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勧誘と真相と

 真に迫るような吐露が、一室にこだましている。


 スカーの目許は、しだいに見開かれていった。

 より鮮明にあらわとなる可憐なる瞳。

 感嘆や驚嘆の感情もさることながら、

 あわい慈愛の色すらもが透けて見えていた。


 怜悧狡猾なる対者。

 ルゥへと向けられる眼差しは、もの柔らか。

 蒼白だった素肌の血色は、

 純粋無垢と思しき白さへと、戻りつつあった。


 一拍ののちだった。

 スカーはようやく、気持ちに踏んぎりがついたのだろうか。


 その容貌はほのかな朱に染まり、清楚。

 うすくこぶりな唇は、

 柔和な微笑みで曲げられている。

 ついで発せられた声は、ほがらかな快活さをにじませていた。


「フフフ。ルゥさん。

 またしても、あなたは騙されてしまったようですねー?」


「む……?」


 ルゥは(いぶか)る。

 自然と、眉間にシワが寄っていた。

 グリップをいじくる指先が、止まる。

 ふしだらな格好の人型を、睨めつけた。


「ルゥさん。あなたは気づけなかった。感じとれなかったんですよ。

 この最大の窮地、最悪の状況は、私の予想の範囲内だと……。

 つまるところは、ひとつです!

 すべては、おおいなるヒャーの思し召しだったんですよ!」


 はあ?

 という、お得意の疑問符すら忘却の彼方。

 おおいなるヒャーの思し召しとやらに、ルゥは不審げである。

 注意深く相手を見据えていた。


 唐突にもなにを宣っているのだ、コイツは……?

