第22話 女剣士スイナ登場
フラットの町の中央通りをユールとエミリーは歩いていた。
ユールは夏になったら、普段よりも人通りが多くなったと感じる。
「なんだか……人が増えた?」
エミリーが答える。
「ああ、ノナちゃんに聞いたけど、夏になると結構よそから人が来るみたいよ、この町」
「そういうことか……」
フラットの町は田舎町とはいえそれなりに大きく、近くに山や川があるので、バケーションを楽しむ場所としては優れている側面がある。
「じゃあきっと色んな人が来るんだろうね」
「そうね。町としては稼ぎ時よね、きっと」
そう、夏になるとフラットの町には色々な人間が来るのである。
色々な人間が――
***
ユールたちが自宅近くの空き地を通ると、ゲンマとニックがいた。
今日はガイエンが出かけており訓練はないのだが、自主的に訓練しているのだ。
「いくぞぉ、ニック!」
「来いっす、兄貴!」
防具をつけ木剣で立ち合う二人に、ユールが話しかける。
「二人とも、今日ガイエンさんはいないのにどうしたの?」
「そりゃもちろん強くなりたいから鍛えてるんだよ!」
「そうっす!」
こう答える二人にユールは感心する。
しかし、エミリーはニヤリと笑う。
「だけどあなたたちがブレンダさんの酒場を荒らしたり、私をさらおうとしたことは、まだ忘れてないけどね」
「あうぐ……す、すまなかった……」
「ごめんなさいっす……」
ゲンマたちも反省しているようだ。
なお、彼らのブレンダの酒場への出禁はすでに解けている。
「冗談よ、冗談。訓練、怪我しないようにね」
快活に笑うエミリーを見て、ユールは「エミリーさんは素敵だ」と惚れ直してしまうのだった。
***
二人で訓練を続けるゲンマとニック。
「俺らもだいぶ強くなったよな!」
「ええ、これもガイエンさんのおかげっす!」
「今ガイエンと言ったか?」
二人に若い女が近づいてきた。軽装ではあるが鎧を身につけており、腰に剣を帯びている。剣士であることがうかがえる。長い黒髪を持ち、美しいといえる容貌だが、眼光は鋭い。
ゲンマたちは警戒する。
「誰だ、てめえ?」
「私の名はスイナ。最強を目指す剣士だ」
いきなり「最強を目指す」などと言われ、ゲンマとニックはきょとんとする。
「ガイエンさんになんか用っすか」
「ガイエン殿はこの国でトップクラスの騎士と聞いた。最強を目指す上で避けては通れない存在だ。ぜひ勝負がしたい」
ゲンマとニックもすでにガイエンの素性は知っている。
だからこそ、ガイエンを求めてこの町に来たことを疑問に思う。
「なんでガイエンさんがこの町にいるって知ってるんすか?」
「実は王都で騎士団に試合を申し込みにいったのだ。そしたら門前払いされてしまった。その後、ガイエン殿は今フラットの町にいると聞いてな」
騎士団に勝負を申し込むなど、常識ではありえないことだ。
「こいつバカなんじゃねえか?」とゲンマ。
ニックもうなずく。
「バ、バカではない!」スイナは怒る。「いいからガイエン殿の居所を吐け。痛い目にあいたくなければな」
こうまで言われてはゲンマも落ち着いてはいられない。彼は元々余所者が嫌いである。
「てめえみたいなイカれた女に教えるわけねえだろ!」
「あ、兄貴!」
「黙ってろニック! スイナとかいったか。てめえは俺が叩きのめしてやるよ!」
スイナがため息をつく。
「やれやれ……相手の力量も測れないとは哀れなものだな」
「うっせえ! 勝負だ!」ゲンマが構える。
「相手してやる」スイナも剣を抜く。
ゲンマは力強い踏み込みから、基本に忠実な一閃を見舞う。が、スイナは涼しい顔で避ける。
「なっ!?」
次々に攻撃を仕掛けるが、スイナには紙一重でかわされてしまう。舞うようなフットワークに翻弄されている。
「当たらねえ……!」
「多少剣をかじってるようで驚いたぞ。だが私には勝てん」
「くそっ!」
スイナの剣が喉元に突きつけられる。
以前のゲンマならここから悪あがきをしただろうが、もはや勝負は決したと悟っていた。
「ガイエン殿はどこだ?」
「ぐ、ぐぐ……!」
意地を張るゲンマに代わって、ニックが答える。
「ガイエンさんは俺らに剣を教えてくれるっす。今日はいないけど、多分明日はいるかも……」
「そうか」スイナは納刀する。
去り際――
「明日、また来る。ガイエン殿にそう伝えておいてくれ」
颯爽と遠ざかる背中に、ゲンマはうなだれるしかなかった。
***
ユールの自宅。
ゲンマとニックはガイエン、ユール、エミリーにこのことを伝えた。
「吾輩に挑戦者か……受けるしかないだろうな」
「夏には色んな人が来るなんて話をしたけど、こういう人も来ちゃうのねー」とエミリー。
ゲンマはまだうなだれている。ガイエンがそれに気づく。
「どうしたゲンマ、負けたことが悔しいのか」
「悔しいよ……」
それはそうだとユールは思う。ゲンマは少し前まではチンピラたちのまとめ役だったのだから。余所者に負け、プライドが傷つけられただろう、と。
しかし、理由はそうではなかった。
「なんつうか、おっさんの名前に傷つけちまった気がして悔しいんだ……」
自分が負けたことで、自分の師であるガイエンの名を汚してしまったような気がした。
ゲンマはそれが悔しかったのだ。
「兄貴……」
「おっさんとユールに負けた時だって、ここまで悔しくなかったのに……ちくしょう」
するとガイエンはゲンマに微笑みかける。
「お前も成長したようだな」
「え……?」
「かつてのお前はチンピラのリーダーだったとはいえ、自分のために戦っていた。だが今日のお前は、吾輩の名誉のために戦っていたのだろう。それは国や愛する者のために戦う騎士の精神に近いものだ。負けはしたが、そんなことはどうでもいい。吾輩の名誉を守ろうとしたお前の成長が嬉しい」
「くっ……!」
励まされ、感極まるゲンマ。
これを見て、ユールはガイエンの器の大きさを改めて感じ取った。
「お父さん、あなたが騎士団長に任命されていた理由、今改めて分かったような気がします。あなたを団長とする騎士の皆さんは幸せですね」
「ふ、ふんっ! そうやって褒めたって、吾輩はお前とエミリーの交際はまだまだ認めんぞ!」
これを聞いたエミリーは肩をすくめる。
「器ちっさ!」




