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揃いも揃って天の邪鬼

 スカーは意気揚々である。

 空中で緩慢にゆれ動きながらも、先頭をすすんでいた。


 追従するカタチで順に、

 王と第一の臣下は、寝室へとご案内されている。


 うす暗い手狭な廊下を経由して、

 そのままの足により、

 反対側の目的地へとまっしぐら。


 のはずだったが、

 閑散とした通路へと抜けた、さなかであった。


 突如としてスカーが、

 すっとんきょうな声をあげる。

 静止したのであった。


「アア!」


「いきなりだな、スカー」


「ギギ!」


 主従そろっての唖然である。

 歩みが止まってしてしまうのも、無理からぬことであった。


 しかし、アンリの表情筋は手強い。

 さまつな事柄では、

 微動だにしないのである。

 驚きのおの字も感じられない風体により、たたずんでいた。


 ルゥはというと、天をあおいでいる。

 おおげさなボディランゲージにより、

 遺憾の意を表明しているようであった。


 衣装室と寝室。

 その二部屋しか、解放されていないためだろうか。


 廊下をほのかに照らしているのは、

 各部屋にそなえつけられた、四本の松明(トーチ)だけだ。


 ちいさな炎は、

 ゆらゆらとゆらめいている。

 幽霊でも現れそうなほどの、気味の悪さを演出していた。


 最奥部に位置する螺旋階段。

 真っ白なそれは神々しい。

 くっきりと浮かびあがっている。

 荘厳な雰囲気をはらみ、鎮座しているかのようだった。


 ひさかたぶりに嗅ぐ、梅の薫香。

 それはあたりに充満していた。


 アンリは不可解な感覚。

 ノスタルジックな感慨にひたっていた。

 小首をかしげつつも目をほそめる。

 それでもやはり、意図は掴めない。

 それならばと、気を取りなおす。

 目前で固まっているスカーへと、たずねた。


「なにやら、固まっているところ悪いんだけど。

 寝室に行くんじゃなかったのかい?」


 ルゥも同様の考えなのだろう。

 またしても持病の発作たる、とち狂いのようだな。

 などと言わないばかりの半眼だ。

 首をコキコキと鳴らす。

 ことの推移を見定めているようだった。


 粘液の流動体はぼんやりと、藍色に光る。

 生気をみなぎらせた動作により、振りかえった。


「ええ、ええ! すみません!

 まずは寝室にご案内してから、そこで威度チェックを執り行おう!

 と考えてはいたんですが!

 よくよく考えてみますと、べつにここでもいいのではないかと!

 各部屋の解放のシステムについても、説明するんならば、ここが適切ですしねっ!」


「この廊下が適切……?

 ああ、そういうことね」


 真っ暗なままの前方。

 螺旋階段までの通路を、

 アンリは真剣な表情で見つめていた。


 腰帯にさしていた高扇(たかおうぎ)を、右手で抜く。

 器用にも手もとで半回転させた。

 それぞれの松明(トーチ)を、扇の先端でさしつつも言う。


「現時点で解放されているのは、衣装室と寝室のふたつ。

 それは見てのとおり、その松明(トーチ)に火がともっている部屋、ということになる。

 ようするに部屋の解放とは、松明(トーチ)なんだ。

 威度におうじて、解放されれば解放されていくほどに、だ。

 火が灯っていくカラクリ、なんだろうね」


 それにしても、

 なんという真面目さなのだろうか。

 なにか、悪いものでも拾い食いしたのか。

 そのように心配してしまうほど。迫力に満ち満ちていた。


「ギィ」


 然りだ。

 そう、聞こえてくるかのよう。

 ルゥは深々とした首肯により、応えた。


 スカーは感激しているのだろうか。

 粘液の体躯はさざ波だっている。

 二翼もこきざみに、はためいていた。


「そうです! そうなんですよ、アンリさん!

 おっしゃるとおり!

 お客さんの強さにおうじて、火がともる。

 各部屋が解放されていく、ゲームのようなものなんですから!

