第26話 エルフの盗賊ティカ
翌日、ユールはゲンマたちやイグニス兄妹を集めた。
彼らは元々西区域でいがみ合っていたので、顔を合わすと多少の小競り合いが発生する。
「イグニス、相変わらず妹と二人暮らししてんのか。無理しないでとっとと町長んとこ帰れや、お坊ちゃん」
「ハッハー、うるせえぞゲンマ! お前こそチンピラやめたとかいって、相変わらずお山の大将やってんだな!」
ユールが慌ててなだめる。
「まあまあ、喧嘩はやめよう。それより、君たちに頼みがあるんだ」
ユールの頼みとは――
「僕やガイエンさん、エミリーさんの悪い噂を流して欲しいんだ。住んでる場所もね」
その後、ゲンマやイグニスたちは言う通りにした。
といっても、フラットの町ではすでにユールたちの活躍が知れ渡っており、悪い噂を流すというよりは「町のみんなで協力してユールたちを悪者に仕立てる」という感じになった。
「ユール君に魔法でひどいイタズラされたわ……」
「ガイエンさん、あれほど凶暴な人はいないよ! こないだも殴られた!」
「エミリーちゃんの薬を塗ったら肌がひどく荒れて……」
町民たちが協力して、「ユールたちは悪い奴」とデタラメな話をし、情報を流す。
むろん、“ある人物”に聞かせるために。
***
夕刻近く、ユール宅に近づく影があった。
エルフの盗賊少年である。
針金で鍵をあっさり開けて、中に忍び込む。
あとは適当に盗みを働いて、「魔法でイタズラするな」「暴力振るうな」「変な薬売るな」と書かれた紙を置いて行けば、彼の仕事は完了となる。
ところが、少年を出迎える声があった。
「待ってたよ」
ユールが立っていた。
「待ってたわ」
エミリーが腰に両手を当てている。
「待っていたぞ」
ガイエンが腕組みしている。
「お前ら……オイラを嵌めたな!?」
「うん、どうも君は家庭で問題を抱えてる家を狙ってることが分かった。だから僕らが悪い奴って噂を流してもらったんだ」
「ちっ、お前らなんかにこのティカ様が捕まるもんか!」
少年ティカは外に逃げようとするが、障壁に阻まれる。
「なんだこれ!?」
「結界を張っておいたんだ。君はもう出られないよ」
「うぐ……!」
追い詰められたティカは、懐からナイフを抜いた。ユールとガイエンは無反応だが、エミリーは「ひっ」と声を漏らす。
「結界外せ! でないと刺すぞ!」
「刺してみるといい」
ユールはかまわず近づいていく。
「なにやってんのユール!」たまらずエミリーが叫ぶ。
「エミリーさん、お父さん、もし僕が彼に刺されて死んでしまっても、彼の事は見逃してあげて下さい」
「よかろう」ガイエンは即答する。
「ちょっ、なに言ってんのよ! あとはあの子を捕まえるだけなのに!」
「黙れエミリー、ユールに従え」ガイエンはユールの意志を尊重するようだ。
ユールはティカに近づく。
ティカは何度も「刺すぞ!」と言うが、ユールは怯まない。
さらにユールは歩を進め、ティカの持つナイフの間近に立つ。ティカが少しでも踏み込めば、刃はユールに刺さる。
「ユール!」エミリーが悲鳴のような声を上げる。
「うっ、ううう……ごめんなさい……!」
ティカがナイフを落とした。
これを見て、ユールも安堵する。
「よかった、君はやはり悪い人じゃなかった」
元々ティカに悪印象を持っていなかったユールは、彼をただ捕まえるより、内に秘めた善の心を引き出してやりたかった。そのために我が身を呈したのだ。
エミリーはすぐさまユールに抱きつく。
「ユール! もう……無茶するんだから! 刺されてたらどうするのよ!」
「エミリーさん、ごめん」
この様子を見ていたガイエンは苦渋に満ちた表情をしつつ、「今回は仕方ない」と二人のハグを見逃した。
町を騒がせた盗賊ティカへの尋問が始まる。
まずはガイエンから質問を投げかける。
「お前はエルフ族だな」
「……!」ギクリとするティカ。
「吾輩はエルフ族と縁があってな。お前の身体能力や尖った耳を見て、すぐに分かった」
ティカは黙秘している。
「しかし、解せんのだ。エルフ族は高潔な種族、それがなぜコソコソと盗みを働くような真似をしているのかが分からんのだ」
これにティカが反応する。
「あいつらが高潔? ふん、クソ真面目で頑固なだけだい!」
「その気性では、他のエルフとは反りが合わなかっただろうな。それで、人間の世界に出て行ったというわけか」
「うん……だけどやっぱりオイラの居場所なんかなくて……」
人間たちも決して余裕があるわけではない。身元の知れない耳の尖った少年を受け入れる素地などなかなかないだろう。
