1-2 春の誘い
その女性はどちらかと言えば綺麗、と呼ぶに相応しい部類なのだろう。
年齢はぎりぎり二十台に乗った印象だろうか? 顔立ちからあどけなさが抜け落ちて、綺麗に切り揃えられた頭髪は純朴さを覚えさせて。
「どうかされましたか?」
「あぁいえ……想像していたよりもお美しい方でしたから」
とても生気を感じさせなかったから、そうした本音は呑みこむ事ができた。
「口がお上手ですね。
今までもこうして女性を口説かれてきたんですか?」
作り物の口が動く。
微笑しはにかんでいるつもりなのだろうけれど、目は口同様に笑みは模倣できず。
「すみませんっ、そのようなつもりは無くて……。
あなたに、夢乃さんに頼みたい事は」
人形が人間のフリをしたくて化粧をしているのか、人間が人形を目指して化粧をしているのか。
それとも人だったものが、まだ人に見えるように彩っているのか。あたかも死化粧のように。
「えぇ、わかっています。
冗談ですよ、すみません少し口が過ぎてしまって」
「そうでしたか。いや、こちらこそ申し訳ありません」
「けれど世辞でも嬉しかったのは確かです、ありがとうございます」
「そう言ってもらえると助かります……あぁ、これまた気が利かずすみません。今ハンカチを……」
ずっと立ったままで座ろうとしない彼女、夢乃の様子に慌てて私はポケットからハンカチを取り出して、先程汚れを確かめる事になったベンチへと敷こうとするとそれを制止される。
「いえ、お構いなく。今から少し移動しようと思うので」
「今、ですか? ここは人気が無いですし、まだ前金も渡していませんし……」
彼女の仕事に対する謝礼は事前に前後へと分けるものと取り決めてあった。
一度目は出会った際、一日が始まる時に半金、そして残る半額を最後に判断した際に、と。
「だからこそ、です。もし今誰かに見られていれば、それはもう目立つ事でしょう」
イタズラを思いついた様子も無く、ただ淡々と事実のみを口にする彼女にようやく理解が及ぶ。
誰かに見られていた様子は無いが、もし終始私の姿を見ている人間が居たのだとすれば住宅地の間、忘れ去られた公園に付近では見慣れぬ三十台の男が来て、しばらく挙動不審にベンチへと座ったかと思えば後に現れた若い女性へと何やら薄くないものが入った封筒を渡す。
想像力豊かな私では様々な邪推を呼び起こすが、例え想像力が並以下だったとしてもそれだけで印象に残る図だろう。それが他に人の居ない閑散とした場ならば尚更だ。
「木を隠すなら林の中に、ですね」
「えぇ。
それではどこへ行きたいですか?」
自分がそのような発言を現実で行った貴重な経験に驚きつつも、重ねて彼女が発した問いへと少なからず驚きを感じる。
「行き先は決まっていないのですか?」
「今日という日は、杉原さん最期の一日になるかも知れないので。
約束の時間まで、あなたが望む場所に留まるか巡ろうと思います」
立ち上がると夢乃は半歩程後ろに下がり、私が尻を軽く叩いていると粋な計らいをしてくる。
これがメールで何度もやり取りをしていた最中ならばそういった気配りができる人なのだろうと納得するが、実際にこうして顔を合わせて見ればまるで動物が芸をするのを見てしまったように、そういった気配りもできる存在なのかと別の方向性で驚愕が現れる。
「長い一日になりそうですね」
昇り始めた日はまだ真上に到達しておらず、今日という終わりがあらかじめ夜に設定されている事を思い出すと素直な感想が漏れた。
「お嫌ですか?」
「……いえ」
咄嗟に肯定しようとし、今目の前に居る存在がそうした気遣いを必要としない存在だと思い出す。
「悪くないでしょう」
死を意識してからの日々はあまりにも長すぎた。
一日嗚咽を堪え、一週間目覚めるのが辛く、一ヶ月もすれば生の痛みと死の魅惑に境を感じないほど次の発作が起きるまで、ただ死んでいないだけの昨日までと同じ日々を過ごす。
それが今更もう一日増えた所で大差は無い。
「それに隣に居る女性が中々の美人ときたら、私には勿体無いほどでしょう」
「あらあら。それでは何かしら手向けとして期待には応えなければなりませんね」
一日に二度も女性の容姿を褒める事は自分らしくないし、夢乃に何か邪推をさせてしまうかと思ったがどうやら精一杯演技がかった口調が功を奏したのだろう。
正しくそのセリフは冗談と受け取られ、先程とは違い目を細めて微笑む彼女の様子に、初めて少しだけ気味の悪さよりも女性らしい魅力が上回った。
確かに、想像していたよりも悪くない一日になるかも知れない。
