表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月光ファンタジア  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第二話 食いしん坊なオバケ
7/60

食いしん坊なオバケ4



「ドーンの霊が出るという夜中までに用意してくれ。その時間になったら、また来る」


 そういう段取りで、ディアディンは真夜中に厨房へおもむいた。大皿に山盛りの肉料理が支度されている。


 憎まれ口はたたきつつ、死んだ人間の供養だからか、まかない長は奮発ふんぱつしたようだ。塩コショウをふった焼肉が、ほかほかの湯気をたてるところを見れば、ドーンでなくても食欲がわく。これで、さしも食いしん坊のドーンも満足してくれることだろう。


「ドーンはまだ出ないか?」

「生前にさんざん怒鳴られたせいか、あっしがいると出ませんので」

「なら、まかない長はさがっててくれ。おれが見張っておく」


 と話して、まかない長が出ていった直後だ。

 薄暗い厨房のすみに、ぼんやりと青い光がうかぶ。でっぷり丸い体形は、たしかにドーンだ。


「ドーン。おまえの供養のために、まかない長が念願の焼肉を用意してくれたぞ」


 山盛りの焼肉を見て、ドーンは一瞬、目を輝かせた。が、すぐにまた、その目は悲しげにふせられた。


(変だな。焼肉に未練があるわけじゃないのか?)


 ドーンの霊が床につまれた食材の前をウロウロし始めたので、もう一度、ディアディンは声をかけてみた。


「心残りがあるから化けてでるんだろ? なにが心残りなんだ?」


 ドーンはふりかえって、なにやら手を動かす。しきりにくりかえしたあと、ため息をついた。

 また食料の前をうろつきだし、以降、何度、話しかけても、まったく反応しない。

 ドーンの霊は夜どおし、厨房と食糧庫を行き来していた。


「どうでしたか? 小隊長」


 早朝にアクビしながらやってきた、まかない長に、

「いや。ダメだ。どうも焼肉が未練じゃない。こんなふうに手を動かしてたんだが……」


 言いながら、ドーンの動きをまねてみて、ふと気づいた。それは文字を書く所作だ。まかない長も同じように感じたらしい。


「そういやあ、ドーンのやつ、司書室から反古ほご紙をもらってきて、せっせと、なんやら書いてましたよ。あの紙はどうしたんでしょう」


「遺品は遺体といっしょに、遺族のもとへ送られたんだろ?」

「整理した遺品のなかにゃあ、なかったような……」

「どうやら、それだな。やつの日記だったのかもしれない。どっかにまぎれこんだか、やつが秘密の場所にでも隠したのか」


 つぶやいて、なにげなく流した視線のさきに、小さなネズミ穴があった。そこから、白いハツカネズミが一匹、のぞいていた。


 小さな赤い目と、ディアディンの目があった。


 とたんに白ネズミは穴の奥にひっこんで、壁のなかをかけていく。チュウチュウ言いながら、天井や床下を走りまわる音がした。

 そのうち仲間をつれて、ぞろぞろ穴から出てきた。みんなで口にくわえて、ひきずってくるのは、ヒモでしばった紙のタバだ。


「おっ。こいつらは、ドーンが可愛がってたネズ公だ」と、まかない長。


 白ネズミたちは床の上に紙たばをおくと、いちもくさんに巣穴へ帰っていく。


 ディアディンは微笑して、ひとたばの丸めた紙をひろいあげた。ヒモをほどき、ひろげる。

 よこからのぞいた、まかない長がうなる。


「こいつは……そうか。ドーンのやつめ」


 それは、盛りつけ図まで入れた、創作料理のレシピだった。


「そういやあ、ドーンの夢は、故郷に自分の店を持つことでしたよ」


 まかない長の目には、うっすらと涙が光っている。


「つまみ食いばっかりしてるオマエが一人前になれるもんかと怒鳴りつけてきたが……ありゃあ、やっこさんの試作品の味見だったのかもしれません」


 ディアディンはレシピをしげしげとながめた。


「どれも安い素材で大量に作れる素朴な料理みたいだ。どうだろう。このレシピどおりの料理を食堂にだしてみないか?」

「そりゃいい。店というわけにはいかないが、みんなに食べてもらえば、あいつも喜ぶに違いない」


 ドーンの特製スープ、ドーンの特製焼肉、ドーン謹製ミートパイ、ドーンの田舎風煮込み、ドーンのグルメランチ——


 ドーンの料理はどれも兵士たちに大好評だ。満足したのか、ドーンの霊はそれきり出ないという。


 もちろん、あのハツカネズミたちは、お腹いっぱい小麦を食べて、大喜びしていることだろう。


 それにしても、今回、もっとも得をしたのは、ディアディンたち兵士だ。

 ドーンのレシピは食堂の正式なメニューになり、厨房に受けつがれていくことになった。おかげで、あのマズイ料理の数々を二度と食べずにすむのだから。


「ドーンの料理はどれもウマイですね、隊長。このパンプキンパイ、素朴だけど、いい味だしてるなあ」と、アンゼルも言う。

「ああ。ドーンはおれたちの救いの神だ」


 おかげで食堂は以前にもまして、活気にあふれている。


 きっとドーンは、こんなふうに、いつも客が笑顔でいられる店を持ちたかったのだろう。

 焼肉食いほうだいは、開店祝いの呼びこみ文句ではなかったかと、今ではディアディンは考えている。




 了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