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2.記憶と事実は違います

「ここかしら?」


 そこは街から外れた、山に囲まれた自然溢れる場所。

 青々しい緑の中に似つかわしくない、自然にはない淡い色合いの一軒の店。

 店の前には看板が出ており『本日のおすすめティー<ブレンド>』と書いてある。紅茶専門店だ。店名は分からない。

 その店名の無い店の前に母親らしき女性と5、6歳の女の子が手を繋いで立っていた。

 母親は店に入っても良いものかと、扉の取っ手に手をかけたり離したりしている。

 その度にチリリと扉のベルが小さく音をたてている。

 それに気付いたモネは店の中からタイミングを見て、取っ手から母親の手が離れた瞬間にカチャリと扉を開けた。


「いらっしゃいませ」


 ビクッと驚いた表情の親子。

 しかし、モネのにこにことした顔を見てホッとした様子で、扉の開けられた店舗内へおずおずと足を進める。

 そこにはたくさんの茶葉が棚いっぱいに並んでいる。

 女の子は目をキラキラさせて、ビジューのついた瓶の方へ足を向けようとした。

 だが、母親によって遮られる。繋いだ手を強く握りしめたまま離してくれなかったのだ。

女の子は母親の顔を見上げて、瞳の明かりを消してしまった。

 母親は一番近くにあった茶葉の箱を手に取り、モネに向かってグッと突き出す。


「これ、いくら?」

「ありがとうございます」


 モネは箱を大事に抱えてレジへ向かい、お会計の準備をする。

 それをじとっとした目で見つめたまま、母親が口を開いた。


「記憶…消してくれるって聞いたんだけど」


 母親の言葉にモネは答えず、レジの前から移動してにこにこと笑みを浮かべたまま母親を店の奥へ案内する。


「どうぞ」


 案内をされるままに短い廊下を歩いた一番奥の部屋。

 コンコンとノックをすると中から小さな返事が聞こえた。モネは扉を開ける。


「ようこそ」


 そこには今まで見たこともない程、顔の整った少年が立っていた。

 親子はほうっと思わず見惚れてしまう。

 少年はそんな親子をちらりと見て、すっと柔らかそうなソファへ座ってしまう。

 モネは母親の肩にトントンと触れてソファへ案内しようとした。

 しかし、モネがトン…と少し触っただけでビクリと大きく肩が動き、バシッと手を振り払われる。


 怯えるように強めに振り払われた手を見て、モネはきょとんとする。だが、すぐにいつものにこにことした笑みを浮かべてその手をソファへ向ける。

 母親は小さく「ごめんなさい」と言って軽く頭を下げながらソファへ座った。


「モネ、カモミールとレモンバームとローズヒップのブレンド。…女の子には果実のジュースを」

「はい」


 少年は自分よりも年齢が上であろうモネに向かって紅茶の指示を出す。

 どちらがこの店の店主なのだろうか?母親は疑問に思う。しかしその疑問はすぐに判明する。


「僕が店主のフィン。どんな依頼?」

「あ…」


 母親はフィンと子供の顔を見比べながら逡巡する。

 その間にモネは紅茶の準備を終わらせ、母親の前にはティーカップ、女の子の前にはジュースの入ったコップを置いた。


「温かいうちに先にどうぞ」


 フィンはそう言うと最初に紅茶を口にする。ふわりとハーブの香りが漂う。

 それを見て親子はおずおずと出された飲み物を口にする。

 女の子がすぐにジュースを飲み干すのを見るとフィンはまだ近くに居たモネに「少しだけよろしく」と言って女の子に視線を送る。

 女の子はフィンの言いたいことが分かったのか、ソファから立ち上がりモネに付いていく。

モネは女の子と手を繋ぎ、この部屋から出ていった。


「さて、これで話せるかな。どんな依頼?」


 母親はホッとした様子でフィンに向かって口を開く。


「あたしの…親の記憶を消したいの」

「…ひとつだけ。君の望みは叶えてあげてもいい。ただし、関連する記憶だけはすべて消えてしまう。二度と戻ることはない。それでも消したい記憶?」

「…」


 フィンの少しだけ冷たくなった瞳に背筋をぞくりとさせて、言われた言葉を反芻する。

 しかしいくら考えても答えは同じ。


「消して」

「そう…」


◇◇◇


 ふっと意識が戻るとそこは紅茶専門店の店内。


(あれ?)


 いつの間にこんな所に来たのだろうか。そうだ、子供と一緒に紅茶を買いに来たのだった。

 きょろきょろと子供を探す、とすぐに見つかった。

 店員の女性と奥の扉から手を繋いで出てきたのだ。


「どこに行ってたの!」


 ガタンと椅子から立ち上がり、思わず声を荒げてしまう。


「申し訳ありません」


 子供と手を繋いでいた店員が先に謝る。どうやら手洗い場に案内していたようだ。


「あ…早とちりしてしまって…ごめんなさい」

「いいえ、とんでもございません」


 その店員はにこにこと笑みを浮かべて、そっと子供の手を離して母親の方へ連れていく。

 子供は少しだけビクリと体を震わしたが、そろそろと母親の側へ行く。


「ご注文はお決まりですか?」


 店員はいまだ笑みを浮かべたままそう言った。

 人形のような笑みで少しだけ不気味だった。

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