 まったく意図が掴めない。

 おおいなるヒャーの思し召し、とは一体……。


 なるほど。

 ヒャーという低脳にすぎる単語は、

 言語にはおさまらず、思し召せる意思を持つ生き物だったのか……。


 これはこれは、恐れいったな。

 ……まさに狂者。

 ありていに述べるに、とち狂っている。

 まあ、塵にひとしき僕に引き分けてしまったのだ。

 ご愁傷さまではあるが、な。


 なればこそだ。

 極度の錯乱状態におちいっているようではある。

 がいちおう、断定してはならないのだ。

 もしかしたら、悪辣な隠語の類いなのかもしれないのだから。


 一種異様なオーラを放つルゥ。

 疑いのまなこは怪しく、にぶく輝いている。

 如実に回答を急いていた。


 顔を付き合わせる両者。

 たがいの、含意の視線は交錯していた。


 (またた)きすらもが、許されぬような一時。

 緊迫感が押しよせる、いく数秒ののちであった。


 憐れにも、狂者と断定されてしまったスカー。

 彼女は、ルゥを一瞥(いちべつ)する。

 珍妙にも、不敵な笑みをたずさえて口を開いたのであった。


「す、な、わ、ち」


 余韻を楽しんでいるかのよう。

 たっぷりと間を取ると、スカーは動いた。


 不意を突く意向なのか。

 突然、軽めの跳躍をしたのである。


 あられもない体躯の大切な部位を、

 適切に秘し隠しつづけている(おびただ)しき頭髪は、

 空気抵抗を受けてざんばらにゆれていた。


 然りである。

 突然の行為に、ルゥはギョッとしていた。

 夜叉のような鋭利な眼光は、

 敵者から外さぬままにではあるが。


 こつぜんと音が消え去った室内に、

 スカーは片足だけで着地する。

 両手をひろげたまま。体勢を右方にくずすと、静止する。

 茶目っ気たっぷりの仕草により、堂々と宣言してみせた。


「スカージョークでしたっ!」


 電光看板のように、

 スカーの背景にはデカデカと、

 理解不能な文章が投影されていた。

 ぎょうぎょうしくも紅く光輝く、スカージョーク、と。


 幻視かと判断したルゥ。

 彼女は無表情のまま。目をこすると二度見していた。


 たわけにたわけきった声。

 その残響も、背景の文章も消え失せていく。

 エヘヘ、とスカーは邪気なく笑った。


 まがまがしき妖異。

 とは似つかわしくはない。

 まさしく天真爛漫だ。

 悪ふざけをしている少女のようであった。


 だが、効きはしないのだ。

 覚醒へといたり、

 新たな領域へと足を踏みいれているルゥ。

 その強心臓をゆるがすには、少しばかり足りないのである。

 そのような些末な攻撃では、いっさいの効果がなかった。


 それどころではないのだ。

 ルゥは即時に反撃に移っていく。

 その攻撃は無慈悲にすぎた、無言であった。


 わずかな一笑もない。

 かすかな驚きすらもないのだ。

 好色な男性であれば、フォローのひとつでもかけてやることだろう。


 しかし現実は非情である。

 残念ながら、ルゥは女性なのであった。


 完璧にスベりたおしている少女(スライム)を、

 たんに正視しつづける。

 という冷酷無比な、公開処刑に処していた。


 前古未曾有(ぜんこみぞう)の大事故である。

 スカーはいわゆる、羞恥心。

 刺すような凍えと対峙しているからか。

 胸郭上の斜方形は、あでやかな桃色で点滅していた。


 しかしながら手強い。

 やはり、したたかな淑女であった。


 何事もなかったかのように、

 じょじょに態勢をもとへと戻していく。

 知的な少女然とした面持ちのまま。

 愛嬌たっぷりに、小首をかしげてから言った。


「といっても、信用は」


「しないな」


「ですよねー」


 まさに、一閃であった。

 ルゥには一考の余地すらもない。

 射抜くような眼光のまま。

 盛大な茶番を、あざやかに切って捨てた。


 うう、とスカーはうめく。

 うなだれているのか。

 空元気な雰囲気である。ヘコヘコと、うなずいていた。

 苦虫を噛み潰したかのような顔で、

 か細くも震える声をもらした。


「……そう、ですよね。

 やっぱり私たちは、もう元の関係には、戻れはしないんでしょうねー……」


 その口舌は、はかない。

 まるで、恋人同士の別れ話のようであった。


「残念です。

 ほんっとうに残念ですが、もう最後なんです。

 でしたら私は私の、管理人としてのお仕事をしておきますか!

 第一に、ルゥさんのご質問に答えましょう!」


 スカーは、妙に誠実な面持ちであった。

 おもむろに握り拳を口に当てる。

 ぎょうぎょうしくも、何度も咳払いをした。

 もったいぶって、

 下手な発生練習を繰りかえしたのち、口をひらく。


「では、では。

 ルゥさんのご質問は、基本的には無実なる隠れ家(ブラン・カシェット)について、でしたよね?」


 すぐには、ルゥはうなずかなかった。

 気取られぬように、ふむ。

 と悩んでいるふりをしつつも、少々の間を取る。

 なぜならば返答をするまえに、

 とある決断に迫られていたからであった。


 それはもちろん、

 彼の王に関連している。

 アンリの、不可解な動向の意図にあった。


 明晰なことにである。

 ルゥは、なみなみならぬ成果を上げていた。

 イビツな頭脳戦は、とうに幕を下ろしているのだ。


 だというのにもかかわらず、

 アンリは姿を見せないのだ。

 あまつさえ、至大なる魔力の波動。

 その所在地は隣室のまま。変化してはいなかったのだから。


 アンリ様は一歩すらも、微動だにしていないのだぞ?