もし夢乃と名乗る人物が自分のような映えの無い中年男性だったり、人心知り得ども老いた老婆だった可能性を考慮すると――まぁ多少気味が悪くとも年下の女性と最期の一日を過ごすと考えれば、少しは彩のある最期だし、何よりもこの奇妙な関係を一目で表すにはらしい、そう感じた。
「どこへ行きますか?」
「このような日には、どのような場所がおすすめですか?」
問いを問いにて返す。
本来ならば疎まれる様なやり取りも、奇妙な職業柄なのか嫌悪を示さないどころか気持ち少し表情を緩めて言葉遊びに夢乃は付き合う。
元々そう言った人間性なのか、単純に顧客が望む行為に答える職務方針なのか、どちらにせよ私は最後の一日だからと普段行わないような言動を気ままに心地良く行う。
「そうですね。昼食……あるいは朝食がまだであるのなら、一度食事処などに落ち着く事を提案します。
食欲は、ありますか?」
「えぇ。あまりコッテリとしたものは食べられそうには無いですが小腹は空きました。
夢乃さんは特にダメな食べ物などはありますか?」
薄い雑踏の中、見た目に相応しいよう大和撫子のように半歩だけ下がり後を付いてくる彼女に問う。
奥ゆかしさよりも、標的が逃げないよう注意深く観察しているハンター、あるいはそのボディーガードという印象の方が先に刷り込まれるが、特に嫌悪感を抱く事は無い。そもそも私がこのような状況を望んだ動機を思い出せば尚更だ。
「和洋中、それにコンビニやスーパーの弁当等でも構いません。
私は今日食事はまだなので、流石にレパートリーの少ないファーストフード店等に連れ込まれたら、少々困る状況に陥りますが」
「それは私も望まぬ展開なのでご安心を」
少々困るだけで拒絶はしないのかと内心確かめるように頷く。
朝食は簡単に摂ってきたが、言い換えてしまえば最後の晩餐。今から食べる昼食に、夜も同様に食すと考えてもあと二回。それだけの食事の片方でもあまり粗野には済ませたくなかった。
せっかくなのだから贅沢をしたい、そういうわけではなく普段から気が乗った時にしかファーストフードという選択肢は取らない。出来得るのならば日々と同じような食事の終わりか、或いは兼ねてより目論見ていた希望といったものに背を伸ばす程度だ。
「ここでは如何でしょうか?」
立ち止まったのは和食の店。
チェーン店だが質は悪くなく、普段から自炊を行わない場合は選択肢として頭に入っている。
「お気に入りのお店ですか」
「そう、なりますかね。
あぁ……この店舗自体は初めて入りますが」
「ならば何より」
短く鋭利な相槌。
そもそも自宅より数駅分離れた場所で待ち合わせており、その意図を汲めば自ら不手際を招くような行為は気をつけて避ける。
ただでさえ自らという後始末にすら他者の手を借りている状況だ。依頼主と仕事人、己の生業が世間では疎まれるものだと理解した上で、その誰が背負う必要も無い役目を担う彼女。
理屈ではそう気負う必要は無いとわかっている。ただこれは私にできる、既に死という沼に触れている生きていない人間に務まる最低限の義務というものだろう。
夢乃という存在がただ他者の生死に群がるハイエナのような薄汚いだけの存在ではないと、ここ一ヶ月ほどのやり取りにこうして実際面と向かい何となくでも理解しているつもりだ。例えその生き方が清い物ではないと判っていながらも、それに乞うた己が重い枷になってはならぬと。
「一つ、質問をしても良いですか?」
席に案内され、適当に注文を済ませた後に私は問いかけると、相変わらず目だけは笑えていない笑顔で彼女は答える。
「一つ、でよろしいのでしょうか」
頬に熱がこみ上げるのがわかる。
羞恥、懐かしい感情だ。それも悪い物じゃない。
幼い頃、両親にイタズラを仕掛けた時、初めから最後までお見通しにされていた上に、それを受け入れられた……そうした思い出を、後々に思い出したような感覚。
「そこまで、露骨でしたか?」
「そうですね……隠そうという意思は見えていたのですが、メールでやり取りをしている間から表層、そう、私の表面的なものではなく、内面的な物への好奇心が少し滲んでいました」
「それは……失礼しました。恐らく職業病というものでしょう。なるべく実生活等では抑えるように努力はしているのですが如何せん」
「いえ、謝る事はありません。杉原さんは終始とても誠実でしたし、私自身そのような気質を責めるつもりなど毛頭もありません。
こうした仕事をしているとイタズラや、純粋に好奇心のみで声をかけてくる方も多いもので……。
私が提示した本質に則った上で、更に配慮して頂けるというの成ればそれは本懐とも呼べるものでしょう」
"自殺のお手伝い行っています。相談は無料にて"
