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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

泳げ、鯉のぼり!!〜問題用務員、鯉のぼり空中遊泳事件〜

作者: 山下愁

「屋根よーりーたーかーい、こいのーぼーりー」



 そんな歌と共に用務員室へ帰還を果たしたのは、未成年組のアズマ・ショウとハルア・アナスタシスである。


 2人の手には棒に括り付けられた布製の魚の玩具が握られている。ショウは青色の鱗が特徴の魚、ハルアはピンク色が特徴的な魚である。模様や隈取りなどが施された魚の見た目は豪華なもので、色鮮やかさが目を引く。

 ドタバタと駆け込んできたショウとハルアは用務員室の窓を開けるなり、布製の魚が括り付けられた棒を窓の向こうに掲げる。いい感じの風が吹き込んで布製の魚がはためく姿は、まるで水中を優雅に泳いでいるようだ。



「おおきーいまごいーは、おとうーさーんー」


「まごいって何!?」


「ちょっとよく分からない」



 布製の魚が泳ぐ様をキャッキャとはしゃいだ様子で眺めるショウとハルア。あれの何が楽しいのだろうか。


 ちょうど用務員室の隅に置かれた長椅子に寝転がり、最近発売されたばかりの『わんにゃん☆ぱらだいす』なる小動物が特集を組まれた写真集の頁を捲っていたユフィーリア・エイクトベルは首を傾げるばかりだ。何がしたいのか皆目見当がつかない。

 同じく、筋トレの最中だった筋肉馬鹿のエドワード・ヴォルスラムやお茶の準備中だった南瓜頭の美人お茶汲み係のアイゼルネもまた首を傾げていた。あれは遊んでいるのだろうが、何の遊びなのか分かっていない。


 互いの顔を見合わせた大人組の3人は、



「あの遊びって何だ?」


「何だろうねぇ」


「何をしたいのか分からないワ♪」


「エド、お前ちょっと聞いてこいよ」


「アイゼが行きなよぉ」


「ユーリが行きなさいヨ♪ 言い出しっぺなんだかラ♪」



 布製の魚で遊ぶ未成年組に「何の遊びをしているのか」という質問を投げかける役目を互いに押し付け合う大人組だったが、唐突にその役目は訪れることになる。



「風が吹かないね」


「吹かないなぁ」



 窓の向こうに布製の魚を括り付けた棒を突き出して遊んでいたはずの未成年組は、風が吹かなくなってしまったことを嘆く。

 それまで風を受けてはためいていた布製の魚だが、風が吹かないので力なく垂れ落ちている。あれでは泳いでいる様を見ることが出来ない。


 やがてショウとハルアはしょんぼりと肩を落として棒を引っ込め、窓を閉める。「どうする?」「どうしようか」などと話し合い、そして何か妙案が思いついたような表情でユフィーリアに振り返ってきた。



「ユーリ!!」


「ユフィーリア」


「おうおうおう、どうしたどうしたどうした」



 いきなりその役目を負わされる羽目になったユフィーリアは、寝転がっていた長椅子から身体を起こす。



「鯉のぼりを飛ばしてほしい!!」


「泳いでいる姿を見たいんだ」


「こいのぼり?」



 ユフィーリアはさらに首を捻る。


 聞き覚えのない単語である。どうやらその布製の魚が『こいのぼり』と呼ばれている代物らしい。

 泳いでいる姿が見たいとは何とも子供らしい考えである。泳がせる方法はいくらでもあるが、ここまで期待を寄せられればちょっと本気で応えたくなるのが問題児筆頭だ。


 満面の笑みを見せたユフィーリアは、



「いいぞ、ただし」



 ショウとハルアの手から鯉のぼりが括り付けられた棒を受け取り、ユフィーリアは指先で垂れ落ちた鯉のぼりを弾く。



「アタシなりのやり方になるけどな」



 ☆



「ぬあー……」



 ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは疲れた様子で天井を見上げていた。


 今まで魔導書の執筆活動をしていたものだから、目がしょぼしょぼして仕方がない。目の奥が重たくて視界も霞んできているので、そろそろ休憩を入れた方がいい頃合いだろう。

 目を擦り、背筋を反らして身体の凝りを解していく。長時間にも及ぶ執筆作業のせいで凝り固まった身体からゴキゴキという骨が鳴る音が聞こえてきた。この状態の身体が問題児に見つかれば、揉みほぐされて半日は身体を動かすことが出来なくなりそうだ。


