子ギツネと母さん
街外れの小さな林の中に キツネの親子が住んでいました。
母さんギツネは寝る前に 必ず一冊の絵本を読んでくれます。
でも ベッドの中で子ギツネは なんだか不機嫌な かお。
「今日のお話が気に入らないのかい?」
母さんギツネは 絵本の表紙を見せて聞きます。
子ギツネは首を振ってこたえました。
「違うよ。もう絵本なんか飽きちゃったんだ。
いっつもおんなじなんだもの。
王子さまはお姫さまを助けて、貧乏はやさしくて最後にはお金持ち、人助けすればお礼にたからもの。
そんなことばっかりなんだ。」
母さんギツネは にこりと笑って
「そうねえ。じゃあきょうは 母さんがお話してあげる。」
そして母さんギツネは話し始めました。
―――――
あるところに ひとりの人間がいました
その人間は 特別 貧乏でもなければ お金持ちでもありませんでした
仕事をしても、うまくいかず 友達もいません
なぜならその人間は ことあるごとに 文句ばかり言うのです
お金持ちを見ては 「どうせ悪いことで儲けたんだろう」
貧乏な人を見ては 「俺は絶対あんなことにはならない あー みっともない」
楽しそうな人を見ては 「あんなに騒いで 人の迷惑も考えられないのか」
だんだん その人間から みんな離れていきました それでも
「人付き合いなんて めんどうなだけだ」
そういって 気にもとめませんでした
―――――
あるとき 人間の母さんが倒れたと連絡がありました
人間は急いで母さんのもとへ走ります
そのとき ふと 胸のあたりが もやもやするのを感じます
でも それが何に対してなのかわからないまま 人間は母さんのもとへたどり着きました
人間の母さんは 働きすぎで倒れてしまっただけでした
「なんだそのくらいで 俺はもっと うんと 働いているんだぞ!」
口から出た言葉に 人間は驚きました
そして さきほどの もやもや の原因がわかったのです
母さんが倒れた心配よりも そんなときに 駆けつけても何もできない自分が不安でたまらなくなったのです
どうしていいのかわからない 助けを求められる友達もいない 母さんを助ける力もない
自分のことばかりで 身内の心配すら出来ない そんな自分が急に恐ろしくなりました
―――――
母さんギツネは子ギツネを覗き込みます
子ギツネの顔は 涙で濡れていました
「あらあら どうしたの」
母さんギツネが やさしく涙を拭いてやると 子ギツネはグスグスと泣き始めます
「・・・ぼくも・・おはなしの人間みたいに考えちゃうんだ・・・
ぼく・・・・なんにもなくて・・・
ヒーローみたいになりたいのに・・・
ぼくには・・・・とくべつなものが なんにもなくて・・・・」
鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔の子ギツネを 母さんギツネは抱きしめます
「特別なんかじゃなくていいのよ。 他人と比べて落ち込まなくてもいいの。
あなたがあなたらしくいる。 それだけで あなたはわたしの大事なヒーローなんだから。」
「ぐすっ・・・かっこよくなくても・・・・?」
「かっこいいっていうのはね。
どんなことでも頑張っている人のことよ。
それが遊ぶことであっても お仕事であっても。
無理してかっこよくなるものじゃないの。
自然と そうなるのよ。」
子ギツネはどこかすっきりした顔になりました
「ぼく、ヒーローになりたいんだ。絵本に出てくる王子さまたちみたいに。強くてかっこいいの。でもね。友達の中でも小さいし、力も弱くて、ぼくなんかダメなんだって思ってた。
でも、頑張ることなら出来そうだから。いつかぼくを見てかっこいいって思ってもらえたら、それってもうヒーローだよね。」
母さんギツネは笑って子ギツネを抱きしめ、おやすみのキスをしました。
「さあもうおやすみ。きっと素敵な夢が見られるわ。」
Fin,
お読みいただきありがとうございます。
最近、妙に擦れた子たちが多いなあと感じます。
よく言えば、『いい子』が多くなったんでしょうね。
社会、親、友達の空気や顔色をうかがう子供たち。
おはなしの中の人間は、大人の都合のいい『いい子』たちのなれの果てなのではと思うのは、考えすぎでしょうか。
もし、あなたが素直に物事を見れなくなっているのだとしたら、本来のあなたはきっととても優しい人なのだと思います。
お付き合いくださりありがとうございました。