夢乃という存在を知るきっかけとなった掲示板への書き込みを思い出す。
見ていた掲示板の流れが自殺というものに流れ始めた頃合い、スパムそのものであるような文面をしている書き込みが不特定多数の目に晒されないようメールアドレス欄には最新スレッドが上へと登らないよう下げられる記述が書かれており、代わりに文末にて簡単なスパム対策を行ったメールアドレスが記されており、そのあべこべさというか、不器用な気の遣い方が気にかかり丁度自死を考えていた上で鬱屈としていたタイミングが合わさり物は試しにと連絡を取ってみた。
幾度ものやり取りに、三つ分のメールアドレスを経由して今連絡し合っている連絡先に辿り着き、私も、そして彼女もきっと、互いが本気なのだと確信できたことが今ならば理解できる。
「えぇと、夢乃という名前は偽名ですよね?」
「それが一つ目で、二つ目の疑問は?」
問いに問いに返す言葉遊びに、あぁこれはやられるほうも存外心地良い物なのだなとどうでも良い事を考える。
きっとこれが友人や親族ならば苛立つものなのだろうが、生憎と言っては何だが今対面に座っている相手はネットで知り合った自殺幇助人という胡散臭さの塊。きっとこの程度の浮ついたやり取りが私達を繋ぎ止めるのに丁度いいのだろう。
「……どうして、このような仕事をしているのかな、と」
「職業についてとは、答えにくい質問ですね」
合間運ばれてきた食事に彼女は目礼で店員に礼を告げて、ゆっくりとお冷へと口を付ける。
私と言えば行っていた法に反した行為を偶然見られた加害者のように体が硬直し、店員が去り、夢乃が僅かに減らしたコップをコトリと一つ意識して音を立てて置いた事により時間を取り戻す。
明らかに手練ておる豪胆さ。大して私は店内に入り致命的な単語は口走っていないけれども、意識は常に罪悪感を抱えていたようで、咄嗟の必要ではない事態に無駄な硬直を見せただけだ。
「お仕事について聞かれるのであれば、私も相応の対価を支払わなければ釣り合いませんね」
「た、対価、とは?」
当然金、だろうか。
既に一ヶ月の期間で分割し引き出していた結構の金額が手元にあるのだが、死に際の好奇心にこれ以上求められるのは私の死後、関係者が始末に使う費用を考えると躊躇う。
……躊躇うだけで、金額によっては十分許されるだけ尋ねてみたいと思ってしまったのは、あまりにも幼い自分本位で少し恥ずかしかった。
「仕事について尋ねられるのならば、当然私も杉原さんのお仕事について色々と知りたいです」
「は……?」
思わず間抜けな声が漏れた。
彼女が示した対価は仕事ではなく私情が多くを占めているのは明白であり、また既に自殺という殺人の動機としてメールで一因を担っている職業については十分に内容を伝えていたからだ。
つまり彼女は既に知り得ている情報を対価として求め、自身の身を危機に晒しかねない情報の露出を是とした。
これは今まで一貫して示していた聡明な夢乃在処像からぶれる。決して警察などの手には捕まらぬと用意周到だった様子、決して依頼主をむやみやたらに刺激しない姿勢、それらの思慮深さは偽りだったのかと、今目の前に居る人間の人物像が揺れた気がして軽く目眩に繋がる。
「お伝えしていませんでしたが、これもルールなんです」
ルール。
夢乃の言葉にぶれていた意識がゆっくりと現実へと戻って来る。
メールでやり取りしていた時、彼女が好んで使っていた単語だ。この仕事には幾つかルールがあると、依頼主であるあなたに従ってもらう事が円滑な仕事を遂行及び完遂に繋がるのだと、あまり厳しいものではなく口約束程度に事前で取り決めて置いたものが幾つかある。例えば自分という存在を口外してはならないだとか、例えば最期の一日を夢乃と共に過ごす事に同意するだとか。
「なるほど。
必ず伝えて置くべきルール、必要になれば進言するルール、秘匿し続ける自分だけのルール、言い換えるのならばそのような流儀があるのですね?」
そのような高尚なものではないと、少しだけ口角を上げて笑いながら冷め始めている料理へと視線を向ける夢乃。
流石に口へ食べ物が入っている時まで喋ろうとはしないが、食事時に会話を止めるような人間ではない。
最後の晩餐の一食目はあまり味を実感できそうにはなかった。
「私は夢乃さんのお仕事について尋ねる事ができる、ただしその場合ルールに従い私の職業についても伝える必要が生まれる」
「少々見解が食い違っていますね。
杉原さんが私の職務について尋ねずとも、こちらは元より存在していたルールに則りあなたの職業について口頭で話を伺う予定でした」
「ん、なる、ほど?
