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自殺幇助、やっていました  作者: Huyumi
第一章
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1-3 提起:理想、居場所

「どこへ行きますか?」


「夜まで適当に街でも歩きましょう」


 早めの昼食を終え、再度投げかけられた問いに今度は正面から答える。

 良く行くようなお気に入りの場所は、普段連れて歩かないような夢乃の存在を目立たせてしまう。

 だからといって普段と違う特別な場所は元より提案されてはいたのだが、やはり死する日と言えど特筆して行きたいような場所は思いつかず、結果夕食時まで普遍的な行動で何時もと変わらぬ日を繋げ、未だ明瞭に想像してしまえば身が竦みそうになる死の恐怖に対して僅かにでも決意を募らせる他ない。


「先程は質問を受ける側ばかりでしたので、私からも少し良いでしょうか」


「もちろん」


 先程渡した封筒に関連する事ではなさそうで、まずは半額分だが事務的な信頼関係を進めた事になるのだろう。

 互いに無断で距離を離したりもしないし、かと言って目に見えぬ距離を無暗に詰めようともしない。

 メールにてそうした信頼関係は徐々に築いていたつもりだったが、実際に顔を合わせて見なければ拭いきれぬ不安と言うものもあったのだろう。今はもうそのような不安もほとんどなく、ただ最後の瞬間と、それに続く今までとは僅かな短い道程ばかりが頭を埋める。


「初めて顔を合わせた時、驚いた様子でしたよね」


 仕事や動機に関して尋ねられるものばかりだと思っていたが、先程の私のように外堀から少しずつ埋めるようだ。

 初めて顔を合わせた時……か、声をかけた時、という表現ではない辺り、顔を上げてからの事だろう。

 確かあの時驚いたのは、夢乃のという人間の容姿や佇まいがあまりにも作り物のようで不気味だったからで……。


「すみません。咄嗟に出てきたのが歯の浮くような言葉で」


 当然内心を吐露する事は叶わない。

 先程と同じように上っ面だけの言葉で誤魔化させてもらおう。


「いえ、その事ではなくて……」


「……?」


「どうして私が女性だと予想していたんですか?」


 想像していたよりも、なんてあらかじめ性別にある程度の根拠ある推測を立てていないとできませんよね? と夢乃は目を細める。

 獲物を定めているような嫌な感覚は、もうあまりなかった。


「言われてみればどうしてでしょうね……」


「確信に近いものではなかったのですか?」


「えぇ。

思い返してみればメールで連絡を取り合っている途中で相手は女性かも知れない、そう思った事は確かなのですが、特に明確な理由があったようには思えません」


 文面に性別は書かれていなかったし、私という一人称を用いていたもののそれはこちらも同条件な上に中性的な印象を与えるよう書かれている文章は注意を払われていた気がする。

 そうであってほしいという願望が入っている可能性も思い浮かべたが、そんなものは先程まで考える余裕が無かった事も思い出す。


「そうですか……」


「それが何か?」


 何かを注意深く疑うのか、考えるのか、心ここに在らず……そういった夢乃の相槌に思わず声をかけてしまう。


「いえ、なるべく気をつけているものですから。

もし未だ至らぬ点があるのであれば、そこは詰めようかと思いまして」


「……なるほど。性別が推測されるのであれば、少なくとも当たり(・・・)は二倍近くになってしまいますものね。

力になれず申し訳ない。あとで何か思い出すようならばその際伝えます」


「えぇ、その際は。ありがとうございます」


 もし彼女が既に司法から追われている身であるのならば、直接顔を合わせていない時点で露払いしきるのが最良だ。

 夢乃の仕事を特別に擁護する気はないが、利用者である以上最低限義理立てはしておきたい。

 ただその何かを思いつく可能性も、時計を確認したら半日程度しか残っていない事が考えるだけ徒労に終わる事を示している気がした。


「書店……」


 腕時計から視点を上げると目に入るのはそれ。

 様々な感情、記憶が想起され、一言で表せる言葉に成らずただ見た物の名が口から漏れる。みっともないが、思い出したものを全て正しく理解していまう――そんな末路よりは必ず良い物だろう。