 学院長室の隅に置かれた戸棚から魔法で茶葉とポットなどを取り出すと、グローリアはお茶の準備をし始める。どうせなら学院内を散歩でもした方が運動不足の解消にも繋がるだろうが、まだ執筆の状況が芳しくないのでお茶を入れる程度でちょうどいいのだ。



「グローリア、いる?」


「なぁに、スカイ。また魔法兵器(エクスマキナ)の実験結果を語りにきたの?」



 ちょうどお茶を入れ終わったところで、学院長室の扉が叩かれる。


 入室を促すより先に顔を覗かせたのは、副学院長のスカイ・エルクラシスである。目元を真っ黒な布で覆い隠したその姿は怪しい魔法使いに見えなくもないのだが、首から下の格好は作業着である。どうやら今まで魔法兵器の組み上げ作業でもやっていたようだ。

 スカイが見せてきたのは魔法兵器の設計図らしいものだった。よく見ると脇に部品の量と必要な値段が書き込まれている。設計図というより予算書のようである。それだけで彼が学院長室を訪れた意味を理解してしまった。



「お願いがぁ、あるんスけどぉ」


「却下」


「まだ何も言ってない!!」



 スカイは「お願いッスよぉ!!」とグローリアに縋りつき、



「東洋地域の龍の形をした魔法兵器がほしいんスよ。作ってみたいんスよぉ、お願い!!」


「ダメだってば、君のところはただでさえお金がかかるの」



 グローリアはスカイの要求を一蹴し、



「大体、何で龍の形をした魔法兵器が作りたいのさ。君のところにはもうドラゴン型魔法兵器のロザリアがいるんじゃないの?」


「浪漫を追い求めることがそんなに悪いことなのか!?」


「そんな必要のないものばかり作るんじゃないよ、自分のお財布から出して!!」



 我儘を言うスカイを叱りつけ、グローリアは紅茶をカップに注ぐ。少しばかり渋く出し過ぎてしまったようで、思った以上に味が濃くなってしまった。


 スカイは「いいじゃないッスかぁ」と駄々を捏ねるが、別にそんなものがなくてもいいだろう。確かにスカイの魔法工学の貢献度は高いし世の中もより便利になるが、見たところ龍の形をした魔法兵器は彼の趣味を全力で押し出したものなので作っても人類の役に立つとは思えない。

 人類の繁栄のどこに『ビーム出す』とか『魔導砲が撃てる』とかの部分が必要になるのだろうか。どこかに戦争を仕掛けるつもりなのだろうか。



「大量に人間を乗せて空飛ぶ機構もつけるんスよ」


「魔法列車でいいじゃん」


「魔法列車だとさぁ、こう、夢がないじゃん?」


「夢とか希望とか願望とか欲望とかどうでもいいよ、ちゃんと研究してよ」


「研究してるッスよ、だから作らせて予算出して」


「ダメだって言ったでしょ。それ以外で」


「お金ちょうだい!!」


「直球でおねだりしてきたな。ダメだってば」



 グローリアとスカイの押し問答になる。何故か龍の形をした魔法兵器の研究着手にこだわるスカイの要求を、グローリアはことごとく突っぱねた。

 どうしてここまで浪漫を追い求めるのか分からないが、どうしても作りたいのであれば自分のお財布から出してほしいものだ。学院のお財布から意味のない魔法兵器を作らないでほしい。


