◆3
そして、数分後俺は彼女を押し倒していた。
などと言うと、なんとなく卑猥な感じがするだろうが、これは、レトリック。とても、とても、レトリックだ。
我々がしたことは、給水塔の影で自分たちの裸を見せ合うようなことではなかった。気付いた時には、俺も彼女も、屋上を囲うフェンスをよじのぼっていたのだ。「やってはいけないこと」という意味では大差なかったのかもしれないが、方向性はだいぶ違った。けれど、そのことに俺は疑問を持たなかった。何故なら、彼女が呟いた言葉の意味を俺は理解していなかったから。ただ、熱に浮かされたように、彼女の進めるまま、フェンスを越え、何もさえぎるもののない屋上の端にたたずんでいた。正直足がすくんだ。
「怖い?」
隣で囁くように言う彼女の声にドキドキする。吊り橋効果なんて言葉があるが、あれが本当なら、この状況はなんて効果的なシチュエーションだったことだろう。何せ吊り橋は揺れるだけだが、今この状況で強い風でも吹いたなら、我々を待っているのは、吊り橋が揺れる程度の危険ではないのだがら。効果は絶大だ。俺の意識は彼女に釘付けだった。
「怖い……って言ったら笑う?」
「ううん」
彼女は、言いながら、しかし既に顔が笑っている。
「でも、かわいいと思う」
「……怖くないよ。びっくりしているだけ」
「あはは」
彼女は声に出して笑った。そのまましばらく笑い続けていた。俺は混乱していた。背中にはフェンスの感触。風が吹くたび、わずかにたわむ。一メートルも歩けば、コンクリートの地面が消える。眼下には、グラウンドを豆粒みたいに駆け回る生徒たちの姿。いつも通り過ぎている花壇があんなに小さい。そうだ。まったくそのとおり、怖かったのだ。きっと彼女にもばれている。そのことを恥ずかしく思う。でも、同時によくわからない。うれしそうにはしゃぐ彼女の声、声、声。その声は不快なばかりではなくて、俺のやわらかな部分を絶妙な手触りでくすぐるのだ。
「ねえ、セックスはね、死んじゃうくらい気持ちいいんだって。屋上でこんなふうに風に吹かれているだけでもこんなに気持ちいいのに、それよりもずっとずっとすごいんだって」
「そう、なんだ」
からからの喉で辛うじて相槌を打つ。
「詳しいことは私も知らないの。でも、考え続けた。相手とか、場所とか、いくつかのキーワードも。だから、きっとこれがセックス。これが私たちのセックス。ねえ、杉浦くん。私に消せない傷跡をちょうだい。私をめちゃくちゃにして。私を――」
それはなんて甘美な誘いだったことだろう。 彼女は、自分自身の胸に指を這わせた。ピンク色の服のクマのプリントに。逆光で、表情が影に沈む。けれど、俺には彼女の唇の動きがはっきりと見えた。目線の動きも、悩ましげな眉の様子も。
「――押し倒して?」
風が吹いた。地面の消失まで一メートルもない。死んじゃうくらい気持ちいいこと。
そして、十一歳の少年は、少女のリクエストに上手に答えた。