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雨の日の神様

作者: 竹春 雪華

 転校してから一週間が経ったが、クラスメイト達はまだ俺に対して興味があるらしい。最初に話しかけてきた五人が、俺を囲んで歩く。

「なんでこんな田舎にわざわざ来たんだ?」

「よくある家の都合ってやつだよ。いつも急に決まるから困るんだよなぁ」

 帰り道、みんなからの質問に答えながら歩くというのがなんだか通例となっていた。こんなに質問する事があるなんて、ここには本当に転校生が来ないんだなと実感する。

「転勤族ってやつ? こんな所に転勤してきてなんの意味があるの?」

「知らねっ。まぁ、何かはあるんじゃねぇの?」

「そうかなぁ。ここにあるのって、せいぜいあの気味悪い神社ぐらいだと思うんだけど」

 この時々耳にする神社について興味はあったが、今は自然に振る舞う方が先決だ。

「なぁ~良太~、サッカー部に入らないのかよ~! お前サッカー得意なんだろ?」

「入らないって言ってるじゃん、また転校ってなったら迷惑だろ?」

「でもさ~、オカルト部よりかは楽しいだろ」

「いいだろ別に。案外面白いぜ?」

 相手の軽口に笑って答える。知らない相手と話す事に対しては、度重なる転校で皮肉だが慣れてきてしまった。ただ、こうして喋っていると、自分がまるで普通の中学生になっているような錯覚を覚える。あまり訪れてこない、安息の時間だ。だから、皆が怪しまない程度にわざとゆっくり歩く。

 しかし、そんな時間は当たり前だが長くは続かない。

「りょうた、おかえり」

 俺を出迎えたのは、しんすけだった。色白で白髪、いつも笑顔で謎が多い少年。として周りから認識されている奴だ。どうやら玄関先を掃除していたらしい、ほうきと塵取りを持っている。

 しんすけの顔を見てから初めて、家に着いた事に気付く。また現実に戻されたようだった。

「……ただいま」

「お父さんの事で話があるから、手を洗ったら僕の部屋に来てくださいね」

「おう……分かった」

 しんすけは俺の後ろにいる五人に軽く会釈し、家の中へ消えていった。振り向くと、みんなが複雑そうな顔をしている事に気付く。

「……どうしたんだよ? みんな」

「あのさ、前から聞きたかったんだけど」

 意を決したように、リーダー格である男子が切り出す。

「なんで良太はさ、神介と一緒に住んでんの?」

 あぁ、その事か。コレはやっぱり、どう頑張っても不自然に見えるのだな、と肩を落とす。まぁ仕方がない。俺だって、苗字が違うやつが同じ家にすんでいたら、不思議に思う。苗字が一緒であれば、兄弟かとすぐに納得する。しかし、しんすけとは兄弟じゃないし親戚でもない。

「それは、まぁ、その。昔色々あってさ、両親が交通事故で……」

 あえて言葉を濁す。みんなは察したのか自ら引き下がる。頼んでもないのに、申し訳なさそうな顔もして。

「そう、だったのか」

「俺んち、他に親族がいなくてさ。それで、仲が良かったしんすけの両親に引き取られたんだよ」

 顔に分かりやすく『まずい事をきいてしまった』と書かれている五人を、そのままにして「じゃあまた明日なっ!」と言い残し家の中へ入った。勿論、あの五人に対して怒りはない。

 だって嘘だし。

 なんならこっち側に「申し訳ない」という気持ちが募る。でも仕方ない。仕方がないんだ。これ以外に方法が無いのだから。

 しかし、よくこんな話が通るなと毎回思う。最初は見破られるかと思い緊張して説明していたが、今では慣れたものだ。「しんすけと仲が良かった」なんて、嘘だとしても口に出す度に吐き気がするが。

『どんなに不思議な状況でも、相手の【身内の不幸話】を出されたらそれ以上は食い下がれない』

 しんすけのこのアイディアは、意外とどこででも通用してきたのだ。


 手洗いうがいを済ませた後、しんすけのいる部屋に入る。先程の営業スマイルはどこへやら、神妙な顔で俺の方を見る。

「オカルト部が持っている情報、見る事は出来ましたか?」

 挨拶も無しにいきなり本題を出してくる。俺はしんすけと向かい合うように、ちゃぶ台をはさんで座る。

「見れたよ。『雨宿りの神』の話もあったし、他の話もちらほら。やっぱり奥にある神社の話が多いな」

「それも気になりますが、今は雨宿りの方が先です」

「分かってるよ。これがオカルト部でまとめていた資料。ざっと読んだけど、今の作戦のままで大丈夫だと思う」

『雨宿りの神』とは、この地域にある都市伝説のようなものだ。この町に一つしかないバス停で雨宿りをしていると、老人のような見た目の『神様』が現れるらしい。出会った後は、話が出来るやら祟られるやらで様々だ。ここの曖昧さは、この手の話にはよくある事だ。この曖昧さに、毎回助けられているのだが。

