見た目だけで勇者に選ばれちゃったけどどうしよう
「…ねぇ、そこのあなた」
背後からかけられた言葉を、初めは、誰に呼びかけてるのかと聞き流していた。
喧騒飛び交う酒場の声の一つにいちいち耳を傾けるほどおじさんは器用じゃないからな。
「そこの、煙草吸ってるおじさんですよ」
「…俺か?」
「そう、あなた」
だから振り向いたのはピンポイントで俺に呼びかけられてからだ。どうせ酔っ払いか何かが絡んで来ているんだろうと思っていた俺は、気だるげに声の主人を探した。
声をかけてきたのは二十代半ばの若者だった。金髪碧眼、目鼻はすっと整っていて、まるで御伽噺の王子様ってか。イケメン滅びろし。
「なんだ、若ぇ兄ちゃんがこんなおじさんなんかに用事かよ」
「お話、聞いてくれませんか」
「…なんの」
「僕の」
なるほど、この手の絡み酒か。
正直面倒臭いし、イケメンだから乗り気ではないが…なんかムカつくタイプのイケメンじゃねぇんだよな、この兄ちゃん。
どっちかっつぅと…苦労性っぽい。まぁ憎めねぇ感じはするわな。
「兄ちゃん、名前は」
「レイオットです」
「じゃあレイオット、俺も暇だからな、聞いてやってもいいぜ。お前の話をよ」
隣の席を手で示し促すと、兄ちゃん、もといレイオットはその席へ腰を下ろした。
俺の手元の、空になったグラスを見たマスターが、カウンター越しに酒を注ぐ。いい酒だ。やっぱ、1日の終わりはこれがねぇとな。するといきなり、俺の断りもなしに、レイオットが一気にそれを飲み干した。
…っち、この野郎め。
「ちょっともう、ほんとどうしていいか分からなくて」
「俺の酒…」
「あのですね、俺の昔からの夢は、ありふれた話ですけど騎士になることだったんですよ」
「代金は当然ながらお前持ちにするからな若造め」
「それでですね、五日前やっとこの王都にやって来て、武闘会に参加したわけです」
完全に語りモードに入ったレイオットにため息を吐いて、俺は追加の酒を注文した。
てかこいつ武闘会出場者だったのか。…見えねぇな。敢えて言うなら弓握った方がまだ様になってる。
剣なんざあの細っそい手で振れんだろ。
「それで?一回戦で敗退しました、ってか。お上りさんにはよくあるこった。また来年頑張れよ青年。以上だ!」
「いえ、そうじゃなくて」
違うのかよ。
自信満々に田舎から出て来てボロボロに負けて自信喪失パターンかと思ったんだがな。
「決勝まで行ったんです」
「ははっ、兄ちゃん、嘘つくにしてもな、もうちょいマシな嘘つけよ。酒の肴にもなりやしねぇ」
「冗談ならどれだけ良かったことか…」
流石にこれはないな。王都で開かれる武闘会といえば国中から猛者が集う大会だ。
こんな優男が決勝なんざ行けるなら、その辺の犬でも優勝できる。
「お前な、今年の武闘会ってのは、勇者様を選出する大切な儀式なんだぞ?魔王を倒せる唯一のお方を決める大会だ。お前みたいなのが勝てるわけあるか」
「ほんと、僕も同意見です…。それでですね、決勝で当たった方が、多分、神のご加護を受けた勇者の方だったんです」
「おいおい、まだ話続けんのか?…まぁいいさ、酔っ払いの言うことだ、とやかく言わねぇよ」
ひとしきり笑った後にレイオットの顔を覗き込んでみるが、本人はいたって真剣そのものだ。
仕方ねぇな、おじさんは若者の背中を押すのが仕事だ、ちゃんと相談に乗ってやろうじゃないか。
「相手の人の手に古から伝わる紋章があったんですね。あの勇者の証です。内心、すごい!ってテンションあげながら対峙しましたよ」
「へぇ。じゃあその相手が優勝か」
「……」
「まさか『僕が優勝しました』までは言わねぇよな?」
「……」
「…おいおい、作り話もそこまで行くとやり過ぎだぞ。そーゆのは可愛い姉ちゃんにでも語ってやんな。少なくとも俺はそんなに面白いとは思わねぇよ」
ダメダコリャ。
黙り込んでしまったレイオットの顔は、やはり何度見ても真剣そのものだ。
もう何杯めになるか分からない酒を頼み、俺はそれを一気に飲み干した。
たまにはおじさんらしく若者を説教するのも悪くない。作り話もほどほどにしろー!ってな。
その時、ふとレイオットが傍に置いてある剣が目に入った。
やけに神々しい剣で、こんな優男には似合わないような、…ような…。…ん?
…んん??
