夢境の門
夏休み、最初の夜。
ユウキは、不思議な夢を見た。
――アイスグリーンの鉄骨が空中に軌跡を描いていた。
それは建物の上層から張り出すようにして、くるりと宙に弧を描いたレール。
波のような滑らかさを持って曲線を走らせている。
その建物は遊園地のようだが、入口には「閉店セール開催中」の垂れ幕がぶら下がり、外壁には百貨店のようなショーウィンドウが並んでいた。
入り口には登りと下りの途方もなく長いエスカレーターが並んでいた。
だが下り側のそれは停止しており、階段状に固まったまま。赤と白のテープで「立入禁止」と書かれている。
その両脇には警備員がいた。
左側に、くいだおれ人形。
右側に、カーネル・サンダース。
彼らは人形のようでもあり、人形を装った人間のようでもあった。
ユウキが近づくと2体の“警備員”は思ったより野太い声を揃えて言った。
「イラッシャイマセ」
次いで妙な太鼓や笛の囃子が響いた。からくり人形のような動きで首や手足を動かす。
ぞっとした。
けれど、ユウキは登りのエスカレーターにそっと足をかけた。
機械の唸りと共にゆっくりと昇っていく。
どこまで続くのか分からない、異様に長いエスカレーター。
見下ろすと、さっきまで無害だったはずの地面が、いつのまにかゾンビの群れで覆われていた。
カーネル・サンダースの人形は倒され、くいだおれ人形は手足を食いちぎられている。
そしてその群れは――エスカレーターを登ってきていた。
「うそ……」
ユウキは思わず駆け足でエスカレーターを駆け上がった。
息を切らしてやっとたどり着いた先は、工事中だった。
囲うように建てられた鉄骨の足場、剥き出しの地面、ブルーシート。無人の重機が放置されている。
よく見ると地面にはところどころ白い人骨が覗いていた。
「ここから逃げなきゃ……」
振り返るとゾンビたちは停止していた下りエスカレーターを登ってきている。
周囲を見渡すと赤十字の入ったドアが見えた――教会だ。
そこに逃げれば、きっと何とかなる。
けれど、足が重い。なぜか水中のようにうまく進めない。
(夢だ……これは夢だ)
気づいた。
だが気づいても、怖さは現実のままだった。
ゾンビに捕まって食べられちゃうのは嫌だ!
ようやくたどり着いたドアは、壁に描かれた絵だった。
後ろにはユウキ一人に狙いを定めたゾンビたち。
「――!」
そのときだった。
一台のバスがゾンビの群れを弾き飛ばして突っ込んできた。
ユウキの前に壁のように立ちふさがり、自動扉が開く。
「早く乗れ!」
運転席から男が叫んだ。
ユウキは反射的にバスに飛び乗った。
出入口すぐの一人席に倒れ込むように座る。
「バーを握れ!」
その声に顔を上げると、目の前の座席には遊園地のジェットコースターにあるような安全バーが付いていた。
ユウキは両手で必死にそれにしがみついた。
次の瞬間、バスはエスカレーターへと猛進した。
そしてそのままジャンプ!
浮遊感。そして、落下。
――ユウキは目を覚ました。
「……っ」
息が詰まっていた。
夢だったのだと気づいた瞬間、手のひらにはまだ、バーの感触が残っていた。
――あの遊園地。
あれは、「フェスティバルゲート」だ。
大阪・新世界のすぐ近くにあった複合型の娯楽施設。
1997年にオープンし、2007年に閉鎖された――いまでは廃墟のまま置き去りにされている虚構のランドマーク。
子供のころ、何度かその異様な外観を見たことがある。
ユウキは、夢の中のゾンビのことを思い出す。
自分を取り囲み、這い上がってきた恐怖の群れ。
そして――自分を助けてくれたバスの運転手。
もうひとつの夢が蘇る。
バイクに乗った男性が、自分を救いに来てくれた。
名前も知らない。本当に存在するのかもわからない救世主。
――助けてくれる人がいる。
きっとどこかで、自分を待ってくれているような気がする。
仮名乞児の言葉を思い出す。
――「仲間を集めろ。そして、楽土を創れ」
ユウキは思った。
「大阪に行けば出逢えるのかな……」
もう、心は決まっていた。