 深々とため息を吐いたグローリアは、紅茶を啜りながら学院長室に取り付けられた窓を見やる。少しは気分転換に外の景色でも見よう。





「きゃーはははははははははは!!」


「すげええええええええ!!」





 ――何故だろう、巨大な布製の魚に跨ったメイド服姿の問題児とつなぎを身につけた問題児の姿が見えたような気がする。



「疲れてるのかな」


「どうしたんスか、グローリア。やっぱお金出してくれるって?」


「誰もそんなことは言ってない」



 妄言を口にするスカイはさておいて、グローリアはもう一度、窓の外に目を凝らす。


 今しがた通り過ぎたのは、青色とピンク色をした布製の魚に跨った問題児の未成年組の姿である。大空を悠々と泳ぐ巨大な布製の魚は、尾鰭を揺らして自由に飛んでいる。その魚の背中に問題児の未成年組がしがみつき、甲高い声を上げていた。

 もう夢か何かと思いたいぐらいの様子である。試しにグローリアは自分の頬を抓ってみるが、痛みを感じたのでこれは現実だ。紛れもなく現実だ。


 こんなことをするのは、彼らしかいない。



「何してんだ、問題児」


「わー、楽しそう。ボクも龍型の魔法兵器で」


「混ざらなくていい」



 混ざりたそうにしていたスカイに一喝し、グローリアは外の魚が泳いでいる様を作り出した張本人に突撃するのだった。



 ☆



 巨大化の魔法と浮遊の魔法を使えば完成である。



「楽しいか、これ?」


「楽しいんじゃないのぉ?」


「楽しいんでしょうネ♪」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を指揮者のように振り回しながら、空飛ぶ鯉のぼりとやらを見上げる。


 ショウとハルアを乗せた鯉のぼりは、ユフィーリアの魔法によってまるで生きた魚のように青い空を泳いでいる。むしろ水の中よりも自由度は高いのではないだろうか。

 一種の乗り物だとでも思っているのか、暴れる巨大鯉のぼりにショウとハルアは大いにはしゃいでいる。楽しそうで何よりである。


 そろそろ飽きてきたユフィーリアは、



「お前らー、もう止めない?」


「あとちょっと!!」


「もう少しだけ!!」


「しゃーないなぁ」



 未成年組がはしゃいでいるので、ユフィーリアは仕方なしに鯉のぼり遊泳を続行させる。眠くなったので放っておいてもよさそうなものだが、放っておくと鯉のぼりはそのままの状態になってしまうので動かしていなきゃいけないのだ。

 もはや問題児筆頭を動かすのは未成年組の笑顔だけである。彼らが楽しんでくれなければ動かしている意味などない。


 アイゼルネが「お疲れネ♪」などと他人事で言い、



「ユーリ♪ この前キクガさんが持ってきた柏餅があるわヨ♪」


「ああ、奥さんの手作りだっけ?」


「サユリさんって本当にお料理が上手よねぇ」



 アイゼルネが差し出してきたお盆には、緑茶と皿に乗せられた柏餅が揃っていた。柏餅はショウの実父にして冥王第一補佐官を務めるアズマ・キクガが持ってきたもので「妻の手製だ」と笑顔で語っていたことを思い出す。

 キクガの妻にしてショウの実母であるアズマ・サユリは、かなりの料理上手らしい。特に極東料理に精通しており、ユフィーリアも学ぶことは多い。まさか柏餅も手作りするとは恐れ入る。


 大きな葉っぱに包まれた白い餅は柔らかく、齧り付くとモチモチとした食感が楽しめる。餅の中には豆の食感を残した粒あんが包まれており、優しい甘さが口いっぱいに広がっていく。



