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ツイン・ハンターズ  作者: 神希
0.プロローグ
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プロローグ ~またの名を発端と言う~

 その部屋は、ひとことで言えば贅沢な場所だった。床は一面に色とりどりの糸で刺繍された絨毯が広がっており、置かれているのは細かな彫刻の施された調度品ばかり。中でも目を引くのは、子供が一抱えしなければ持てそうにない大きさの花瓶だろう。純白色をした大輪の花が、照明に照らされてわずかに浮かび上がって見えるのが美しい。必要以上の装飾品を置かない室内で艶やかに輝いていた。

 ……それにしても、ここには誰もいないのだろうか?

 いや。最奥に掛かかっている紗の向こうに人影が見える。紗の手前にある重厚な執務机の上には書類が山となっているが、すでに目を通し終わっているらしく一枚ずつにサインがなされていた。どうやら向こう側にいる人物は、一段落した仕事の合間の休憩を取っているようだ。


 ──コンコン。


 正面の大扉が開かれた。現れた侍女がその場で頭を下げる。


「ガーデニア様。リラック・アグノリア様がいらっしゃいました」

「通しておくれ」


 応えたのは紗の向こうにいる人物。

 透明感のある高い声に、侍女が一礼して退出した。代わりにスーツをラフに着崩した青年が一人、入ってくる。まっすぐに進んで執務机の前で立ち止まった彼は、紗に向かって頭を軽く下げた。


「遅くなりました、総帥」

「いやいや。妾のほうこそ急に呼びたてて悪かったのう」


 言いながら薄布に手をかけて出てきたのは少女だった。歳は十歳前後といったところだろう。漆黒の輝きを放つ髪を美しく結い上げ、銀細工で出来た髪飾りを差している。ゆったりとした古代中国の民俗衣装によく似た白と青の服を着た彼女の顔だちも、どこか東洋系。ついでに言えば文句なしの美少女だ。

 エキゾチック美少女は白檀の扇子で口元を隠しながら上品に笑い、執務用の椅子に腰掛ける。


「リラック、仕事じゃ。帰ったばかりのそなたに頼むのは、さすがの妾も心が痛むのじゃが……」


 古風な物言いの端にため息を混ぜる総帥・ガーデニア。彼女の苦笑と心配げな響きに、青年──リラックがおどけて肩をすくめてみせた。


「この仕事を選んだ時点で覚悟はしてました。とっくの昔にあきらめてますよ」

「そう言ってもらえると助かる。すまぬな」


 詫びるとガーデニアは、書類の山から迷わずひとつの束を抜き出した。青年に差し出す。


「緊急任務。危険度は最上レベルの仕事じゃ。心して読め」


 リラックは渡された書類を取り、目を落とした。

 こちらは二十歳程度の青年である。ガーデニアとは違い西洋系の顔立ちだ。やや猫っ毛な栗色の髪が彼の印象を強くさせている。少し愛嬌のある目は色素が薄く、光加減で金色に見える。またしても付け加えるなら、たいそうな美青年。

 リラックは片手をズボンのポケットに突っ込んだまま、片足に重心を乗せてくつろぎの体勢だ。が、それも書類を読み始めるまで。最初の項目を目に入れた途端、誰の目にも明らかなほど青ざめた。


「そ、総帥っ!」


 彼の動揺を正しく察したガーデニアが、鷹揚な頷きひとつを返す。


「言ったじゃろう。緊急の任務じゃと」

「言ったとか言わないとかそんなレベルの話じゃないでしょうっ。よりにもよってあいつが──グラディウスの首領が脱走!? なんでこんなことになったんですかっ!」

「落ち着け」


 ふわり、とリラックに向かって扇を揺らすと、ガーデニアは肘掛で頬杖をついた。


「理由を端的に言えば、ヘマをした、といったところじゃの。時空牢(じくうろう)への護送中に監視官がことごとく殺され、その隙に脱走した。おそらくは、お得意の傀儡魔法を使われたのであろうが……、まぁ、そなたは気にしなくともよい。原因の究明はこちらの仕事じゃ」


 体を起こし、扇を閉じる。


「ともあれ、素直に逃げてくれたおかげで奴の足取りは簡単に掴めた。じゃが……さすがと言うかなんと言うか、あの男め、逃げるついでにぶつかる世界へ片っ端から災いをばら撒いてくれてのう。おかげでこちらはすっかり子供の玩具を片付ける親じゃ。まったく」


