表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/69

あいにく忌み子

 それは本物ではない。

 まがいものだ。血の通わぬ、疑似的なカタチではあった。


 けれども、

 種族の壁を越えた親愛の情。

 家族という名の形状は、うつくしいものであった。


 うち震えているかのよう。

 スカーの内情は、あけすけであった。


 ほのかな、熱をおびている頬。

 深紅の瞳は、ひどくゆらいでいた。

 つのりゆく感動。

 高鳴る情念を、抑制できないのかもしれない。

 それでもなお、潤沢なほど。雅やかな雰囲気は、振り撒かれていた。


 アンリは優しげである。

 ふくみ笑いとともに、見守っていた。


 けれども違う。

 胸のうちは、異なっていた。

 (たぎ)りに滾っているのだ。

 血が沸き立つかのような、感覚。情念をおぼえていたのだから。


 もしや、そうなんじゃないか。

 とは感じていた。

 うすうすは、思ってもいたんだよ。


 俺やルゥと、おなじくだ。

 スカーは同調してくれるはず。

 シンパシーを、感じてくれているんじゃないか。

 ってね。


 だけど、それが、真実だったとはなぁ。

 まさに、感無量だ。

 生まれてこの方、これほどまで嬉しかったことはないよ……。


 アンリは、震撼せしめられていた。

 底知れぬ感動の念は、膨大である。

 いまにも、むせび泣いても、おかしくはないほどであった。


 むろんのこと、味わいたい。

 ひたりつづけてはいたかった。

 しかしながら、即座。

 自身へと喝をいれる。たゆたう精神を、いましめていた。


 なぜならば、注意をしている。

 用心を、しなければならないのだ。

 さらなる勘違いを、助長。

 増幅させてからでは、手遅れなのだから。


 やおら、アンリは釘をさした。

 イタズラっ子のような、ふくみ笑いのままに。


「ああ、そうだった。

 スカーにひとつだけ、言っておきたいことがあったんだよ」


「……なんでしょうか?」


「俺がたとえた家族。

 いわゆる、そういうカタチに、だよ?

 種族の差異は、気にしなくていい。

 関係なんてないんだ。いっさいとして、肝要じゃないんだよ」


 亜人種とモンスター。

 そのあいだには、明確なまでのへだたり。

 差異が存在しているのは、灼然たるものであった。


 殺伐とした、この世界。

 そのなかでも酷悪たる大森林にて、

 産声をあげた粘体(スライム)