「これ美味ッ」


「お餅がモチモチだねぇ」


「あんこが甘くて美味しいワ♪」



 柏餅とやらの美味しさを堪能していると、



「ユフィーリア、何してるの?」


「おう、グローリア。元気?」


「質問の答えになっていないな」



 校舎から学院長のグローリアと、副学院長のスカイが顔を見せた。どうやら空中遊泳する鯉のぼりの存在を認識したらしい。

 説教でも始まるかとうんざりするユフィーリアだが、よく考えると本日は日曜日で学校も休みである。学校の設備は誰も使用しておらず、校庭に生徒の存在はいない。鯉のぼりを巨大化させて空中遊泳させたところで生徒や教職員の迷惑にはならないはずだ。


 ユフィーリアは柏餅をもぐもぐと咀嚼しながら、



「何だよ、今日は誰も校庭にいないんだからいいだろ別に。迷惑かけてねえし」


「迷惑かけていないのはそうなんだけど」



 グローリアは空中遊泳中の巨大な鯉のぼりを見上げて、



「君の意味のない問題行動のせいでスカイが興奮してるから止めてくれる?」


「それはお前がどうにかしろよ」



 ユフィーリアは「知らねえよ」と一蹴する。


 肝心のスカイは興奮気味に空飛ぶ鯉のぼりを見上げており、何やら奇声まで上げていた。また魔法兵器の実験で何か思いついたのだろうが、出来れば実験台として協力はしたくない。

 副学院長を止められるのは学院長であるグローリアだけだ。彼に頑張って止めてもらおうではないか。


 モチモチと柏餅をわざわざ伸ばしながら食べるエドワードは、



「そうだぁ、学院長も乗せてもらえばいいじゃんねぇ」


「え?」


「名案だワ♪」


「は?」


「そうだな、乗せるか」


「ええ!?」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、鯉のぼりを操る。下降した青色とピンク色の鯉のぼりの開きっぱなしになった大きな口で、グローリアとスカイを頭から飲み込ませた。

 グローリアとスカイを口の中に飲み込ませた鯉のぼりは、ショウとハルアを乗せて再び空を舞う。未成年組の歓声の中に、スカイの奇声とグローリアの悲鳴が混ざる。


 ユフィーリアは悠々と空を泳ぐ2匹の鯉のぼりを見上げ、



「いやー、いい悲鳴だ」


「もっと上下に揺さぶったらぁ?」


「いつもより多めに回しておきましょうヨ♪」



 先程よりも元気に鯉のぼりを泳がせ、ユフィーリアは楽しそうに笑うのだった。やはり悪戯の標的がいるのは素晴らしいことだ。



 ちなみにこのあと、グローリアからぶん殴られて正座で説教を受ける羽目になるのは言うまでもない。

《登場人物》


【ユフィーリア】柏餅を堪能しながら鯉のぼりジェットコースターを操っていた魔女。柏餅美味えな、今度作り方を教えてもらおうかな。

【エドワード】このあと鯉のぼりジェットコースターに乗せてもらう。楽しかった。

【ハルア】鯉のぼりはショウに聞いたお手製のもの。絵を描くのが得意なので、鯉のぼりの絵をショウから特徴を聞きながら描いた。

【アイゼルネ】このあと鯉のぼりジェットコースターを楽しむ。たまにはこういう絶叫系のアトラクションもいいかもしれない。

【ショウ】こどもの日ということで、鯉のぼりを前々から自作した。布はちゃんと購買部で取り寄せた無地のもの。


【グローリア】鯉のぼりジェットコースターに強制的に乗せられた。死にかけたがいい休憩にはなったようで、このあと執筆活動が捗る。

【スカイ】龍型の魔法兵器はダメなら鯉のぼりみたいに小さめの魚が泳ぐ魔法兵器を、赤ん坊や子供の玩具として開発するのはどうかと提案して予算をもらった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! こどもの日特別編、すごく面白かったです!! >「いやー、いい悲鳴だ」 >「もっと上下に揺さぶったらぁ?」 >「いつもより多めに回しておきましょ…
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