「立ち寄りますか?」


「そうですね。そろそろ話さなければならないですし」


 夢乃が先程から求めている話題であり、私が自殺を決めた動機でもある。

 最後の一日、ゆっくりでもいいから自身と向き合う事は何にも代えがたいものだろうと。



「何故漫画という道を選んだのですか?」


 雑誌コーナーを過ぎ、小説コーナーを横目に見ながら真っ直ぐに進んでいると彼女がそう尋ねた。


「それしかなかったといいますか」


 周りを見渡す。

 有名な作品を表に、未だマイナーな物は奥や背表紙が見えるように。

 パッと見渡しただけでどこにもお気に入りと呼べる作品が見受けられた。当然第一のファンである自身の作品へ向ける情とは肩を並べられぬが、それこそ基準を測る土俵が違う。


「物事着いた頃に一番触れていたコンテンツが漫画だったんですよ。

小説、アニメにドラマ、もう少ししたらゲーム等の他ジャンルも選択肢として挙がったはずでしょうが、気づけば私がクレヨンや鉛筆を握っていた期間は長すぎていて」


「鳥で言う刷り込みでしょうか」


「えぇ。理由など無いのです。むしろ結果が生まれて、初めて理由を見つけたほどで」


 絵本を読み、その延長線上で漫画を取り、その中で自分が見つけた世界達。

 無数の世界で足りていない、或いはこれならば足り得る、そう思えた要素が数え切れないほどあった。

 数え切れず、忘れてしまう前にペンを取る。今にして思うと自分が描こうとしたものは、やはり漫画という媒体が最適だったように思える。これは感情抜きの理屈論でもそう行き着くだろう。