……いや、とすれば対価とは?」
一瞬納得しかけ、彼女に払う報酬として初めからそのような条件が組み込まれていたのならば、実質的な対価など無いものではないかと気づく。
「私なりの冗談ですね、すみません」
くすくすと笑いながら肩を竦める様子に毒気を抜かれ、私は椅子へと体重をどっぷりと預けながら氷の解け始めているコップを大きく傾ける。
やはり私は未だ現実に住まう人間らしい。物語の中や、外国にて扱われているだろう言葉の操り方は程遠い。そう、死ぬまで程度には。
「ただあらかじめ断っておくと、杉原さんが望む限り無償で教える事自体は構わないのですが、当たり障りのない答えしか返せないと思います。
流石に質問内容が内容なので、どうしても機密と言うものが生まれてしまって」
「その辺りはわきまえているつもりですよ」
「ならば助かります。重さを感じない程度には手土産を渡す事は可能だと思いますから」
変に好奇心を拗らせて、生き延びられても困る……と言ったところか。
何と言うか自殺志願者への接客業、人間関係の梅雨払いが大変そうだという印象を受けた。
「それでは質問を」
「どうぞ」
「夢乃、という名は偽名なのですよね?」
「そうですね。定期的に入れ替える名前ではあるのですが、基本的にはこれに落ち着いています。
何か気になる点でも?」
人目憚られる仕事だ。偽名でも、それが頻繁に入れ替わる事にも大きな疑問はない。
「響きから察するに夢乃は苗字に当たるようで、下の名前などあるのでしょうか?」
「……ふっ」
一瞬驚いたように呆け、遅れ何かが可笑しいようで微笑む。
微笑むにしては相変わらず不器用な笑顔で、本来ならばクスリとでも喉を鳴らすものなのだろうが漏れたのは僅かばかりの吐息だけ。
「不思議な事をお気になさるのですね」
「そう、でしょうか」
今一度考えてみればそうかも知れない。
ただファーストネームにセカンドネームが付随するのは世界の常識であり、それは偽名で世界の影に属する夢乃にも通ずる理であり。
名は体を表すということわざもあれば、親から勝手に名付けられる名前とは別に偽名として選んだのであれば少なからず意味があるのだろうし、こうして初めて顔を合わせた段階で夢、なんて相応しくなさそうな雰囲気を漂わせている事が気になった。
「まぁ小手調べというか、少しばかり詮索したいのであれば当たり障りのない箇所からが良いと思いまして……」
「在処」
真っ当な理屈があるにも関わらず、何故が小恥ずかしくなり咄嗟に口から出てきた言い分を彼女は一言で一蹴する。
「在処、です。夢乃在処
それが今私が名乗る名前です」
「それは……」
あまりにも。
「それは?」
「私には少々思う所のある名ですね」
叶わぬと知った。知って、しまった。
足掻いても辿り着けず、何を犠牲にしても届かぬものなのだと理解した。
故に、今、私はここに居る。
「そうでしょうね。
この名を聞く多くの人はそう思うに違いない。
それこそ私と関わり合いがない人だとしても」
確かに夢乃側でも、私側でもない人間でも常々夢は意識するものなのだろう。
幼少の頃抱く叶いそうにない分不相応で年相応な夢、思春期の頃想う淡く、それでいて多少現実味を帯びるもの。
そして大人になってなお、それでも自分に言い聞かせ追い続け、選ばれた人間のみが、いや……自身で選んだ人間のみが掴み取る事の出来る夢。
大方進めた食事に一旦箸を置き、紙ナプキンにて汚れているのかどうかもわからない口元を拭い、最後、利き手に生まれているペンだこ、何度も何度も負担を掛けられ、生物の常として順応し皮膚が分厚くなったそこを優しく撫でる。