 しんすけは資料を受け取ると、数秒見つめてうなづいた。

「そうですね。これならミカの作戦で行けそうです」

「そう、か。……分かった」

「どうしたんですか? なんだか歯切れが悪いですね」

「いやなんか、学校から帰ってきてすぐにこの話はしんどいなって……」

「仕方ないでしょう、オカルト部の情報を取るのが遅くなってしまったんですから。」

「まぁそうだけどさ。……時々思うんだよ。普通の中学生は、こんな事しなくていいよなって」

 ボソッと呟いたつもりだが、しんすけにはしっかりと聞こえていたらしい。その時の俺は、しんすけの様子の変化に気付くべきだった。

「普通の、中学生?」

 しんすけの声が、突然重たくなった。

「普通の中学生に、なれるとでも思っていたんですか?」

「い、いや、なりたいとは言ってないだろ? ただ俺は」

「いいですか? りょうた」

しんすけは俺にゆっくりと近づき、胸倉をつかむ。

「僕達は『共犯者』なんですよ? そんな能天気な事を言える立場ではないんです。あの、間違えてしまったあの日から、ずっと。ずっと、血で血を洗う生活をしなくてはいけないんです。僕達はもう、『普通』にはなれない。分かっていないんですか? 自分の今の状況を」

 しんすけの言葉は次第に支離滅裂になっていき、最後には少し涙声にも聞こえてきた。

「ご、ごめんしんすけ。そうだよな、普通になんて、なれない、よな」

 竜頭蛇尾になる俺のセリフに対して、しんすけは氷のような声で返した。

「もうこの話は、二度としないでください」

 そして、部屋から出ていった。

 しんすけがこんなに怒った所なんて見た事がない。いや、怒っているというより、泣いている? 顔に全く出さないだけで、しんすけも追い詰められているのだろうか。本当に『普通』になりたいのは、しんすけの方ではないのか? 


 今年の梅雨入りは早かった。もう既に、雨の日が続いている。

 俺は小学校近くの公園に来ていた。久しぶりに晴れたという事で、公園には多くの子供達が遊んでいる。周りには親も先生もいない。作戦を実行するのには、今しかなかった。


 まずは、子供達からの注目を引く。今回はちょっとサッカーボールでリフティングするだけで、興味深そうに近寄ってきた。そこから子供達にクッキーやらチョコレートを配る。そうすればだいたいの子供は心を開いてくれる。時々警戒心の強い子供もいるが、そういう子には用が無いので別にいい。

 そして、お菓子に夢中になっている間に、話を切りだす。

「ねぇみんな、『雨の日の神様』って知ってる?」

 子供達はお互いに顔を見合わせ、「知らなーい」と答える。

「あの森の近くに、バス停があるだろ? あのバス停でずっと雨宿りをしていると、雨の神様が怒って、雨宿りをしている人を雨雲の中に閉じ込めちゃうんだってさ!」

 声の抑揚を工夫し、子供達の恐怖を煽る。予想通り、子供達は血相を変え怖がっている。

 さて……居ないか? こんな話に乗っかってくるーー昔の俺のようなーーお調子者で怖いもの知らずの子供は。

「そんなの怖くねーよ!」

 子供達が一斉に振り返る。いた、狙い通りだ。

「雨雲の中に閉じ込めるとかどうせ嘘だし! 俺達が行って確かめるよ! なっ、お前ら!」

 その男の子の周りにいた男の子達も、意気揚々と声を上げる。他の子供達は怖がるのをやめ、次はその男の子達に歓声を送る。その間に、俺はこっそりとそこから抜け出す。これで種はまいた。後は来るのを待つだけだ。

 

 予想通り、あの男の子達はこのバス停へ来ていた。天気は雨、運が悪ければ雷もあり得る空模様だ。最初は余裕ぶっていたが、次第に元気がなくなっていく。それもそのはずだ。なぜなら、あの不気味な神社がすぐ近くにあるのだから。あのうさん臭いオカルト部にも、この神社にまつわる幽霊話が沢山ある。子供達の中でもその類の話は出回っているだろう、分かりやすく怖がってきた。遠くの方で雷が鳴った時には、情けない悲鳴も聞こえてくる。

 もうそろそろ、しんすけのお父さんの出番だ。車が発進する。子供達に近づくと、彼らは安心しきった顔になってしまう。

「君たち、そこで何をしているんだい?」

 しんすけのお父さんが善人ぶった顔で訊く。そこでこの車に乗っていきなさいというと、彼らは素直に乗ってくる。ピンチの時に来た大人程、安心するものはない。もっと疑ったほうが良いのに。

「あっ、あの公園で会ったお兄ちゃんだ」

 そのうちの一人が、助手席にいる俺を指さす。

「君たちが本当に行くかもしれないと思って、お父さんに車出してもらったんだ。見つけれてよかったよ。」

 少し怒ったような声で言うと、彼らはしょんぼりして「……ごめんなさい」とつぶやいた。俺は笑顔に戻り、

「もういいよ。それにほら、喉乾いてない? ジュース買ってきたからさ、飲んでいいよ」

 すると彼らは笑顔になり、そのジュースを受け取る。何故ペットボトルの蓋が緩められていることに対して疑問に思わないのかが不思議で仕方ないが、彼らはまず人を疑う事を知らないのかもしれない。

