第8話 田舎町の酒場に行こう!
ユールはエミリーに役場であったことを話した。
「ふーん、『魔法相談役』か」
「そうなんだ。だけど、なかなか僕に相談を持ちかける人なんかいなくて……」
エミリーは笑った。
「それはそうでしょ! ユールは町に来たばかりなんだから、焦りすぎだって!」
「君は早くも薬屋として、町の人と仲良くなってるけどね」
ユールは少しジェラシーも抱いているようだ。
「だからそれはたまたまだって。ほら、お父様も何か励ましてあげてよ」
「なぜだ!? なぜだエミリー! お前ばかりが町の人間と仲良くなって……吾輩たちと何が違うのだぁぁぁぁぁ!!!」
ガイエンはユールどころではないジェラシーを抱いていた。娘にもその嫉妬心を遠慮なくぶつける。
「あー、もう!」
エミリーは呆れてしまう。
「まあまあ二人とも、そろそろ暗くなる頃だし、気分転換に酒場にでも行きましょうよ!」
「酒場っていっても場所が分からないけど……」
「さっき近所の奥様から聞いたの。歩いて行けるところにあるよ」
「うーん、もうそこまで情報収集してるなんて、さすがエミリーさんだ……」
感心するユール。一方のガイエン。
「エミリー! なぜお前はそこまで町に馴染んでいるのだぁぁぁぁぁ!!! 母さんもそうだった……知らない人間ともすぐ打ち解けて……」
怒鳴ったり懐かしんだりうるさいので、エミリーもついに怒鳴り返す。
「いい加減にして!!!」
「……すまん」
***
自宅近くの酒場にやってきた一行。
カウンター席とテーブル席があるオーソドックスな酒場で、仕事を終えた客たちで賑わっている。
「いらっしゃい。おや、見ない顔だね。ま、くつろいでってよ」
酒場を仕切るのはブレンダという女だった。栗色のボブカットにエプロンを着けた30手前の気風のいい女店主である。
「なかなかいい店だな。酒もうまい」とガイエン。
「フラットの町の近くを流れる川は名水なようで、おかげで酒もおいしいみたいですよ」
「この町に来てよかったという理由が一つ増えたな」
ユールとガイエンの機嫌がよくなっているのを見て、エミリーもひとまず安心する。
しばらくは三人で楽しい酒の席が続いた。
だが、平穏はあっけなく破られる。
一目で不良と分かる若者集団が酒場に入ってきた。客も動揺する。
ブレンダは彼らに立ちはだかる。
「ちょっと、あんたらは出禁にしたはずだよ。出ていきな」
「おいおい、いいのかよ? “ゲンマ団”の俺らにそんなクチきいてよ」
「ゲンマにも言っておきな! ウチはチンピラに飲ます酒なんかないって!」
ブレンダの啖呵に若者たちも怒る。
「ンだとコラァ! だったら飲ませてくれるまで暴れてやるよ!」
近くにあった酒瓶をつかみ、床に叩きつける。テーブルをひっくり返す。メチャクチャをやり始めた。
この様子を見て、ユールが立ち上がった。顔には怒りを帯びている。
自分より先に動いたユールを見て、ガイエンもニヤリとする。
「ここは任せるぞ、若造」
「はい」
ユールはまっすぐにチンピラ集団に歩いて行くと、毅然と言い放った。
「お前たち、店主さんの言う通り今すぐ出て行け」
「誰だぁ? お前は……」
「ユール・スコール。フラットの町の魔法相談役だ」
「魔法相談役ぅ? なんだそりゃ?」
「町の困った問題を魔法で解決するのが仕事だ。例えばお前たちみたいな連中をな」
“困った問題”呼ばわりされ、キレた一人が殴りかかる。が、その一人はその場でくるくると回転を始めてしまった。そのままふわりと足から着地する。
ユールが風を操って行っている芸当で、彼にとっては朝飯前である。
集団はユールの得体の知れない迫力に押されている。
「火炎柱」
ユールは巨大な火柱を両手に浮かび上がらせる。
若者らは悲鳴を上げる。
ダメ押しをするように、ユールは冷たく言い放つ。
