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エナジードリンク

作者: 松本育枝

おやすみ前のショートショート。

日常の、つかの間のこんな時間が心を温めてくれる…のかも。

夏風邪をひいた妹がプリンを食べたいと言うので、いいよ、買ってきてやるよと答えて、僕は近所のコンビニへ向かった。テスト勉強のちょうどいい気分転換にもなる。

外は雨が静かに降っている。朝から降ったり止んだりだ。こういう雨を「夏時雨」というらしい。亡くなった母が教えてくれた。そういう事に詳しい人だった。

追憶に身をゆだねながらポンッと傘をさして歩き出す。傘の中にいると、この世界に自分だけが存在しているという気分になる。満ち足りた孤独。


近所のコンビニではプリンが売り切れていたので少し足を伸ばして別のコンビニへ行く。そこでようやく見つけたプリンを手に取った時、後ろから声をかけられた。

「林くん?」

振り返るとクラスメイトの園田がいた。私服で髪を下ろしているので一瞬誰だかわからなかった。

「ああ…、園田か。買い物?」

声が少しかすれる。僕はさりげなく咳払いした。

「うん。勉強煮詰まっちゃって。明日は数学だもんね。エナジードリンクの補給!」

園田が突き出した手には印籠のように「エナジードリンク・パッション」と書かれた缶が握られていた。よくCMで見るやつだ。

「俺、飲んだことないな」

「へえ、そうなんだ。これ、眠くなった時や疲れた時に効くんだよ。林くんは糖質補給にプリンか。スウィーツ男子だったのね」

これは妹に頼まれて…、と言おうとしてやめた。まぁ、いいさ。甘いものも嫌いじゃない。


「園田は数学得意だろ」

僕は話を逸らせた。

「好きだけどねー。でも、いっつも林くんが一番だから。今度は勝ちたいの!勝つぞ!」

欠片ほども嫌味なところのない真っすぐな言い方だった。僕を妬む奴の中には、勉強なんてしてませんよ、みたいな事を言って人を油断させようとするのもいる中で、園田のストレートな物言いは小気味よかった。でもどう答えたらいいのかわからない僕は、あいまいな笑顔をぎこちなく返しただけでレジに向かった。彼女が先に支払いを済ませると、店員がもう一本エナジードリンクを袋に入れた。

「只今、キャンペーン中でオマケです」

「わあ、ツイてる!」

園田は僕の方に大きな笑顔を向けた。表情もストレートだ。僕はとまどって、またあいまいに笑い返すしかできない。ラッキーじゃん、くらい言えばいいものを。


外に出ると雨はあがっていた。雲間から光が射している。夏時雨。園田は自転車の鍵をはずして、空を見上げている僕の方にぐるりと回ってきた。

「林くん、これあげる。なんか元気なさそうだから」園田がさっきのオマケのエナジードリンクを差し出した。

「え、いいよ。そんなことしたら敵に塩を送ることになるだろ」

僕があせってそう言うと、彼女はアハハハと大笑いした。園田の笑顔はでかい。母とは正反対だ。


「上杉謙信!ねぇ、あの人、女性だったって説があるんだよ。知ってる?私好きなんだー、謙信。【人の落ち目を見て攻め取るは、本意ならぬことなり】。だから遠慮しないで!」

白い頭巾をかぶった馬上の彼女を想像する。勇ましい姿が似合っている。正直で、真っすぐで、義を重んじる園田。

「じゃあまた学校でね!」

彼女はそう言うと、くるりと自転車の向きを変え、水たまりの真ん中をバシャアッと音を立てて走り去って行った。


僕は去り際に彼女に握らされたエナジードリンクを見つめた。赤とオレンジの炎のデザイン。パッションってやっぱりこんなイメージなのかな。僕の心の中には薄い青色が浮かんでいた。それは園田の着ていたワンピースの色だった。雲の切れ間からのぞいている空の色でもあった。僕のパッションはブルーだ。

プリンの入った袋の中に缶を入れようとして思い直して上着のポケットに入れた。そして傘をポンッと開く。雨粒がキラキラとはじけ飛ぶ。僕はゆっくりと傘をたたみ、雨上がりの光る道を家に向かって歩き出した。

今日も一日おつかれさまでした。

読んでくださって、ありがとうございます^^


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