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品性の水晶玉

「さあさあ、こちらですよっ!

 ヒャー! 楽しみですねー!

 スカーにはわかるんです。お二人がヒャーとなって、ヒェーとなってしまうのが!

 それどころか、驚きすぎてヒョーとなってしまうかも。フフフ」


 などと、容疑者(スカー)は意味不明な供述をしており、

 ここにはヒョーと驚嘆するほどのナニカがあるのか。

 とルゥは重く受けとめていた。


 翼粘体(スライム)闇の妖精族(ダークエルフ)小鬼族(ゴブリン)

 奇々怪々なる一座は順に、

 手狭な部屋へと足を踏みいれていく。


 内装はまたもや、純麗な鏡ばりである。

 くもりひとつない四方の鏡面は、

 一行の外形をことこまかに映しだし、いくえにも射影していた。


 豪華絢爛なシャンデリアも同様。

 天井に吊り下げられており、煌々(こうこう)と照りかえしている。

 ご多分にもれず、調度品の類いはなかった。


 食い違いは二点である。

 個室の中心にて、

 バレーボール大の透明な水晶玉が、

 緩慢な動きにより、上下に空中浮遊していた。


 水晶玉からは断続的に、

 おぼろげな惣闇(つつやみ)の波動が放散されている。

 それはまるで、微風にゆらめく髪の毛のようであった。


 護衛でもしているのか。

 水晶玉の両横には、

 真っ黒な二つのマネキンが(はべ)っていた。


 いつの間にか、

 こうばしき梅の香りは立ち消えていた。


 無臭でいて、清らかなる空間。

 普遍的な現実から解離しているような情景は、

 はかなくも夢幻的であった。


 謎の水晶玉のそばで、

 一向は思い思いにたたずんでいる。


 スカーはご機嫌なのだろうか。

 節操もなく、

 こぶりな二翼は、はためいている。

 粘液の体躯は、快晴じみた色彩で明滅していた。


 時刻は未明である。

 またしても、アンリは睡魔に襲われてでもいるのだろうか。


 表情は希薄だ。

 例によって全裸という謎の宗教。

 理論体系(イデオロギー)を秘める少年の瞳は、いまにも閉じそうだった。


 器用にも、

 立ったままでうつらうつらとしている。

 睡眠は血圧を下げる。

 如実に体温を低下させていく。

 したがって、寒いのだろうか。

 か細い両腕で、己の上半身をかき抱く。

 しきりに、手のひらで皮膚をこすっていた。


 自身の細身に巻きつけている、

 巨大化モンステラの葉。

 よもやずり落ちてしまえば、

 最大の危難、乙女のトラウマとなりうるのだ。


 まことに、

 どこぞの変態に見習ってほしいものである。

 ルゥには一分の隙もない。

 風光明媚な水晶玉に魅入られてはいるが、

 腰付近の葉の(たもと)を、しっかりと左手で固定させていた。


「な、なんと! 寝てます! 寝ています!」


「……うん?」


「いま、寝ていましたね! あなたは!?」


「いや」


「いや、ではないです! なにが、いや、なんですか!

 キィー! キィー!

 わざわざ、スカーがご案内してあげているというのに!」


 スカーは激昂しているようだ。

 しかし、アンリはなに食わぬ顔で言った。


「ハハッ。スカー、そんなわけがないじゃないか。

 泊まる部屋と衣服を用意してもらい、そのうえ案内までしてもらっているんだよ。

 ありがとう。スカー。

 俺には感謝しかない。感謝の念が、身体を突き破りそうな勢いなんだよ。

 ならば、眠っていたなんてありえないじゃないか。

 そして、さ。俺がそんな恩知らずに見えるかい?」


「ええ、ええ。見えます。というか、そうとしか見えません!

 ヒャー! とんだヒャーですよ、コレはー!

 よく思ってもいないことを、そこまでペラペラと、りゅうちょうに話せますねっ!

 ほんとうに腹が煮えくりかえるような嘲笑です!」


「ええー」


「そんな演技では無垢とはいえ、スカーは騙されてあげませんよ!

