そして世界は閉ざされる
初めまして。Hうと申します。読み方はHうです。
どうぞ「すいそう」とお呼びください。
この度、兼ねてより構想を練り続けていた作品を書く決心がついたので執筆させていただきました。
処女作というやつになりますので、温かい目で見守っていただけると幸いです。
――暗がりの中に、光源が一つ。
此処は何処なのか。今は何月何日で、何時なのか。何も分からない。
恐らく明瞭だろう視界は、ぼんやりした白い光源以外が黒一色の有り様。
此処は何処なのか。今は何月何日で、何時なのか。何も分からない。
身体を動かそうにも感覚が無い。視線は光源に向けられ、他方向へ動かせない。
此処は何処なのか。今は何月何日で、何時なのか。何も分からない。
そもそもどうしてこうなったかを思い出そうとして、ふと気付く。
自分は、何者なのか。何も、分からない。
「…………」
おまけに声も出ないときた。自分で自分を確かめる方法が何一つない。
突然の出来事に硬直していた理性が、慌てたように働きだす。
じわじわと湧き上がってくる困惑と、引き摺られるようにやってくる恐怖。
いつまでこんな状態なのか。いつ終わるのか。そもそも終わるのか。
何一つとして不明な現状を憂う。そんな自分が誰なのかすら分からない。
頭がおかしくなりそうだ。暗い空間でただ光を見つめ続けるだけだなんて。
誰か。誰でもいい。助けてくれ。ここから自分を出してくれ。
自分なんてものが本当にあるかも定かではない事実に目を背ける。
とにかく現状を何とかしたい。しかしながら無情にも変化は起こらず。
「…………」
どうすればいいのだろう。疑念を押し殺す為に別の疑問を思い浮かべる。
新たな問題を見つけるだけにしかならなくても、ひとまず気が紛れる。
そう考えていた矢先、白い光に乱れが生じた。
……ザザ、ザザザ
光の中に、黒っぽい斑点が見える。いや、それだけじゃない。
音だ! 音が聞こえた! 耳障りなノイズ染みた音だが、今はそれがありがたい。
光と闇だけが在る空間に、音がある。そして自分は視覚だけでなく聴覚もあった。
これだけで安心感が違う。自分という存在を確立する判断材料が一つ増えた。
だが冷静になって現実を見直す。先のノイズ音と光の変化。これには覚えがある。
これは…テレビだ。映像を画面に表示する電子機器。それも相当に古いタイプの。
少なくとも最新の見慣れた薄い形状ではない。大きな箱型で画面部分も小さい。
いわゆる「ブラウン管」というやつか? 小型化主流の現代では骨董品だろうに。
「………?」
待て。何故分かる? 目の前の光源がテレビだと、確信をもって言い切れる?
どうして旧型だと断言した? 現代との違いを明確に想起できるのは何故だ?
記憶はあるのか? でも自分が何者か依然として不明。けどテレビは分かる。
疑問が疑問を生んでしまった。これでは堂々巡りではないか。
吐けるか知らんが溜息を吐き、あるのか分からんが肩を落とす。
『――あっ! 反応アリ! ってことは、無事成功!?』
途端に、暗闇から声が響いてきた。
なんだ今のは! 誰かいるのか? この真っ暗闇の中に、人がいる?
必死に周囲を見回そうとするが視線は一向に光源から動かせない。
何がどうなっているのか。声の主に尋ねようにもこちらは声を出せない。詰みだ。
『やったやった! 初めてだったけど上手くできた! やればできるじゃん私!』
なにやら声の主は喜んでいる様子だが、理由も事情もさっぱり分からん。
声の高さからして少女なのだろうか。だとしたら暗闇に何故少女がいるのか。
いかん。また疑問が増えた。もういっそ考えるのを止めてしまおうか。
俺は、考えるのを止めるぞッ! J○J○ォーーッ‼‼
……いや無理だな。思考を止めたら自分が暗闇に溶けていきそうで怖い。
こんな恐怖と焦燥がずっと続くと考えたら、そのうち勝手に思考が止まりそうだ。
そのうち考えるのを止めてしまうのだろうか。想像することすらもう怖い。
『……あっ。ご、ごめんなさい! あの、私、こういうの初めてで嬉しくって』
暗闇から少女(仮定)の声が聞こえる。こういうのが初めてで嬉しい、とな。
奇遇だな、自分もこんな極限的状況は初体験だ。恐らく。だが嬉しいとは思わん。
さては他者を密室に封印して悦に浸るサイコパスかオメー? 正体表したね?
と、ふざけてみても一向に正体が分からない。お願いだから正体表してください。
こちらの懇願が叶ったのか、少女(仮定)の声が落ち着いたものへと変化する。
『それで、ですね。貴方は多分、現在の状況を把握できていないと思われます。ですので、これからこちらの映像機器に、貴方の身に何が起きたかを投影します』
少女(仮)から自分に向けられた言葉を聞き、自分の存在を確信できた。
そうか。此処に自分はいるのか。それが分かっただけでも涙が溢れ出そうだ。
涙があるか知らんが。しかし、自分の身に何が起きたかをテレビに投影とな?