 で、あるのならばすなわち。

 僕という存在の役目が、終えてはいないという証左にほかならない。


 とルゥは断定しきっていた。

 その役目について、内心で独りごちていく。


 僕のさらなる役目はしごく簡単。

 明々白々なるものだった。


 それは……、勧誘だ。

 対象はむろん、言わずもがな。

 そう、高らかに下命されていた。

 ようするにアンリ様から、このように暗唱されていたのだよ。


「ルゥ、説き伏せてみろ。

 お前の頭脳により、我が軍門へと降らせるのだ。

 目前の比類なき妖異を、な」


 そして、もうひとつある。

 安穏を生む拠点の確保も、

 言い渡されているのは昭然たるものだった。


 然りではないか。

 アンリ様の未来を先読む慧眼は、

 無実なる隠れ家(ブラン・カシェット)自体にも、的を絞っていたのだから……。


 アンリ様の頭脳が、

 ことさら常軌を逸しているのは周知の事実。

 むろんのことだ。

 このような些事など片手間。

 華麗に遂行してしまうのは、想像にかたくなかった。


 だというのに、動かないのだ。

 アンリ様は頑として、静止しつづけているのだから。


 その理由はわかりきっている。

 愚問、ではないか。

 なんという、ことだ。

 真正直に身体が震えてしまう……。

 信じて、くれているのだ。

 僕ならば完遂できるはずだと、一任してくれているのだよ……。


 ルゥは武者震いしてしまう。

 盲信めいた色彩をやどす双眸。

 怜悧なる頭脳は輝きを増している。

 ご期待を一身に受けて、フル回転しはじめていた。


 むろんながら、

 この任務は困難をきわめるだろう。


 なぜならば、

 ただの勧誘、ではないのだ。


 コイツの反応から鑑みるに、

 軍門に降らせるだけならば容易ではある。

 しかしだ。このような存在は物騒にすぎるのだよ。


 アンリ様の臣下。

 つまりは仲間となるのならば、事はそう単純ではないのだ。

 ひとかけらも信用などしていないコイツが、

 いつ獅子心中の虫と化すかと、心休まる時はないのだから。


 なればこそだった。

 コイツの手向かわんとする心を、根本から折らねばならないのだよ。


 アンリ様の御心をわずらわせぬように、屈服させる。

 誠心誠意の忠誠を、誓わせねばならないのだから。


 うーむ。そうだな。

 真正直にいって前途多難と言えよう。


 なぜと問うに、

 リオとコイツは主従のようなのだ。

 その関係の深さも、

 とほうもない絆に想起させられてはやまないのだから……。


 そのうえ、

 現下としては無為無策。

 あまつさえだ。

 そこまで時間は残されてはいないのだよ。

 アンリ様が痺れを切らした瞬間が、リミットなのだから。


 だが、僕は為さねばならない。

 期待に応えなければならないのだ。

 そうだ。誰でもなく、僕の手で。

 この僕がコイツを、説き伏せてみせるのだ。


 しかし、緻密に冷静に。

 とにもかくにも様子見が無難。

 とルゥはなに食わぬ顔により、口をひらいた。


「そうだな。答えてもらえるというのならば、遠慮なく拝聴しようか」


「ですが……うーん、困っちゃいましたねー。

 創造なされた経緯については、私は知らないんですよ」


「知らない? なぜだ?」


「私はあとから迷いこんだだけで、創造のさいには立ち会っていませんので」


「なるほど」


「ええ、ええ。ですから、私が既知していることといえばそう多くはないんですよ。

 なんらかの方法で、ここを創造なさったのはリオ様であるという一点。

 それに、もう一点は誓約。

 無実なる隠れ家(ブラン・カシェット)には、なんぴとたりとも曲げることのできない誓約があるんですよ。

 類い稀な資格を持っている者以外は、立ち入りを許されない、という」


 つかの間のすえ、

 ルゥは思案に明け暮れると言う。


「うむ。名目上ではあるが、その回答が信用に値するものと仮定して、対話するのも悪くはないか。

 刻下としての僕には、不信という情動になど意味を見出だせないのだからな。

 ならば、貴様はこう言っていたよな?

 僕たちが門戸をたたくまでの永き二百年という歳月のあいだ、だ。

 ここへとは、如何なる来訪者も現れなかったのだ、と」


「ええ、ええ。苦節、二百年、私は独りきりでしたから」


「それはつまり、類い稀なる資格とやらを有する者どもが、あの川のほとりへと現れなかったということなのか?

 そして、僕たちは資格を有していたからこそ、あの摩訶不思議な扉は導くように顕現したのか?」


「私はここへと運良くたどりついて以来、外出したことがないんですよね。

 ですので、川のほとりといわれてもなんのことだか……。

 逃避への扉にかんしては、そうなんでしょうね。

 あなたたちは、資格を持っているんです。でなければ、封印が解けるはずがありませんので」


「逃避への扉、か。

 フッ。興味が惹かれる名称ではないか。

 対象は大森林からの、か?

