終着
「なんか・・・変な感じ」
「ファイン?」
肌を撫でる嫌悪感。瘴気ではない、魔力だ。
ドロッとした、殺意や敵意が入り混じった不快感を嫌でも感じる。
「凄い、魔力の流れを感じる。土偶だろうか」
「俺にはさっぱりだ。それよりも、アル。ファインが」
「・・・よし、今回はここまでにしよう。何も
完全踏破する必要もない。初めての迷宮探索でここまで行ければ上々だな」
「そんな・・・私、大丈夫よ!体調が悪いという訳じゃなくて、なんか・・・変な魔力じゃない?」
「う〜ん、んじゃ。もうちょっと進んでみるか?」
「わかった、なら行こう」
三人は進む事を決める。ある程度進んでいくと、ファインの感じていた気味悪さは薄くなっていった。
・・・気のせいだったのかな。
「着いたな」
先頭のアルビスは足を止めた、結界。禍々しいそれが、守るものはなにか?
「奥には何があるの?」
「実のところ、大したものはない。たまに宝箱があるくらいか」
「え、そうなんだ。財宝〜!!とか、ないんだね」
「まぁ、魔物の作った次元だしな。迷宮って」
となると、ひとつ謎がある。
「道中の宝箱って、一体・・・?」
「最も、有力な説として・・・偽装魔物の死骸説がある」
「うっ、この水差しが一気に嫌なものに」
「雑談はここまで。あれ、どーする?」
結界内の土偶に目を向ける。物静かに鎮座する土偶は置物のよう。
「僕が前衛を張る。ファインは魔法、ネロはファインを守りながら、チャンスを見つけて畳み掛けてくれ」
「了解、ファイン。いけるか?」
「うん、頑張るね」
作戦は固まった。あとは、紫色に輝くあの土偶を倒すのみだ。
アルビスは結界に手をかざす。
「・・・行くぞ」
鏡が割れる様に、結界は砕けた。同時に
「@☆<÷○÷○〆|+>」
「っ!」
「きゃっ!!?」
ファインを即座に抱えて、上に飛び上がるネロ。アルビスも瞬時に大盾を構える。
<¥÷8+÷%5°>
謎の機械音を放ちながら、術式が発動される。
空中に展開されたそれから、巨大な岩石が放たれた。
「ッッーーー!」
「アル!」
「問題ない!」
「○・○4×€○%2÷*5?????」
「・・・厄介だな」
土偶の不規則な動きを読むのは難しい。探索者の中でも、土偶との戦いに嫌悪感を示すものは少なくない。
「ーーーっはぁぁぁッッ!!」
なら、後手に回るよりも。先に動いた方が有利。大盾を持っていても変わらない俊敏性は流石のもの。一気に土偶の懐へと潜り込む。
「÷○÷¥€+4〆○☆→÷+」
それに惚ける土偶ではない。その巨大な腕を振りかぶり、アルビスに振り抜く。
「ぐっっ!!?」
・・・重いッッ!!!
「だが、その程度では・・・!」
腕を受け止めて、そのまま力任せに弾く。土偶が後ずさるも、体勢までは崩せない。
「アルビス!伏せて!」
荒々しい歌声。歌は前に飛ばす様に、力強いその声は、氷へと変わる。
<氷塊のアジタート>
無数の氷の塊の追撃。正確に当てることには
不慣れなのか、数発は外れるが、当たった氷塊
はしっかりと土偶の体勢がとうとう崩れる。
「らぁッッ!」
一閃。
横薙ぎのネロの一撃は、巨体の土偶を軽々と吹き飛ばす。
「+÷×¥€¥$5÷<>・」
壁にぶつけられても、あまりダメージを喰らっていないのか土偶は立ち上がった。
「あんま響いてないな」
「だな。けれど、ダメージがないわけではない」
「変わるか?」
「はっ、笑わせる!」
勇猛果敢。それを体現するアルビスはもう一度
突進する
ファインも負けじと、歌を歌い続ける。
「○・・・×^\|\||5×*×*×」
それを許さない土偶。先程の岩石魔法をファインに向けて放つ。
「よっ」
それを切り刻むネロ。後ろのファインは無事。
「÷+÷+÷××$€¥+÷・○*・¥€」
土偶の再演算。そこをすかさず、アルビスは攻める。
「転べ・・・ーーッッ!!」
足を狙った大盾の一振り。
「??????????----!!!」
頭へと氷塊がぶつかり、土偶の動きが鈍くなる。そして、紫色に光る宝石の様なものが現れる。
「そこか・・・っ!ネロ、頭にあるぞ!」
「わかった!これで決めるっ!」
足に力を込める。決着をつける、一振り決めるために。
「ファイン、もっかいーー・・・」
オォォォォォォォォォーーーー・・・!!