 そのまま子供たちは眠った。俺は途中で降りて、お父さんが運転する車を見送る。おそらく俺らが前にいた家に連れて行くのだろう。もう彼らは、自分のお父さんとお母さんには会えない。俺が昔、そうだったように。

 そう。俺達は、誘拐犯だ。

 言い訳染みたように聞こえるかもしれないが、実際には誘拐の手助けをしているだけだ。それだけでも十分犯罪だという事は、重々承知だ。何故こんな事をしているかという理由は、しんすけのお父さんにある。

 しんすけのお父さんは、大の子供好きだ。

 こう言うと良い人に見えるかもしれないが、実際は狂気じみた愛情だった。

 次々と子供を誘拐し、奥さんも知らない家屋で子供を甚振って弄び楽しんでいる。そうやってしか自分の欲を満たすことが出来ない。知りたくもないたいそうな趣味だ。その後子供達がどうなったのかも、知りたくない。おそらく無残な形で放置されているのだろう。お父さんは反応を見せない玩具には興味が無い。

 そして、その手伝いをしているのが俺達だ。

 しんすけが小学生の頃、お父さんはしんすけを"頂こう"とした。元々その為だけに、しんすけを産み育てたらしい。しかし、しんすけはそれをなんとか逃れようとして、必死に頭を捻った。その結果、こう口走ってしまったのだ。

「お願い! 僕が他の子を連れて来るから! やめてください!」

 そして連れていかれたのが、俺だった。しんすけが話した怪談にまんまと乗っかり、そのままお父さんに誘拐されてしまった。

 今でも覚えている。冷たい床、重たい空気、獣のような荒々しい声ーー後でそれは、しんすけのお父さんの声だという事を知るーーそんな恐怖に包まれながら、俺も足りない頭で考えた。そこへ入ってきたお父さんに、俺も言ってしまったのだ。

「俺も、しんすけの手伝いをする! だから、だから何もしないで、お願い」

 あのままお父さんに『遊び』にされていた方が良かったのか、これで良かったのか、今はもう考えたくない。

 どちらにしろ地獄だ。

 小学生の時は、お父さんの言う通りに動く事で精一杯だった。そうしないと、いつお父さんに玩具にされるのか分からないからだ。だから中学生に入学した時、とてもホッとした。もうお父さんの好みではなくなったから、もう言いなりにならなくて済む。そう思っていた。

 入学祝いとしてお父さんから貰ったのは、数枚の写真だった。その写真を見て、絶望した。それは俺達の犯行時の写真だった。これを警察に提出すれば、間違いなく一生檻の中だと言われた。

 俺たちは改めて理解した。お父さんは、こんな便利なモノをみすみす手放すつもりはないようだ。

 俺達はずっと、お父さんの奴隷だ。

 あの、間違ってしまった日から。

 因みに、何故神様や心霊現象にまつわる話を利用しているのかというと、言うならばこれは責任転嫁だ。

 これはあくまで神のせいだ、霊のせいだ。

 こう思っていないと、罪の重荷でおかしくなってしまいそうなのだ。

 勿論そんな事をしても、俺達が犯罪者である事は変わらない。でも、それを隠して見ないフリをする事は出来る。


 しんすけが、あのバス停で待っていた。

「終わりましたか?」

「終わったよ、後はお父さんが車で」

「分かりました。こっちも、なんとか完了しましたよ」

 しんすけは子供たちにではなく、小学生の子供を持つ親たちに、あの話を流していた。俺達に容疑が向かないように、都市伝説の話が頭に浮かぶようにする為だ。表面上礼儀が良いしんすけは、大人に対して好感度が高くなることが多い。反対に俺は子供の方が好かれる為、自然とこのような役割分けとなった。

「あの、りょうた」

「ん? どした?」

「この前は、すみませんでした。理不尽に怒ってしまって」

 理不尽だと自覚はしていたのか。

「もういいよ、俺も無神経な事言っちゃったしさ」

「でも……」

「こんな事してたら、誰だって嫌になるって。吐き出せる相手は俺しかい

ないだろ? なら、いつでも話ぐらい聞くからさ。その代わり、俺の弱音も聞いてくれよ?」

 しんすけはそれを聞くと、ふわっと笑った。

「それもそうですね。分かりました、こんどからは、もっと頼ります」

 最初は何を考えているのか分からない奴だったが、こいつも根っこは『普通の』中学生なんだよな。そんな当たり前な事に気付いて、すこし気持ちが軽くなった。

 俺は、犯罪者としていきていくしかない。

 しんすけと一緒に。

 あの、間違ってしまった日から、ずっと。


 約一週間後、またあの公園に来てみると、子供達が数人近づいてきた。

「どうしたの? みんな」

 その中の女の子が、恐る恐る訊いてきた。

「ねぇ、お兄ちゃん。あのバス停に行ったみんなは、どこに行っちゃったの?」

 俺は、軽く笑った。


「さぁな……神様に、連れ去られたんじゃないか?」


 俺達は次の日、転校した。

この話はフィクションです。

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