〈09〉
「記録を開始する」
若い男性の声から映像は始まる。一面に広がる大きな水面。それを囲むように生い茂る木々。どうやら湖畔に居るようだ。
「今回の依頼は…」
男性が話そうとすると、後ろから映像の中央まで駆けてきた女児が一人。いや、スーツと社員証から〈!〉の職員であるとわかる。背がやたらと低い女性は、撮影者に向けて笑顔で手を振る。
「雛菊!見てみるのだ!こんなに綺麗で広い湖は見たこと無いのだ!」
撮影者が呆れ気味で返答する。
「お嬢、仕事で来てるんすよ。それから、名前は不要だって言われたっすよね」
女性は頬を膨らませる。
「仕事仕事。いつも雛菊は真面目すぎるのだ。折角こんなに平和そうな依頼を受けれたんだから、たまにはゆっくり羽を伸ばすのも悪くないのだ」
男性は返答する。
「平和そうって…一応行方不明者の捜索と原因究明って言う目的があるんすよ」
女性は怒ったように湖の方を向く。
「じゃあ良い!もう私だけで遊んでくるのだ」
そう言って、スタスタと湖に歩いていった。撮影者はやれやれとため息をついて、自身の背後にあった荷物を纏め始める。
…
五分後、撮影者は一旦置いていたカメラを手に持って立ち上がる。湖の方を向くが、先程の女性が遊んでいる様子は確認できない。
「…全く…少し目を離すと直ぐこれだ…お嬢ー。何処っすかー」
撮影者は湖の近くを歩いて探す。
変わらない風景と、呼び掛け続ける撮影者の構図が十分以上続いた。かなり大きい湖であること、形がほぼ完全な円形であること、周囲を囲む木々に隙間が見られないことから、まるでループしているような感覚に陥る。
「雛菊」
撮影者の呼び掛けに焦りの色が見えた時、撮影者の背後から声をかけられる。
止まり、振り返る。そこには先程の背の低い女性が、ずぶ濡れで立っていた。
「雛菊~間違って湖に落ちちゃったのだ~」
安堵したのか、撮影者はため息を吐いた。
「全く…心配したんすよ。ほら、荷物のとこまで戻れば、タオルとかあるっすから」
手を差し伸べたその時、湖から水が跳ねるような音が聞こえた。
バシャバシャ
まるで、何かが水面近くで動いているような音。撮影者がそちらにカメラを向けようとした。
「雛菊」
呼ばれて、女性にカメラを向ける。撮影者の差し伸べた手を、女性ががっしりと掴んでいる。手からは、絶えず水が滴っている。
「濡れて寒いのだ。早く戻るのだ」
一瞬戸惑う声を発する撮影者。そして、手を振りほどく。
「お前…誰だ」
きょとんとする女性。髪からも、服からも、絶えず水が滴っている。
「お嬢は…お前みたいに冷たくない…お前はまるで…氷のような」
女性は、真顔になる。
「あーあ。バレちゃった」
画面が激しく乱れ、停止と復帰を繰り返す。その間、撮影者はカメラを落としたらしく、湖の方へ向く形で地面に落ちる。
「やめろ!離せ!くそっ!」
撮影者であろう茶髪の男性が、ずりずりと湖に引っ張られていく。引っ張っているのが何かは確認できないが、ひどく濡れた手のように見えた。
「がぼっ、ぶはっ、やめ…」
湖に入り、水面に上がっては沈むを繰り返す男性。約五分程続き、やがて水面は静かになった。
何者かが、カメラの電源を切った。
ここで映像は終わっている。
ーーー
調査依頼
依頼者:田原学
場所:山口県某所
内容:行方不明者の捜索と原因究明
派遣人数:男性職員一名、女性職員一名
総評
依頼者と直接話せる機会があったので話を伺った。依頼者の地元では、依頼者が高校生の頃から現在まで、夏ごろになると必ず一人は行方不明者が出るのだそうだ。そして、それは決まって同じ森に行った後で消息を絶つのだとか。映像を見せたところ、酷く驚愕していた。その森に、湖畔なんて無いのだそうだ。




