表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黒猫プランの”しつけ”

作者: ケボ氏

黒猫プランは弱っている子猫にヴァイスと名付け、共に生きようと決意した。

「ヴァイス!君はもう少し猫としての誇りを持つべきだ!」


私は人間からもらったツナ缶をもちゃもちゃと食べている白猫、ヴァイスに強く言った。


「せっかくもらったモノですし、んぐ、食べなければ損ですよ」

「それは、そうだが……しかしなあ」


そう、問題なのはこの白猫がツナを貪っていることではない。

人間がヴァイスを甘やかしすぎていることなのだ。


最初にあったころに比べてヴァイスはそれなりに大きくなった。

まだ生まれて半年も経っていないだろうが、私の足ほどしかなかった背丈も、

ちょうど私の目線にヴァイスの頭頂部が見える程度に成長した。

乱れた毛並みも今ではつやつやだ。

それもひとえに私の苦労あってのことだが……まあそれは置いておこう。

私に喧嘩を吹っかけてきたり、甘えてきたりとせわしない奴だが、やんちゃな時期という奴だろう。

毎日適当にあしらいながら、のんびりと暮らしている。

一緒に過ごしているからか、人間からはやけに構われ、頻繁に何かしらの食べ物をくれるのだ。

正直居心地は悪いが、最初の頃は助けになったのも事実だ。

こうして三ヶ月ほど暮らしてきたわけだが……


「君は最近、人間に媚びすぎてはいないかな?」

「ええ!そんなことないですよ!ただ少し甘えた声で足にすり寄ったら良い反応を示してくれたので、

 それを繰り返しているだけですよ!」

「それが媚びるという行為なんだ!いいかい?猫というのはだね」

「あ、サトウさん!」


ヴァイスはそそくさと買い物かごを持ったおばあさんのところに駆けていった。

全く、いつのまに名前まで覚えて……。

呆れてヴァイスの様子を見ていると、おばさんが買い物かごの中をごそごそと何かを探していた。

まずい!またあいつモノをもらう気だ!

私は急いでヴァイスの下へ行き、サトウさんに今は満腹だから何も入らないと訴えかけた、が


「ああ、言葉を理解して貰えないのがこれほどもどかしいとは……」


ヴァイスとプランの足元にはマグロの切り身がパックごと置かれていた。

人間から見たらプランの行動は、ヴァイスとともに人間から餌をもらおうとしているようにしか見えないだろう。

プランは確信した。ヴァイスが人間に媚び続ける限り、人間からの貰い物は後を絶たないことを。

決めたぞ……私はこの白猫を、矯正する。

ヴァイスはそんな決意に気づくこともないまま、マグロを噛みちぎろうと悪戦苦闘していた。



ーーー



翌朝、プランは計画を実行していた。

ヴァイスはプランとともに生活しているが、まだこの街に対して知識が十分ではない。

そのため、毎日の巡回コースはプランが独断で決めているのだ。

今回はそれを活かして、人間が滅多に通ることのない林の方に顔を出していた。

そう、人間に会わなければ人間から餌をもらうことなどできはしない!

しかしこの計画には多少の懸念があった。

ここには多少問題があり、幼いヴァイスには連れてくるには少し不安だったのだ。

しかし、ここは心を鬼にして、多少スパルタに行こう。

特訓も兼ねた人間断日の始まりだ。




「遅いですよプラン!」

「はあ、はあ、ちょ、ちょっと、待ってくれないかな……」


ドウシテコウナッタ。

息を切らしながら私は横になっていた。

これは予想外だ。ヴァイスめっちゃたくましい。

ヴァイスの身体能力は日々の生活からも目を見張るものがあった。

しかしまさかこれほどとは……。

さっきからこの広く傾斜も激しい(※当猫比)この林をまさに縦横無尽と駆け回り、飛び回っている。

葉が至る所に落ちていても、それに足を滑らせることなく、隙間を駆け回り、時には木を3メートルほど登ったかと思えばジャンプして綺麗な曲線を描きながら着地する。

人間でいうオリンピックがもしも猫界にも存在したなら、期待のホープとでも形容されそうだ。

そんな圧倒的な身体能力を目の前にして、私はこうしてへたっている。


「もう!そんなことだからもっとご飯を食べた方が良いと日々言っていたのに!