 とんでもない詐欺師です! 嘘つきで詐欺師な変態野郎です!」


 アンリは切って捨てられて、

 がっくりと肩を落としているようだったが。


 凄まじいな。

 これが、高等技術の煽りか。

 このように推移させればいいのだ、な。

 まさに、なみなみならぬ詐術のお手本に相違などない。

 と、ルゥはあらたなる勉学へとはげんでいた。


 そのようなおり、

 まったくもって騒がしいかぎりである。


 スカーはブンブンと飛びまわり、

 深紅に明滅しながらも怒鳴りつづけていた。


 アンリは意気消沈でもしたのか。

 説教される人形と化していた。


 けれども、ルゥは対照的である。

 やかましき騒音をよそに、

 口を真一文字に引き締めつつも目を閉じた。


 一世一代の決意。

 死地に臨まんとする僕の断腸の思いは、

 嘲笑うかのようにへし折られてしまった、か。


 うむ。

 比類なき計謀とはいえど、だ。

 偶発的に発生する落とし穴には、回避のしようがなかったのだろう。


 しかし、アンリ様は次善の策を用意している。

 (くわだ)てているのだ。


 敵となるのか、味方となるのか。

 どちらにせよ、

 絶好の機会はおとずれるのだから。


 時を移さずして、

 翼粘体(スライム)は懐を丸裸にされることとなるのだ。

 もはや、これは必然に似ている。

 根づいた本質は、強制的にあらわとなるのだよ。

 かいま見られてしまうのは、必定と呼べるのだから。


 ルゥは武者震いしてしまう。

 葉の(たもと)を押さえる左手は、自然と震えていた。

 それどころではないのだ。

 小柄な全身は頻繁に、

 硬直と振動を繰りかえしていた。


 純然たる一対一。身命を賭すのだ。

 体内の奥深くから、

 這いでて来るかのような恐怖心が、

 触発させた事象にほかならなかった。


 当然である。

 絶大なる偉力を有する妖異(スカー)のご前に、

 その矮小な身を囮として差しだそうとしているのだから。


 しかし、竦みなど些事にすぎない。

 それ以上にルゥの心を、

 つよく突き動かす情動が生まれていたからだった。


 それは依存じみた希望。欲望。

 とほうもなき渇望から、作用されていた。

 命の恩人の役に立ちたい。

 崇敬する方の利益となりたい。

 ただただ、ならび立ちたい。


 一日と幾許(いくばく)か。出会って間もない。

 だというのにもかかわらず、

 いつの間にか、

 もはやなくてはならない、

 かけがえのないモノへと昇華していた。


 知らぬ間に、

 アンリという名のイビツな個は、肥大して拡大している。

 彼女の心の大地に深々と根づき、

 我が物顔で芽吹いていたのである。


 なればこそだ。

 身命を賭すに値する行動原理は、

 彼女を死地へと送らんとしていた。


 だがもちろん、

 宿願という存在意義(レゾンデートル)を忘失したわけではない。

 ルゥは滑稽にも、ただ信じていたのだ。

 生来の現実主義者(リアリスト)たるまっすぐな理念は、

 いつしか、強大な力によりねじ曲げられていたのである。


 いや正確には、

 忌み子の咎が、生まれつきの煩悶が、

 年頃の乙女(ルゥ)を、現実主義者(リアリスト)へと強制していたのだ。


 勘違いに彩られた一時は、

 知らず知らずのうちに、

 塗りたくられたメッキを剥がしはじめていた。


 じょじょに、急速に、

 乙女(もと)へと戻りゆく思想。

 自身が危機におちいった暁には、

 さっそうと矢のように駆けつける英雄(アンリ)を夢想し、

 渇求しては飢えていたのだ。


 粛然とした水晶玉。

 その前面で、一向はとどまっている。

 自業自得ではあるのだが、

 都合よくも罵詈雑言の嵐はすぎさっていた。


 アンリは妙なテンションである。

 眠気の峠でも越えて、きわまっているのか。

 かっ開かれた目はたいそうにも充血しており、

 エキセントリックな印象をかもしだしていた。


 スカーは気を取りなおしたのか。

 体躯を青色に発光させつつも、解説しはじめていく。


「さあ、この浮遊している水晶玉が、その名も!

 品性の水晶玉キャラクター・クリスタル、ですよっ!

 耳をうたがうかのような、とんでもなくヒャー、なシロモノなんです!」


「なるほど、品性の水晶玉キャラクタークリスタルね。

 心惹かれるひびきだ。それはそれは、心が惹かれてしまうなぁ。

 大切なことなので二回も言ってしまったけど、病魔の恩人たるスカーがここまで述べているんだよ……。

 俺には未来が見えるんだ。

 このきれいなクリスタルは、とてつもなきヒャーな一品なんだろうなって。

 なあ、ルゥ」


「ギ」


「びょうまの恩人……?

