6話 強者は戦わずして主従を示す
「取りあえず果実酒くださーい! あと養牛のステーキ定食を3つで!
あ、七哉たちも飲む?」
「いや、俺は遠慮しておこう……というかこの国って何歳からお酒飲めるんだ?」
「十六からだ。 私もあまり飲む方では無いので結構。
……というか七哉たちは国の外から来た人間なのか……?」
「――エルザ、俺たちの事は詮索しないという約束だろう」
「ああ、そうだったな……申し訳ない……」
「はい、先に果実酒ねっ!」と定番なのかドリンクだけドンッとテーブルに置かれていく。
凄まじい提供速度である。
結局あれから俺たちは、軽い自己紹介などを終え、この冒険者ギルド兼酒場に戻って来ていた。
それなりの量で値段も手頃、それにここで言い争ってから外に出て仲良く一緒に戻ってきたとなれば魔族騒動も誤解だったんのだろうと念押しでアピールすることも出来るからだ。
後は元々冒険者として登録するために来ていたのに、そっちも終わっていなかったからというのもある。
「やっぱりお姉さん一人だけで飲むの寂しいなー。
エルザちゃんさー、ヤなことあった時は飲んでパーっと忘れちゃった方が精神衛生上良いわよ?
ほら、お姉さんがお酌してあげるから!」
「ああいや、だから私はあまりお酒はっ――、というか嫌な事というのは元々貴方達が――」
「なに? お姉さんに文句あるの??」
「いや、その……無いです……頂きます……ぐすん」
杏里も日本で成人したて、ということもあってお酒にそう強くない。
果実酒一杯目でも酔いはすでに回っているようで、エルザにロクでもない絡みかたをしている。
まるで新入りに上下関係を教える動物に見える。
ひと段落したとはいえ、まだ日も高いのに良くやる……。
この状態の杏里には俺も近付きたくないのだが、自業自得とはいえ本日踏んだり蹴ったりのエルザにこれ以上の不幸が降りかかるのは良心が痛む。
「あ、杏里よ。 これ以上エルザを苛めるのは酷ではないか?」
「じゃあ七哉が一緒に飲んでくれるの?」
「うぐ……まあ法的に許されるというのなら、未知に足を踏み入れるのも悪くはないか……」
「七哉――! とんだ鬼畜だと思っていたが、実は思いやりのある御仁だったのだなっ!」
杏里の暴虐にちょっと救いの手を差し伸べたらこの変わりよう……この聖騎士いろいろと心配になるな。
「むぅー、何だかちょっと面白くない雰囲気だぁー?
七哉くんこっち! もっと近く来て飲んで!」
ギィ、ギィと音を立てながら、杏里が俺の座っている木椅子を自分の方へ引き摺る。
丸テーブルに等間隔で座っていたのに、3者面談のような構図になってしまった。
さらに、横に着けるだけは飽き足らず腕をまわして逃げられないよう完全に捕まえられてしまう。
恰好が日本から来たままタンクトップ1枚なのもあって色々よろしくない。
「杏里、さすがに近い……人目も多いし少しは場をわきまえてだな――」
「それって人目がない所ならオールオッケーってことー? もう、七哉のえっち!」
「無論そう言う事ではなくてだ――あわわわわ」
言ってる途中でさらにむぎゅむぎゅされるのがエスカレートし、俺のキャパシティを超える。
エルザからは止めようとする想いだけは伝わってくるが、まだメンタルが全快していないのと俺よりパワーバランスが上に見える杏里への対処を図りかねているようだ。
「御免っ!」という表情だけ見せて、オーダーしていた養足ステーキ定食に行儀よく手を付けている。
「んー、七哉ー。
このままじゃステーキ食べらんない。 食べさせて」
「却下だ! この腕を離せば済む事ではないか!」
「やだやだー! だったらこのまま七哉に噛み付くからね? がぶーっ」
「やっ、やめっ……」
言うが早いか首元への甘噛みから始まり、そのままかぷかぶと上へ登っていき、耳たぶをハムハムと咥えられる。
周りから「おおう、あの姉ちゃんさっきの黒衣の魔術師を手玉に取ってやがる……軽い気持ちで手を出すと食い千切られるまであるな……」という声が聞こえる。
「わ、解った!解ったから、やめっ――、
食べさせるからっ!!」
羞恥が限界に達したので、諦めて定まらないながらもステーキを切り分け、一口サイズにしてフォークで杏里の口元に運ぶ。
「そうそう。 それで良いのよ!」
ようやく耳たぶが解放され、意識がステーキへ向いたようだ。
その意識を引き続けるために、次はパンを千切ってせっせと口元に運んでいく……。
杏里の我儘には慣れたものだが、この衆人環視の中は辛い。
ああ、せめて人目がなければ……俺の冷徹で無慈悲な最強魔術師というイメージ作りが……。
三分の一程食べさせたところで、満足したようで「七哉のも冷めちゃうから食べちゃいな」と、解放された。
「……その、何となく力関係は把握した。
七哉も苦労しているのだな……」
「ああ……理解が早くて何よりだ。
能力的に、何より相性的に杏里には敵わない。
だから偶には受け持って貰えると助かる……」
「……善処しよう」
真面目コンビがこっそり友好を深めている間に、杏里は黙々と完食し、最後に果実酒をもう一杯飲んでから机に突っ伏して気持ちよさそうに寝てしまった。
酔う前から自由な性格ではあるが、酔ってからの杏里はまさに自由さここに極まれりといった感じだ。
「では、私はここの会計を済ませてから、警備隊長に報告をして来ようと思う。
そんなに時間はかからないと思うが、遅かったら先に宿屋へ向かっていてくれ……まだ時間は早いが、今日はもう行動するのは無理だろう……」
エルザが杏里を見て、呆れたような困ったような顔をする。
「そうだな……。
酔いが覚めるのは早い方ではあるのだが、そうするのがいいだろう。
落ち着いたら明日からの事を相談しておこう」
「了解した。 ではまた、後ほど。
宿屋はギルドを出てすぐ右手、真っ直ぐいった場所にある白濁の琥珀亭という所だ……宿代も先に渡しておこう」
「すまないな。
約束とは言えこの分はいずれ必ず返そう」
決闘や杏里の口車に乗せた結果とは言え同年代の女の子にお金を出させるのは俺の矜持に反するからな。
「いや、その言葉だけで充分だ。
話や行動の節々から七哉の高潔さは伺えた。
今回の件は完全に私の不手際だったのだろう。
これらは迷惑料として取っておいてくれ」
「そうか、では埋め合わせは何か別の形としよう。
特に魔術や荒事関連で困ったら力になろう」
「うむ」とだけ頷いて、エルザはギルドから出て行った。
さて、この酔っ払い覇王をどうしたものか……。
やはり背負って行くしかないか、などと頭を悩ませながら自分の分の果実酒を傾けるのだった。