 ですから現時点では、解放されている部屋よりもさきへは、通りぬけできないようにもなっているんですよ!」


「そうなの? 通りぬけすらもが、できなくなっているの?」


 害となる罠が、忍んでいるかもしれない。

 だというのにもかかわらず、

 やはりこの王にためらいはなかった。

 なんの気負いもない。

 ふいに左手をのばしつつも、前方へと歩みよった。


 しかし、ご説明のとおりである。

 無防備な左手は、

 不可視の壁にさえぎられて止まった。


 いちおう、力強く押してみる。

 枯れ木のような腕に、

 血管が浮きでているほどの勢い。

 ではあるのだがやはり、ビクともしなかった。


 アンリは単純に悔しいのである。

 血気さかんに鼻息を荒くする。両手で押しつづけていた。


 そのような子供じみた振る舞い。

 滑稽にすぎるパントマイムを、ご主君はご披露していた。


 それをしり目に、

 ルゥもつづけて触れる。

 そこはさすがの彼女であった。

 ものの一瞬により、

 力業での解決は、不可能だとさとったのか。


 即時にである。

 ムダな労力の消費をやめる。

 訝るように小首をかしげていた。

 口を真一文字に引き締める。

 なにやら、思慮でもしているかのようだった。


「……フゥ。これは無理のようだな。

 つまりはスカー、これはアレか?

 部屋が解放されればされていくほどに、その都度、この見えない壁もさきへとすすんでいく。

 すなわちあの、螺旋階段こそが、最終的に俺たちの目指すべきゴール。

 たどりつけばクリアのゲーム。

 だとでも解釈すればいいんだね?」


「おお、おおおー!」


「これはこれは燃えてくるなぁ」


 喜色を隠しきれない様子のスカー。

 粘液の体躯は、

 雲ひとつない快晴の色合いにより、発色していた。


「ええ、ええ。正解です!

 正解なんですよ! アンリさん!

 それにしても、いいですねぇ!

 コレが俗に言う! 真面目モードのアンリさんなんですかぁ!」


「ゾクニイウ、マジメモード?」


「よっ! 神算鬼謀の王!

 ほんとうに、ゾクゾクしちゃいますねぇ!

 かくいうスカーは! 一日千秋の思いで! この時を待ちわびていたんですよっ!」


 俗に言う、とはいったい。

 真面目モードの俺とはいったい。

 またしても、しんさんきぼうの王とはいったい。


 とアンリの脳内は、

 疑問の渦にのまれていた。

 ところせましと、クエスチョンマークは乱立している。

 お祭りさわぎの様相を繰りひろげていた。


 いやはや、まいったものだよ。

 喜びにうち震えている様子のスカー。

 なにやら彼女は、誤解をしているようなんだからね……。


 その言いぶりから一考するに、だ。

 まさか、まさかだよ。

 この俺が普段から、

 不真面目だとでも、言っているかのようじゃないか……。


 いやいや、おかしい。

 異様なほどにおかしすぎるだろ。


 俺はつねに、いたって真面目。

 いついかなる時も、だ。

 真面目という単語が、

 具現化しているような男なんだぞ、俺は。


 まさしく、心外だ。

 それ以外のなにものでもなかった。

 そのような言い様は、少しばかり看過できないなぁ……。


 これまたいっさい、

 些事なんかじゃないけど、それは置いといて、だ。


 しんさんきぼう?

 とかいう、不可解なワード。

 高位魔法の詠唱呪文じみた言葉が、まったく解せなかった。


 しかしそれも、今は些事というもの。

 まあ、こちらにも、落ち度はあったんだよ。


 そのような意図なんてみじんもないけど。

 スカーの裸を見てしまった。

 という事実は変えられないんだから、ね。


 おおかたではあるけど。

 それで不真面目なんて、

 誤解されてしまっているのは、あきらかなんだよ。


 だが、しかしだ。

 やはりこの問題も、一朝一夕では解決できやしない。

 人の心証の複雑さ。

 という事柄を、甘くみてはいけないんだよ。

 だからこそだ。

 ながい時間をかけて、対処すべき問題だと思えていた。


 このように、

 アンリが思い悩んでいるさなかではある。


 だが、それはさておきだ。

 余談ではあるのだが、

 威度にかんしての説明をしなければならない。


 威度とは、SABCD。

 その順番に劣っていく、モンスターの序列の総称であった。


 しかしながらである。

 さらに細かく区分するのならば、

 ランクのひとつひとつ。

 それぞれ個々の単位に、

 三段階の目安が、(もう)けられているのであった。


 第一にD級。

 それを例に解説をするのならば、最下級はDである。


 つぎにDD(ダブル・ディー)