 ですがいまはいいでしょう!

 まずはクリスタルの真上に手をおきます!

 そうしますと……! なんと!

 その者の品性にちなんだ衣装がふたつ! このマネキンに装着されているではないですかっ!

 ええ、ええ。あなたがたの疑問はうなずけます。

 サイズがあわないんではないか、と思いませんでしたか?

 ですが、リオ様にぬかりはありません!

 衣装はすべてマジックアイテムとなっていますので、本人にあわせて伸縮するんですよ!」


「マジックアイテム、か。

 これはこれは、はなはだしいじゃないか。

 ありていに言って、ヒェーと称せざるを得ないのは火を見るより明らかだ。

 なあ、ルゥ」


「……ギ」


「ええ、ええ! そうでしょう。そうでしょう!

 お客さんの品性によりますが、へんてこりんで難解な衣装が出現してしまい、着方がわからなくても問題はありません!

 一度でもクリスタルに触れれば持ち主登録がされますので、いつでもどこでも着替えることができるんですよっ!

 着たい時には、着衣(クロージング)

 脱ぎたい時には脱衣(テイクオフ)と念じてくださいね!」


「なんという、これはもはや、言葉がでないよ……。

 まるで操作されているかのように、ヒャーとヒェーを順番に言わされてしまったな。

 俺の胸中には今しがた、刻印されてしまったようなんだ。

 計りしれないヒョーもしくは、おおいなるヒョーの念がね。

 なあ、ルゥ」


「……」


「そ、そうですか。そうですか!

 とてつもなきヒャーに、火を見るよりあきらかなヒェーでは飽きたらず!

 計りしれない、おおいなるヒョーの念もですか!

 すばらしい! あなたの成長率は、底が見えませんね!

 変態の集合体みたいな野郎だとさげすんでいたんですが、スカーは大きな勘違いをしていたようです!

 あなたもずいぶんと、ヒャー道をきわめてきましたね!」


「まさか、そこまで評価してくれていたとはな……。スカー、ありがとう」


「い、いえいえ。スカーはその……、評価すべき事実を褒めているだけですので!」


「ハハハ。だが、侮るなよ。

 俺は日々、おおいなるヒャー道を邁進していくんだ。

 そう遠くない後の世では、こう称されていることだろう。

 スカーのヒャー道を超越せし(おとこ)、とね」


「……フフフ。このスカーを越えていくというんですか!

 鼻で笑ってしまいますねっ!

 まだまだトーシローのあなたが! ヒャー道の伝道師のスカーを!

 具体的には、二百年ほどはやいですよっ!」


「ハハハ。越えてみせる」

「フフフ。越えさせません」

「……」


 まさに混沌(カオス)である。

 なおもヒートアップしていく談義。

 ヒャーに選ばれたと言いきる(アンリ)と、

 ヒャーの伝道師を自負する淑女(スカー)の、

 トークバトルは尽きそうになかった。


 おおいなるヒャー道とはいったい。

 と、ルゥはジト目である。

 些末にすぎる勝敗は決さぬままに、

 表情を一変させたアンリは、口惜しそうな声音で言った。


「いたれりつくせりなサービスなんだけど、ほんとうに無償でいいのかい?

 まあいまさら、ね。

 お金がかかりますと言われても、見てのとおり裸一貫たる俺に支払えるものなんてないけどね」


「いえ、いえ! お気兼ねなくご使用ください!」


「そうか。スカー。もう一度言っておくよ。ほんとうにありがとう。

 じゃあお言葉に甘えて、さっそく試させてもらおうかな」


 アンリに気負いはない。

 クリスタルの頭頂部へと、

 よどみのない動作で右腕をのばす。

 そのまま無遠慮にも鷲掴んだ。


「あ、ああ! そんなにいきなり……!