「な、なぁ。レイオット…」
「どうしたんですか、おじさん」
「そ、その剣って、おま」
「…あぁ、この剣ですか」
ヒョイ、と軽く掲げて見せてるが、明らかにそれは。
「せ、せ、聖剣じゃねぇか!!?は、おま、は!?」
「ええ…決勝進出者に与えられる権利の一つに、『勇者にしか抜けない聖剣への挑戦権』でして。それを抜けるかが決勝の内容になってます」
「え、じゃあ…お前、優勝って、本当のことだったのか!?」
「まぁ一応。でも僕の実力じゃありませんよ」
いつの間にか客が減っていたおかげで俺の叫び声は大きな注目を集めることはなかった。
っはぁ〜…まじかよ、こいつ本物の勇者かよ。
ありえね、って言っても聖剣どう見ても本物だしなー。なんで分かるのかと聞かれたら困るが、俺の天敵だからとでも言っておこう。
「…何がどうなってそうなったか、聞かせてもらおうじゃないか、レイオット」
「ほんと僕も意味わからないですけど…。さっきも言ったように僕は決勝で、本物の勇者となるべき人と当たりました」
「おう」
「僕が初めに聖剣を抜くのにチャレンジすることになって」
「ふむ」
「無理だろうな、って思ってたのに、やって見たらスルッと抜けちゃって」
「…ん、うん」
「みんなもうなんか、ワーッってなって。本物の勇者の方が挑戦するまでもなく抜いちゃったもんですからもうどうしようと思ったんですけど、そのまま神殿に連れていかれまして」
「一瞬まて」
深呼吸深呼吸。嘘のようで本当の話。
ダメだ頭痛い酒飲もう。
「いいですか?」
「おうよ」
こいつの涼しげな顔が帰って腹立つ。イケメンだなちくしょう。
「そこで、なんかすごい神聖な空間に連れていかれて」
「アバウトだなぁ…」
「僕もその時動転してたんです。で、一人っきりにされてしばらく経ったら、女神様が出てきたんです」
「ぶっ!!」
酒吹いたわ。
いや、そうだな。勇者だもんな。神託くらいうけるわな。
「女神様が『勇者選定の儀の間、貴方の様子はずっと見ていましたよ。選ばれし勇者よ、その文様を掲げ、真の勇者となるのです』…とかなんとか。いや、僕元々勇者じゃないから文様ないです、って。何も書いてない手見せたら女神様びっくりしちゃって」
「おいおい女神様まさか」
「『ごめんなさい、てっきり、顔的に、貴方が勇者だと思ってまして、大会の間ずっとあなたに加護をかけてました』」
「っはぁ、え、まじか」
「『まさかこんなことがおこるなんて』僕も思ってませんでしたよ女神様」
酒でいい具合に紅潮していた頰が、サーッと青ざめる。
シャレにならない。この話が全て真実なら。
「本物の勇者は…?」
「もう村に帰りましたし、聖剣は僕を主人認証しましたし、王様も僕を勇者としちゃいました」
「お前戦えんの…?」
「正直なところメチャ弱いです」
「どうすんの…?」
「どうしましょう…」
どうしましょう…じゃねぇよ!
選ばれし勇者は顔だけの偽物です、って笑えるかよ。
くそう、女神め、だからアレほど人間顔じゃないって教えてやったのに。顔だけで勇者認定して間違ってましたとかアホだろ。
「あーもう、また賭けがドローかよ本当あいつふざけんなよ」
「おじさん…?」
「…あ、そだ、レイオット。いいこと考えついたぞ」
「え、本当ですか!?」
「おうよ」
ちょうどいい頃合いに空になったグラスを置いて、俺は席から立ち上がった。
期待の目で見上げてくるレイオットに、ニタリと笑みを返して俺は手を広げる。
「お前が真の勇者に届くほど強くなればいいのさ」
「は?いや、無理ですよそんな」
「男が弱音を吐くんじゃない!」
「えー…」
えー、とはなんだ、えーって。
これだから最近の若者は。
これはちょっと、年長者からちゃんとシゴいてやらねば。
「レイオット、一つアドバイスをやろうか」
「え、あ、はい」
「必死でやってれば、そのうちなんとかなるもんだ」
「そんな適当な…」
「適当なんかじゃねぇさ。なんてったって」
脱いでいた黒い外套を羽織り、俺は店のドアに手をかけた。
「ただのおっさんだって勘違いから魔王になっちまったりするからな。世の中そんなもんだ」
じゃあな顔だけ勇者。お前が倒しにくるのを楽しみにしているぞ、なんて言葉はあの若造に届いただろうか。
あぁ、やっぱり酒を飲むときは馬鹿げた話と、説教があらねば。
もちろん俺は説教する側だけどな。
取り敢えず『一年以内に勇者に倒されるかどうか』の賭けを台無しにした女神にちょっくら説教いきますか。