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第28話 悪徳領主オズウェル・スフェーン

 やや蒸し暑い日の午後、ユールは中央通りで買い物をしていた。

 するとエルフの少年ティカに出会う。


「ティカ君!」


「あ、ユールの兄ちゃん!」


 ティカは木箱を持っていた。


「なにやってるの?」


「オイラ、ゲンマの兄ちゃんの紹介で配達業やってんだ」


 ティカの素早さを生かせる職業である。

 それにしても盗賊をやっていたティカに荷物を任せる職業をやらせてくれるとは。ユールは住民らの寛容さに感謝する。


「じゃあねー!」


 ティカがものすごい速さで駆けていくと、入れ替わるように巨大な馬車が現れた。

 町役場に向かっているようだ。

 ユールはこの光景に覚えがあった。


「また王都からの役人が来たのかな?」


 ユールのつぶやきを近くにいた町民が聞いていた。


「ユール君、あれは役人なんかじゃないぜ」


「違うんですか? じゃあいったい……」


「もっと最悪な奴さ……」


 町民は吐き捨てるように言った。



***



 町役場では会議が行われていた。

 フラットの町では夏の終わりにフェスタが開催される。それに向けての話し合いである。

 町長ムッシュを始め、大勢の役人が予算をどう使うかに意見を出し合う。あの気難しいハロルドですら、祭りは楽しみなのか笑顔を見せている。

 だが、その楽しげなムードはあっけなく崩れ去ることになる。


「なにをやっておる。ちゃんと仕事はしてるのか、仕事は」


 恰幅のよい中年男が入ってきた。白髪に白髭、大きな鷲鼻を持ったこの男こそ、フラットの町周辺の地域を治める領主オズウェル・スフェーンである。伯爵位を持ち、衣類は高級なもので固められている。さらにお供として、二人の護衛を連れている。


「こ、これはオズウェル様!」


 町長ムッシュが真っ先に反応する。


「いらしてたのですか……!」


「領主が自分の領地を見回って、何が悪いのだ?」


「いえ、そういう意味では……」


 揉み手をする勢いで、オズウェルに近づく。ムッシュはオズウェルの前では必ずこうなってしまう。領地の王ともいえる領主と、その領主の下請けのような立場に過ぎない町長の関係では、無理のないことなのだが。


「それで……ご用件は……」


「来月から、この町にかける税金を引き上げる。通達しておけよ」


 いきなりとんでもないことを言い放った。


「え……」


「なんだ、文句があるのか」


「い、いえっ、そんなっ!」


 オズウェルに睨まれるとムッシュは何も言えない。


「それと、これはなんの話し合いをしているのだ?」


「これは……夏に開かれるフェスタの話し合いを……」


 オズウェルの表情が曇る。


「下らんことをしおって。ワシが治める町で最もランクが下のこの町に、そんなことをやる権利があると思うのか?」


「しかし、毎年の楽しみですので……」


「フェスタは中止しろ。それとそれに使う予算はワシに収めるように。よいな」


 これには周囲がざわつく。が、誰も抗議はできない。領主の権限は強く、町長や町役人が楯突けるものではない。ハロルドも歯噛みしている。


「用件はこれだけだ。しばらくはホテルに滞在することにする。ワシがいる間、怠けていたら承知せんぞ」


 役場を出て行こうとするオズウェルに、ムッシュが食らいついた。


「お、お待ち下さい!」


 役場に勤めて二十数年、町長ムッシュが初めてオズウェルに意見を言う。


「夏のフェスタは皆の楽しみなのです! どうか、どうか……中止させないで下さい!」


「貴様、ワシに意見するのか?」


「そ、そうです。どうか……」


「ワシがその気になれば、貴様なぞさらに辺境に追放することもできる。それでもよいのか?」


 自身の進退を人質に取られた格好だが――


「かまいません! 祭りができるのあれば……!」


 怯まないムッシュに、オズウェルは苛立ちを覚える。無視して立ち去ろうとする。


「待って下さい! せめて祭り中止の撤回を……!」


 しがみつかんばかりの勢いのムッシュに、オズウェルはお供の一人に命じる。


「おい! どうにかしろ!」


「はい」


 お供の一人――黒髪黒ローブの魔法使いペトロは風の呪文を唱えた。

 ムッシュは風に吹き飛ばされ、壁に頭を打ち付けてしまう。うめき声を上げ、動かなくなる。

 これにハロルドが立ち上がった。


「なんてことをするのです! 町長は自分の意見を述べただけじゃないですか!」


 食ってかかるハロルドに、お供のもう一人――若く角刈り頭の甲冑をつけたグランツという護衛が容赦ない鉄拳を浴びせる。


「うぎゃっ!」


 ハロルドは鼻血を出して、うずくまる。


 オズウェルはそんな二人を心配する素振りすら見せず、役人たちを睨みつける。


「クズどもが……。よいか、税の引き上げと予算の徴収、言う通りにしておけよ。でなくばお前らも同じ目にあうぞ」


 頭を打ち付けたムッシュと、大量の鼻血を出すハロルド。

 荒事に慣れていない役人たちは青ざめ、うなずくしかなかった。


 役場を出たオズウェルの暴虐は続く。町一番のホテルを他の観光客を追い出し無理矢理貸し切りにし、しばらく宿泊することに決めた。

 むろんフラットの町の評判は下がるが、他の町の経営に力を入れているオズウェルにとってこの町はどうでもいい存在であり、知ったことではない。極端な話、フラットの町が何らかの原因で滅んだとしても、彼は心を痛めないだろう。