 小さなしわを眉間に作り、渋い声で呟いた。


「とまぁこのようなことがあったのでな、改めて奴の処置について世界委員会で話しあってきた。結果、呪縛はあきらめて消滅させることが決定した」

「それで俺の出番ってわけですか」

「うむ」

「…………」


 リラックが総帥にもはっきりとわかるほど、大きく深いため息をこぼした。


「ひとつ言わせてもらってもいいですか?」


 ガーデニアは小首を傾げ、続きを促す。するとリラックは、ものすごくあからさまに嫌な顔をした。


「まさか一人でやれっておっしゃるんじゃないでしょうね。最初に言わせてもらいますが無理ですよ?」

「当たり前じゃ。妾を馬鹿にするでないわ。いくらそなたの戦闘力が桁違いであろうとも、奴とサシで勝負をさせるなど……っ。あぁもう、そんな恐ろしく危ない橋を渡る気には一生なれんっ。頼まれても嫌じゃっ!」


 ぷりぷりと怒る表情は、すっかり年相応の少女だ。

 そんな対応で最悪の可能性はないと断言できたらしく、リラックもじと目を解除した。


「じゃあ誰と組むんですか? あー、あいつが相手となるとどこかの組織とか?」


 するとガーデニアは、鋭く息を吐いて気持ちを切り替え、姿勢を正した。扇を揺らす。


「いや、今回は特別の措置が取られることとなった」

「特別? ……というと?」


 うむと頷き、


「現地人の協力を得るのだよ。現地の能力者が偶然奴の出現を感じ取ってのう。まさに渡りに船とばかりに協力を要請したところ、快く引き受けてくれたのじゃ」


 少女はいっそう鮮やかな笑みで告げる。ほっとするような穏やかさを内包した美しい笑顔だ。しかし、向けられた側の顔は微妙に引きつっている。奇妙な沈黙に入ってしまった彼に、ガーデニアはきょとんとした目を向けた。


「どうしたのじゃ? リラック・アグノリア」


 フルネームで呼びかけると、リラックがどこか疑わしそうな目のまま口を開いた。


「総帥」

「なんじゃ」

「なんで同僚じゃなくて、何の関係もない現地人なんですか」

「先に言ったじゃろう。皆、奴がばら撒いた玩具の後片付けに追われておって大忙しじゃ。手が空いておって、かつそなたの足手まといにならず、しかも手助けとなれる者なぞおらん。あきらめい」

「……総帥」

「なんじゃ」

「投げやりになってません?」

「気のせいじゃろ」


 即答にもはや言い返すこともできなくなったか、リラックは再度ため息をついた。そこを逃さず、ガーデニアが向き直る。


「では、リラック・アグノリアに仕事を要請する。内容は脱走者の追跡および消滅。例によって被害者を出さぬよう、世界の守護を最優先に行動することを鉄則とする。受けてくれるな?」

「……はい」


 渋りながらだが、リラックはしっかりと頷いた。腹を据え、ラフな立ち方を改める。


「総帥。俺が行く世界はどこですか?」


 ガーデニアが目の前に置かれた水晶玉に右手をかざした。淡く光り、ひとつの映像を映し出す。


「これは……」


 リラックの声が感嘆を含んでこぼれた。

 漆黒の闇に浮かぶ青い星。深く、それでいて透明。まとう純白の霞は常に流れている。いくつかの大きな大陸を有し、様々な色に染まっている姿は、とても美しい。

 ガーデニアが、どこか誇るような声音で告げる。


「これが今回そなたの護るべき世界。名を、地球と言う」

「地球、ですか。前のティアシードもずいぶん綺麗な世界でしたが、ここも負けてませんね……。それじゃ、行ってきます」


 一礼ののちに踵を返したその背に、総帥が最後の声をかける。

「細かい情報はそなたが向こうに着いてから追って送ろう。成功を祈る」

 言葉が終わると同時に、青年の姿は扉の向こうに消えた。残ったのは、少女と沈黙だけ。


「…………さて、と……」


 ガーデニアは広げた書類をかき集め、机の上でとんとんとまとめた。元通りに整理すると今度は水晶球を手に立ち、薄布の向こうに戻ってお気に入りのカウチに腰掛ける。


「……んふふっ」


 にんまりと吊り上がった口元を、広げた扇で覆う。


(最近は腹立たしいわ忙しいわで疲れがたまる一方じゃったからのう。となれば、ここはひとつ積極的にストレスを解消せねばならぬ。ふふっ)


 膝の上に置いた水晶球に魔力を注いで映すのは、先ほど部屋から出て行った茶髪の青年。この年齢にして一組織の総帥を務める天才少女は、映像の美青年を指でねっとりと撫でさする。


「うふふふふ。さぁリラックや、たぁっぷりと妾を楽しませておくれ。おほほほほっ」


 誰もいない部屋の一角で、美少女は不気味に笑いつづけていたとかなんとか……。

 はてさて、これからどうなることやら。

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