第2話 騎士団長のお父さんにご挨拶
騎士団長ガイエン・ルベライト。
エミリーの父にして、ルベライト家の現当主。伯爵の爵位を持つ。
しかし、ガイエンが騎士団長の座についたのはれっきとした実力によるものである。高い剣と槍の実力を備え、騎士たちからの人望も厚い。
若い頃から鍛え続けた彼の肉体は、48歳を迎える今もなお鋼で覆われている。
「貴様が……娘と付き合っているという男か」
ガイエンがユールを睨みつける。
「は、はいっ!」
ユールは緊張のこもった声で答える。
「魔法使いだそうだな。近頃、吾輩の周囲でも武芸よりも魔法を学びたいという若者が増えていると聞く。力も使わず、火を出したり風を出したりできるとか。吾輩も見たことはあるが、確かに見た目は派手で、憧れる者が多いのも無理はない」
だが、とガイエンは続ける。
「地道に剣や槍の稽古に励むのを忘れ、魔法などに頼るなどというのは嘆かわしい風潮だ。水が低い方に流れるように、楽な方へ楽な方へ流れる昨今の若者の姿を表しているようだ」
ガイエンは魔法を痛烈に批判した。挨拶に来たユールに対する強烈なストレートパンチのつもりなのは間違いないだろう。
これに対し、ユールは眉を引き締める。
「待って下さい、ガイエンさん」
「ん?」
まさか反論してくるとは思わなかったのか、ガイエンの顔に狼狽が浮かぶ。
「魔法を学ぶことは決して楽ではありません。魔法を会得するためには地道な学習と修行が不可欠であり、僕も死に物狂いで勉強しました。確かに魔法学校には“魔法は派手そうだから”“楽そうだから”という理由で通い始める生徒もいました。しかし、そういった生徒はみんな授業についていけず、辞めていきました。魔法使いは決して楽な方へ流されるような人間になれるものではありません。どうか認識をお改め下さるよう、お願いします」
「む……」
理路整然とした反論に、ガイエンはぐうの音も出ない。
これを見て、エミリーは内心ほくそ笑む。
ユールは決して穏やかなだけの男ではない。いざという時には絶対に曲げない芯の強さを持っている。特に魔法に関しては、宮廷魔術師だけあって高い矜持を備えている。
「……ふん。思ったよりも骨のある男のようだ」
「ありがとうございます」
ユールもまた、内心はドキドキであった。凛々しい顔つきを維持しつつも、出過ぎた発言をしてしまったと脳内反省会を始めている。
だが、エミリーは楽観していた。
父ガイエンは、ユールのように臆せず意見を言う男が好みだと知っているから。騎士団でも、ガイエンは自分のやり方に異を唱えてくるような騎士を可愛がる傾向にある。
つまり、ここまでの流れはユールとエミリーにとっては最善の流れだった。
「まあいい。しかし、吾輩はまだ貴様という男を認めたわけではないぞ」
「分かっております」
両者の間に緊張感が漂う。
「エミリーは騎士団長の娘だ。当然、相手もそれに相応しい男でなければならん。魔法使いならば……そうだな。せめて宮廷魔術師ぐらいの肩書きがなくては話にならん」
「あ……」思わず声を上げるユール。
ニヤリと笑みを浮かべ、エミリーが割って入る。
「お父様、宮廷魔術師なら私の相手に相応しいのね?」
「ああ」
「本当に?」
「くどいぞ。騎士に二言はない!」
「ユールはね、正真正銘の宮廷魔術師なの!」
「な……なんだと!?」
言質を取ってから、エミリーはユールが宮廷魔術師だと明かした。
ユールは「宮廷魔術師だということは内緒にする」というのはこういうことだったのかと納得した。
「バカな……こんな若造が……」
「本当です」ユールも答える。
ガイエンも、ユールは嘘をつくような男ではないとこの短時間で分かっていた。
「嘘をつけ」「調べればすぐ分かる」といった言葉を吐いても無意味だと飲み込む。
「汚いぞエミリー! さてはわざと隠しておったな!?」
「まあねー、私から彼に言っておいたの。そしたら案の定、私の思った通りの展開になったわ。さてお父様、まさか騎士団長ともあろう方が、二言はないわよね?」
「ぐ、ぐぬう……!」
喜ぶエミリーに対し、ユールは騙し討ちをしたような申し訳なさを抱く。