なんだかひと昔前のマジシャンがやりそうな超能力トリックみたいだ。
いや出来るなら実際スゴイしありがたいことこの上ないのだが。
何にせよ、藁にも縋りたいこの状況。頼れるのはこの声の主だけなのだ。
選択肢など元よりない。ノイズが混じったテレビへ意識を向ける。
それを了承の意と受け取ったのか、声の主は再び喜びの声を上げた。
『良かったぁ……あ、で、では! こちらの画面にご注目ください!』
言われずとも凝視している。言われる前から注視している。はよ見せてくれ。
『今から映し出されるのは、貴方の死から数時間ほど前の記録です。どうか、冷静に。落ち着いて受け入れてくださいね』
貴方の、死? それはどういう意味だ。おいちょっと待て心の準備が。
不安と焦燥と恐怖を抱いたまま、テレビ画面の光が強まり、暗闇を染め上げた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……たはぁ~~ッ! 終わったぁ~~!」
液晶画面を滑るように動かしていた手を止め、ペンタブを置きバンザイする。
極限まで追い詰められてからの解放感というのはたまらん。全能感すら感じる。
やり遂げたという達成感が疲労を上塗りする。脳内麻薬が氾濫してるんだろう。
「下書きから清書、影付け、色塗り……しんどさのトンネルを今抜けた」
虚脱感から笑みが零れる。今の俺は傍から見りゃヤベー奴確定だ。
しかし今だけは許してほしい。仕事を見事にやりきった直後なんだから。
「くぁぁ~~眠ぅ。寝起き直後から液晶とにらめっこしてりゃ当然か」
その仕事とは、ズバリ『イラストレーター』である!
そう。俺は絵を描くことを生業としている男なのだ。現在31歳独身彼女募集中。
まぁ生業とは大げさに言ったが、実際メシの種としては一番デカいからな。
普通に副業でバイトとかもしてるが、一応本業はイラストレーターのつもりだ。
つっても鳴かず飛ばずの二流レーターなんだが。自分でも一流とは言えないね。
仕事は真面目にこなしてる。依頼された絵をちゃんと期日までに描いてるし。
ただ、個人とか小さい団体とかからの依頼がほとんどなんだよな。
大手の企業とか、そういうところからの正式な依頼はまだ未経験ですハイ。
一回の仕事で絵のサイズやら納期にもよるけど、大体3~5万円程度が報酬。
キッツイのよ。汗水垂らして寝る間も惜しんで一回で5万程度。辛みの極み。
それでも金払ってもらえてるだけマシと考えるしかない。
有名なイラストレーターさんは企業と年間通しての正式契約とかしてるけど。
ちゃんと稼げてるだけありがたいと思わなきゃ。ほぼ無名の俺なんかがさ。
「……なんてこと続けてもう9年になるのか。いや時間の流れ早過ぎぃ」
誰だキ○グ・クリムゾ○したのは。俺の青春と若かりし時代を返せ。
とか言ったところで時間が返却されるわけもなし。どっと疲れが押し寄せる。
椅子のスプリングを軋ませ、凝り固まった身体を解そうと大きく伸びをした。
その拍子にバランスを崩しかけ、慌てて体勢を保とうとするも時既に遅し。
咄嗟に机に掴まろうと手を伸ばしたところ、運悪くデスクトップPCに直撃。
ぶつかった際の衝撃が強過ぎたのか。画面が乱れ、表示がバグりだした。
「ふぁ? え、いや、ちょ待てよ……待って。待ってくださいホント」
全身から血の気が引いていく。今しがた一仕事終えた直後なんだよマジで。
いや保存はしたよ。当然したさ。けど本体ごとイカレたら手の施しようがない。
マウスやキーボードを操作する。反応がない。繰り返し応答を求む。反応ナシ。
頼むってマジで。ここでデータ消えたら俺の苦労が水泡にグッバイなんだが?