 美味しいご飯を毎日食べていればこれくらいできるのは必然です!」

「君のようにばくばくと食べていればそんな体になれるって?面白いことを言うね。

 まあ、君はいずれブロック塀すら乗れなくなるだろう」

「どうしてですか?」

「ブロック塀が君の体重を支えきれなくなるからさ!」

「キィイィイィィ!!!」


そんな感じで、私たちは昼ごろまでそうして過ごした。




「お腹が空きました……」

「奇遇だね、僕もだ。それじゃあご飯を捕りに行こうか。」


プランは横になっていた体を起こして、ヴァイスを率いて歩く。

進んで行くに連れて木々の葉が濃くなり、光がなくなって行く。

多少踏み固められた草道を行き、茂みをくぐり抜けると、光とともにさらさらと言う音が静かに聞こえた。

そこには小川がさらさらと流れていて、透き通るような水の中には、動く影が見える。

よし、大丈夫だ。


「さて、これから見本を見せるからよーく見ているんだぞ?」


プランは小石をさっさと歩いて小川に鼻がつくほど顔を近づけると、息をひそめた。

小川の中を真剣に見つめる様子を見ていると、ついヴァイスも力が入ってしまう。

小川の流れる音と、小鳥がさえずる音しか聞こえなくなり、そのような時間が数秒続いた。

そして一瞬、プランの右手が動いたと思うと、ざばあっと水面が揺れた。

それとほぼ同時に、びたんという音を立ててヴァイスの体よりも少し小さい程度の美しい魚が陸に上がっていた。


「まあ、腕は衰えてないかな?」


その様子を固唾を飲んで見ていたヴァイスは


「す、すごい!まさかプランにこんな特技があっただなんて!」

「何か突っかかる言い方だけど、まあ素直にありがとうと伝えるよ。

 じゃあヴァイス、次は君の番だ。」

「はい!」


そして魚獲りの訓練が始まった。



ーーー



「うう、結局何も取れなかった……」

「君はせっかちなんだよ。もっと魚と呼吸のリズムを合わせてじっくり待つんだ」


釣果が得られなかったヴァイスはプランの魚を分けてもらっていた。

反省はしているようだったが、このままではまずい。

もしも、もしも私がこの子から去ってしまった時のために、孤独でも生きていける術を教えておかねば。

だからこそ、私は今回こんなところに連れてきたのだ。

私も幼い頃は同じように連れてこられたことがある。

その時はここで魚獲りを教えられたが、私は筋が悪く、そのくせ諦めも悪いためあの猫に呆れられながらも、あの猫が分けてくれた魚も食べないで、日が暮れるまで挑み続けていた。

意地も尽き、もう諦めかけたその時、ある種のひらめきとともに右手を出すと、気づけば魚が陸にいた。

眠っていたあの猫を叩き起こして不機嫌にさせた時のことは今でも覚えている。

そんな経験を積んでここまで魚獲りは上達したのだ。

思えば、あそこで諦めれば今の私はここにはいないかもしれない。


「さあ!ご飯を食べたらまた魚獲りの再開だ!」

「お腹も膨れたなら、私に怖いものなんてありません!」


食い意地も根性も昔の私よりあるだろうな、ヴァイスには。

それじゃあ、昔のようにあの猫のように、私は寝ていようかな……。


そうしてプランが眠りに入って一時間ほど後に叩き起こされて才能の差に凹むのだが、それは別のお話。




プランたちは魚釣りにも満足して帰路を辿っていた。

「陽も暮れてきたなあ。少し急ごうか……ん?」

「どうしました?」

「……いやね、多少の問題というやつのお出ましさ。」


私の目線には木々の奥にこちらを見ている猫がいた。


【荒くれ者】マッチだ。

彼はこの林を住処にしていて、非常に気性が荒い。

なんと彼は、この林で新顔を見つけると、力比べという名の喧嘩をふっかけてくる。

気にくわないものがあるから暴れるというわけではなく、単に自分の力を試し、相手に誇示することが目的のようだ。

彼は力試しが終わると相手には感謝の言葉を勝ち負けに拘らず告げる。

そのあとはどこであっても彼は豪快な挨拶とともに何処かへ誘ったり、何かを分けてくれたりする。

悪い奴では、多分ないのだが私は彼が苦手だ。

昔にいろいろあって、彼には気に入られているが。


「うぉいプラン!なんだその綺麗な白猫ちゃんはよお?」

「……最近私とともに生活しているヴァイスだ。彼女には手を出さないでやってくれ。」

「ッカーー!!可愛い名前つけてもらっちゃてねえ!羨ましいぜおい!