「……あった」


 取り扱われているかは、この店の店主次第だった賭けだが、どうにか及第点は与えられていたようでそれは棚の奥に行き着く前に見つける事ができた。


「お読みになりましたか?」


「……すみません。タイトルや概要までは調べましたが」


 何となく知っていた。別にそれで構わない。


「では、プレゼントという事で。

数十分は掛かると思いますが、これも私の願いの一つとして受け取ってください。

そして恐らくこれが私の動機を理解するには最も最短で、わかりやすい手段だと思います」


 お言葉に甘えて。

 そう微笑む夢乃を背中に、私は自らが生み出した漫画を手にしてレジへと向かった。




 書店のあと入った喫茶店で、私は無言で漫画を読み進める夢乃を前に心を揺らす。

 どこか本を落ち着いて読める場所、と二人で考えている際に彼女が思いついた喫茶店が私に似つかわしくないほど洒落ている物だった事に動揺していたのは初めだけだ。

 自分の作品がこうして目の前で読まれる事に慣れていないわけでもない。

 何度も専門家の前で読まれ厳しい意見を貰って育ったし、普段から友人等の知り合いには見せる事に躊躇いを覚える人種でも無い。


 夢乃を見る。

 視線、目の動きから、ページを見る速度。

 呼吸のペースから、飲み物に手を伸ばす頻度。

 私はそれらに願っていた。ありもしない願望を、夢を、理想を――非現実感を、もしも彼女がそこに見出すのであれば、どうか、と。


「読み終えました」


「はい」


 しっかりとページを閉じて、元々乗る事の出来ていない感情を意図的に殺した声で夢乃はそう宣言する。

 それは宣告でもあった。無慈悲に、冷酷に、残酷なまでに、ただ事実、あるいは私が望む真実を伝えるために。


「ありのままを。どうでしたか?」


 その言葉を彼女は汲み取る。

 上辺だけの言葉ではなく、その残酷さこそ私が真に求めているものだと。


「世辞ではなく面白かったです。

鮮やかなまでのキャラクター達が、とてもコミカルかつ派手に立ち回り、王道な筋書きに沿って治まるべきオチへと爽快に吸い込まれる」


「あぁ……」


 そうですか、ありがとうございます。

 そんな言葉は擦れて聞こえなかっただろう。

 動悸が止まらない。胸が苦しい。

 嬉しい? 喜ばしい? 否。単純に痛かった。締め付けられ、その感覚が彼女にも届かなかった(・・・・・・)のだと否応にも理解させる。


「ですが」


 一度目を閉じる夢乃。私は呼吸を忘れる。


「趣味ではありませんね」


「……何故?」


 今度は擦れながらも、どうにか声をひねり出した。今問わねば悔いると、全身の筋肉で腹を動かして肺から空気を送り喉で音を鳴らす。


「生憎、私は人として変わり種でして、王道よりも邪道を好んでしまうのです。

舞台設定がファンタジーなのは好みなのですが、例えるならそう、勇者の物語よりも、魔王や酒場の店主、もしくは人外視点の物語が好きですね。

それにこの世界は何よりも背景が希薄です。

特徴的な舞台を築けた事は純粋に喜ばしい事なのですが、作中で説明されただけではとてもではないけれど、この国や町、そういったシステム、組織が機能するとは思えない」


 私を見ず、乾いたような笑みで読み終えたばかりの漫画の表紙をそう撫でる彼女の表情は演技、仕事のものではない、そう確信させた。


「……偉そうにすみません」


「いえ、私が望んだことですから」


 はっと息を呑んだように世界に戻ってきて、夢乃は今までと同じようの作り物の表情で詫びる。

 その事実が、どうしようもなく嬉しかった。


「私は創作とは程遠い人間で、創る側はおろか目や耳が肥えている自信もありません。

需要や尺の都合もあるのでしょう。本作で魅力的に描かれている箇所のため、単に私が望んでいるような描写が省かれている。そんな事情を勝手に鑑みた上で、無視した身勝手な感想です」


「本来感想とはそのようなものです。

評論家や編集者のように仕事でも無ければ、作者のために、作品のファンのために、続く後続のために……等、一々考慮する必要がないのです。

当然抱いた感想を発するか、発するのであればどのような場所や形が好ましいかは、人が人という世の輪で生きるならば当然配慮するべきでしょうが、今私達が居るここは幽世(かくりよ)

本来混じり得ぬ点と点が何の因果か一本の一日で途切れる事が約束されている線で繋がり、次へ至るまでの単なる下準備に過ぎません」


 偶然か、奇跡か、呪いか。

 今日という一日は本来在り得ぬものだった。

 在り得たとしても、死へと向かうこの身の隣に歩く存在など想像もしていなかった。


「お客様は神様ですか?」


 夢乃は皮肉気に笑みを向ける。

 偉そうに感想を述べる私は購入者ではありませんよ、と。


「いいえ」


「では、創作者こそが?」


「それも違いますよ、夢乃さん」


 皮肉な問いに明確な否という答えを持っている私に対して、夢乃は慎重にこちらの様子を探りながら私が再び口を開くのを待つ。

 そんな様子を見ながら私は得意げにゆっくりと息を溜める。

 

