第11話 フラットの町のチンピラ・ゲンマ
フラットの町の西区域は治安が悪い。
原因は色々考えられるが、かつて富裕層が暮らす区域と貧困層が暮らす区域が分けられていたことの名残なのでは、と言われている。
ある廃屋で、30人ほどのチンピラたちが集会を開いていた。
ユールたちとも衝突したことのある「ゲンマ団」という一味である。
彼らを率いるのはゲンマという大柄な男だった。顔つきからして粗暴さとふてぶてしさが漂っている。
ゲンマが口を開く。
「王都から余所者が来たらしいじゃねえか」
これに対し、ユールたちとやり合った一人が答える。
「そうなんですよ! 魔法使いの優男と厳ついおっさんのコンビで……」
「優男とおっさんね……。ニック、お前のことだから調べはついてんだろ?」
ニックと呼ばれた小柄なチンピラが答える。
「へい、兄貴。魔法使いは役所から“魔法相談役”なんて役職をもらって、今は魔法教室ってのをやってるっす。あと、その恋人らしい女が露店で薬売ってるっすね」
「残るおっさんは?」
「よく分からねえっすけど……熊を倒したなんて噂があるっす」
「なんだそりゃ」
彼らからすると、ユールは魔法使い、エミリーは薬屋、ガイエンは“よく分からないが熊を倒したらしいおっさん”という認識になった。
「まぁいいや。俺は余所者が嫌いだ。王都から来たってんならなおさらだ! 泣く子も黙るゲンマ団の名に懸けて、そいつらブッ潰してやんぞ!!!」
ゲンマたちはユールら三人を標的に定めた。
***
昼下がり、エミリーは露店を開いて薬を売っていた。
「今日は美容系のお薬がよく売れたなぁ。フラットの町の女性はみんな美人になったりして……」
こんなことをつぶやいていると、ガラの悪い二人組が現れた。
「なによ、あんたら」
二人組は下卑た顔つきで話し始める。
「おめー、何とかっていう魔法使いのオンナだろ? ちょっと付き合えや」
「悪いようにはしねえからよ」
エミリーは二人を一瞥すると、
「ナメないでくれる? 私、そんな安い女じゃないの。あんたらに付き合うくらいなら、草むしりでもしてた方がマシよ」
刃物のように鋭い言葉で返す。
これに怒った二人組は――
「このアマ!」
「だったら無理にでも――」
エミリーは無言で一人に葉っぱを投げつけた。
「なんだこりゃ……ぐおおおおおおおっ!?」
「ネナールって葉っぱよ。慣れてないとすっごく臭いでしょ?」
もう一人には小瓶に入った液体をぶっかける。
「うわぁっ!? 何しやがる!」
「今かけたの……皮膚から侵入する猛毒よ。30分以内に洗わないと死ぬわよ」
「え……」
「ただし、洗えば助かるわよ」
にこやかに告げるエミリー。
二人組は一目散に逃げだした。
「くせええええええええ!!!」
「早く洗わなきゃあああああ!!!」
逃げ去ったのを確認すると、エミリーも一息つく。
「バーカ。かけたのはただの水よ。ったく、騎士団長の娘ナメないでよねー。とはいえ、もっと大勢来てたら危なかったかも」
その後、出かけていたユールとガイエンが戻ってくる。
露店の周囲が少し荒れているので、二人ともすぐ異変に気付く。
「エミリーさん、何かあったの!?」
「どうしたエミリー!?」
エミリーはすぐさまユールに抱きつく。
「ユール!」
「エミリーさん……!?」
「さっきね、変な二人組が私を襲ってきたの。私、怖くて怖くて……」
本当は大して怖くはなかったが、チャンスとばかりにユールの胸に顔をうずめる。
「もう大丈夫だよ、エミリーさん」
ガイエンは抗議をしたいが、状況が状況なので黙っている。顔は真っ赤になっているが。
「二人組ってどんな連中だったの?」
「いかにもチンピラって連中だったわ。ちょうどこの前酒場で撃退したような奴ら」
「あいつらか……」
「確かゲンマ団などと言っておったな」
「そうそう! よく覚えてたわね、お父様!」
娘に褒められ、ほくほく顔になるガイエン。
「ブレンダさんの酒場がちょっと心配だね……行ってみよう!」
エミリーと同じように標的にされているかもしれない。ユールたちは急いでブレンダの酒場に向かった。
***
ブレンダの酒場はひどい有様になっていた。
まだ営業前だったが、テーブルが倒され、酒瓶があちこちに散らばっている。
ブレンダは一人で掃除をしていた。
ユールたちがやってくると、いつも通りの笑顔で応対する。
「あら、いらっしゃい」
「ブレンダさん、これは……!」
「バカどもが暴れてってね。ま、よくあることさ」
犯人がエミリーを狙った連中の仲間だというのは明白である。
ガイエンが紙切れを発見する。
「これを見ろ、若造」
紙にはこんなことが書かれていた。
『こうなったのはお前ら余所者のせいだ。悔しかったらアジトまで来い』
ガイエンは紙を握り潰した。
「これは……売られておるな」
「ええ、売られてますね」
「どうする若造」
「決まってます。買いますよ、この喧嘩」
この答えにガイエンはニヤリと笑う。ユールが内に秘める激情を知って喜んでいる。
エミリーは二人を見て、こう声をかける。
「じゃ、私はブレンダさんと店を片付けてるから、二人もさっさと片付けてきてね」
「うん、分かってる。行きましょう、ガイエンさん!」
「うむ!」
店を出て行く二人を、ブレンダは慌てて止めようとする。
「待ちな! 二人の強さは知ってるけど、あいつらどんな罠を用意してるか……!」
エミリーはブレンダに笑いかける。
「大丈夫。だってあの二人は王国最強の魔法使い・騎士団長のコンビだもの」




