episode.7 賢者蘇生
山小屋での話し合いの後、フランネルと冒険者達には一度国に帰って貰い、俺は暫く山賊達と過ごす事にした。
その理由は、フランネルは隠居したが貴族らしく一緒にいると色々と面倒くさい。アンネ達も冒険者をしているので、俺が付いて行っても足手纏いになるだろう。
それに比べて、山賊達は今の所、時間に余裕がある。その時間を利用して、戦闘訓練やこの世界の知識を学んでいる。
その代わり、『強欲の霊王』により蘇生した山賊達に必要以上の支配権の行使は行なっていない。
生い茂った森の奥に立つ洋館。その周囲には、結界の異能で護られていた形跡があるが、今はその面影のみを残している。
太陽の位置はまだ高く、時間の心配はなく、実戦訓練をするには持って来いだ。
…………いや、だった。
今の俺は、一点を見つめたまま固まっていた。別に、異能による干渉や拘束、毒や麻痺などの身体的異常でもない。強いて言えば、思いがけない光景を見てしまった事で、精神的ダメージを受けた事だ。
「ヨダカ、どうした?」
アヴェリーが俺を気遣って声をかけてくれるが、情報を整理するので精一杯だった。
「何かあるのか?」
護衛兼指導役の2人の視線が、俺の見つめる洋館の崩れた入り口を見つめる。
「「???」」
しかし、2人には見えていないようだ。
俺は常時発動型の異能『霊眼』によって見る事が出来ている。
試しにスキル画面を開き、『霊眼』の効果をOFFにしてみると、奴の姿が消えた。そして、ONにすれば再び奴が現れる。
「……ガラルドさん。嘗て、ここに住んでいた人の情報は?」
この洋館に来た理由は、俺の戦闘訓練と『強欲の霊王』の効果が人間以外にも効くのか試す為だ。結果から言うと、成功した。この洋館周辺に生息していたバクウルフの群れを討伐し、今では俺の従順な部下になっている。
「確か、先帝陛下が王国の救世主である賢者に送った建物だ」
「その賢者の特徴は?」
「壮年の男性、凄腕の魔術師、変わり者……すまないが、姿形の特徴までは知らん」
「私も知らないな」
どうやら、ガラルドもアヴェリーもここに住んでいた賢者の事に付いて殆ど知らないようだ。
「では、その賢者の趣味に、筋トレ……筋肉の鍛錬、とかはありませんでしたか?」
俺の目には、古く崩れかけた洋館の前に、上半身裸でひたすら腕立て、腹筋、背筋、懸垂などの過酷な筋トレを行う男性が視えていた。時折、飛び散った汗が陽光に反射している。
「……すまないが、知らん」
「……私も」
「…………ですよね」
なんでだろ、凄く帰りたい。
俺は、溜め息を吐きながら筋トレをする男性に近付く。すると、霊体である筈なのに全身を覆う鋼のような筋肉は盛り上がり、威圧感がある。髪は剃り上げられていて、こちらも時折陽の光を反射している。
「あ、あの、貴方は、嘗てここに住んでいた賢者様で間違いありませんか?」
すると、筋トレをしていた男性の動きが止まった。
『なんとっ、儂の事が見えるのか!?』
「は、はい」
『おお!これはなんたる幸運、いや、筋肉運だ!』
何故、そこで言い直した。
なんか、霊体なのに汗臭そう。それに、なんで一々自分の筋肉を見せびらかすようなマッスルポーズを取っているんだよ。
確かに、少し羨ましい筋肉だけど、こんな筋肉ダルマにはなりたくない。
『ああ、筋肉の神よ!儂にこのような出会いの機会を授けて下さるとは、今後もこの身の筋肉を磨き上げる事を誓いますぞ。がははははは!』
ーー変態だよ。この人、変態確定だよ。
バカと天才は紙一重と言うが、変態と賢者も紙一重だったとは初めて知った。
俺は、遠い目をしながら後ろに立っていたガラルドとアヴェリーの方を向く。
「……賢者は死にました。今日は帰りましょう」
足早にその場を後にしようとすると、目の前に変態があらわれた。
『待て待て!儂は、イグナード・ハング・エルラムス、間違いなくお主達が探す賢者だ!!』