「食うために盗みを働くようになった、と」
ティカは黙ってうなずく。
「じゃあ、なんでちょっと問題のある家ばかりを狙ったの? 生活を改めるよう置き手紙まで残すような真似して」
エミリーが尋ねる。
「人間にはオイラの目から見ても、ひどいことしてるなって連中が多いからさ、それで……」
「エルフ族の血がそうさせたのかもしれんな。悪い者、だらしない者を見ると黙ってはおられない。彼らはそういう種族だ」
「盗みはやるけど、他人のそういうのにも我慢できなかったってこと? 難儀な性格ねえ」とエミリー。
ティカも自分の矛盾には気づいていたようで、反論もできずうつむく。
「ティカ君」
ユールが話しかける。
「盗みはよくないことだし、後で町のみんなに謝りに行こう。僕もついていく」
「うん……」
「それでもし許してもらえたら、この町で暮らしてみる気はない?」
「え……!?」
「君が生き方を迷っているのはよく分かったからね。ここで一度腰を落ち着けてみるのもいいんじゃないかな、と思ったんだ」
「そうね。勢いでエルフの集落を出たはいいけど、どうしていいのか分からなくなっちゃったみたいだし」
ティカは渋い顔をしている。
「でも、オイラは……やっぱり捕まった方が……」
自分の行いを顧みると、エルフ族として自分を許せないところもあるのだろう。
「よいではないか! 誰だって過ちはやらかす! 吾輩も若い頃はよく命令違反をしたものだ! 手柄を立ててどうにか切り抜けたものだがな!」
ガイエンが大声を出す。
「ティカよ、吾輩も一緒に謝ってやる。その後の沙汰によってはこの町で暮らせ! これは騎士団長命令だ!」
「う、うん……」
ガイエン特有の強引さで、話をまとめてしまった。
「その後エルフの集落に戻りたくなったら、吾輩もついていこう。彼らも吾輩がいれば、お前を許してくれるはずだ」
「おっちゃんは……何者なの?」
「ああ、名乗っていなかったな。吾輩はガイエン・ルベライトだ」
「ガイエン……!?」
ティカが目を丸くする。
「オイラが生まれる前……エルフ族を助けてくれたっていう大英雄じゃんか!」
「大英雄……!?」ユールとエミリーは驚く。
「そんな大したものではないがな。無茶をやっただけだ」
ティカの話を聞く。
ティカは14歳なのだが、20年前エルフの集落はトロール族の襲撃を受けた。
騎士団はたまたま近くにいて、その危機を察知したのだが、騎士団としては「関知せず」という方針になった。
だが、若かったガイエンはエルフ族を放っておけず、当時の団長の命令も無視して飛び出した。
エルフ族の援軍となったガイエンはその剣術で彼らを救い、トロール族を追い払った。命令無視の件もエルフ族からもたらされた返礼の品が優れたものだったため不問とされた。
「父ちゃん母ちゃんも言ってたよ。『ガイエンさんがいなきゃエルフ族は全滅してた』って」
「ありがたいことだ」
エルフ族にとっての大英雄ガイエンには従うということになり、ティカはフラットの町の人々に謝ることとなった。
さいわい被害者たちも「大した被害じゃないし、自分の生活を見直すことができた」と寛容に許してくれた。
その後ティカは、スイナのように西区域で暮らすことになった。
「変な奴は俺が面倒見てやる!」
今や西区域の顔役といってもいいゲンマは乗り気であった。
こうしてエルフの盗賊ティカの騒動はひと段落した。
落着の後、ユールはガイエンがエルフ集落を救った逸話を持ち出す。
「お父さんはすごいですね。エルフ族の人たちを救って、色んな伝説を作って……」
「無茶の結果が語り継がれるようになっただけのこと。それにユールよ、これからはお前たちの時代だ。宮廷魔術師は辞めるはめになったが人生は長い。無茶をやり、過ちを繰り返しつつ、伝説を作っていけ!」
「はい!」
力強く返事をするユールに、エミリーが抱きつく。
「そうよね。私たちで新しい時代を作りましょう!」
「エミリーさん……」ユールの頬が赤くなる。
すると、ガイエンは――
「ええい、まだまだお前にエミリーを渡すわけにはいかん! 吾輩の時代はまだ終わっておらん! これからだ! これから吾輩の時代“ガイエン・エイジ”が始まるのだぁぁぁぁぁ!!!」
エミリーは目を細める。
「なんなのよ、“ガイエン・エイジ”って……」
一方のユールは嬉しそうだった。
まだまだガイエンの時代は続く。そして、そんな偉大な騎士団長にいつか追いつきたい、と――