「お仕事についても教えてもらっても良いですか」
「構いませんが……どこからどこまで話したものでしょうか。
全て、と言ってしまえば守秘義務もあったものではないですし、さわりだけ伝えても杉原さんが望むものとは限りませんし」
「ではどうしてそのようなお仕事に就いているのか、だけ」
暗に要点を絞れと詰められて、最も気になった部分を尋ねる。
仕事内容が仕事内容だ。
後ろ盾として何らかの組織が存在していて、その組織に強要され、あるいは組織に還元するため自ら今の役割を引き受けているのか。
そうであるのならばそのような非日常な話題は耳にしてみたいし、そうでない個人規模の運営であるのならそれはそれで疑問が残る。
夢乃の仕事は明らかに手間がかかっている。
例を挙げるならばメールでやり取り。
お互いどこまで真剣に仕事を行うのか確かめ合う期間だったのもあるのだろうが、彼女は酷く丁寧に、時に応じては、私が取り乱してしまった時などでは尚更で、自殺をそそのかす立場でありながらその心を癒そうと優しい言葉をかけてくれた事もある。今に至るまでに金銭の行き来は一切行っていない、にも関わらずだ。
滅私奉公。
自分という人格を押し殺し、相手のために最善を成す。
その有様は、私個人受けた事はないが、人から伝え聞くカウンセラーに近しいものだと感じた。そこに自殺を止めるのか、後押しするのかという決定的な違いはあれど、だ。
中途半端な人の生き死にとの立ち位置も不可解だ。
もしそのような動機があって、次に仕事を選んだにしてもやりようの余地があったように思える。
警察、医者、裁判官、死刑執行人。
ぱっと列挙できるだけでも人の生死に携わる仕事などこれ程もあり、それでいて合法的だ。
直接人を殺めたい、それでいて金銭も得たい。その理屈も九割方は当て嵌まるように感じる。
強盗殺人と比べてしまえば自殺幇助、あるいは同意殺人という所業は目立たず、被害者の抵抗もほとんど無いに等しいだろう。
ただどうしても一点、こちらを気に掛けるような根本的な姿勢が疑問を残す。それが夢乃という存在の本質であり、その行いが報酬以外で得られる益の一つであるように。
「難しい質問ですね」
私から仕事に就いている理由を尋ねられた夢乃は、珍しくこちらから視線を逸らして僅かに黙る。
それは言い訳を考えているようにも思えたし、どう説明したら良いのか言葉を選んでいるようにも取れるし、単純に問いに悩み苦しんでいるようでもあった。
「とあるものを探している、と言うべきなのでしょうか」
「曖昧ですね」
「探している物自体がとても曖昧な物なので。
これではご満足いただけないでしょうか……?」
再び交わる視線に、彼女の苦笑。
それ見て私は……。
「いえ、十分です」
「良かった」
そう座りが悪そうに苦笑する彼女を見て、心の底からそう伝える事ができた。
何と言うかその不器用な返答、表情に私は彼女の真髄を見た確信を得たのだ。
仕事人としての夢乃の姿、きっと私生活でも自己表現が苦手だろう彼女が垣間見せた僅かな隙。
それに途方も無い充足感を得た。例えそれが明確な答えを伴わなくともそれで十分だと思ったのだ。
「お手洗いに行ってきます。その間にお会計をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
私はそう宣言し、鞄の中から自分が注文した分の代金と、依頼金の半額を秘めた封筒を手渡す。
恐らくこのような後ろめたい行為に徐々に慣れて来たのではないのかと、自然に振る舞えただろう自身の様子を想像しながらもう半額が入っている鞄を手にトイレへと向かった。