〈10〉
「記録を開始します」
賑やかな市民プールから映像は始まる。周りには大勢の人が遊んでおり、笑顔と楽しそうな声で溢れていた。そんな中、撮影者の声だけが冷静だった。
「今回の依頼は、この市民プールで目撃される不審人物についての調査です」
撮影者はベンチに座る。
「必ず目撃されるわけではないようで、毎年の営業期間中に1、2件目撃報告が挙がる程度だそうです。それも、毎回同じ服装で現れるとのこと」
撮影者は首に掛けた金銭を入れる小さなケースから写真を取り出す。写真には、黒いシャツを着た男性の後ろ姿がアップで写されている。写真からでもわかるくらいには不潔な様相であり、髪もふけのようなものと白髪が混じっている。
「この人物は、15年前から目撃されています。ですが、スタッフや施設管理者は一度として接触できたことがないそうです」
少しの間プールを映している。すると、ホイッスルが鳴り響く。
「プール内の点検を行います!プールから上がり、少しお待ちください!」
遊んでいた人たちがプールサイドに上がり、スタッフが入水して安全点検を行う。
すると、近くに座っていた少年が母親に声をかける。
「ママー。あの人、プール入ってるよー」
母親は答える。
「あのお兄さんがプールのチェックをしてるのよ。だから入っていいのよ」
しかし、少年は納得いかない様子だ。
「えー。お洋服着てるのにー?」
「あのオレンジの服はユニフォームなのよ」
少年は指を指す。
「あのおじさん、黒い服だよ?」
撮影者は、少年の指す方にカメラを向ける。プールにはオレンジのユニフォームを着た青年のスタッフが二名いるのみで、他に入水している人は確認できない。
「あ、おじさんこっち来た」
撮影者は探すようにプールのいたるところを映す。どこにも男性は映らない。
「ねぇおねーさん」
撮影者に少年が近づいていた。撮影者は怪しまれたかと思ったのか、取り繕うように尋ねる。
「どうしたの?」
少年は不思議そうに撮影者を見ている。やがて納得したかのように笑顔になる。
「おねーさん、おじさんの彼女さんだったんだね」
「え?」
「違うの?おじさん、ハグしてるよ?」
撮影者はカメラを落とす。落下の衝撃で映像が止まり、暗転する。
そこで記録は終わっている。
ーーー
調査依頼
依頼者:市民プール管理責任者(匿名希望)
場所:鹿児島県某所
内容:市民プールに現れる不審人物の調査
派遣人数:女性職員一名
総評
対象の市民プールは撮影禁止らしいですが、今回は特別に許可をもらったそうです。撮影を行った職員はその日から、男性の吐息の幻聴を聞くようになったという。撮影機器にも映らなかったあの不審人物は少年にしか見えていなかった。しかし、狙われたのは撮影者である。見える、見えないが決まる条件は不明です。そもそも、あの写真はどうやって撮影されたのでしょうか