 そしてDDD(トリプル・ディー)と、脅威の値は順に上昇していくのであった。


 やがて、力を身につけた魔物。

 モンスターはおおまかに、

 進化などの行程を経て、C級へとうつっていく。


 むろんのこと、

 最上級のランクはSSS級である。


 しかし、そのような化生は皆無。

 森羅万象の神々とも、

 遜色のないような化け物は、現存してはいない。

 四か国の威度事典どころか、

 古来からの歴史書にも、記載されてはいなかった。


 ちなみに、小鬼族(ルゥ)が属しているD級。

 それは、最弱を示すランクである。


 目安としての強弱を比較するのならば、

 農民の大人一人では、討伐はむずかしい。

 だが訓練された兵卒ならば、

 一人でも討伐しうる水準であった。


 C級は軍隊でいう小隊だ。

 兵卒が十人ほども集まれば、難なく討伐しうる度合いである。


 B級ともなると、

 やはり覇者足りえる器にほかならなかった。


 記憶に新しいモンスター。

 十文字槍鰐シャープネス・クロコダイルや、

 四本腕の大猿(カオティック・エイプ)が属しているランクである。


 魔物がたった一体で中隊ほど。

 兵卒が百人がかりで、かろうじて対処しうる水準であった。


 A級はというと、まさしく一騎当千である。

 もはや世界の常識を、たやすく逸脱していた。


 日々の苦しき研鑽をつんだ軍人。

 彼らが千人がかりで対等。

 そのように言われているほどの、度合いなのだから。


 S級は言わずもがなだ。

 常人には理解のおよばぬ、神話の域である。


 数百年前の顕現のさいには、

 身ひとつで世界に災厄を撒きちらし、

 死屍累々の山を築いた。

 とされているほどの水準だった。


 しかれどもひとつだけ、

 注釈を述べねばならない。

 それはなにを血迷ったのか。

 モンスター側が、フェア精神をはっきして、

 真正面からぶつかってきた場合の話であった。


 そして、スカーこと。

 鮮血の翼粘体スカーレット・スライムの威度は、驚異のAA級であった。


 それが示す答えはひとつだ。

 ルゥは値千金などの、

 スケールではおさまりきらない、

 戦果を上げていたという事実であった。


 なぜならば、

 スカーを軍門に降らせる。

 ということはまさしく、

 名うての兵士二千人を得たのとおなじ。


 真正面からである。

 端々の村や街などを、

 一瞬で消し飛ばせる兵器を、

 手中におさめたことと同義だったのだから。


 あまつさえ、

 スカーに劣るとはいえだ。

 彼女らの王も、それに準ずる力を有している。

 ように錯覚させられているのだ。


 このさきもしも、

 アンリとスカーが、そろってデートにでも出かけたとしよう。


 その場は、一瞬で阿鼻叫喚だ。

 冷厳たる地獄絵図である。

 劣等種たちは、生きた心地がしないさわぎとなるだろう。


 そのような真実など、つゆも知らぬ彼の王。

 アンリはというと、あいもかわらず思慮しつづけていた。


 それにしても威度、か。

 俺たちはモンスターではないんだけど、

 ムリヤリ当てはめるのかな?


 いや、そうか。

 いちおう、ルゥはモンスター、なんだろうか。


 まあ、こんなにも愛らしいんだよ。

 モンスターだろうが、

 モンスターじゃなかろうが心底、俺にはどうでもいいんだけど、ね。


 お客さんの威度、ね。

 それが指し示すものは、

 俺とルゥの強さであるのは、確定的にあきらかだ。


 だけど、俺が弱いのは周知の事実なんだよ?

 こんなにも、おめめがクリクリとしているんだ。

 ルゥだって、似たようなものなんじゃないだろうか。


 それならば、だ。

 俺たちは未来永劫として、

 衣装室と寝室を経由しつづけるだけ。

 そんな生活となるんじゃなかろうか。


 しかし、外よりはまし、か。

 それにはなんの苦もないし、

 スカーには、感謝してもしきれないほどなんだけどね。


「ええーっと、話しをつづけますよ!

 いま時点では初期、威度D級のあつかいとなっています。

 ですので、寝室と衣装室しか解放されていないんですね。

 そう、そこでの威度チェックなんですよ!

 ええ、ええ。お二方のどちらでもかまいません!

 ですが! 解放された部屋は、ルゥさんにもご使用可能になるので!

