俺の幼なじみ。
放課後の教室。窓ガラスがオレンジ色の夕映えを導くそこにはもうすでに生徒の影は二つしかなく、がらんとしていた。
俺たちは午後の暇を持て余してただ、適当に時間を潰していた。
え?もう一つの影は誰のかって?
「カズくん、このマカロンおいしいよ!」
そう言って、食べかけのマカロンを俺の口もとに押し付けてくる、容赦ない幼なじみの女の子。自然と幼さを醸し出す短く切り揃えられた前髪。あどけない顔立ち。守山文乃その人である。いや、食べるわけないから!なんでこいつ、俺が『おう、サンキュ!』って普通に女の子の食べかけのマカロンを食べると思ったのだろう。俺がわざと大袈裟に顔をしかめてやって、やっと自分のしでかしたことに気づいたのか、その可愛らしい少女はほっぺたを赤ん坊みたいに赤く染めて、慌てて例のマカロンを口に放り込んだ。うん、知ってる。こういう女の子なのだ。守山文乃というのは。
二月十四日。そう、この日付を見て、連想するべきはひとつ。バレンタインデー。べっ、別にチョコがほしい訳じゃないんだからねっ!とか心の中で軽くツンデレをぼやきつつ...いや、さすがにくちにだしてはないからな?まぁ、でもそんなことも言ってられない。なんせ、もちろん今日はノープラン。期待なんかしてなかったけど。やはり今年も例年のごとく、おとなしくコンビニのチロルチョコでも買っていきますよ。なんて考えていたその時。
背後からブレザーをくいくいっと引っ張るなにかが...やだ怖い。
「カーズーくん!」
聞きなれた声。その声の主と顔を合わせるべく振り返る。
「はよ、文乃。」
「うん、おはよ。あのね、カズくんにチョコ...」
「!?俺に!!??」
「...の!味見をしてもらおうと思って!!」
「あー。なに、好きなやつにでもあげんの?」
「ぅ、うん!まぁ、そんなとこ...」
ですよね、はい。いやいや、もしかしたらだなんて期待なんかしてないし!全然してなかったし!!
授業を無事済ませ、放課後。とりあえず、そのいわゆる『味見用』チョコを受け取った俺は、ピンクの箱に丁寧にラッピングされたリボンを解く。...?味見用にしてはラッピングがきれい...まぁいいか。
ピンクの箱から顔を出した『それ』は、チョコ味のマカロンだった。ひとつだけ口に放り込む。チョコの甘さが口いっぱいにふわりと広がる。中に包まれたクリームが、余韻を残しながら舌の上ですぅっと溶けていく。
「うん、うまっ」
「ほんと!?良かった~。」
「ほんっとうめぇよ!好きなやつも、これ食ったら良い応えくれるって、絶対!」
「そ...かな...」
(あれ...?)なんか急に目をそらされた。なんか変なこと言ったかな。コホン、とひとつ咳払いをして、文乃は思わぬひと言を切り出してきた。
「...じゃあ、カズくんは?」
「...ん?」
「それ食べて、私のこと好きになったかなっ!?」
「ん゛んっ?!!」
どうしよう。状況がつかめない。あ、あれだろ?いつものじゃれあい的な!危うく本気にしそうになったよ。こういうとこだよなぁ、こいつの取り扱い注意要因って。状況を完全に整理できた(つもりになってた)俺は、文乃のフォローに奮闘する。
「おいおい、文乃はそういうんじゃなくて、幼なじみだろ?そういう相手を勘違いさせるようなこと、簡単に言わないほうがいいよ。俺だったから良かったものの、他のやつだったら本気にし...」
「...カズくんの...ばか。」
それだけ言い残して、俺の言葉を打ち消すように、文乃は俺の前から足早に去っていく。...え?
「は?!おい、待てよ!どうしたんだよ?文乃!!」
俺は、その時はじめて気がついた。箱の底にあった手書きのメッセージカード。そこには確かに文乃の丸っこい字でこう綴られていた。
『ずっとずっと、カズくんが大好きです。』
その文面が信じられなかった。
クソっ、クソっ、俺のバカ!なんで気づいてやれなかった?
なんであんな無神経なこと言ったんだよ。
とにかく必死で文乃を追いかける。
「文乃ーーー!!!」
どこにもいない。外ももう暗い。冷たいものが鼻の頭に降りてきた。雪だ。ふいに吐いた白い息が冬の寒さを際立たせ、俺をいっそう焦らせる。
早く見つけないと。どこにいるんだよ。携帯も繋がらない。
もしかしたら、もう家に帰ってるかもしれない。でもまだ外にいるんだとしたら...幼い頃の記憶が蘇ってくる。そういえば、まだ小学生くらいだったときにも、こんなことがあったな。
ちょうど、こんな雪の日。原因はもう忘れてしまったけど、あのときも文乃とケンカして、今日みたいに俺の見えないところまで行ってしまって。文乃は遅くまで家に帰らなかった。
そのあと公園で無事見つかったから良かったけど、次の日熱だして寝込んで、学校これなかったんだっけ。あいつ、あのときから全然変わってない。だから、俺が見ててやらないといけなかったのに。俺だって、文乃がもう子どもじゃないことくらいわかってる。でも、俺が探してやらないと。またあのときみたいに熱でも出したらどうすんだよ。どっちにしても、見つけたらすぐ謝って、それから、それから...焦る気持ちばかり先走って、体が思うように前に進んでくれない。あ...れ...?意識がもうろうとしてきた。あ、雪で体が冷え...。その場で崩れ落ちるように地面に体を伏せた。
あれからどれだけ時間がたったのかさえ覚えていない。
「...くん!」
「カズくん...!!!」
ん...。子どものように泣きながら、俺の体をゆすってる女の子。
俺が必死で探していた女の子。文乃だった。
「もう...カズく...しんぱ...したんだからっ!」
「文乃。悪かった。俺が...俺が!」
「いいもん。もう、いいから!」
文乃は、俺にとって、俺が思っていた以上に大切な存在だった。
だから、ちゃんとこの気持ちに決着をつけなきゃいけない。
覚悟を決めて、伝えることにしよう。
「俺も、お前が好きだ。」
「っへ?!」
呆気に取られる文乃に、俺は続ける。
「お前のこと、必死で探した。守ってやりたいと思った。俺と、ずっと一緒にいてほしい。」
「ほん...と?」
「言ったろ、お前のマカロン食ったら、絶対良い応えするって。」
「カズくん...」
「守山文乃さん、俺と...付き合ってください!」
「...はいっ」
文乃は涙混じりの笑顔を浮かべた。
守りたい、この笑顔!なんて...(笑)
でも、俺は守ってやるって決めた。この幼なじみを。ひとりの大切な少女を。守山文乃という女の子を。
雪の降るクリスマスはホワイトクリスマス。なら雪の降るバレンタインはホワイトバレンタインかな。
普段こういうリア充イベントは不参加な俺だけど。
たまにはこういうのも悪くないかな。
こいつと一緒なら。
-end-
少々展開スピードが早いと思いますが、ご了承くださいね(笑)