 あなたには未知のものへの恐怖心や、遊び心というものがないんですかっ!」


 鏡ばりの一室に、

 羽虫が飛んでいるかのような、不快な音が鳴りひびいた。

 一拍ののちであった。


 脈動している水晶玉。

 そのおぼろげな惣闇(つつやみ)の波動は、

 毛髪に似た一本一本は、

 すべからく統合されて濃縮されていく。


 点から面への変化だ。

 クリスタルの真上で、

 (すす)じみたこまかい粒は吹きあがる。

 いくえにも群れつどうと、

 目標をかかげた有機体へと進化した。


 じょじょに、空虚へと変わりつつある水晶玉。

 おびただしき粒子は、

 不用心な右腕の皮膚上へと、

 矢継ぎばやに雪崩れこんでいった。


 這いずり伝って、殺到するのだ。

 右腕から右胸へ。

 そして左胸から、目標だった奥深き心臓へと。

 浸透していくように潜りこんでいった。


 アンリは能面のような表情をくずさない。

 えもいわれぬ緊迫感が支配する、

 つかの間のすえだった。


 夜を凝縮したかのようなこぶりな球体が、

 左胸から、緩やかにも突き出たのである。

 浮遊して、ゆれ動きながらも回転する球体。

 電流が流れるような音が不規則に鳴っている。

 ふいに、とうとつにも分裂した。


 二対のマネキンへと、同時に飛来していく。

 投網のように拡散して、

 その姿をおおい隠した瞬刻、まばゆき閃耀(せんよう)が放たれた。


 ようやくみなの目が開かれた時、

 姿形をあらわにしたマネキンは、とある衣装を身につけていた。


 片方はいわゆる、特攻服と称される衣装である。

 長ラン。学生ズボン。サラシに地下足袋。

 それらは、真っ白に統一されていた。

 アクセサリーなのだろうか。

 金髪のモヒカンのカツラと、

 カラスマスクだけは例外であったが。


 夜露死苦。愛羅武勇。仏恥義理など。

 衣装のいたるところには文字が。

 様々な物騒な当て字が、赤色の刺繍糸で縫われていたのだ。


 象形文字をくずしたような、亜人(イングリード)語の文字ではない。

 ここ、イングリード島には存在しえないはずの漢字であった。


 きわめつきは、長ランの背面部である。

 そこには喧嘩上等ならぬ、

 混沌上等と、金色の糸で刺繍されていたのだ。

 解釈のつかぬ四文字熟語はミステリアスだ。きわだっている。

 甚大なる異彩を放っていた。


 とにもかくにも威風堂々。

 マネキンはヤンキー座りの態勢である。

 首をかたむけると、

 三者へとするどいガンを飛ばしつづけていた。


 威圧感まるだしといった様相。

 右手につかむ木製の釘バットは、

 右肩へと添えられていた。

 じつに、獰猛(どうもう)な気配をただよわせながらも。


「フフフ。これはこれは、ヒャーですねっ!

 まさしく、へんてこりんな逸品ですー!

 すこしばかり、思いかえしますのでお待ちを。

 ……えーっと、ですね。これはたしか!

 荒々しき服! という名前のマジックアイテムですねっ!

 まさに変態野郎の品性にピッタリな、荒々しい衣装に違いなんてありませんよ、コレはー!」


 スカーは、ヒャーヒャーと狂喜乱舞。

 ところせましと飛びまわっていた。


 またもやアンリは、

 睡魔にでも襲われているのかもしれない。

 夢遊病者のように、荒々しき服へと釘づけであった。


 勇ましきマネキンにガンを飛ばされているルゥ。

 彼女は少々、

 気圧されながらも内心で声をあらげていた。


 このような奇っ怪なる衣装が!

 流麗にすぎるアンリ様に似合うだとっ!

 そのような道理もへったくれもあるか!

 ……このスライムには、まことに窮したものだな。

 このようなものを着るのはたいてい、

 気狂っているヤカラだけなのだから……!


 しかし、興味深い。

 文字、のように想起させられるが知識のなかにはないのだ。

 謎だ。一体、なんと記されているのだろうか……。


 それにしてもマネキンめ。

 すさまじき眼光ではないか。

 どうしても腹が立ってしまうな。

 できるものならば、破壊したい衝動に駆られてしまうぞ。


 だが、数多の釘が打ちつけられたこん棒、か。

 アンリ様が着るにはデザインは不服ではある。

 が、まあその威力だけは折り紙つきだろう。


 そうか。

 品性の水晶玉キャラクタークリスタル、だったか。

 ともすれば、アンリ様の穏和な道化に隠秘された本懐。

 他を寄せつけぬ不屈の闘志に触発されて、

 呼び寄せられたのだろう。


 もう片方へと視線はうつりゆく。

 それは、白とは対称的な衣装だった。


 灰色がかった蒼き和服である。

 帯だけが黒い。

 そして、フード付きのブラックビロードマントは、

 長着のうえに羽織られていた。


 外套のすそは膝まで。

 前方の留め具は銀色の鎖つき。南京鍵を模している。

 外側の布の縫い目は線となり、青色で縁どられていた。


 優雅な立ち姿のマネキン。

 足下には紐が青い、

 黒皮の編みあげロングブーツが履かれていた。


 (くろがね)で錬成された高扇は真っ黒。

 それは胸の前でひらかれている。

 水宝玉(アクアマリン)があしらわれた(かなめ)