 もしくは、凶悪な悪鬼羅刹どもからの、だろうか。

 まあ、今は詮なきこと。では、質問を変更するぞ?

 逃避への扉についてだ。

 その奇っ怪な扉は川べり。その一ヶ所だけに配置されているわけではないのだろう?

 なぜと問うに、貴様の生命がここで生誕したのでもないかぎり、僥倖にも迷いこむさいに、ソーン川のほとりを知覚しているはずなのだからな」


「ほんとうにさすがですよねー。

 ええ、ええ。私もすべてを完璧に把握しているわけではないんです。

 ですが、広大なガルディード大森林内のさまざまな場所に、十二ヶ所。

 設置しているようですねー」


「十二ヶ所も、か。

 そのなかのひとつが、川べりなのは確定的。

 ならば僕たちは幸運にも、偶然的にそこへとたどりついていたのか?

 もしくは、アンリ様はここの存在を既知していたのか?

 なればこそ、ためらいもなく、理解不能にすぎるノッカーを握れたのだろうか?

 まるで、物語っているように想起させられるが、いや、しかし……。

 ……うむ。これでは堂々めぐりだな。

 情報が僅少にすぎるのだ。別角度から考察するべきだろう。

 それは……資格だ。

 僕たちが保有しているという資格とは一体、どのような類いのものなのだ?」


「すみません。

 何度かきいたことはあるんですが、教えてもらえなかったんですよ。

 ただ、そうですね。リオ様はこう言っていました。

 資格は生まれ持って保有する、先天的な資質のようなもの、とだけ」


 聞き終えると、ルゥは目を細める。

 ちいさな息を一度だけ吐いた。

 口を真一文字に引き締めつつも、腕を組む。

 やおら、虚空へと視線を移した。


 一拍ののちである。

 早々と、とある目処がついた。

 スカーはうんうんとうなっている。

 考えこんでいる様子の彼女へと、声をかけた。


「ふむ。先天的に保有される資質、だな。

 で、あるのならば、加護持ち(ホルダー)ではないのか?

 巷の高名な研究者のあいだでも、解き明かされてはいない戯けた加護、とかいうものだが。

 神々の恩恵。

 とかいう眉唾で滑稽な憶測に終始している、空漠にすぎたる事象ではあるが、な。

 まあ、偉大なるアンリ様ならば有していてもおかしくはない。

 しかし、だ。

 脆弱なる僕が、ただの小鬼族(ゴブリン)が、そのような希有な加護を保有しているとは想察しにくいが、な……」


「私もむかし、そう思いましたよ」


「……ならば」


「ええ、ええ。残念ながら、間違いなんです。

 加護持ち(ホルダー)よりももっと希少で、イビツなもの、らしいんですよね」


「ふむ」


 再度、ルゥは深く沈思黙考していく。


 スカーは邪魔しないためか。

 静かに黙していたようなのだが。


「はあ? あなたがただのゴブ、はあ?」


 瞬時に、スカーは怒り顔となる。

 そのような疑問符はなかば、喧嘩腰であった。


 どうやら、琴線に触れる口舌。

 聞き捨てならない台詞でもあったのだろう。


 いまやもう、ドスドスである。

 そのような擬音が聞こえてくるほどの足取りだ。

 ルゥへと歩み寄ると、早口によりまくし立てていった。


「というか! ふむ、ではないですよ! カッコつけてなにが、ふむ、なんですか!?

 ええ、ええ。そうですね。

 たしかにアンリさんはおかしい。おかしすぎます!

 ふつうはまだまだ、愛らしさすら残っているはずの少年なのに!

 まったく可愛げがない!

 変です! へんてこりんの極致ですよ!

 いえ、このさいオブラートには包みません!

 言わせてもらいますが、あの人はイカれています!

 ですから、加護持ち(ホルダー)であったとしても不思議ではないんでしょうねっ!

 彼には恐怖心が欠落しているんですか!?