 威度チェックは、アンリさんのほうが適任でしょうねっ!」


 うん? それはアレか?

 この場の最強を誇示しているスカーの目には、

 俺のほうが強いと思われているんだろうか?


 うん。まあ、ね。

 スカーのとほうもない強さ。

 そこから比較するに、だ。

 俺たちなんて、虫と虫の争いのようなものなんだろうからね。


 それでも、困ったことにだ。

 ルゥよりも俺のほうが、

 弱い可能性がある気がしてならないけど、ね。


 とアンリは自嘲ぎみに笑った。

 ふと、螺旋階段が目にとまる。

 抑揚のない声で、ぼそりとつぶやいた。


「あの、螺旋階段のうえには、どのような光景があるのか。

 じつに気になるなぁ……」


「ほう、ほう。なんという、不敵な笑みなんでしょうかっ!

 まさにやる気まんまんのようで!

 ほんとうに、ゾクゾクしちゃいますねぇ……。

 ですが螺旋階段のうえは、かんたんには覗けませんよ?

 資格は単純。それは、威度SSS級なんですから。

 フフフ。それでもアンリさんは。

 あなたは、挑戦するおつもりなんでしょうねぇ……?」


「ハッハッハッ。

 なにを言っているんだ、スカー。

 この俺が、たどりつけるわけがないじゃないか。

 気になっただけだよ、少しね」


「おお! なんという、傲岸不遜な嘲笑なんでしょうか!

 いまだかつてあったでしょうか!

 謙遜のような言葉を言っているのに!

 いっさいの謙遜が見られない! このような高慢ちきな台詞がー!

 フフフ。やっぱり男の子はそうでなくては! そうでなくてはいけませんよっ!

 いいですねー! いいですよー、アンリさん!」


「ハッハッハッ。なにを言っているのかわからないけど、ハッハッハッ」


「フフフ。またまたー、ご謙遜をー……」


 スカーは興奮しているのか。

 粘液の体躯は、

 あでやかな桃色で明滅している。

 グニョグニョと揉んどりうっていた。


 ルゥは惚けているかのよう。

 濡れた瞳を輝かせていた。

 全身はこきざみに震えている。

 武者震いでもしているかのようだった。


「ですが螺旋階段のうえは、管理人である私でもたどりつけない境地……。

 っと言いますかぁ! 管理人は廃業したんでしたね!

 うーん。でしたら私の役職は、なにになるんでしょうかぁ……?」


 えっ?

 管理人を廃業していたの? いつ?


 アンリはかすかに目を見開く。

 しかし、スカーにはスカーの事情があるんだろう。

 と、気づかない振りを装いつつも言った。


「うーん、そうだな……。

 やはりスカーといえば役職は、おおいなるヒャーの伝道師じゃないか?」


「おお! おおおー!

 なんというグッドアイデア! なんでしょうかぁ!

 良い、ですねぇー! すばらしいですねぇー!

 アンリさんのお墨つきもいただきましたし!

 ここはやはり! おおいなるヒャーの伝道師を名乗るとしましょうか!」


「そうだね。それがいいよ」


「…………」


 余計なことを言うな。

 とでも、ルゥは言わないばかりだ。

 たわけきった喧騒に半眼であった。


「フフフ。コレはコレは。

 布教活動が楽しみでなりませんねぇ。

 アンリさんはもはや同士!

 さきを争いあうライバルみたいなものですから、良いとして……」


「ライバル?」


「問題は、アノ人ですよねぇ。

 そう、伝道師と求道者の違いもわからない方。

 ビックリするほどにあまのじゃくな、もう一人のほう……」


「…………」


 もちろんながら、

 粘液(スライム)外形のスカーに舌などはない。

 けれども、舌舐めずりをしているかのようだ。

 ルゥの立ち姿をじっくりと、凝視しているように察せられていた。


 粘液の体躯はぼんやりと光る。

 ドス黒い輝きを放射していた。


 その明滅により、

 ルゥは悪寒にでも襲われたのか。


 跳ねあがるように、

 その身体はブルリと震えた。

 目を白黒させてはいる。

 だが原因のほうは、理解しているのだろう。


 あえて、おおいなる伝道師。

 スカーの気味の悪い形相から、視線を外している。

 とてもめんどうくさそうに、長めの嘆息をしていた。


「こまったものですー。

 こちらの方はほんとーに、頑固者なんですからねぇ……。

 やっぱり、よりながい時間をかけなければ。

 悪夢にうなされるほどの、質実なせんの、ゴホンゴホン!