「さあお父様、ユールのことを認めてくれるの!?」
エミリーがダメ押しする。
ガイエンは歯噛みしつつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わ、分かった……。み、認めて……認めて……」
「往生際が悪いわよ!」
「認めて……やろう!」
エミリーは「やった!」と声を上げ、ユールは胸をなで下ろす。
ガイエンは恨めし気に二人を見つめる。
「……で、式はいつだ?」
「式?」エミリーがきょとんとする。
「結婚式はいつだと聞いている! 教会には話を通してあるんだろうな! なんなら吾輩から話を――」
これにユールとエミリーは焦る。
「ま、待って下さい! ガイエンさん!」
「そうよ。なんでいきなり結婚の話になるの!」
「えっ、違うのか?」
「今日はユールと私の交際を認めてもらおうと思って、挨拶に来たのよ!」
これを聞いたガイエンも安堵したように息を吐く。
「なんだ、驚かしおって……。ただの交際ならよかった……いや、よくない! よくないぞ、うん! 認めんぞ! 認めてたまるものかぁ!」
あまりに情緒不安定な父に、エミリーは呆れてしまう。
ユールはあくまで真面目に訴えかける。
「お願いします! 僕たち、真剣に付き合っているんです!」
ユールのまっすぐな眼差しに、ガイエンも目のやり場に困ってしまう。
「分かった、ひとまず認めよう。ひとまずな。“仮認め”というやつだ」
「ありがとうございます!」心から喜ぶユール。
「“仮認め”ってなんなの……」呆れるエミリー。
「若造。貴様、酒は飲めるのか?」
「飲めます!」
リティシア王国は18歳から飲酒を認められている。
「ふん……ならば持ってきてやる」
ガイエンは私室から一本のボトルを持ってくる。
「貴様如きにはもったいない酒だが、娘の顔を立ててやる。さあ、飲むがいい」
「いただきます」
「じゃあ私はちょっとだけ……」
酒を酌み交わす父と娘、そして娘の恋人。
「よいか。貴様を下らん男だと判断したら、吾輩はいつでも交際をやめさせる。肝に銘じておけ!」
「分かっております」
どんな悪党も震え上がる騎士団長全力の睨みを受け、ユールも冷や汗を流す。
しかし、酒が進むと――
「宮廷魔術師というのも大変だろう。今、王家には問題児がおるからな。あの王子は騎士団にもやってきて嫌味を言ってきて……」
愚痴をこぼし、
「地方の村から出てきたと……」
「はい。ですから都会のしきたりが分からなくて、恥をかいたこともあって……」
「恥じる必要などない! 自分は地方出身ですと堂々としておればよいのだ! しきたりなど、後からじっくり覚えていけばよいのだからな!」
アドバイスをし、
「勘違いするな! 吾輩は貴様を認めておらん! 『子供の名づけ親になって下さい』などと頼んできても、絶対引き受けんからな!」
「だ、大丈夫です!」
「だから気が早すぎだってば!」
先回りしすぎている叱責をすることもあった。
そして、一人こうつぶやくのだった。
「今のうちに姓名判断の本を買っておくか……」
一通りの挨拶を済ませたということで、ユールが帰ろうとする。
「ガイエンさん、今日はありがとうございました」
「ふん……」
そっぽを向いたままのガイエン。
「また……来るがいい」
「よろしいんですか」
「うむ、娘が惚れる程度の価値はある男だと分かったからな。ギリギリだがな、ギリギリ。家に来たらまた相手をしてやろう」
「ありがとうございますっ! お父さん!」
「だ、誰がお父さんだ! このせっかちめ! 義父との関係構築は焦ってはならんぞ!」
「す、すみません! ガイエンさん!」
このやり取りを見て、エミリーは「せっかちなのはお父様でしょうが」と内心呆れるのだった。
邸宅を出たユールとエミリー。
「とりあえず……“仮認め”とはいえ、お父さんが僕を認めてくれてよかったよ」
「だいぶ認めてたと思うけどね」
「ハハ、ありがとう。だけど僕も宮廷魔術師として頑張って、もっともっとお父さんに認めてもらわないと!」
決意を新たにするユールだったが、彼には思いがけない災難が降り注ぐこととなる。