 お供の一人グランツが言った。


「オズウェル様、ちょっと町で遊んできてもいいですか?」


 グランツが何をするか、オズウェルも察する。


「かまわんぞ。たまには運動するのもいいことだ」


「ありがとうございます」


「では小生も……」と魔法使いのペトロ。


 オズウェルはうなずく。


「大いに暴れてこい。この町のクズどもなど、お前たちの練習台にちょうどいい」



***



 グランツは西区域にいるゲンマたちのところに来ていた。


「……!」


「よぉ、ゲンマ。去年お前らをボコボコにして以来……か」


 グランツは挑発を続ける。


「今俺はオズウェル様のお供でこの町に来ててな。遊びに来てやったんだよ。どうだ、またかかってこいよ。前みたいによ」


 かつてゲンマはオズウェルの横暴に我慢できなくなり、ゲンマ団を率いて襲いかかったことがあった。結果は――グランツ一人に返り討ち。

 ゲンマとしても借りを返したいところではあるが、ぐっと堪える。


「俺らはもう喧嘩はやめたんだ」


「は?」


「だから引き上げてくれよ。頼むから」


 ユールとガイエンに出会い、少しずつ騎士道精神を身につけつつあるゲンマ。むやみに喧嘩はしないと心に決めていた。

 だが、そんなゲンマをグランツは鼻で笑う。


「田舎町のチンピラがなにかっこつけてんだ。だったら喧嘩したいようにさせてやるよ」


 グランツはいきなり、ゲンマの手下を殴り飛ばす。


「てめえ……!」


「来いよ。お前らはどこまでいってもしょせんチンピラなんだよぉ!」


「くうう……!」


「兄貴、抑えて!」ニックがゲンマの前に立つ。


 だが、そんなニックもグランツの鉄拳を浴びる。


「ぐはぁっ!」


 これでもう、ゲンマの堪忍袋の緒が切れた。


「やってやるよ! クソ野郎!」


「ハハハ、少しは相手になってくれよ? 元騎士であるこの俺のなァ!」



***



 一方、魔法使いのペトロはイグニス兄妹に会っていた。


「小生を覚えてくれてるとは光栄だ」


「“小生”なんて使う奴、他に知らねえよ」イグニスは顔をしかめる。


「おやおや、嫌われたものですねえ」


「で、なんの用だよ?」


「この町には魔法使いはあなたらぐらいしかいないのでね。ちょっと相手してもらおうと思いまして」


 ペトロの用件もやはり腕試しだった。


「悪いけど、やらねえよ」


「そうよ、帰ってよ!」


 イグニスもネージュも断る。すると――


「小生があなたがたのお父さんを怪我させたと知ってもですか?」


「え?」


「町長のムッシュさん……先ほどオズウェル様に歯向かって、小生が風魔法で吹き飛ばしてあげたんですよ。生きてるといいですが……」


「な、なんだと!?」


「あなたがたはオズウェル様に逆らえないお父さんに嫌気が差して、家を出たんですよね? 息子と娘に頼もしい姿を見せたかったのかもしれませんね……結果はあのザマですが」


「よくも親父を!」


「許せない!」


 半ば絶縁していたとはいえ、父を傷つけられたことは許せなかった。


「やるぞネージュ!」


「うん、兄さん!」


 魔力を練り上げ、二人は合体魔法を放つ。


氷炎吹雪ファイブリザード!」


 炎と氷のつぶてが飛ぶ、ユールも認めた合体魔法。

 ペトロに炸裂し、自慢の黒ローブにも穴を開ける。が、倒せてはいない。


「やりますね……。ここまで腕を上げているとは……」


 評価はしたものの、ペトロの眼光に殺意が宿る。


「ならば小生もお見せしましょう。宮廷魔術師にまで上り詰めた小生の実力を! ――大地の手(アースハンド)!」


 地面が盛り上がり、手のような形になる。その巨大な手が兄妹に掴みかかる。

 二人の悲鳴が上がった。



***



 夜、ユール宅。食卓を囲むユールとガイエンとエミリー。

 ユールは昼間に会ったティカについて話す。


「ティカ君も頑張ってましたよ。自分の役割ができて生き生きしてました」


「うむ、それはよいことだ」ガイエンはうなずく。


「あの子の足の速さなら、配達業なんてピッタリじゃない!」


 ドアを叩く音がした。

 ユールが出ると、客はティカだった。


「あら、噂をすれば」エミリーが微笑む。


 しかし、ティカは青ざめている。ユールが心配そうに尋ねる。


「どうしたの、ティカ君? 何かあったの?」


「た、大変なんだ……。ゲンマの兄ちゃんたち……みんな大怪我して診察所に運ばれたって……。あと、イグニスの兄ちゃんたちも……オイラはとにかく知らせなきゃって思って……」


「……!」


 この知らせに、ユールたちは夕食どころではなくなってしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 伯爵風情が、公爵の弟子達に手を出したら…。 こいつら、終わったな。圧倒的な実力差を突きつけられて、増税も何もかも吹き飛ばされるんだな。 たとえ領主でも、自分の上にいる者がこの街に居るなん…
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