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第15話 魔法使い兄妹イグニスとネージュ

 ある日、ユールは町役場にいた。

 といっても彼が頼む側ではなく頼まれる側である。

 依頼主はごま塩頭の町長ムッシュ。町長室にて、紅茶を出されるユール。


「ありがたくいただきます」


 一口飲むと、


「僕に……依頼とは?」


「まずは前置きをさせて下さい。あなたは、あのゲンマたちを更生させて下さったそうですね」


「正確には僕と……ガイエンさんで、ですが」


 ゲンマたちはガイエンに絶賛鍛えられ中であり、すっかり大人しくなった。


「正直なところ、あなたがここまでやるとは思いませんでした」


「どうも……」照れるユール。


「さて、あなたへの依頼というのは……ある兄妹きょうだいを更生させて欲しいのです」


「兄妹……?」


「町の西側はあまり治安がよくないというのはご存じでしょう。これまで、あの区域でトップといえたのはゲンマだったのですが、あなたがたに懲らしめられ、力関係が変わりました。代わって、西区域で力を振るっているのは、イグニスとネージュという兄妹なのです」


「兄がイグニスで、妹がネージュですね」


 ムッシュはうなずく。


「しかし、たった二人でトップの座に立ったんですか? すごいですね……」


「イグニスとネージュは二人とも魔法使いでして」


「魔法使い!? どこか学校に通ってたんですか?」


「いえ、このあたりに魔法学校はありませんからね。独学で身につけたようです」


「独学……!」


 ユールは素直に驚嘆する。独学で魔法を身につけるなど、そうできるものではない。


「しかし、魔法を悪事に使う者ほど危険なものもありません。いつかあの二人はとんでもないことをしでかす。だからお願いです。どうか、二人を止めて下さい!」


 ムッシュの力強い懇願に少し面食らうも、ユールとしても断る理由はない。

 魔法相談役はこういった悩みを解決するのが仕事ということになっているし、同じ魔法使いとして魔法で悪さをする輩は許せない。

 それに加え、独学で魔法を身につけたという兄妹に興味があった。


「分かりました……すぐにでも向かいます!」



***



 西区域はユールが暮らす東区域や役場のある中央部に比べ、やはり町並みが荒んでいる。とはいえゲンマたちを倒したユールは今さら恐れることもない。イグニスとネージュが縄張りにしているという場所に向かう。