 竿も小扇骨も、扇沿いも、

 深海のような青さで縁どられていた。


 扇面の背景は闇夜だ。

 ただよう暗雲に、

 下半分を隠された満月が描かれている。


 きわめつきは満月の頭上にて、

 蒼く描画されていた漢字だった。

 そこにはでかでかと、

 混沌と浮かびあがっていたのだ。


 総じて、

 青碧と闇色を基調としている衣装は一種異様ではある。

 けれどもことのほか、格調高雅な情緒を包含していた。


「こちらの衣装はですねぇ……、えーっと! 思いだしました!

 夜陰の衣、ですね!

 やっぱり奇抜なものばかりですー!

 どちらの衣装もともにへんてこりんとは、あなたの品性はどうなっているんですか!

 さすがの変態野郎といったところでしょうかっ!」


 まあ型破りではある。

 だがこちらの衣装だろうな。

 夜陰の衣と、名称はとてもお似合いであるし。

 とルゥはかってに断定していた。


 ようやく、

 アンリは再起動を果たしたようだ。

 おもむろに、

 ルゥの華奢な肩に手をまわすと言う。

 いまやその態勢は、出口へと向いていた。


「すばらしい。なんという、すばらしい衣装なんだ……。

 さて俺の番は終わったようだし、おつぎはルゥの番だな。

 善は急げというしね、さっそく向かおうじゃないか。

 さあ、ルゥ。さあ、さあ」


 ところが、

 そうは問屋はおろさない。

 自称、知覚範囲に定評がある監視者(スカー)は見逃さなかった。


「そうですね、って……!

 な、なにをさりげなく誘導しているんですか、あなたはー!

 ほ、ほんとうにとんでもないです! やっぱり、とほうもない詐欺師に違いなんてありませんよー!

 ですが神様が許しても、このスカーが許しません!

 ルゥさんはきちんとスカーがご案内しますので!

 あなたはどちらかを選び、その低劣なブツを隠してから来てくださいねっ!」


「なんてこったい……。

 まあ、いたしかたない、か。

 うん。そうだな。俺もひとりの男なんだ!

 ならば、意を決しようじゃないか!」


「い、意を決するほどのことではないと思うんですがねぇ……」


 スカーは気疲れでもしたのだろう。

 粘体をはずませながらも、

 どんよりとした深緑色に明滅していた。


 なんという、

 さりげのない思考の誘導方法なのだろうか。

 もはや、詐術の王を冠しても差しつかえなどない。

 と、ルゥは本心からのリスペクトをしていた。


 ふいに、アンリは優しげに微笑む。

 まるで、ルゥの身でも案じているかのようだった。


「ルゥ、安心しろ。

 なかなか手強そうな難題だけど、決まりしだい俺も急行するからね。

 まあ、きみなら立派なものが、すばらしい結果が出るだろうさ」


「ギ」


 一世一代の大勝負である。

 もう、あと戻りはできない。

 中空へと向かい、とうに賽は投げられていたのだから。


 慈悲深きお言葉を、

 ルゥは反芻(はんすう)しながらも、

 礼儀正しき会釈を返した。

 その焦げ茶色の瞳は、かすかに濡れている。

 なみなみならぬ意思を宿していた。


「さあ、さあ。それでは行きましょうか、ルゥさん!

 ですが、あなたはきちんと着替えてくるんですよ!

 そうでないと、ほんとうに溶かしてしまいますからね!」


 スカーの先導にしたがい、

 ルゥは隣室へと向かいはじめた。

 アンリは、どこか名残惜しげな表情である。


 後背のもの暖かな視線。

 それを察しながらも、

 ルゥは決して振りかえることはしなかった。


 僕だ。

 ほかでもない、この僕がやり遂げてみせる。

 コイツの心胆を、推し量ってみせるのだ。

 ゆるがぬ決意が、

 彼女の背中を後押ししていたのだから。

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