとシトリちゃん。ウチのことは精霊様やのうてハチって呼んでくれてええよ。そっちのほうが呼ばれ慣れとうから」
「わかりました。では、ハチ様とお呼びいたします」
「ついでにセンのことも名前で呼んでええからね」
「おいこら、何を勝手に」
「では同じくセン様とお呼びいたしますね」
そう言ってシトリはセンに笑顔を向ける。
「……勝手にしろ」
センは箸を持ち、食事に取りかかる。用意された料理はどれも期待以上に美味かった。食材がいいだけではない。食材の味をしっかり活かせる調理ができている。センは今まで皇国各地の食を楽しんできたが、その中でも五指に入るほどの完成度だった。
「いかがですか?」
「見事なもんだ。お前、神官の真似事なんかやめて、料理人になれよ」
「そうですね。私に子どもができて、その子が神官の後継者になれば、お店でも開こうかと思います」
そう話すシトリの顔には、純粋な笑みが浮かんでいた。
夜が深まり、天空の星々が旋律を奏でるようにその輝きを増した頃、センとハチは食事を終えた。
「さすがユヅルハだ。食材の宝庫と称されるだけのことはある」
「ありがとうございます。でもユヅルハの食材には、もっと美味しいものがあるんですよ」
「もしかして、ミタマグサってやつか?」
「その通りです。ぜひ御二方にも食べていただきたくて、ミタマグサもご用意しました。すぐお持ちしますので、少々お待ちくださいね」
シトリは膳を下げて土間へ向かう。
「ミタマグサって、たしかリクさんが言うとったやつやろ? どんなんかなあ」
「さっきまで食ってた料理より美味いかもしれないな」
「美味すぎて悲鳴がでたりなあ」
かもな、とセンは笑う。やがて、シトリが大皿を乗せた膳を持って戻ってきた。
「お待たせしました。ユヅルハ名物、ミタマグサの丸ごと蒸し焼きです」
シトリはセンとハチの前に膳を置く。彼らが大皿に盛られたそれを目にした、その瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
絶叫が響いた。
大皿に盛られたもの。それは握りこぶしほどの大きさの、生首だった。
表面は植物の球根のような薄茶色で、皮をむいた果実のように瑞々しさを感じさせる。が、そこには人間の目と鼻と口に見える部位がついていた。しかも、断末魔を叫ぶ悪鬼のごとき壮絶な表情を浮かべている。眼球には血管のような筋が浮かび、激痛を訴えるように歯を食いしばっていて、膨らんだ鼻の穴はぴくっぴくっとひくついていた。もし人間が蒸し殺されたら、きっとこんな有様の顔面になるのだろう。
「お、お、お前……これ。これ、は」
センは腰を抜かし、声を震わせる。
「もしかしてご存知ではありませんか? ミタマグサは特殊な霊力を宿していまして、見る人によって見え方や聞こえ方がちがってくるんですよ」
「聞こえ方ってなんだ、恐ろしいことを言うな。いや、そもそも食えるかこんなもん。むしろなんで食おうと思ったんだ、ここの連中は」
「あはは、おおげさですよ。私にはとても可愛く見えますし、セン様もひと口食べたらきっとちがうものに見えると思いますよ」
「毒による幻覚だろうが。冗談じゃない、こんなもの食え」
――食えよぉぉ……
声が聞こえた。いや、正しくはセンの頭に直接声が響いた。
それは地の底から湧き上がるような、異様な重力を感じさせる声だった。
「…………え?」
センは大皿に盛られているミタマグサを見た。
大皿に盛られているミタマグサもセンを見ていた。
彼らの視線が重なる。互いが互いの存在を認識したことが示された、その時だ。
――食えよぉぉ……食えよぉぉぉ……う、ううっ、食せよぉぉぉ……。
「は、はは。な、そ、な」
「ほらほら御二方。ミタマグサが早く食べてってねだってますよ」
「だから食えるか! こんなもん食ったらこっちの臓物が食いちぎられるわ! そもそもなんで食材がしゃべってんだ!」
「もう、大丈夫って言ってますのに。ほら」
シトリはミタマグサを手に取り、半分ほどかじった。
――ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
食われたミタマグサが絶叫した。
しかしシトリは気にする素振りを見せず、幸せそうに笑みを浮かべる。
「んー、おいしいですねえ。甘みがあって柔らかくて。それにほら、食べてもらってとても喜んでますよ。聞こえるでしょ?」
歓喜の叫びを響かせるミタマグサと、それを美味しそうに頬張るシトリ。
何もかもがセンの理解を越えていた。
――がっはっはっはっはぁっ!
突然、シトリに食われているミタマグサが笑い出した。
――そうだ。食らえ! 我を食せぇい! そして我を、汝の血肉と化すのだっ!
食われることをここまでご立派に喜べるとは、一体どういう神経をしているのか。
それはさておき、他のミタマグサたちも呼応するように次々と声を上げる。
――次は我だっ! 我を食せぇ!
――食らえ、食せ! もっと、もっとだ!
――何を呆けておる! 貴様らも食え! その娘に遅れをとるな!
とうとう話しかけてきた。
これが決め手となったらしく、ハチはふらりと倒れてしまった。
「ハチ! おい、しっかりしろ、ハチ!」
「……セン。ごめん、な。ウチ、ここまでみたいや」
「バカ野郎! なに言ってんだ。お前がここで倒れたら、俺が一人であの山盛りのバケモノどもを食う羽目になるんだぞ。わかってんのか、おい!」
ハチは最後の力を振り絞って微笑んで見せると、そのまま静かに目を閉じた。
「ハチぃぃぃぃぃっ! 逃げてんじゃねえぞこの野郎おおおおおおおおおっ!」
センはハチを抱きかかえ、わけもわからずただ叫ぶ。なかなか劇的な叫び方だったが、シトリはまるで気に留めず、センに言った。
「セン様も早く食べないと冷めちゃいますよ」
ほら、とシトリはミタマグサを手に取って、センに近づける。すると、表面がぽろりとくずれて床の上に落ちた。センの目は、そのかけらに向いてしまった。
こぼれ落ちたミタマグサのかけら。センにはそれが、えぐられた眼球に見えた。
――食えよぉぉ……
目線が重なった瞬間、それは確かにそう語りかけた。
一本、また一本とセンの正気の糸が切れていく。
だが、最後の一本まで切れることはなかった。
彼とて天士を生業とする者だ。伊達に多くの死線をくぐってきたわけではない。




