第3話 ユール、バカ王子と悪い同僚に嵌められる
ユール・スコールは宮廷魔術師である。
宮廷魔術師の職務はいくつかあり、その優れた魔法力で王宮の守護も担っているし、与えられた予算で魔法研究を進めることも求められる。
そして、宮廷魔術師は「王家の人間への魔法指南」も使命であった。
このため王族は、程度の差はあれ魔法の心得がある者が多い。
現在リティシア王国を治めるのは、国王リチャード・リングス。息子には第一王子リオン、第二王子マリシャス、と幾人かの王子がいる。
ユールは第二王子マリシャスの魔法教育を受け持つこととなった。
ところが、このマリシャスがとんだ問題児だったのである。
宮廷の魔法修練場にて、ユールはマリシャスと向き合う。
「魔法とはまず、体内の魔力を自分自身で認識することから始まります。そのために最も効果的なのは瞑想でして……」
これを聞いたマリシャス、クセ毛気味の赤髪をポリポリとかくと、しかめ面をする。
「そういうのいいからさ。さっさと魔法教えてくれよ、魔法。火とか水とかバーッと出すようなやつをさ」
ユールは難色を示す。
「いえいえ、そんなことはできませんよ。魔法を学ぶには、しっかりと基礎を固めることが肝要なのです」
「基礎ねえ。んなこと言って、もったいぶってるだけじゃねえの?」
「そんなことはありません。どうか僕を信じて下さい」
「……ちっ!」
こんな具合に、マリシャスは訓練に全く身が入っていなかった。
これではマリシャスの才能があろうがなかろうが上達など望めるはずもない。
マリシャスも日に日に「お前の教え方が下手だからだ」という不満を隠さなくなっていく。
しかし、ユールも「自分の教え方は間違っていない。いつか王子も分かって下さる」と強い気持ちで、マリシャスに向き合い続けるのだった。
***
程なくして、マリシャスの不満が爆発する。
「いい加減にしろよ! 瞑想とか、座学とか、くだらねえことばかりやらせやがって! いいからさっさと俺が魔法撃てるようにしろってんだよ!」
ユールはまたかと思いつつ、懸命になだめようとする。
「ですから! ちゃんと基礎を押さえないと……」
「基礎、基礎、基礎。キソキソキソキソキソ……お前はいっつもこれだ! お前はなんなんだよ、キソキソ鳴く動物なんじゃねえの!? 名付けてキソネズミかぁ!?」
ユールは大声で反論したくなる衝動を懸命にこらえる。
「僕を動物だと思ってくれてもかまいません。だけど、これは必要なことなのです」
「この無能がぁ!!!」
業を煮やしたマリシャスがついに怒鳴り散らす。
すると、ローブをつけた男が修練場に入ってきた。
「その通りです、マリシャス殿下」
赤紫色のローブを身につけ、やや長めの黒髪の魔術師。ハンサムだが、神経質そうな印象も受ける。
男の名はモルテラ・アンカインド。ユールより年上の22歳で、彼もまた宮廷魔術師の一人である。
「モルテラさん……」とユール。
「ユール、お前はもっと殿下を信頼したらどうだ? 殿下は基礎など学ばずとも、魔法を極められる才能を持っておられる」
モルテラの言葉にマリシャスも得意げな表情になる。
だが、ユールは首を振った。
「いえ、これが僕のやり方ですから……せっかくのアドバイスはありがたいですが、マリシャス様のことは僕にお任せ下さい」
ユールにもプライドはある。マリシャスの教育は自分がやる、と強く拒んだ。
この日の修練はこれで終わったが、マリシャスは自分を褒め称えてくれたモルテラに近づく。
「モルテラ……俺はあんな奴より、お前に魔法を教えてもらいたいよ。どうにかして、あのバカを排除する方法はないか?」
「でしたらいい方法がございます、殿下……」
モルテラは怪しく微笑んだ。
***
あくる日、ユールはいつものようにマリシャスに瞑想をさせようとする。
不真面目ながら瞑想をこなしている結果は出ており、ユールは近いうちに本格的に魔法を教えることもできるだろうと踏んでいた。
だが、マリシャスは癇癪を起こす。
「もう瞑想なんかやりたくねえ!」
せっかくここまで来たのだからとユールも説得を試みる。
「瞑想こそが、基礎こそが大事なのです! どうか僕を信じて――」
「そういやお前、騎士団長の娘と付き合ってるんだってな? 名前は……エミリーっていったか」
唐突に話題が切り替わった。心の準備ができていなかったユールは動揺する。
「な、なにを……!」
「騎士団長の娘なんて、きっと若い騎士どもと遊びまくってるんだろうな。まあお前みたいな奴にはお似合いのアバズレだよ」
自分のことはどんなにバカにされても堪えてきたユールも、これには――
「て、訂正して下さい! 彼女はそんな人じゃない!」
つい掴みかかってしまう。マリシャスが悲鳴を上げる。
「うぎゃあああああっ!」
「え……!?」
わざとらしくマリシャスが倒れ込む。
すかさずモルテラが部屋に飛び込んでくる。
「大丈夫ですか、殿下!」
「こいつ……いきなり俺に殴りかかってきて……!」
「なんてことを……ユール、お前!」モルテラが睨みつける。
「しかも……血が……いてえ……」
マリシャスの右腕の袖が赤く染まっている。ユールはそんなところは掴んでいないのだが、動揺していて気づけない。
「ユール、お前は終わりだ! なにしろ王子である俺に傷をつけたんだからな!」
「その通りだ……宮廷魔術師ともあろう者がなんてことを!」
「あ……ああ……」
二人に責め立てられ、ユールは目の前が真っ暗になる感覚を抱いた。
リティシア王国で、春も始まったばかりの頃の出来事であった。