 もとい、じっくりとした勧誘の場をもうけなければ……」


 わざとらしい咳払いである。

 なにを言おうとしていたのかは、あけすけであった。


「ギ、キギ」


 洗脳というおぞましきワード。

 とてつもない謎の圧迫感に、気圧されたのだろうか。


 邪悪なまなざしから、

 ルゥは逃げるかのようだ。

 意図の掴めていないアンリを、盾にする。

 その背中へと隠れた。


 ほどなくして、

 スカーも我にかえったのか。

 声高らかに言った。


「えーっと、話はもどしますが!

 あの螺旋階段のうえは、二百年もここに住んでいたスカーにも、たどりつけない場所なんですよっ!」


「えっ、そうなの?

 おおいなるヒャーの伝道師たる、スカーでさえも?

 じゃあ、あのうえに、なにがあるのかは知らないのかい?」


「ええ、ええ。そうです。

 おおいなる! ヒャーの伝道師! たるこのスカーにもわかりません!」


「へー」


「それにここからは見えませんが、螺旋階段のよこに、スカーの管理人室があるんですよ。

 ですから、付近までならいけることはいけるんです。

 ですが、螺旋階段のうえの景色を見ることは叶いません。

 アンリさんたちと同じで、不可視の壁にさえぎられてしまって……」


「そうか。ワクワクするなぁ。

 なにがあるんだろうな。あのうえには、さ。

 いつか機会があればだけど、秘密の場所を見てみたいものだね」


「ええ、ほんとうに……。

 ですが、とてつもなく険しい道、でしょうね。

 私でもアンリさんでも、ほぼ不可能。

 おおよそ、数千年の歳月をかけてもたどりつけはしない境地。

 のように思えて、なりませんが……」


 哀切さともなう声音が、廊下にひびいた。

 スカーは名残惜しそうだ。

 螺旋階段のほうを、見つめているように察せられていた。


 いや、それはそうだろ。

 SSS級ってなんだよ。

 まったくもって、わけがわからない。

 もはやそれは神様と同義だろ、常識的に考えて。

 とのアンリの快活な笑い声が、こだました。


 ルゥも同様の思いなのか。

 腕を組み、眉間にシワをよせている。

 深々とうなずいていたのだが。


「ギ」


 ふいにスカーに歩みよる。

 親指で自身を差してから、口をひらいた。


「ギィギ」


「はい? えっ?

 ルゥさんも、威度チェックをしてみるんですか?」


「ギ、ギギギ」


「ふむふむ。そうですか。

 僕などどうせD級。

 加護なども、有してはいないことは明々白々でもある。

 しかし自身の身の丈を、知っておくのも悪くはないだろう、と?」


「ギ」


「ええ、ええ。わっかりました!

 でしたらまずは、ルゥさんから調べてみましょうか!

 アンリさんは! 真打ちというものは!

 あとから登場するのが華! みたいなものでもありますしねっ!」


 真打ちとのキラーワード。

 魅力的にすぎる言葉に、

 抗うことはできないのだ。

 物語るように、アンリのご機嫌はうなぎのぼりであった。


「ハッハッハッ。スカー。

 この俺が真打ち、だなんて言いすぎじゃないか?

 まさかまさか、真打ち、だなんてね?

 どうしてか二回も言ってしまったけど、俺にはわかるんだよ。

 そうだな。よし、ここに予言しようじゃないか。

 きみたちは結果を。

 真打ちたる俺の実力を、かいま見た瞬間に、顎がはずれる事態におちいるってね」


「ほうほう。なんという、自信満々なお言葉なんでしょうかー!

 これはヒャーではなく、ヒョーです!

 ほんとうに痺れちゃいますねー!

 とんだヒョーに違いなんてありませんよっ、コレはー!」


「いやはや、ありがたい。

 とんだヒョーの言葉までいただけるとは、感無量のいたり」


「ギギ!」


 ルゥも痺れてしまったのか。

 恍惚しきった表情。眠そうなまなこ。

 犬猿の仲たる新言語(ヒョー)といえども、いまは異論などないのだろう。


 さすがのアンリ様だ。

 やはりこのお方は、秘策を持ち得ていたのだ、な。

 などと言わないばかり。

 喜色満面なるご容貌のまま。

 あらんかぎりの、スタンディングオベーションであった。


 鳴りやまぬ拍手の音。

 快音に、なおもアンリは有頂天であった。


「ハッハッハッ。

 まったく、俺をだれだと思っているんだ?