まあ、お前の仲間というなら見逃してもやってもいいんだがよお、そうもいかねえみたいだぜ?」


後ろを振り向くと、ヴァイスは長い尻尾を膨らませて、威嚇していた。


「やめるんだヴァイス!別に彼は悪い奴じゃあない!」

「泣けること言ってくれるぜえ……でもよお、俺もここまで敵意向けられて大人しくしていられるほど、

気は長くないんだよなあ」


ヴァイスは何も言わない。緊張や焦りの様子は見られず、むしろ高揚しているようだ。


「プラン……私の血が騒いでいるんだ。今ここでこいつと戦えって!」

「おお!?随分威勢の良い子猫ちゃんじゃねえか!昔のお前を思い出すぜプラン!」

「やめるんだヴァイス!」


そうして私の後ろをついてきたヴァイスはいつのまにか私の前に出て、マッチと対面している。

マッチは私よりも大きく、体は筋骨隆々で非常に力強い印象が見ているだけで伝わる。

灰と黒の縞模様のボサボサした毛並みで、傷だらけの体は歴戦の戦士のようだ。

ヴァイスは非常に小さく見える。まるで大人と子供の喧嘩だ。

まさに一触即発。声をかけるにしても、その声によって戦いの火蓋が落とされる恐れも十分にある。

どうしたら良いんだ……こうしている間にも二匹の距離はじわじわと近づいている。

このままでは、ヴァイスが確実に負ける。ヴァイスはまだ発展途上なのだ。

体が出来上がっていない彼女がマッチの攻撃を少しでも喰らったら……

だめだ、そんなことはさせられない。止めなくては。

周りが傷つくことの恐怖を私は誰よりも理解しているはずなのだ。経験しているはずなのだ。

今だけ、昔を取り戻せ。



「や め ろ」



私でも驚くほど響く、低い音が出た。

そしてマッチとヴァイスが同時に飛び退いた。

二匹とも目をまん丸にして、プランを警戒している。


「ぷ、プラン……?」

「ッハア!ひっさしぶりに皮を脱いだなあ!プラン!」


プランの様子は明らかにいつもの紳士的な態度ではなかった。

凛と立つ姿勢はそのままだが、目が違う。

刺し殺すような瞳は目を合わせたら最後。どんなものでも喰い殺すという飢えが見える。


「ヴァイス。私は言ったよね?やめるんだと。」


何も声は帰ってこない。

何も、誰も言えない。


「私のいうことには従うと、約束したはずだよ。」

「は……はい」

「わかったならもう帰ろう。これ以上暗くなると帰りにくくなってしまうよ。良いよね?マッチ」

「シャーねえ。今のお前に逆らうとどんな目にあわされるか想像もしたくねえよ。」


そうしてプランはマッチとすれ違うように帰り、ヴァイスは何も言わずに後を追った。




「あの……」

「どうしたんだい?ヴァイス」

「すいませんでした。さっきは身勝手なことをして」

「いいのさ。周りの注意が散漫だった僕にも非はあるよ」


プランもヴァイスも、林を抜けて歩道を歩いている。

お互い口数お少ないまま、いつもよりも距離を開けている。


「それよりもヴァイス!君に対して僕はおめでとうと言いたい!」

「え、どうしてですか?」

「君は今日、人間からモノをもらっていないんだよ!

 つまり一人で生き抜く知識を多少なりとも身につけたということだ。それを私は祝いたい。」


もともと高い身体能力は持っていたのだ。

あとは食料を調達することさえできれば、普通に生き抜くことは容易だろう。


「もしかして、今回林まで行ったのはそのためですか?」

「ご明察。君に自立して欲しかったからね」


ヴァイスは目を伏せて静かに


「ありがとう、ございました」

「どうして君もお礼を言うんだい?」

「もちろんプランの考えに対してもですが、先ほどのマッチとの件です。

 正直勝てない相手と悟っていました。でも、うちから沸き上がる闘争心を抑えることができず、あのままでは私は」

「もういいんだ。もういい。」

「でも」

「私がもう良い、と言ったんだよ。つまり君はどうするべきかな?」


ヴァイスは苦笑いを浮かべながら


「従うのみです。」

「よろしい!」



そうしてヴァイスはプランを追う。

ヴァイスは考える。

マッチとプラン。彼らにはどんな関係があったのか。

プランとは一体何者なのか。

しかしヴァイスは考えるのをやめた。

今のプランがヴァイスにとってのプランなのだ。

紳士で、時折負けず嫌いで、どこか抜けていて、優しい彼。

それが全てだ。それで良いのだ。

いつか、話してくれる時まで、余計な詮索など無粋だ。

いつか、いつかを待とう。

きっとその時にはどんなことでも受け入れられる。何を知っても対等でいられる。

そんな関係になっているから。

マッチくん好き

今回は若干今までの話とは毛並みが違う感じになってしまいました……

猫だけに笑


短編ですが、他にも黒猫プランのお話はあるので是非見てください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この短い間にちゃんと成長物語を描ていていたと思えます! [気になる点] ネットで小説を読むのが慣れてないからかもですが、誰がどのような行動をしたのか、感覚的につかむのが少し難しいシーンもあ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