「コンテンツこそが神様です」


「……コンテンツが?」


「えぇ。

面白いコンテンツが全てで、何よりの正義です。

産み出す事の出来た親が驕る事も、創作物を評価し好きに評論する事も、それに値する作品が生まれてこそです」


 だから、後悔しているのだろう。

 そうでなければならないと、そうでなかったからこそ、そうじゃなければ救われないのでは無いのかと。


「……と、また偉そうにすみません」


 思わず噛みしめていた奥歯をゆっくりと開いて、表情を緩めようと努力する。


「いえいえ。とても興味深い表情をしていました、これも眼福というものでしょうか」


「ははっ、私もまだまだ熱くなる若さが残っているということでしょうな」


「そういうものではないのですけれどね」


「……?」


 曖昧に笑う彼女の真意を汲み取れず、すぐにその疑問すらも私の頭からすり抜けていつの間にか消える。


「良ければ書籍化されなかったネタも教えては頂けませんか?」


「それは構いませんけれど……何故?」


 死に逝く私がネタを温存する理由は無い。

 盗用されても構わないし、今更未発表の作品をあらすじだけと言えども他者に伝える嫌悪という名の創作者としての矜持も無い。

 ただ逆に、私が自ら望んで妄想したお話を他者に喜んで聞かせる理由はあれど、あまり創作物を摂取せぬと明言した夢乃が率先して物語を聞きたがる理由も思いつかない。


「……こういうものは単純に知りたいから、ではいけないものでしょうか? 私は、杉原さんが思い描いた世界を、知りたい」


 世界。

 反芻する。

 世界。

 反響した。

 どうしてだが、その世界という単語が嫌に琴線を震わせる。


 気づけば私は次々と未発表のネタを語っていた。

 頭には大部分が入っており、常日頃そこに何かが足されていくので語る事に不足は無い。

 今までこうしたネタを見せるのは、親しい友人や編集者の人間だったが、今日初めて顔を合わせた特異な夢乃という存在も語って聞かせるには悪くない相手だった。

 私が率直な感想を求めている事を知っているからか、面白い物語ならば熱心に聞いて見せて、つまらないようならば愛想を薄くして次の物語を求めた。


「……へぇ、このお話の後、主人公達はどうなるんですか?」


 幾つか興味を示したネタの内容を話している時、夢乃はまるで獲物を見つけた獣のように息を潜めて目を細めた。

 世間的にはおもしろくない、そう烙印を押された没ネタの一つだ。未だに思いついたアイデアを未練がましくも付け足す世界ではあるが、それでも商業化や多くの人を感動させるには程遠い、それも雑食ではない夢乃が惹かれる要素があったのだろうかと疑問に思う。


「実はメイン二人はこの後些細な行き違いで別れるんですよ。

そして距離が空いた……物理的な距離が空いている間に背景の大きな組織が動いて、後に対立する形で再会してしまうんです」


「あれほど仲が良かったのに、ですか。無事に和解できるんですか? それとも完全に離別してしまうんですか?」


 思いのほか深く掘り下げられ、私は咄嗟に物語の細部を思い返してそれをどう伝えればわかりやすいのかを練り上げる。

 不思議と情報量は多かったものの、スムーズに考えを纏める事ができたように思う。

 随分と前に人の目に見せられるものではないと決定付けたはずなのに、意外にも時という壁は薄いものだったのだろうか。


「それを語るにはそれぞれの組織で何が起きて、二人が何を感じたのかを説明する必要があります。

……あぁどうしましょうか。詳しく説明しますか? それにオチだけ先に伝えましょうか?」


「そうですね……」


 そこで夢乃は一旦窓の外と、店内の様子を確認する。様々な時間を計っているようで、ようやく私は長居している事に時計を見て気づいた。


「詳しく聞きたいです。なるべく時系列に沿って、オチは然るべきタイミングで」


 再びこちらを見て微笑んだ夢乃に私は意識を別の場所へ飛ばされるような感覚に襲われる。

  ――優しい笑み、哀愁、母親の温もり、蝉の声と木々の木漏れ日。

 脳の奥、胸の中心、目の端に二の腕がチリチリと仄かに焼けるような感覚が焦がす。

  ――電車の音、波のせせらぎにべたつく砂、走っても走っても追いつかない、バター菓子の香り。

 それら全てを振り解き、いまを掴み取り現在へと帰る。


「では続きはおかわりを頼んでからで」


 そう告げる声はどうしてか擦れていて。泣きそうで。悲しくなんてないのに。

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