第1話 若き宮廷魔術師、令嬢と知り合う
リティシア王国は四季のある、景観に恵まれ、経済的にも豊かな国である。
ユール・スコールはそんなリティシアの地方の村で生まれた。幼い頃から魔法に興味を持っていた彼は、父母にどうしても魔法を習いたいと頼んだ。
決して裕福な家庭ではなかったが、父母は息子のために一生懸命働き、ユールも勉強に励み、10歳の時に特待生待遇で地方の魔法学校に入学することができた。
ユールは16歳で魔法学校を卒業、自身の魔法の腕を試すべく、王都に上京した。
ユールは王都で開かれる数々の魔法コンテストで優勝し、王都周辺のモンスターを退治するなど功績を重ね、弱冠19歳で宮廷魔術師に任命される。
宮廷魔術師は王家への魔法指南、宮廷の守護、魔法研究などが主な仕事で、定員わずか8名の選ばれた魔法使いしかなることができないエリート職である。
ユールはそんな地位を実力で掴み取ってみせた。
これと並行して、ユールは令嬢エミリー・ルベライトと知り合った。エミリーはユールの一つ年下で、薬学を学んでおり、その縁で知り合った。お互い各々の分野では高い能力を持つので、二人は交際を重ねながら、高め合うことができた。
出会いから数ヶ月、二人は王都のカフェでくつろいでいた。
長くさらさらとした金髪で、色白の肌、深緑の瞳を持つエミリーがユールにこう提案する。
「そろそろ、私のお父様にあなたを会わせたいんだけど」
「えっ……」
ユールは明るめの茶髪で、瞳の色もブラウン、青いケープと白を基調にしたローブを身につけた若者だった。顔つきは穏やかであるが、内に秘めた魔力は計り知れない。
「君のお父さんは確か騎士団長だよね」
「ええ、現役の騎士団長よ」
ユールに緊張が走る。
エミリーは幼い頃に母を亡くし、それをきっかけに薬師の道を選んだ。つまり父親にとってエミリーは大切な一人娘となる。
もし今後も交際を続けていくというのであれば、父親に挨拶するのが筋だろうし、避けては通れない道である。
ユールも引き締まった顔で答える。
「そうだね……僕と君は真剣に交際しているんだ。そのことをお父さんにも分かってもらいたいし、挨拶に行かせてもらうよ」
「ホント! じゃあ、明後日はお父様が家にいると思うから、その時にしましょう!」
「うん、分かったよ」
ここでエミリーは思い出したように、
「あ、そうそう。あなたが“宮廷魔術師”ってことは、内緒にしときましょ」
「え、どうして?」
「ま、いいから、いいから。私に考えがあるの」
エミリーの考えは明かしてもらえず、この日はこのまま別れることとなった。
***
約束の明後日、ユールとエミリーはルベライト家の邸宅前にいた。
ルベライト家は貴族としては伯爵の爵位を持っており、邸宅もそれに見合った立派な作りとなっている。
ただし現当主が騎士団長であるためか、派手な装飾はなされておらず、武骨な石造りの屋敷といった風情である。
まるで家そのものが騎士団長であるかのようで、ユールはより一層緊張を覚える。
「なーに緊張してるの」
エミリーが微笑みかける。
「僕なんかが認めてもらえるかと思うと、不安で仕方なくて……」
青ざめた顔で返すユール。
「だったら、緊張を抑えられる薬でも飲んでおく?」
エミリーが丸薬を差し出す。ユールは手を出しかけるが――
「いや、やめとこう。僕の力だけでお父さんとは勝負したいんだ」
「ふふっ、だから私あなたのこと好きになっちゃったのよね」
金髪をなびかせ、エミリーが邸宅に入る。ユールも後についていく。
リビングに入ると、ユールはソファに座る。エミリーが父を呼んでくるという。
ユールの緊張がどんどん高まっていく。
「や、やっぱり、薬……もらっておけばよかったかな……」
こんな弱音までこぼしてしまう。
まもなくエミリーに連れられ、父親がやってきた。
ユールはすぐさま立ち上がる。
「は、初めまして! ユール・スコールと申します!」
背筋を伸ばすユール。
エミリーの父親は金髪で、白いシャツと黒いスラックス姿だった。ユールより背は高く、体格もスレンダーながら屈強。口の周辺に生やした髭が、迫力をさらに高めている。
騎士団長の肩書きに恥じぬ圧倒的な威圧感に、ユールは思わず腰が引けそうになる。
エミリーが父に促す。
「それじゃ、お父様からも」
エミリーの父親が口を開く。
「吾輩はガイエン・ルベライトと申す者! き、騎士団長をやっておる!」
やたら上ずった声で自己紹介を始めるエミリーの父ガイエン。
どうやら緊張していたのはユールだけではなかったようだ。
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