 そんなわけなどないんですから、やっぱりまがうことなき異常者!

 とてつもなき異常者に違いなんてありませんよ、コレはー!

 ですが、ですよ!

 ルゥさんもおかしい!

 ならんでも遜色などないほどに、あなたもイカれているんですよ!?

 わかってください! イカれたコンビだとっ!

 イカレコンビですよ、あなた方はっ!

 むしろか弱いぶんだけ、あなたのほうが異常な説すら根強いんですからねっ!

 私が常識的とはいいませんが、たからかに宣言できます!

 あなたはへんてこりんで、イカれた、ヒャーなゴブリンさんなんです!

 ですから、私は驚きません!

 あなたが、稀少な加護持ち(ホルダー)であったとしても、私は驚いてあげませんからねっ!」


 吐き捨てるような叫声であった。

 スカーは顔中を紅潮させている。

 こきざみに震える身体は、憤怒を表現しているようだ。

 肩で息を繰りかえしつつも、異常者(ルゥ)を睨みつけていた。


 しかし、そこはへんてこりん。

 ならびに、ヒャーな異常者である。


 主従ともども、

 イカレコンビの烙印を押されているというのに、

 ルゥは微動だにしていない。柳のように受け流していた。


 いや、違う。

 真実はそうではないのだ。

 眼前に迫る妖異の申し立ても、耳には届いていなかった。

 聞いてすらいなかったのである。


 怜悧なる頭脳は同時並行的に、

 興味深い問題の解明と、

 役目を為すための方策の捻出へと、集中しまくっていたのだ。

 なればこそである。

 むだな周囲の騒音などはカット。

 不必要と判断し、遮断していたのであった。


 いつの間にか、目前にあった怒り顔。

 それにルゥはかすかに驚く。

 しかしなに食わぬ顔により、わずかに距離を取った。


「む? なんだ、貴様は?

 近すぎるだろ。あまり寄るのではないぞ?

 それとも、なにか言うべきことでもあるのか?」


「はい? ええ? はい?」


 唖然と口を突いて飛びでる声。

 スカーは石化したかのよう。あんぐりと口を空けていた。


 たとえるのならば、幽霊でも視認したかのようだ。

 一拍ののちである。

 美しき石像の封印が解かれていく。

 ふいに頭を抱えると、震える声で問うた。


「る、ルゥさん。ま、まさか……ですが、きいていなか」


「まあ、いいだろう。

 些末な事柄は捨ておいて、それよりもだな。加護持ち(ホルダー)よりも稀少なものにつ……」


「ええっ……」


 絶句であった。


「じ、自分からきいておきながら、まあいいって。それよりもって……。

 ふ、不思議ですねー、ルゥさん。

 あなたのへんてこりんな品性の王と、どこかでやったクダリのような気がするんですが……。

 こ、怖い。恐ろしい……。

 やっぱり、ほんとうに恐ろしいコンビですよ、あなたがたはー!」


「唐突になんだ、貴様は……?

 騒がしい奴だな。そのようにいきり立つでない。

 貴様はたおやかな淑女、なのだろう?」


「えっ、なんでっ? どうして私がたしなめられているの?

 これはひどい……。ひどいですよ……。

 ほんとうにとんでもない、イカレコンビです……!」


 またしても、

 錯乱状態におちいっているのか。

 こうはなりたくないものだな。

 とルゥは顔をしかめている。


「おい、いい加減にしろ。

 早急に、空想の世界から戻ってくるのだ。

 まったく、困った奴だ。いいか? 質問するぞ、いいな?

 加護のほかにだ。

 そのような稀少なものが存在するというのか?

 と質問したかったのだが、まあ、それはいいだろう。

 そして、さらに角度を変えて一考してみたのだが、この僕もまことに、類い稀な資格を保有しているのか?」


 呆れまじりな質疑の声。

 スカーは明確な傷を負ったのか。

 精魂尽き果てたご様子により、唖然としていた。

 もはや、やけくそとばかりだ。やる気のなさすぎる声で返答をした。


「そうですよー。

 そうでなければ、扉は現れないんですからねー」


「なんだ、そのやる気のない態度は?