 たしかにスカーは、人間ではないのだ。

 それどころか、亜人種ですらもなかったのだから。


 なればこそである。

 先手を打つように飛来した、忠告。

 狂おしいほどに耽美な、警告の言葉。

 それは異様なほどに、重々しく聞こえたのかもしれない。


「なぜならば、家族になるのにあたって、重要なことはひとつだ。

 肝要な事柄は、たったひとつしかないんだよ。

 それは思いやりのこころ、だ。

 心のそこから好きだ、と思える相手を慈しみ、愛する。

 たんに、それだけのことでいいんだ。

 ともに好きあっている、という感情こそが大切なんだよ。

 そんなふうに俺は教えられてきたし、そう、思えてもいるんだ」


 スカーは黙りこくったまま。

 そこから、感情は読みとれなかった。

 けれども、露呈されている。

 わずかに震える体躯により、心模様はひけらかされていた。


 アンリは満足げである。

 柔和な微笑みを、口許に浮かべていた。

 情緒的な内心とは、真逆である。

 平坦にすぎる調子で、語りかけていった。


「それが、俺の言いたいこと。

 これこそが、俺のありのままの気持ち、なんだ。

 だからこそ、いまこそ、なんだよ。

 スカーの問いかけに対する、誤解。間違いを晴らそうじゃないか。

 たとえばの話。はっきり言うけど、さ。

 俺には、きみのその胸なんて、どうでもいいんだよ。

 なぜならば、ちいさかろうが、おおきかろうが同じこと。

 結果は変えられないんだ。

 俺は、さ。きみの胸がおおきいから。

 とかいう、フザけきった理由で、きみを好きになったわけじゃないんだから」


 なにも言わないのか。

 それとも、なにも言えないのか。

 いぜんとして、スカーは震えている。口を閉ざしつづけていた。


 アンリは、穏やかな雰囲気である。

 一見してみるに、

 人情味を感じさせる、たたずまいではあった。


 されども、その双眸だけは異色だ。

 色がとぼしい。粛然とした光だけを、たたえていた。


「どちらにせよ、なんだ。

 まったく違う状況下で、出会っていたとしても、変わらない。

 変わりはしないんだよ。

 俺は、きみを好きになっていた。

 もはや、どうせ、と言いたくなるほどに。

 きみを好きになっていたのは、あきらかなんだよ。

 だからこそ、俺がなにを言いたいかというと、だ。

 胸の大小なんてものは、些事。

 それこそ関係ない。しごく、どうでもいい事柄なんだよ」


 もはや、一目瞭然であった。

 どのような考察を経たとしても、

 今回も同一である。

 完全に、愛をささやいていた。


 アンリには、

 なんら恥ずかしげもない。

 悠然とかまえていた。

 然りである。

 彼は率直な感想を、述べただけなのだから。


 けれども、

 そのような言葉はまるで甘言。

 誘い水のような、告白だったのかもしれない。


 スカーは、気恥ずかしげである。

 やおら、勢いよくうつむいた。

 膨大な量の、髪の毛。

 みだれた毛束の一本一本が、舞い上がる。

 しずかに波打っていた。


 それは、感情を読み取らせぬベールかのよう。

 顔全体を、おおい隠していた。


 しかし、如実なまでの、等身大の素顔。

 ありのままの心境は、物語られていたのだ。


 それは白衣に秘し隠された、胸郭上の斜方形。

 おぼろげな桃色のまたたきにより、おぎなわれていたのだから。


 スカーは、気持ちに踏ん切りをつけたのか。

 躍動感あふれる動作により、顔が上がる。

 そこには、晴れ晴れとした、笑顔がかたちづくられていた。


 はにかみつつも、述べはじめていく。

 その声音は愛らしい。

 小躍りしているかのように、快活でもあった。


「アンリさん。出会った当初から私、ずぅーっと思ってたんですよ。

 あなたは、やっぱり、おかしいんだ、と。

 十歳児だなんて信じられないほどに、へんてこりんにすぎるんだ、って」


「おかしい? そうかな?

 いたって俺は、ふつうだと思うんだけど」


「すごい。ほんとうに、すごいんですよ。

 ええ、ええ。あなたは、イカれています。

 かんぜんに、イカれきっているんですよ」


 スカーはどこか、愉しげであった。

 らんらんとした目許。

 口許には、妖しき微笑。

 不明瞭な色香が、かもしだされていた。


「なぜならば、面とむかって、ですよ?

 それどころか、なんの恥ずかしげもなく、なんですよ?

 そのような言葉を言ってのける、十歳児なんておかしい。

 きわめて、稀ですよ。

 世界ひろし、血まなこになって探したとしても、見つかりはしないんでしょうからねぇ?」


「いや、こればかりは仕方がない。

 もはや、どうしようもないことなんだよ」


 あっけらかんとした、声が響きわたる。

 ふいにアンリは、笑みを消し去った。

 大真面目な面様である。

 たんたんとした口調により、語りはじめた。


「だって俺は、さ。

 自分に嘘はつきたくないんだよ。

 それに、好きな人に好きだと言うこと。

 想いを伝えることを、恥ずかしいとは思いたくないんだ。

 なぜならば、さ。

 俺は知ってのとおり」


 意味深げに言葉をとぎる。

 おもむろに、アンリは肩をすくめた。

 張りつけられた、不敵な冷笑。

 さも愉快だと、暗唱しているかのようであった。


「あいにく忌み子なんだよ?

 たわけきった話ではあるけど。

 生まれながらにして完全アウェー。

 こまったことに、世界そのものが敵と化していたんだよ」


 嬉々とした、声音である。

 ちっとも、困っているふうには、見受けられなかった。


 まるで、無垢なる悦楽の情を表面化。

 形どったかのようだ。

 アンリの形相は、ひどくゆがんでいた。


 やにわに、スカーはブルリと震える。

 せつに、いたわるように言った。


「……あ、アンリさん」


「だからこそ、だ。

 だからこそなんだよ、スカー。

 死ぬときは死ぬ。いとも簡単に、死んでしまうんだよ?

 それがたとえば、不変。

 もしも、あらがいきれぬ運命(さだめ)だというんならば、俺は受けいれよう。

 ただ、漠然と死ぬのみ。

 それこそ、胸を張って死んでやろうじゃないか。

 だけど、死ぬ間際に、後悔なんてものはしたくないんだ。

 それまでは、全身全霊で生きたいんだよ、俺は。

 となれば、恥なんて感情はいらない。

 まさしく不要な概念そのもの、とも言えるんだから、ね」


 重苦しい空気は、根深い。

 両者に、緊迫感をしいているかのようだった。


 そのようなおり、アンリは、

 空気を変えようとおどける。

 肩をすくめつつも、

 茶目っけたっぷりに、笑ってみせたのだが。


「まあ、ね。もとより、だ。

 俺には、デリカシーがないらしいんだよ。

 ほんとうに申しわけないんだけど。

 デリケートなエルフの(おとこ)、じゃないようなんだよ、俺は」


 スカーは、一笑すらもしなかった。


 後悔。

 そのたあいもない二文字は、鋭利である。

 彼女の琴線に触れては、エグッたのかもしれなかった。


 スカーは、神妙な面持ちのまま。

 ガクガクとしたトーンにより、口をひらいた。


「……そう、ですよね。

 後悔をしないために、さらけだす。

 全身全霊で生きる、ですか。

 なんと言えば、いいか……。

 なにか私自身、打ちのめされたかのような感覚。

 痛みを、感じるほどの言葉……。

 ほんとうにそうです。そうだった、んですよ。

 後悔なんて、したくはない。起きてからでは遅いんです。

 遅すぎるんだと、私はうなされるほどに、理解させられていた。

 いたと、いうのに……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