第4話 宮廷魔術師をクビになり、味方は恋人とお父さんのみ
まもなく国王リチャードから直々に沙汰を言い渡される。
「ユール・スコール、これまでの功績を鑑み、息子を傷つけた罪はあえて問わん。しかし、宮廷魔術師の職は解任する。その代わり、フラットの町で新たな魔法職についてもらう」
ようするに、宮廷魔術師はクビになり、田舎町に左遷されるということである。
リチャードがマリシャスを傷つけた罪を問わなかったのは、国王とて息子の問題児ぶりを十分理解しているからだろう。ユールが嵌められただけというのも察しはついている。
しかし、表面上はユールがマリシャスに怪我を負わせたという事件になってしまった以上、リチャードもこういった沙汰を出さざるを得なかった。
「陛下のご温情……ありがたく承ります」
意気消沈しているユールを見て、第一王子リオンも苦々しい表情を浮かべる。彼もまた弟の本性を知っている。
そして、ユールを嵌めた第二王子マリシャスと宮廷魔術師モルテラのコンビは――
「俺を傷つけたんだ、死刑もあり得た。父上の優しさに感謝するんだな」
「ユール、お前ほどの逸材がクビになるなど惜しい。しかし、仕方のないことだ」
こんな言葉を浴びせかけた。
ユールは絶望していた。
宮廷魔術師をクビになったことはもちろん、マリシャスと分かり合えなかったことも辛かった。故郷の父母に申し訳ないという気持ちもあった。
そして、なにより――
「これでもうエミリーさんと付き合う資格はなくなっちゃったな……」
だが、報告しなければならない。ユールは重い足取りでルベライト家の邸宅に向かった。
***
どんよりとした表情のユールに、エミリーはもちろん、ガイエンも動揺していた。
「ちょっと……どうしたの?」
「どうしたというのだ……」
父娘の問いにユールは答える。
「実は僕、先ほど宮廷魔術師を解任されまして……」
エミリーもガイエンも内心は驚くが、ユールの心を慮って、大声を上げたりはしなかった。
「フラットの町、というところに行くことになりました」
ユールはか細い声で続ける。
「ガイエンさん、これで僕は……エミリーさんと付き合う資格を失ったということになります」
「え!? う、うむ……まあ、そうだな……そういうことになる、のかな」
「ガイエンさんは僕が宮廷魔術師だと知った時、エミリーさんとの交際を認めて下さいました。だからここは大人しく身を引こうと考えています」
「そ、そうか。しかし、そう結論を焦らんでも……」
「今まで大変お世話になりました。フラットの町に行っても、頑張りたいと思います」
「人生山あり谷あり、というし……」
お互いに相手の話を全く聞いていない。
「ではこれで失礼します。数日中にはフラットの町に向けて発つように言われているので……」
ユールは頭を下げると、そのまま邸宅を出て行った。
エミリーと別れたいわけがない。しかし、宮廷魔術師という肩書を失った自分にはエミリーと付き合う資格はないと本気で思い込んでもいた。
***
ユールは王都郊外の小さな自宅に戻り、荷物をまとめていた。
宮廷魔術師時代に稼いだ貯蓄と、食料、生活必需品を風呂敷に包む。
「これでよし、と」
王都に未練はある。大いにある。しかし、いつまでもくじけてはいられない。
田舎町で腕を磨いて、いつか王都に返り咲いて、もしその時エミリーにまだ相手がいなければ……などとぼんやりと人生設計を考える。そして、そのあまりの都合のよさに自分で苦笑さえする。
扉がノックされる。
「誰だろう?」
ユールが戸を開けると、エミリーがいた。ユールは仰天する。
「エミリーさん……! どうしたの?」
「決まってるでしょ? 私もついていくの」
エミリーは背負ったリュックサックを見せつける。
「ついていくって……誰に?」
「ユール、あなたに決まってるでしょ! フラットの町に一緒に行くってこと!」
「ええっ!? それはまずいよ……」
「どうして?」
「どうしてって、君は騎士団長の娘で、令嬢で……」
「だから?」
「だから……急にいなくなったら……大騒ぎに……」
エミリーは首を振る。
「そんなの関係ないわ。私はあなたとずっと一緒にいたいの。好きな人とずっと一緒にいたいってそんなにいけないこと?」
「いけないってことはないけど……」
「どうしても嫌だっていうなら、私を魔法で気絶でもさせてから行くことね」
ユールにそんなことができるわけがない。かといって、エミリーを連れていくのは、ユールの良心が咎めてしまう。
「やっぱり駆け落ちってのは……」
「その通りだ! 駆け落ちなど許さんぞ!!!」
突如二人に降り注ぐ大声。甲冑を着たガイエンだった。
「お父様……!」
「若い二人が田舎町へ逃避行……そんなことは断じて許さん!」
「なんでよ! 私たちは愛し合ってるのよ! 離れたくないの!」
「ダメだ! 絶対許さん!」
「お父様の分からず屋ぁっ!」
愛娘の叫びに、父はこう答える。
「だから……吾輩もついていく!」
「……へ?」ユールとエミリーの声がハモった。
「吾輩も若造とエミリーについていく! これならば駆け落ちにはなるまい!」
予想外の展開になり、若い二人は戸惑う。
「ちょっと待って下さい、お父さ……ガイエンさん! エミリーさんは分かるとしても、なんであなたまで……!」
「あれから宮廷に赴いて、事件のあらましを聞いた。貴様が解任になった件、あのバカ王子が原因ではないか」
バカ王子とは言うまでもなくマリシャスのことである。
「あのバカ王子は騎士団の訓練にも赴いて、時代遅れの集団だのと侮辱をしてきたことがある。あの王子の振舞いにはほとほと愛想が尽きていた。陛下や王太子には悪いが、一度距離を置くのもいいと考えた」
ガイエンとしても、マリシャスはもちろん、傲慢なマリシャスを放置している王室には不満があったようだ。
「距離を置くのはいいけど……騎士団はどうするのよ?」
「辞めてきた」
ガイエンはあっけらかんと言い放つ。
「えええええっ!? 何やってんのよおおおお!?」エミリーが叫ぶ。
「辞めたといっても一時的に暇をもらうという扱いだ。団長代理にはレスターを指名してきた。奴ならば吾輩の代わりを十分こなせるであろう」
レスターは30代の騎士で、騎士団副団長を務める。
心身ともに充実した優秀な騎士であり、ガイエンの見立ては間違ってはいない。
「というわけだ! 吾輩もついていく! 止めたくば、魔法で吾輩をブチのめしていくがよい!」
エミリーはユールにささやいた。
「遠慮なくやっちゃっていいよ。もう最上位の魔法で」
「そんなわけにはいかないよ……」
ユールは苦笑した。
かくしてフラットの町には、ユール、エミリー、ガイエンの三人で向かうことになってしまった。