「変態は探してません」
『待ってくれ!変態でも賢者でも良いから、少し話をしよう!』
イグナードの呼び止めに渋々答え走り出そうとする足を止める。
「それで、イグナードさんの話とは?」
『では、筋肉ついて語ろう……』
「……全力で遠慮させて下さい」
『う、うむ…では、儂の話よりも、お主達の世間話が聞きたいのぉ』
この変態賢者……だが、これは寧ろ好都合だ。
「そうですね。では、最近現れるようになった山賊の話をしましょう」
俺は、イグナードにアヴェリー達、山賊の話、ベスティアス王国の現状に付いて話した。すると、先程のふざけていたイグナードとは思えない真剣な眼差しで俺を見つめて来た。
『なるほどな。で、お主は儂に何を望む?』
「貴方の力です」
『ぷっ、くくくく、がははははは!お主、面白い冗談を言う奴だな。儂は既に死んでいるのだぞ?今更、どうやってお主達に力を貸すと言うのじゃ』
「協力したくない訳ではないんですね?」
『勿論だ。アレックスとは、良き友人だったからな。その国をみすみす奪われるなど、アレックスに叱られてしまう』
アレックス、確か前国王の名前だったな。つまり、アヴェリーの祖父だ。
『だから、出来る限り知恵をかそう。それで、満足だろ?』
俺は、無言のままイグナードに右手を向ける。
『……何のつもりじゃ』
「直ぐに分かりますよ。スキル発動『強欲の霊王』」
黒い光が放たれ、イグナードが黒く染まる。黒と白の光の粒子が渦巻き、人の形を創り出す。
「これは……」
イグナードは、自分の見に起きた事に困惑している。
どうやら、成功したようだが、1つだけ予想外な事が起きた。イグナード自身の蘇生には、成功したが、イグナードは服を一切身につけておらず見たくもない男の裸をバッチリ見てしまった。
「きゃぁぁああああああ!!?」
アヴェリーの悲鳴が森に響き渡った。
イグナードを仲間にした俺達は、山賊達が根城にしている隠れ家にバクウルフの群れとイグナードを連れ、向かっていた。
「……すまぬのぉ」
ガラルドの羽織っていたマントを貸して貰い、山賊の隠れ家に戻るイグナードの頰には拳で殴られた痕が赤く残っている。
「まさか、王女殿下に醜態を晒してしまうとは……」
「ん?アヴェリーは王女なのか?」
王子じゃないのか?
「何を言っておる。アヴェリーとは、女子に付ける名だろう」
いやいや、この世界の名前の常識なんて知りませんよ。でも、確かに言われて見れば、少年にしては声が高かったり、気になる所はいくつかあったな。
「別に、騙すつもりはなかった」
「こちらこさ、配慮が足りませんでした」
「……止まれ、敵だ」
ガラルドが警戒を促す。
バクウルフ達も臨戦態勢を取る。俺とアヴェリーも腰の短剣を抜き構える。
すると、目の前の大木がこちらに倒れて来た。
咄嗟に避けるよりも早く、ガラルドが異能を行使した。
「スキル発動『領域』…『剣閃』」
鞘から抜き放たれた剣は、魔力を纏い一瞬の閃きを持って大木を両断した。
その技の切れに、俺は唖然とするが、直ぐに森の中から現れた魔物によって現実に引き戻された。その姿は、黒茶色の大熊だ。
「ウォータル・ベアのようじゃな」
「『水纏い』のスキルを持つ厄介な魔物だ」
『水纏い』とは、その名の通り全身に水を纏い鎧の代わりにする事が出来る異能だ。この世界では、人間だけでなく魔物や多種族も異能が使用できる。
「冒険者組合の発行する討伐ランクはBだ。ベスティアス王国内でも、特に危険な魔物の一体だ」
そんな魔物に出会うなんて運が悪いな。
「お主達は、下がっておれ」
イグナードが俺達の脇を抜け、ウォータル・ベアの前に立つ。
「加勢は必要か?」
ガラルドがイグナードに問うが、「いらん」とだけ返答された。
「さて、106年振りの戦闘だ。くくくく、血が滾るようじゃ」
肉食獣のような獰猛な笑みがイグナードに浮かんでいた。