 すると、10代半ばから後半の少年たちがなにやら相談し合っている。


「やべえよ、あいつら……」

「なんでこんなことに……」


 ユールが話しかける。


「どうしたの?」


 少年たちはユールを怪訝に思いつつも答える。


「イグニスとネージュって知ってる? その二人が今月から“上納金を取る”とか言い出して……ゲンマさんたちはこんなことしなかったのに」


「完全にどっかの犯罪組織気取りだよ、あいつら」


 元々は独学で会得した魔法を後ろ盾に同世代の人間をこき使う程度だったが、どんどん増長しているのが窺える。


「そんなのは払う必要ないよ」


「いや、でも払わないと何されるか……」


「大丈夫、僕に任せてくれ」


 兄妹の居場所を聞くと、ユールはその方向へ歩いていった。



***



 廃材が置いてある空き地に、二人の男女がいた。

 一人は短めの黒髪で、グレーのシャツに赤いズボンを履いている。眉は太目で、男前といえる顔立ちをしている。

 もう一人は雪の結晶の意匠が施されたローブを纏った若い女。髪は長めで、肌は白く、氷を思わせる冷たい美貌の持ち主。

 ただし、この二人こそがゲンマ団の後に西区域を仕切っているイグニス・ネージュ兄妹である。


 ユールが姿を見せると――


「ハッハーッ、来たか! 上納金は持ってきただろうな?」とイグニス。


「うふふ、私と兄さんへの貢物、早くちょうだいな」とネージュ。


「いや待て。誰だ、お前?」


「僕はユール・スコール。悪いけど、上納金はもらえないよ」


「なんだと?」


「あ、ちょっと待って、兄さん!」ネージュがユールの名前に反応する。「ユールって確か……ゲンマたちを倒した奴よ!」


「ああ! どこかで聞いたな!」


 イグニスらもユールたちのことは知っていた。


「そうかぁ、お前には礼を言いたかったんだ! あいつらが大人しくなったから、おかげで俺たち兄妹がここらを仕切ることができるからな!」


「仕切るって……他の少年たちから上納金を取ったりするってこと?」


「そりゃそうさ! 俺たちの天下なんだから!」


 ユールは二人を睨みつける。


「残念だけど君たちの天下は今日ここで終わる」


「へ? なんでだよ?」


「君たちは僕に負けるからさ」


 これに二人は大笑いする。


「ハッハーッ! あまり調子に乗るなよ! 俺たちは魔法の天才なんだ!」


「そうよね、兄さん」


「そうともさ、ネージュ!」


 ユールはこれには同意する。


「君たちは独学で魔法を会得したそうだね。確かに天才なのかもしれない」


「だろ!?」


「だけど、だからこそ僕には絶対勝てない」


「わけ分からねえこと言いやがって! だったら俺の力を見せてやる!」


 イグニスは右手に炎を呼び出す。

 そのまま拳を振るうように、炎の塊を飛ばす。


「俺が編み出した魔法! 炎の拳(ファイアフィスト)!」


 だが、ユールはその炎をあっさりかき消してしまう。


「な……!?」


「兄さん、次は私が!」


 ネージュは掌に冷気を呼び出すと、それを弾丸のように飛ばす。


寒冷弾コールドブレッド!」


 同じようにかき消される。


「なんでよ……!」


「君たちはどうして僕が君らの魔法をかき消せたかも分かってないだろうね」


 ユールの言葉に、兄妹はたじろぐ。が、すぐに戦意を取り戻す。


「だったら……あれやるぞ、ネージュ!」


「うん、兄さん!」


 ユールは「あれ?」と首を傾げる。


「喰らえ、俺ら兄妹の必殺魔法……氷炎乱舞ブルレドダンス!」


 青い冷気と赤い熱気が入り混じり、螺旋を描き、ユールめがけて踊るように襲いかかる。


「合体魔法か……すごいな」


 だが、これも――


「すごいけど、簡単に消してしまえる」


 必殺技も通用せず、唖然とするイグニスとネージュ。


「魔法ってのはね、その魔力の波長と正反対の波長の魔力を送り込むと相殺したり中和したりできるんだ。君たちの魔力は全然練られてなくて分かりやすいから、簡単にかき消すことができる」


 それに、と付け加える。


「今の魔法ぐらいなら、僕なら簡単に再現できる」


 ユールは氷炎乱舞ブルレドダンスをあっさり再現し、二人の近くの地面に叩きつけた。

 普段のユールならば、このような真似はしない。魔法をにわかに覚えて調子に乗っている輩には、力の差を見せつけるしかないという判断だった。


「か、勝てない……!」イグニスが膝をつく。


「兄さん……!」


「俺たちの負けだよ……。上納金取るなんて真似はしないし、もう金輪際魔法も使わない。きっぱり魔法はやめる」


 これにユールは異を唱える。


「ちょっと待った」


「え?」


「魔法をやめるなんてとんでもない! 君たち兄妹はすごい才能を持ってるんだ! 絶対やめちゃダメだ!」


「いやでも、あんたにボロ負けしたし……」


「僕に負けたぐらいで何を言ってるんだい! 独学であれほど魔法を会得できるなんてすごいことなんだよ! しかも合体魔法まで……! 君たちは自分たちの凄さをまるで分かっちゃいないんだ!」


 目を輝かせるユールに、戸惑う兄妹。


「しっかり基礎を学ぼう! ちゃんと瞑想して基礎を学べば、君たち兄妹はすごい魔法使いになれる! 今に僕だって超えられるかもしれない! だから、どうか魔法をやめないで欲しい!」


 兄妹はユールの熱心さに狼狽しながらもうなずいた。


「分かった……やるよ」

「兄さんがやるなら……私も」


 こうして兄妹もまた、ブレンダや町民たちに交じって、ユールの魔法教室に通うこととなった。



***



 後日、ユールは町長ムッシュに報告を行う。


「イグニス君とネージュちゃんは二人ともすっかり改心しましたよ」


「ありがとうございます……」


 感謝するムッシュ。


「しかし町長さん、やけにあの二人に肩入れしていますね。差し支えなければ、事情を教えて頂けませんか?」


 これに対しムッシュは――


「あの二人のフルネームはイグニス・ガロン、ネージュ・ガロンと申します」


「……?」


「私のフルネームは……ムッシュ・ガロンです」


「あ……! お子さんだったんですか!」


「ええ……」


「しかし町長さんのお子さんがなぜ、西区域に……?」


「私の“不甲斐なさ”が……気に食わなかったのでしょうね。ですから私の元を離れ、無法者気取りの生活をしていたのでしょう」


 うつむくムッシュ。

 ユールもまた、これ以上立ち入ったことは聞けなかった。

 ユールはまだ、フラットの町の“闇”の部分にほんのわずかに触れただけに過ぎなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] …今回の魔法対決で、ユールが魔法の基礎を大切にしてる理由が垣間見えた気がしますね~!…基礎を怠った毬シャツ野郎が本当に痛い目に合うのが待ち遠しぃ~! …兄妹の魔法も以外と凄いですね~!……
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