2話 大事にしよう貞操観念
「くはぁ……たまんない……。この芳醇な香り――確実に初物よね!
身なりも綺麗だしー見張りも立てずに眠る旅慣れなさとか、きっと純情のまま駆け落ちしたいいとこの貴族さまね……ああ、その彼の初めてを後から出てきた淫魔が掻っ攫うとかもう最高に興奮するシチュエーション……っ」
その夜、俺はぬらりと首元を這うような感覚と、どこか落ち着かなくなるような甘い香りで目が覚めた。
まず目に飛びこんで来たのは、首元、そしてその奥に見える体格的に女と思しき背中とそこに生えるコウモリに似た翼、しなやかなに揺れる尻尾だった。
それから女はゆっくりと顔をあげる――ネジが外れたように蕩けた表情をした女が、もう数センチで唇が触れるような距離で俺に覆いかぶさっている。
「一体どういう状況だこれは……」
最高にテンパりながらも、頭の中を整理する。
なぜアラートが機能していない……恐らくコイツの脅威度が中に達していないからか――、という事は生命を脅かすような意味での危険は無いとみていいだろう。
次に、コイツは一体何をしている……いやもう、状況的に明らかだ。
コイツ――性的に俺を襲おうとしてやがる!
そこまで思考が回ったところで、ガッと女を跳ね退け、
若干乱れていた衣服を正しながら起き上がる。
「んー? 人間のくせに、思ったより力あるんだ。
というか、あんなにセラの匂いかいでたのにまだそんなに動けるとかヤルじゃん貴族のおにーさんっ」
「ほぅ。自分が人間じゃないような口ぶり――。
いや、そんなナリの時点で人間では無い……サキュバスか」
「うんうん!あったりー!
見ての通り、セラはサキュバスだよーっ
んでー、童貞貴族のおにーさんの生気をーちゅちゅってね、貰いにきたの!」
その後も「筋肉が付きすぎて無いすらっとした身体が堪らん」だの「見ようによって女の子にも見える綺麗な顔がめっちゃタイプ」「あれ、このくらいの年齢でこの純度の生気を保ったままとか、完全に新品未使用!?1人でも遊んでない!?」などなどエンドレスで目の前の生き物はそう宣っている。
艶のある深い桃色の髪に浅く反った小さめの角、若干の幼さを残しながらも挑発的な表情から歳は同じようにみえる。
透けてしまいそうで不安になる衣装から覗く体躯は、小柄だがサキュバスという種族ゆえに貧相さは全く感じられない。
だが、なんというか……サキュバスという割にはグラマラスさは無い。
17の俺がこう思うのもなんだが、生意気JK感が半端じゃない。
やはり見たままの年齢で、成熟していない個体という事なのだろうか。
このレベルであれば、杏里の方が性格と相まってサキュバスらしい気がする……本人には絶対に言えないが……。
「ちょっと、おにーさん? 何か失礼なこと考えてたでしょー!」
そーだよ、セラはまだ一度も人間から生気を吸ってない半人前だけどさ?
でも、おにーさんはこれからその半人前サキュバスさんに手も足も出せずに
なす術もなくって、びくびくってしながら搾りとられちゃうんだよっ!」
もう激おこなんだからね!というポーズを取りながら、ジッと目をばっちり合わせてくる。
身体に小石を当てられたような違和感があったことから、サキュバスが魅了か何かを仕掛けてきたのだろうが、持ち前のパラメータ差で無効化したようだ。
「残念だが、そうされてはやれないな。
真愛に至らしめる呪縛――。
まだ未遂なら救いはあるだろう。これからは清く正しく生きるんだな」
「はー? 何言って……え、あれ?
おかしいな……あんなに、ハァハァするくらい盛り上がってたのに、
何だか急に身体が付いてこなくなってきちゃった……なんで? どうして!?」
「ふむ。何故かって?
'cause I cursed――俺がお前を呪ったからさ」
「え、呪った……? ぜんぜんわかんない!
ねぇセラに何したの!?」
「何、単純なことだ。
お前が真に愛した相手じゃないとそういう気分にならない、満足できないようにしただけさ」
「嘘だっ!そんな呪い聞いたことないしっ!
あったとしても、大した力もなさそーなおにーさんが使えるわけないっ!」
「自分が理解できるモノだけが世界じゃないのだ。幼いサキュバスよ――」
「はぁーーっ!? おにいさんだって幼いくせに!
こうなったらもう実力行使よっ!覚悟しなさいっ!」
なりふり構ってられなくなったのか、雰囲気も何も無しにサキュバスらしからぬ体裁で襲いかかってくる。
といっても武器も高い魔力も無いために、あくまで俺を押し倒しに来るようだ。
「ふむ。もういい加減に寝なおしたいな。
ということで、そろそろご退場願おう――強制送還!」
想像したのは、サキュバスを魔力で拘束し、適当な遠い場所に射出するイメージ。
呪いを掛けたからこれ以上人間に迷惑をかけないだろう、ということで命までは取らないでやろうという配慮だ。
おっと、着地時を考えてクッション機能くらい付与しといてやろう。何と寛大なんだ俺は。
飛ばされていくサキュバスのわめき声はだんだん遠くなり、やがて完全に聞えなくなる。
「さて、明日もあるからしっかり寝なおすとするか……」
こうして今度こそ異界初めての夜は終わりを告げた。
――余談だが、杏里は起きることなく寝がえりを軽くうった程度ですやすやと眠ったままだった。
セラは竹○彩奈さん的な声を想像しております。