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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
序章 「神の器が眠る島」
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第一話 「水平線を見る間もなく」

 春もなかばにさしかかった、おだやかな昼下がりのこと。

 伝説において世界再生のはじまりとなった島『ユヅルハ』に、巨大な鳥が飛来した。

 牛を丸飲みできそうな巨体を誇るその鳥は、風をまといながら優雅に翼を広げ、島の外れの海辺に舞い降りる。その姿もまた特異なもので、翼には皇国の統治下にある全ての封国の国章が模様のように浮かび、頭上には旧世紀における古代の神官を思わせる豪華な冠を被っていた。

 鳥は上品な声でかしこまるように鳴き、翼をたたんで身をかがめる。

 その背には、二人の少年が乗っていた。

 簡素な装束を身に着けた体格のいい少年と、仕立てのいい純白の神官装束をまとっている小柄な少年だ。体格のいい少年はすぐさま鳥の背中から飛び降りて、海へ向かって突っ走った。嘔吐の波が喉元まで押し寄せていたからだ。

 膝頭が海に浸かるところまで走ると、少年は腹の中のものをぶちまけた。


「はあ、はあ……ちくしょう。空を飛ぶってのは、何度やっても、慣れないな」


 落ち着いたところで少年は口元を海水で洗う。神官装束をまとった少年は、よっこらせと鳥の背中から降り、のんびりした口調で声をかけた。


「セーン、だいじょーぶー?」


 センは右手を天に向けて突き上げる。


「そっかー。ならよかったー」


「全然、よくねえよ。昼に食ったもん、全部吐いちまった。せっかく神都でたらふく食ってきたのに……空を飛ぶはめになるんだったら、最初から何も食わなかったってのにな」


「仕方ないよ。襲撃事件のせいで船が出せなくなっちゃったんだから。ほんと、太陽の使徒にも困ったもんだね。連中は加減ってものを知らなすぎるよ」


「まったくだ。しかしリク、助かったぞ。ユヅルハに来れなかったら仕事にならないからな」


「気にしないで。そもそも皇都からの依頼なんだから。僕が協力するのは当然のことだよ」


「そっちの仕事は大丈夫なのか? たしか、開催まであと一週間くらいないんだろ?」


「大丈夫だよ。奉星の大祭の準備はほとんど終わっているから。それに、執行者である僕が忙しくなるのは、封印の儀式の本番からだしね」


「さすが神童。立派な大役だ。皇神神官団神官長の座も夢じゃないな」


 いやいや、とリクは謙遜するも、その顔はどこか得意げだった。


「しかし……なんでまたこんな端っこに降りてきたんだ? ユヅルハの社はここから遠くにある山の上なんだろ?」


「身を守るためだよ。僕たちが着地したところを狙って、ユヅルハの民たちが襲いかかってくる危険があるからね」


「おいおい待て待て。どういうことだ。俺たちはまだ何もしてないだろ」


「伝説においてユヅルハは世界再生の起点、つまり我らが皇国の起源といえる場所だからね。ユヅルハの民は自分たちが皇国の始祖たる民だと信じているのさ。だから彼らにとって皇都の人間は、たまたま政治の中心にいるだけのいけすかない成り上がり者でしかないんだよ」


「めんどくせえ連中だな」


「そしてセンも知っての通り、皇都の民は自分たち以外の皇国の民を田舎者の野蛮人だと腹の底から見下している。もちろん、ユヅルハの民のことも。皇都の人間とユヅルハの民が出会えば、血が流れてもおかしくはない。だから彼らを刺激しないよう、わざわざこんな人気のないところで降りたんだ。僕の姿を見たら、言葉を覚えたての子どもでも皇都の人間だってわかるからね」


 リクが身にまとっている純白の神官装束は、皇都の神官のみが着用をゆるされている特別なものである。その背には皇国の象徴である『皇花』の紋様が施され、装束のいたる所に水色と銀色の糸で編み込まれた神聖文字が見えた。


 無垢なる魂を表す白、満ち溢れる命を表す水色、英知を表す銀色。


 これらはいずれも皇都の神官の権威と権力を示すものであり、皇国の民なら誰もが知らなければならないことである。


「そこまで皇都の人間を嫌ってるんだったら、例の事件も連中の仕業なんじゃないか?」


「それはないよ。被害にあった役人と護衛の御神兵が証言しているから。自分たちを襲ったのは、今まで見たことのない姿をした『異形の精霊』だって」


「そいつを相手に御神兵の天士はまるで歯が立たなかったんだろ。でも、ユヅルハの神官はすぐに浄化できたそうじゃないか。自作自演だったとしてもおかしくはないさ」


「だとしても、警戒すべき事態であることにかわりはないよ。御神兵が太刀打ちできない精霊を、ユヅルハの神官が生み出している可能性がある。そうでないとしても、ユヅルハの神官について情報を得なくちゃいけない。なにしろその神官は、皇都から神官の承認を受けていない非公認の神官だから。皇国の脅威になる可能性だって十分にある」


「なるほど。だから俺に依頼が来たんだな」


「あくまでも『聖火』は最後の手段だよ。皇都だってことを荒立てる気はないだろうから」


「うそつけ。皇都は最初からユヅルハの神官と守り神を排除するつもりなんだろ。皇都がここを直隷地にしようと動いてるってうわさは、旅先でけっこう耳にするぜ」


 センの声に、憎しみがこもる。


「連中の手口はわかってる。もっともらしい理由をつけて神官と守り神を排除して、その後に皇都の神官と皇神の分霊を配置して直隷地にする。いつもの手口だ。なあ、リク。どうして皇都はユヅルハにこだわるんだ?」


 リクは観念したようにため息をついた。


「皇都がこだわっているのはユヅルハじゃないんだ。この島のどこかにあると言われている、創世の神器のほうなんだよ」




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