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3.萎れたバラの花言葉

<side Cura>


まるで、目の前にかかっていた靄が晴れていくかのように。

目の前に居た娘は、自分が心から好きな、あの娘では無かった。


ファルサと共に茶を飲んだあの日から、全ての歯車が狂って行った。アイテールの元に行きたい気持ちがあるのに、まるで身体が動かない。操り人形にされた自分に、自由など無く。


初めて会った時から、好きだった。

幼いはずのその少女は、そこに居る誰よりも美しく、凛として気高く…近寄り辛い存在だった。色味としては、銀の髪にアイスブルーの瞳。冷たい色合いのはずのその少女の印象は、何故か、その見た目に無いものだった。

赤い、バラのような少女…だと思った。

たった一輪、真っすぐに凛と咲く、他を寄せ付けない花。なのに、見つめてしまったら、その目をそらすことも出来ない、唯一の花。

早速両親に頼み込んだ。「婚約者にするなら、あの娘が良い」と。

筆頭公爵家の長女である彼女は、身分としても申し分ない。

幼いのに聡明な少女である彼女は、両親である国王と王妃の覚えもめでたい。

順調に、その関係を築いていた…と思っていた。

日増しに美しくなる彼女相手に、正直な気持ちを吐露出来なくなっていったが、彼女は、アイテールは、いつも傍にいてくれた。

彼女が自分から離れていくなんて、そんな事、考えた事も無かった。


自分の部屋には、いつも一輪の赤いバラを飾っていた。まるでアイテールのようだと、そう思って。

しかし、その小さな秘密も、ファルサに操られるようになってから、崩れていってしまう。

ファルサが告げた、「王子殿下に近寄るなと告げられた」との言葉。アイテールが嫉妬するなど、どんなに嬉しいだろうと。アイテールがそんな気持ちを持っているだなんて、本当なら何と嬉しいだろうと。

その言葉で緩んだ心の隙間に、強引に刃を差し込まれるなんて、思いもしないで。


「ねえ、クーラ様。私を花に例えると、何かしら?」

「…分からない」

「…答えて!」

強い口調で言い寄るファルサ。彼女の首筋から香る匂いが、頭に靄をかけていく。

「ピンクの…スズラン」

「…あら。可愛い花のイメージなのですね、嬉しいわ」

スズランは小さいが香りのある花。彼女から香る匂いから逃れられない。

その清純な見た目に反して、花から茎から根まで、毒を持つ。

スズランと彼女は、とても似ていると思った。

部屋にも押しかけるようになったファルサは、部屋に飾られた赤いバラを見て、眉を顰めた。

「私のイメージはピンクのスズランなんでしょう?なら、それを飾ってくださいな」

清純な見た目に浮かべる、嫣然とした笑み。漂う香りが、拒む事を許さない。やがて部屋の真ん中に飾られるのはピンクのスズランを基調とした、可愛らしい花になり、赤いバラは部屋の片隅に置かれるようになってしまった。

それでも、辛うじてバラの世話が出来たから、何とかバラの世話をした。アイテールへの気持ちを何とか繋ぎ止めようと。肝心の、アイテール本人への気持ちをどうする事も出来ないくせに。


やがて、ファルサに操られるまま、アイテールへの婚約破棄を告げてしまった。

心にもない言葉が、耳元で囁かれるファルサの声のスピーカーとして、自分の口から出ていく。

部屋に立ち込める、今や嗅ぎ慣れた香りに、周囲の人間が判断力を奪われている隙に、望まぬ言葉が口から零れていく。

それを断ち切ってくれたのは、アイテールの持っていたナイフ。

アイテールの命を、代償として…。


「う…」

あの婚約破棄パーティから3日が経ち。

王である父には殴られた。母である王妃には情けないと叱られ、泣かれた。

部屋で、身動きも取れず横たわるしか無い状態が続いていた。あの日、アイテールがくれた最後の贈り物。命を懸けて解いてくれた、ケルスの暗示。暗示を突然切られた為に、反動でここ数ヶ月分溜まっていた心身へのダメージを、一気に噴出させた。高熱を出し、身体のあちこちが痛み、身体も酷く重い。特に頭痛は酷く、割れそうだった。

「クーラ様」

部屋に女官長が入ってきた。

「あ…あ、女官長か」

「今のクーラ様には酷な言葉かとは思いますが…本日、アイテール様の葬儀が11時よりあります」

「!」

アイテールの葬儀。一番愛していた、大事な娘の。自分が追い詰めた、あの娘の。

「私は、ご無理をさせたくはありません。ですが…ご葬儀に行かれない事は、きっとクーラ様、後悔されるでしょう」

女官長は自分の乳母でもあり、幼い頃から自分の事を何でも知っていた。だから、今の気持ちも、手に取るように分かるのだろう。

「馬車は用意いたしました…息子を補助に添えますので、お気をつけて」

女官長の息子は、自分と同じ歳の、騎士をしているやや大柄な男だ、まともに歩けぬ自分でも支えられるだろう。

「助言をさせていただければ。アルブス公爵様の心証を少しでも悪くなさりたくなければ、向こうで馬車を降りたら、ご自身の足で、支えなくお歩きくださいね」

女官長の言葉に、こっくり頷く。城の中は、女官長の息子に支えてもらい、歩いた。


そしてアイテールの葬儀では、当然、公爵に凍える目で見られた。泣きじゃくる彼女の母に、寄り添う隣国の王妃。必死に感情を堪えるクラルス。使用人も、泣く者、堪える者、睨み付ける者…。この事態を招いた自分が、この家の者に許される事など、決して無いのだろう。

最後に顔を見る事も、持ってきたバラを手向ける事さえ許されず。持っていた花束から赤いバラを一輪抜いて、花束を庭のテーブルに置いて、帰宅したのだった。


その後の事は、あまり良く覚えていない。ケルスが抜けてもいないのに無理に動いた事で身体に相当の負担がかかり、その後はしばらくベッド生活が余儀なくされた。

あの花束から抜いた一輪のバラは、枕元に飾っていたが、やがて萎れていった。それを、ただ見ているだけしか出来なかった。


萎れたバラの花言葉。

「はかない」

儚くも消え去って行った、愛しいひと…永遠の想い。

もう、決して届かない。


バラは枯れていたりしても花言葉が色々あるそうで。

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