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優勢の時代

 女性専用階の休憩スペースで、ユウキはリクライニングチェアに身を沈めていた。空調はほどよく効いていて、天井のライトもまぶしすぎない。


 仮名乞児は風呂に入ってくると言った。そのあとでフードゾーンの居酒屋「大阪や」で落ち合おうということになっている。


 ユウキは考える。


 (どうして、あのお金持ちたちじゃなくて、あの人を選んだんだろう……)


 スマホを取り出し、「新田エイジ」を検索する。すぐに出てきた。最新記事の見出しには、《新田エイジ、マクラーレン購入! 3億8000万円のスーパーカーを即金で》とある。写真の彼は、光沢のあるスーツに身を包み、車のボンネットに腕を置いていた。


 (やっぱり……普通の人とは、なんか違うんだよな)


 画面を見つめていると、スマホが震えた。

 仮名乞児からのメッセージだ。

 《大阪やの前で待ってる》

 

 (……これ、……パパ活じゃないよね?)


 警戒しながらも、ユウキは「大阪や」へと向かった。


 店の前に、水色の館内着を着た男が立っていた。ヒゲは剃られ、髪も濡れたまま少し整っている。思ったよりも……イケメンだった。でも、年齢はユウキよりふたまわりは上に見える。


「え、もしかして、仮名乞児さんですか?」


「そうだ」


 ぎこちない会話のあと、ふたりは個室に通された。


「よく、俺の方を選んだな。何でだ?」

 男が静かに訊ねてくる。


「え……なぜでしょう……」


 沈黙が流れた。


 店員が水を持って注文を聞きに来ると、仮名乞児は言った。


「好きなものを頼むといい。俺が払う」


 そして、自分はビールと、串カツ数本、だし巻き、たまねぎ丸ごと焼きを頼んだ。ユウキは自分で支払うつもりで、梅干しのお茶漬けと豆腐サラダを頼んだ。


 ユウキは言った。


「どうしてあなたを選んだのか、それは何となく、です。本当なら、あのお金持ちそうな、地位のある人たちを選ぶのが確率的に正しいんでしょうけど、色んな方たちの話を聞いたり、このバジュラを握ったら、実は正解は別のところにあるんじゃないかって、そう思ったんです」


 仮名乞児は顎を触りながら頷いた。


「正解の扉だ。もし、あいつらについていってたら、君は大変なことになっていた」


「え? 大変なことって?」


「大変なことさ。あいつらは悪魔側の人間なんだからな」


 榊間はビールを一口飲む。


「……今度は私から質問です。仮名乞児さん、っていうのは本名なんですか?」


「名前のあとは「何をしてる人なのか」、って質問が控えてるのかな?」


「……」


 ユウキはほっぺたを片方だけふくらませて、無言の抗議を示す。


「俺の名は榊間光佑さかきま・こうすけ。大学生だ」


「え?」


「知らないのか? 大学生ってのは金さえ払えば何歳でもなれるんだ」


「知ってます! ……どうして私を追ってきてるんですか? あなたストーカーですか?」


「守護者だ」


「……また、わけわからないこと言う」


 ユウキは呆れたように口を尖らせる。


「さっきも、危なかった」


「どう危ないんですか?」


「男が若くて器量の良い女を騙す目的はひとつだろう」


「……」


「女ってのは男に人生を狂わされる生き物だ。そうだな。早ければ高校の新学期、5月頃だ。そこでまず“第一弾”の女の人生が終わる」


「ちょっと待ってください、ひとまとめにしないでください。私は別に男の人のせいでどうにかなるとか、思ってませんから」


「……これは、パターンだ。生まれたときから決まってる。その仕組みに気付いた人間たちが、マニュアルを作り、大衆を動かしている」


「それって……陰謀論ですか?」


  榊間はフッと笑い、静かに告げた。


「真実は、疑われるようにできている。……俺は陰謀論者だ。だが、ただの陰謀論者じゃない。無数の嘘の中から“当たり”を見抜く――そういう種類の陰謀論者だよ」


 その言葉に、ユウキははっとした。

 森口先生の言葉が、脳裏をよぎる。


 (僕の知ってる“本当に賢い人たち”は、いつも“正解側”にいる。知識の量じゃない。判断の精度が、とにかく高いんだ)


「……大学生ってことは、森口先生や前谷先生のこと、ご存知なんですか?」


「もちろんだ。前谷先生は俺の師匠だよ。あの人は“本物”の知性を持っている。でもな、そういう人間ほど報われないんだよ。今は“悪魔優勢の時代”だからな。善人は報われず、賢者は日陰者になり、権力者の傀儡(パペット)が発言力を持つ。……まぁ、こんな話、中学生の君に言っても、十に一つ伝わるかどうかだけどな」


 ユウキはムッとした。


 (……は? なんかこの人、ムカつく! 自分が一番正しいと思ってて、他人はみんな愚か者扱い……いるよね、こういうタイプ!)


 そんな内心の反発も読んでいるかのように、榊間はふと柔らかい口調になった。


「でも、君は選ばれたんだろ?」


「え……?」


「黒き羽根を持つ時告げの童女――ナンコ」


 その言葉に、ユウキは軽く息を呑んだ。


「あの子の言葉は、偽りじゃない。君は“終わりかけたこの世界”を見た。そして、選ばれた。……俺も同じだ。導かれて、仲間を探して、そして君に出会った」


 ユウキは、しばらく黙っていた。そして、小さく言った。


「……選ばれたって、簡単に言うけど。わたし、何か特別な人間じゃないです。むしろ、どうしてってずっと考えてる……。でも、あの子と出会ってから、なんとなく、もう戻れないって、思ってるんです」


 榊間はそれ以上、何も言わなかった。

 言葉よりも、静寂の方が多くを語る時間だった。


 やがて、会計の時間になる。


 ユウキは鞄から財布を出し、用意していた代金を差し出した。


「わたし、自分の分は払います」


 榊間はその申し出を断らなかった。代わりに微笑んでこう言った。


「いつか、君が自然に俺に奢られてくれる関係になれれば、それでいい」


「……え?」


 その言葉の真意を探りかけたとき、彼の財布の端に、小さな金属の飾りがぶら下がっているのに気づいた。


 ――バジュラ。


 ユウキは思わず笑みがこぼれた。

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