第7話 田舎町での新しい役職
抱負を宣言して次の朝、ユールはフラットの町中央部にある町役場に来ていた。
宮廷魔術師を解任された彼だが、仕事がなくなったわけではない。この町で魔法使いとしての新しい仕事をもらえることになっている。
そして彼の後ろには――
「よいか、こういうのは最初が肝心だぞ!」
「はい、ガイエンさん」
ガイエンもついてきていた。「貴様一人では不安だから吾輩もついていく!」と言って聞かなかったのである。
まずは町長ムッシュに挨拶をする。
フラットの町における行政のトップといえる男で、穏やかそうな顔つきをしたごま塩頭の中年である。
「あなたがユール君ですね。期待していますよ」
温かいとも事務的とも解釈できる声をかけてくれた。
さて、次に出会ったのは町役人ハロルド。きっちりとした七三分けが特徴な、生真面目そうな男だ。
ユールはさっそくどういう仕事がもらえるのか聞いてみる。
「ああ、あなたが……宮廷魔術師だったというユール・スコールさんですね。連絡は来ていますよ」
ハロルドは値踏みするような視線でユールを見つめてきた。
「見た目は普通の若者って感じですが、あなたが宮廷魔術師だったとはねえ……。ま、いずれにせよ今はそうではないわけですし、あまり偉そうにしないで下さいよ」
のっけからの嫌味にユールは表情を変えないが、ガイエンはムスッとしている。
「……で、あなたに与えられる職というのは『魔法相談役』という役職となります」
「聞いたことがない役職ですが、どういう職業ですか?」
「王都からは『魔法を使って人々のために役立つ職業』と説明を受けております」
なんともいえない役職である。
「……それだけですか?」
「ええ。それにしてもいいですねえ、宮廷魔術師は。たとえクビになっても、こうして職をあてがってもらえるんですから。我々小役人からすると羨ましい限りですな」
嫌味も付け加える。
たまらずガイエンが口を挟む。
「貴様ぁ! なんだその言い草は! 無礼ではないか!」
「ひっ!」
「だいたい、なんだそのふわふわした役職は! 全く具体性がないし、どうしていいかも分からんではないか!」
「ぼ、暴力反対!」
ガイエンの指摘は的を射ていた。目的が不明瞭な役職は、本人も何をしていいのか分からなくなる。あからさまな名誉職、悪くいえば閑職である。
ユールを追放したマリシャスとモルテラからの最後の嫌がらせといったところか。
「お前はフラットの町で魔法の腕を腐らせろ」という呪いが伝わってくる。
しかし、ユールは――
「分かりました、『魔法相談役』、引き受けましょう!」
「若造! しかし、こんな何をしていいのかも分からぬふわふわした仕事で……」
「いいじゃないですか、ふわふわ。だったら僕もふわふわして、好きなようにやるまでです。僕の力で、町の役に立ってみせます!」
「そうか……貴様がそういうのならば」
ガイエンも怒りを収める。
「張り切るのは結構ですが、私の仕事を増やすようなことはしないで下さいよ」
最後まで嫌味を忘れないハロルドだった。
***
役場を出たユールとガイエン。
「しかし若造よ、どうするというのだ」
「とりあえず、町ゆく人に何か困ってる人がいないか聞いてみましょう!」
「それもそうだな」
さっそく二人は――
「あの、なにか困ってることはありませんか?」
「吾輩と、この若造が相談に乗るぞ!」
初対面の二人にいきなり問いかけられて、「相談があります」となる人などいるわけがない。全て空振りに終わる。
「僕、一応宮廷魔術師だったんです!」
「吾輩は騎士団長だ!」
肩書きに頼ることもしてみるも、結果は同じ。
「全然ダメですね……」
「何がいかんのだ……」
「とりあえず、エミリーさんの元に戻りましょうか」
二人が自宅に戻ると、エミリーが自宅前に机を置いて、「薬屋」と称して露店を開いていた。
近所の主婦に肌荒れに効く軟膏などを売っている。
「えええええ!?」
「なにいいい!?」
ユールもガイエンも驚いてしまう。
「あ、お帰りー、二人とも」
「エミリーさん、これは……?」
「私、薬師の資格持ってて、これあると商売もできるからお店開いたの。二人が一生懸命働いてるのに私だけ暇してるのもなんだしね」
早くも町に馴染んでいるエミリー。
ユールとガイエンはというと、役場で名誉職を任命され、役人と喧嘩しそうになり、町民への御用聞きを失敗しただけである。
「す、すごい……!」
「我が娘ながら逞しい……」
男二人はエミリーの適応力の高さに息を飲むのだった。