「!!?」
「歌を止めろ!!ファイン!」
「ぇ・・・?」
遠吠えが聞こえた二人は、土偶から距離を取る。
ネロはファインを抱え、隠す様に抱きしめ。
アルビスは、そんな二人を守る様に大盾を構える。
静寂。あるのは、足が崩れた土偶が立ちあがろうとしている景色のみ。
ファインは何がなんだかわからないまま、目を瞬かせる。
一回。
二回。
それは、現れた。
「どう・・・どう・・・して」
「し、たく・・・やめ・・・」
「たす・・・けて・・・たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて」
「ーーーッ!?」
「見るな、ファイン」
ネロの優しい声。恐怖から、その身体を力一杯抱きしめる。言われた通り。見ない様にする。
黒い闇を纏った、狼達を。
「わ、わた、わたわ、わたわたしの・・・こ、ども、は」
「ど・・・・いる?」
「こ、ろす、こ、し、てやる」
狼の群れは、土偶に飛び掛かる。
「+÷○÷÷*×*÷○÷÷○÷○×*×*×*×」
土で出来ているというのに、土偶に向かってその牙で噛み砕く狼達。
土偶の不気味な機械音。狼達の、たどたどしい言葉達。土偶から、黒色の何かが飛び散るも
狼達は気にしない。
むしろ、それを求めてる様で、床に散らばったそれを残さず舐めている。
「な、に・・・あれ」
幽狼。怨み達は、声を発した方へと向いた。
「・・・まずい」
「気づかれたか」
悪態をつくアルビス。バレたことを察した
アルビスの頬に、初めて冷や汗が流れる。
「ネロ、<帰望の巻物>は?」
「結界の外」
「・・・僕が引き受ける。ファインを抱えて行くんだ」
「アルビスっ」
「喋るなっ!!」
嫌な台詞が聞こえたファインは顔をあげて、犠牲になるような一言を否定しようとすると、アルビスは初めて、ファインに怒鳴った。
「こ、ここ、こここ、こここ?」
「ーーーーーぁ」
土偶の近くにいたそれはいつの間にか。アルビスの横を抜け、ファインの近くに。
「はっ・・・は・・・っ」
アルビスの荒い呼吸。
どうすれば、この二人を助けられる。なにをすればこの状況を打開できる?
未体験の状況に、知恵を振り絞るも答えは出てこない。
「ち、から・・・ちかちかちか・・・ら」
「こ、ど・・・こここここ、ども・・・」
「こども・・・こども、こども、こ、ども、こどもこどもこどもこども・・・ーーーー」
大きな口が、開いた。
ーーー殺される。
「大丈夫、大丈夫だ。ファイン」
優しく頭を撫でられる。優しい声。それに縋る様に、抜けかけた力を振り絞ってネロの首筋に顔を埋める。
「・・・じゃ、ない、じゃじゃ、じゃ」
「か、え、かえ、ま、え、いえ」
「て、つな・・・で、と、と、ん」
霧の様に、狼達は消えて行く。理由はわからないが、殺意と敵意がさっぱり消えた。
「・・・は、はは。初めて、死を覚悟したが」
大盾を消して、垂れていた汗を拭うアルビス。
チラリと、抱き合っている二人を見る。
「僕は・・・土偶の素材を取ろう。ネロ、ファインが落ち着いたら、帰ろう」
「わかった」
アルビスは動かなくなった土偶へと向かっていった。
「ファイン、もう大丈夫だぞ」
「・・・」
落ち着かせるために、背中を叩く。それでも震えが止むことはない。
「・・・ごめんな。俺が誘わなかったら、こんな怖い思いせずにすんだのに」
「ううん、違うよ・・・。ご、ごめん。大丈夫だから」
大丈夫では、ないな。
「アル〜!!先戻ってくれ!」
「了解した!!!」
土偶の素材を抱えて、アルビスは言われた通り。先に、この迷宮から脱出する
「ファイン、立てるか?」
「う、うん・・・っ」
プルプルと震えた足。けれども、しっかりと立ち上がる。倒れないよう、ネロは手を繋いで
「普通、幽狼が現れることはないんだけどな。今回の迷宮探索は・・・運がいいんだか、悪いんだか」
「あはは・・・」
「ほんと、ごめんな。怖い思いさせて・・・」
それは違うと、ファインは繋いでいた手に力を込める。
「ううん、確かに・・・怖い思いしちゃったけど、それでも凄く、凄く凄く。楽しかった、だから・・・また、誘って?」
強がりか、本心か。それはわからない。けど
涙の跡が残りながらも、浮かべたファインの笑顔は、道中で沢山見せた。綺麗な笑顔だった
「・・・わかった。次は、もっと楽しい探索にしよう!今回の怖い思いを忘れちゃうぐらいにな」
「ふふっ、うん!・・・それと、私もごめんね」
「なにが?」
「ソ、ソレ」
恥ずかしそうに、ファインは顔を逸らしながら
指差した。
ズボン?ズボンに何が・・・
変なところでもあるかなとペタペタと触ると
それはあった。生暖かく、水気を帯びた
「ごめんなさい!本当にごめんなさいっっ!」
「だ、だだだだ大丈夫!!それより、ファインの方は大丈夫か!?」
「ふぇっ!!?え、えとえとえと・・・あの」
「ああぁぁぁ!!ごめん!!変な意味じゃなくて!!あ、あははは・・・」
「は、はい。大丈夫大丈夫・・・あはは・・・」
「あぁ〜〜・・・帰るか」
「うん・・・」
荷物を置いていた場所に戻り、抱える。タオル渡しておこう。
「ファイン、はい」
「ありがとう・・・う、ぅ〜。本当にごめんね」
「大丈夫だよ。<帰望の巻き物>の使い方、わかるか?」
「えと・・・?」
「読めばいいんだ、この文章。そしたらゲート前に飛ばしてくれる」
あまりファインの方を見ない様に、ネロは使い方を説明する。
「わかった」
「よし、じゃあ一緒に読もう。せーの」
こうして、楽しい思い、怖い思いをしたが
ファインの初めての迷宮探索は、無事に終わった。
・帰望の巻き物
予め残していたマーキングされたところへと飛ばしてくれる道具。何回でも使える便利なもの
・幽狼
狼達の痛みが魔物なら、幽狼は狼達の怨み。魔力を感知して襲いくる。実態がないため倒す事はできない。けれど、幽狼達の攻撃は普通に喰らう。
・土偶
実は生態が解明されていない魔物。不気味な機械音、不規則な動きも相まって、苦手な探索者は多い。魔力の核が身体のどこかに埋められている。これを砕けば倒す事ができる。