冷えていく頭と目の前の現実。心が躍るなぁ……地雷原でコサック的な意味で。
勘弁してぇ…。こんなん精神がパーフェクトノックアウトされちゃうよぉ…。
半ばお通夜ムードでマウスをカチカチ。するとデスクトップPCが唸りを上げる。
反射的に顔を上げた俺が見た画面には、『再起動します』の文字が。
「……これは駆けだ。運否天賦…! 確率は半分…! 消えるか、否か…!」
心がざわざわと騒めき立つ。額から冷や汗が止めどなく流れ落ちてくる。
そうしてしばらく画面とにらめっこを続けた結果、俺は今度こそ椅子から落ちた。
「はぁ……命じゃなくて世界に嫌われてんのかなぁ俺」
冗談を言う気力も湧いてこない。辛い。ただただ辛い。寝食を削った反動だ。
救いがあるとすれば納期期限はまだ先だ、ということだけ。はは、笑えねぇよ。
同じことを繰り返すのにも労力と精神力がいるんだ。偉い人にはそれがうんたら。
でも、イラストレーターとして請け負った仕事を投げ出すわけにはいかない。
金がかかってるのもあるけど、二流止まりの俺にも意地ってものがあるんだ。
意地というか、プライド的なものか。お客を裏切りたくない気持ちも勿論ある。
そんな時、スマートフォンに一件のメールが届いた。
「なにぃ…? 仕事の依頼とかなら心折れちゃうから止めてよね…?」
もしくは『進捗どうですか?』的な催促メールでも我が心の骨子は捻じれ狂う。
俺の身体は剣で出来ちゃいねぇんです。心はガラス細工並に脆いけどね。はは。
さて。お祈りタイムといこうじゃねぇの。どれどれ……?
「――は?」
届いたメールに記載されていた内容に、俺はまず自分の正気を疑った。
メールの送り主は大手出版社の編集さんだった。幾つもの作品をメディアに流通させている凄腕と聞いたことがある。実際、その出版社は有名アニメ作品を世に送り出しているとこだった。
内容を要約すると、『現在弊社では新作のライトノベルを連載していく予定があり、そのうちの一作のイラストを貴方に依頼したい』との旨が書かれていた。
まず自分の正気を疑い、次に詐欺や悪質なイタズラを疑った。
それも仕方ないだろう。所詮二流の俺に舞い込む話じゃないからな。
だが出版社とも連絡が取れてメールが本物と発覚。後日正式に発表するとのこと。
「は、はは…! マジか! マジかぁ! やったぁ!」
スマホを片手に狂喜乱舞。PCがマインドクラッシュ(物理)した事実を忘れ、冷静さを取り戻すまで動物園で餌をもらったサルが如く叫んで回った。近隣の皆さんごめんなさい。
メールを受け取り、後日。壊れたデスクトップを丁重に供養した俺は一路、電化製品を取り扱う大型店舗を訪れ、最新型の液晶タブレットとセットで新しいPCを購入した。
なんで液タブも買ったのか? いいじゃんか、お祝いだよお祝い。
これで俺もラノベイラストレーターの仲間入りすんだから、前祝いだって。
「浮かれて金使いすぎたかな…? ま、これから稼ぎ直せばオッケーか」
こんなに上機嫌になったのなんて、子供の頃の遠足前なもんだろう。
浮足立ってしまってるのは分かるが、誰だってこうなる。俺がこうなってんだし。
鼻歌の一つでも歌いたくなるような、清々しい気分だ……爽やかな気分だぜ。
買った物を両手に引っ提げ、街を歩く。基本出不精だから車は持ってない。
自転車はあるけど、駅前なんかに停めたら間違いなくパクられるから論外。
したがって俺は健康管理も兼ねて徒歩で来たのだ。疲労で若干後悔してる。
「重っ……! はぁ。体力の衰えを実感するなぁ、クソ」
赤信号で少し休憩できる。都会は信号が多くてこういう時は助かる。
荷物を足元に置き、両手をフリーに。やはり解放感とは素晴らしいものだな。
目の前を車の群れが通り過ぎていく。吹き抜ける風が火照った身体に心地いい。
「……ん?」
何やら背後が騒がしいような…? 向こうの通りで何かあったんかな。
都会だし芸能人とかが撮影でもやっとるんか。けど、それにしては…。
直後、警戒心を呼び起こすようなサイレンのけたたましい音が響き渡る。
パトカーのサイレンだ。ま、都会だし。悪いことの一つや二つ起こるだろ。
さっきの騒々しさはパトカーと関係があるんだろうな。俺とは無関係だが。
お、信号の色が変わりそうだ。さてと、またクソ重い荷物と握手せな…。
日頃の運動不足を呪いながら、持ち上げる為に踏ん張りを利かせたその時。
―――ドンッ
気付けば俺は前のめりに倒れ、道路に投げ出されていた。
いきなり背中に何かぶつかったような…。って、今はまず立ち上がるのが先だ。
咄嗟の防衛反応で荷物から手を放して地面につけていたのはマジで幸運だった。
痛みは無いが、まだ信号が切り替わる直前だった。早く起きて歩道に戻らねば。
そう思ったのも束の間。
鼓膜をつんざくようなクラクションの音が聞こえ、反射的に音の方へ振り向く。
そして―――そこから先の記憶は無い。
いわゆる序章になります。
思ったより文字数が少なくて驚いてます。
もっと緻密な背景描写をした方がいいんだろうか…うぅん。
仕事もあるので時間が足りず、更新も遅くなりますが、何とか書き続けたいと思っております。
これからも応援よろしくお願いします。