 つい先刻までは騒々しいほどに、覇気に満ち満ちていたというのに……。

 だが、違う。そうではない。

 まず、資格を有するアンリ様が扉を開くのだ。

 そして、僕はただ追随しただけ、という蓋然性を考察したのだよ」


「それでも一緒ですよー。

 資格がなければ、不可視の壁にさえぎられてしまい、扉をくぐれないんですからねー」


「そう、か。

 ならば僕も、資格を有しているのは明白。灼然たるもの。

 一体、それはなんだ……?」


 スカーは虚脱してしまったのか。

 憮然とした態度により、体育座りをしていた。

 暗黒面に堕ちたかのような面持ち。

 床の鏡面を、爪のさきでひっかき傷つけている。


 いじけているようなのだが無意味。

 フォローなどは皆無である。

 ルゥは無関心のままに、思慮しつづけていた。


 スカーは悟ったのかもしれない。

 このイカレコンビ。

 異常者たちには、常識なんて通用しない、と。


 暗い表情の名残はある。

 しかし、スカーは気を取りなおしたのか。

 ゆっくりと立ち上がった。


「えーっと、話しをつづけますね。

 今現在、ここにいる私とルゥさんに、隣室の彼。

 おまけにですが、リオ様も資格持ちだったようです」


「……うむ。想察するにだが、ある種の一定の領域に達する強者。

 という資質はあり得ない。

 こころやましいが、僕の存在でその説は否定されているのだから……」


 言い終えると、

 ルゥはふいに口角を吊り上げた。

 意味深げに、人差し指を一本立たせて見せつける。


「で、あるのならば、消去法。残されている資質はひとつ。

 それは忌み子、だ」


「忌み子、ですか?」


「そう、忌み子という名の咎。たわけきった性質……。

 むろん、僕たちは忌み子に相違などない。

 ならば、貴様はどうだ? そのリオとやらはどうなのだ?」


 スカーの脳裏には、

 遠い過去でも去来しているのだろうか。

 まつげを震わせてうつむく。どこか悲しげな声をもらした。


「そう、ですね。

 ……リオ様も忌み子、でした。

 私については正直にわかりません。

 ほんとうに、孤独な二百年。

 同種の存在や、ほかのスライムの知り合いですらも、いないんですからね……」


 おもむろに、スカーは目をふせる。

 悲哀の情動を表すように、二翼はこゆるいでいる。

 髪の毛は微風にゆれていた。


 しかれども、ルゥは意にかいさないのだ。

 ご満悦な容貌により、持論を展開していった。


「そうか。

 ならば忌み子だ。

 リオとやらが課した誓約とは、おそらくではあるが忌み子。

 フッ。その名称が物語っているではないか。

 無実なる隠れ家(ブラン・カシェット)

 まさに言いえて妙だ。痛快なことこのうえないではないか……!」


 ルゥは興奮を抑えきれない。

 半円状の双眸は妖しく輝いていた。


 スカーは目を細めている。

 思案しているような彼女をしり目に、ルゥは述べた。

 劇役者めいた、抑揚のついた声色のままに。


「符号しているではないか。

 無実なる隠れ家(ブラン・カシェット)、なのだぞ?

 無実が指し示しているのは、忌み子に相違ない。

 生来、泣こうが喚こうが、忌み子は強制的に背負わされるのだから。

 無実なる咎、をな。

 貴様も知っているだろう?

 忌み子は見つけしだい、大森林送りに処されるのが慣例だと。

 それはまさに死罪にひとしき所業だ。

 で、あるからこその、無実なる隠れ家(ブラン・カシェット)

 ここは、地獄に垂らされた一筋の救いの糸だったのだよ。

 一種の桃源郷に似ている。

 そう、潰える運命(さだめ)を背負わされた者たちの逃避先……」


 見え隠れする鋭利な歯牙は猟奇的。

 口許は自然と、愉悦のカタチに曲げられていった。

 驚愕しているようなスカーを、ルゥは見据える。

 したたかに断言してみせた。


「哀れな忌み子たちへの隠れ家、だったのだよ」

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