「安心して、これは幻影だから。だけど幻影じゃない炎を出すこともできる」
「なんとおおおおお!?」
一番驚いていたのはガイエンだった。
「ガイエンさん!? なんであなたが一番驚いてるんですか!」
「いやぁ、吾輩は貴様が魔法を使うところをあまり見たことがなかったものでな……次からは魔法を使う時は一言頼む」
「わ、分かりました」
緊迫していた空気が弛緩してしまった。だが、エミリーはユールに声をかける。
「ユール、かっこよかったよー!」
「ありがとう、エミリーさん!」
これを見たガイエンは、すかさず大声を上げる。
「どこがかっこいいのだ! あんなチンピラ集団をビビらせたぐらいで!」
「誰がチンピラだ、クソオヤジ!」
一人がガイエンに食ってかかるが――
「吾輩とやるのか?」
ガイエンのひと睨みで押し黙る。
「いっておくが吾輩は若造とは違う。脅すなどという優しい真似はせん。やるのなら徹底的に叩き潰すぞ」
若者たちは一斉に青ざめる。ガイエンと彼らでは、獅子と兎以上の戦力差がある。
もはや残された選択肢は――
「ちくしょう、覚えてやがれ!」
捨て台詞を残しての退散しかなかった。
「忘れるわけなかろう! 吾輩は敵対した者のことは絶対忘れんからな!!!」
こう返され、さらに青ざめる。ユールとガイエンに戦うまでもなく敗れ、逃げるはめになり、しかも顔を覚えられてしまう。最悪の結果となった。
「ありがとね、助かったよ」とブレンダ。
「彼らはなんなんですか?」ユールが問い返す。
「あいつらは『ゲンマ団』なんて名乗ってイキがってる不良集団さ。町の鼻つまみ者ってやつだね」
「ゲンマ団……」
「さて、あいつらが汚したのを片付けなくちゃ」
掃除をしようとするブレンダを、ユールが手伝おうとする。
「だったら僕がやりますよ」
「いや、あんたはお客だし……」
「まあ見てて下さい。水洗浄!」
水流が現れ、汚れをたちまち洗浄してしまった。倒れたテーブルも元通りになり、割れた瓶の破片などは綺麗にまとめられている。
「ぬおおおおおっ!? だから、やる時は一言――」
「うっさい!」
魔法にいちいち驚くガイエンと、それに怒るエミリー。
「……あんたたちは何者だい?」
ユールたちの素性に興味を持ったブレンダ。
ユールもまたフラットの町に来た経緯を簡潔に説明した。
「こりゃ驚いた。宮廷魔術師に騎士団長、それにその娘さんとは……」
「今はもう宮廷魔術師ではないですけど」
「それで、魔法相談役なんていう役職をやらされるはめになったってわけかい」
ブレンダは少し考えてから、
「だったらユール君、あんたのことはあたしからも宣伝しといてやるよ。これでも顔はきくんでね」
「本当ですか!?」
頼もしい宣伝役ができて、ユールは喜ぶ。
「うおおおおおっ! ありがたいぞ、ブレンダ殿! 吾輩は猛烈に感動しておる!」
ガイエンはもっと喜んだので、エミリーがその口を手で塞ぐ。
「それと……お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「さっきの水の魔法、習えばあたしも使えるかい? ほら、掃除って結構大変でさ……」
「使えますよ!」ユールは即答する。「ただし基礎をじっくり学んだ上で、ですが……」
ユールの脳裏に基礎を軽んじていたマリシャスが浮かぶ。
「もちろんだよ。何事も基礎が大事だからね。あたしもここで人を働かせる時はまず挨拶からしっかり習わせるからね」
この言葉にユールは感動すら覚える。
「では週に何度か、僕たちの家に来て下さい。素養にもよりますが、あの魔法なら数ヶ月あれば覚えられると思います」
「ホントかい!」
酒場の若き女主人ブレンダは、ユールに魔法を習うことになった。
フラットの町に到着してから、初めて手に入れた“味方”でもあった。