 当たり前じゃないか。この、真打ちたる俺、なんだぞ?」


「よっ! 神算鬼謀の王! カッコいい!

 さすがは底が見えない! 変態の一族ですぅ!」


「ギギキギ!」


「ハッハッハッ。気にかかる言葉が聞こえた気がするけど、ハッハッハッ」


 まさに混沌(カオス)である。

 混沌(カオス)なこと、このうえない様相であった。


 拍手の音は誠心誠意。

 廊下へと鳴りひびいては、やむ気配もなかった。


 賛美のなかの毒。

 ときおり混ぜられる、スカーの罵倒もやかましかった。


 アンリはアホの子のよう。

 精悍(せいかん)な面構えにより、盛大にも高笑っていた。


 フッ。見える。見えるぞ。

 これよりスカーもルゥも、

 驚愕の事態に、見舞われることになるのが、ね。


 どれだけまじまじと注視してみても、

 スカーのどの部分が顎なのかはわからない。


 だが、しかしだ。

 俺のありのままの実力のほどに。

 あまりの想定外の弱さに、だ。

 愕然と、顎がはずれてしまうのは明白だった。


 まさか、まさかだよ。

 ここまで宣言した俺が、

 最弱の威度D級だとは、だれも思うまい……。

 よし、これで前フリも完璧だ。

 その時の反応が、いまから楽しみでならないなぁ。


「では、では! やるべきことは、早急に執り行ってしまいましょうか!」


 ややあって、

 粘液の体躯は、はずむようにうごめいた。

 闇色から、バイオレットへと変色していく。

 おどろおどろしき明滅を繰りかえしていた。


 スカー専用の詠唱呪文なのだろうか。

 しずかな低音かつ、甘々な声音。

 くわえて物騒にすぎる音吐が、床に沈んだように感じられた。


「腐敗し、白骨化し、風化なさるその瞬刻まで」


 突如として、

 ほの暗い廊下に、生ぬるい微風がそよいだ。

 アンリたちの真っ黒な頭髪を、ゆるりとさらう。


 ひとつの音もしなかった。

 粘液の体躯から若葉色の、

 無数の光りの粒が放散されていく。


 不可視の壁。

 その前面に粒子は、

 またたきながらも、収束しはじめていく。

 蛍のようなそれはやがて、

 半透明の若葉色の風壁となった。


 役目を終えたかのよう。

 粘液の体躯は、あざやかな紅へと戻っていった。


 どこか寂しげなたたずまいだ。

 漆黒の二翼は、こゆるぎもしていなかった。

 あたりに空元気じみた声が、反響してこだます。


「フゥ。……私もはじめて行使しましたので、成功してホッとしました。

 コレで準備は万端です!

 お二人がこの風壁にさわれば、威度チェックは自動的に執り行えますので!

 もちろんきちんと、亜人(イングリード)語で描画されますので、その点もご安心ください。

 ……それでは」


 スカーはこの場を、

 離れようとしているようだった。

 うら寂しげなまるい背を見せる。

 飛び去ろうとするさなか、だった。

 アンリが不思議そうに、呼び止めたのである。


「どこに行くんだ? スカー」


 その平坦な声に、

 スカーはすばやく振りかえった。

 ピクリともしない。

 一拍ののち、ドギマギしているような声で述べた。


「えっ! ど、どこって……。

 わ、私はいない方が? お二人の? だいじな個人情報ですし……」


 アンリはさえぎるように言った。


「いや、なおさら意味がわからないな」


「あの、その、ですから……」


 とぎれとぎれの吐露。

 それはひどく弱々しかった。

 粘液の体躯は、

 当惑の心情を差し示しているかのよう。

 透明にかぎりなく近いグリーンで、ゆるやかに点滅していた。


「私はその、まだ信用されるにはアレですし……。

 仲間となってからの時期もみじかい、ですし……」


「それで?」


「お、お二人ならば、言うまでもなく理解しているとは思います。

 ですが、もしも、ですよ?

 あなた方が加護持ち(ホルダー)、だったりした場合にまずいかと。

 それは、私に切り札を教えてしまうことにも繋がってしまいますし……」


 わけのわからなさに、

 アンリはイラだっていた。

 目を細めつつも、内心で述べる。


 なにを言っているんだ、スカーは。

 出会ってからの時間?

 そんな些末な事柄は、それこそ関係ないじゃないか。


 もともとルゥと比べたって、一日しか違わない。

 そのうえ、肝要なのは心。人柄なんだからね。


 そして、俺は知っているんだよ。

 スカーは心優しい。

 もの暖かな淑女なんだってね。


 たしかに、隠しきれない傷はあるよ。

 二刀流という、特殊性癖を持ち合わせてしまってはいる。


 だけど、しかしだ。

 そのようなことは関係ないんだ。

 なぜならば俺は、心の底から感謝しているんだから。


 そして俺たちに、

 無償の慈悲を与えてくれたスカー。

 彼女を、俺もルゥも、信用していないわけがないじゃないか。


 ……もしや、スライム。

 亜人種の俺とは違い、

 モンスターだからと、遠慮しているんじゃないだろうな?


 まあ、たしかにだ。

 いちおう、その憂慮は理解できる。


 しかし、関係ない。

 それこそ、関係なんてないんだよ。

 俺は、俺たちは、

 そんなフザけきった差別なんてしないんだから。


 知らないね、そんなのは。

 心底、ほんとうに、どうでもいいんだよ。


 もしも、差別しているんだとしたら、

 スカーに対する冒涜以外の、なにものでもないんだから。


 大切なことはひとつだった。

 それはスカーの口から語られた、仲間。

 という、とほうもなく嬉しい言葉にほかならなかった。


 いま、教えてくれた。

 スカーは伝えてくれたんだよ。

 俺やルゥを、仲間だと思っている。って、言ってくれたんだよ。


 それならば、事はかんたんだ。

 俺はその暖かな想いに、応えるだけなんだよ。


 ちっぽけではある。

 けれども、こんな俺の命を賭けてもいい。

 ここに、宣言しようじゃないか。

 スカーはもはや、かけがえのない友達なんだってね。


 そのうえ、加護持ち(ホルダー)だって?

 なんなんだ、

 その笑えてしまうほどにどうでもいい理由は。


 まず第一に、だ。

 そのような稀少なものを、持っているわけがないじゃないか。


 あまつさえ、

 俺が持っていたとしても、だよ。

 俺は、スカーに、全幅の信頼をおいているんだ。

 そんな昵懇(じっこん)の仲たるスカーに、

 知られたとして、いったいなにを困るというのか。


 アンリは大真面目な面持ちである。

 さとすように言った。


「スカー。どうやらきみは、誤解をしているようだね」


「……誤解、ですか? ですが私は」


「そうだ。誤解だ。

 さきほどきみが、俺たちを仲間だと言ってくれたように。

 俺ももうきみを、かけがえのない仲間だと思っているんだよ。

 いや、違うな。そんなレベルじゃない。

 ルゥと同様に、だ。

 俺は全幅の信頼をよせているんだよ、きみにね。

 それならば、どこに隠さなければならない必要性があるというんだ?

 というか、隠すということはつまり、きみに対しての冒涜にあたるじゃないか」


「あ、アンリさん……」


 スカーは感激しているのか。

 粘液の体躯はゆるやかに、

 透きとおる青さで明滅していた。


 まるで、涙を流しているかのよう。

 身体からは一滴、二滴と、

 微量の液体がこぼれ落ちていた。

 かすかに蒸気が立ちのぼる。

 きれい好きだというのに、

 床を溶かしている事実にも、気づいてはいないようだった。


 アンリはほがらかに微笑む。


「じゃあ、話は終わりのようだね。

 ならばスカーにも、俺たちのありのままの姿を見てもらおうじゃないか。

 なあ、ルゥ?」


 ルゥは柔和にほころぶ。

 コクリとうなずいた。


「あ、あなたたちは、ほんとうに……。

 私、わかってるんですよ。

 アンリさんが気を使ってくれて、いつものように接してくれていることを……」


「うーん。わからない。

 まったくもって、意図が掴めないなぁ」


「フフフ。あなたたちはそろいもそろって、あまのじゃくですねぇ……」


 その声はわずかに震えてはいる。

 けれども、取り戻したようにも感じられていた。

 本来の勝ち気な少女然とした、たたずまいを。

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