episode.2 異世界へ
話の流れを大きく変えます。
教室から生徒が消えて1時間。
未だに俺は生きている。それどころか、死ぬ気配すらしない。
それなのに、教室のドアと窓は固く閉ざされている。
「これって、餓死しろって事なのか?」
そうなら、相当あの神の秘書って奴はドSだ。
その事が気にはなったが、もう少し待って見ようと思いスマホで読んでいたライトノベル小説のページに再度視線を向ける。内容は、有り触れたライトノベル小説の王道とも言える異世界召喚物だ。日本で普通の高校生活を送っていた少年少女達が、勇者として召喚されだが、実は巻き込まれた一般人がチート能力を得ていた、という話だ。
今日俺の身に起きた事と似ている部分もあるな。
「ふーむ……この主人公の台詞は、読んでいるこちらも恥ずかしくなるの〜」
「中二病って設定なんだろ」
「なるほど。しかし、ヒロインの胸と尻が大きく、スタイル抜群なのは良いが、何故に奴隷設定にする必要があったのだ?」
「俺も同感だが、きっと作者は奴隷は異世界のロマンとでも思ってるんだろ」
「ふーむ、儂も元人間だが世も変わったな。ほれ、茶じゃ…熱い内に飲め」
「どうも…………って、爺さん誰だよ?」
自然と馴染んでいたが、俺の席の側に老翁が立っていた。見た目は、ギリシャ神話に出てくる最高神ゼウスそのままって感じで、声も年相応にしわがれている。
「儂は、世界の管理者の1人。人の考える〈神〉と呼ばれる存在だ」
見た目通りだな。
しかし、神の秘書を名乗る者の声には恐怖を感じたのに、この〈神〉からは何も感じない。これは、良くある上位の存在過ぎて恐怖という感情すら感じられない、という奴かもしれない。
「……いつからいたんですか?」
「其方が、鞄からスマホを取り出した辺りからじゃな」
殆ど最初からじゃねぇか。
てか、声をかけられるまで気付かなかった。
「で、その神様が俺に何のようですか?」
「うむ、実は其方の消滅の件なのだが……無効となった」
「……ふーん」
「ぇ?それだけ?気にはならんのか?」
「まぁ、少しは……暇なら、教えて頂けますか?」
「暇ならって……」
あの神の秘書を名乗る人物は、詳しい事は召喚した国の連中から聞けと丸投げしていたからな。それに、神の秘書は人間の事を程度の低い存在だと言葉の端々で見下していた。だから、神も俺のような人間の事を見下しているかもしれない。
だが、この神は人間相手でも物腰が穏やかだ。そういえば、神はさっき自分の事を元人間だと言っていたな。人間が神になどなれるものなのか?
ま、今は聞いても無駄か。必要な情報とも思えないしな。
「実は、先に召喚魔法を行っていた6カ国に加えて、先程もう1つの国が召喚魔法に成功したのじゃ。……ただ、少し面倒な事になっておる」
どうやら、その国のおかげで首の皮一枚繋がったようだが、神様曰く面倒事に巻き込まれてしまったようだ。
「これから其方に行う説明は2つ。1つ、召喚先の説明。2つ、異能の説明だ」
2本の細い指を立てながら説明をする神。
「因みに、召喚されない、という選択肢は?」
この世界に止まりたいとは、これっぽっちも思わないが、気になったので一応確認しておく。
俺の問いに、神は少しだけ申し訳なさそうに応えた。
「異世界召喚魔法とは、2つの世界を繋げる穴を開ける魔法なのじゃ。そして、その穴を該当者が通らんと、穴が広がって周辺に多大な被害を巻き起こしてしまうんじゃよ」
「……何とも迷惑な魔法ですね」
てか、今更だが異世界には魔法があるのか……。それじゃ、ライトノベルで良くある感じの生活レベルは、中世ヨーロッパ程度って事になるのかな?
「まず、其方の召喚について説明する。確かに、国の行った召喚魔法は成功したが運悪く召喚される座標が狂ってしまったようじゃ」
「ちなみに、危険ですか?」
「むぅ、それは召喚されて見なければ分からんな」
「分かりました」
そういえば、ライトノベルだと異世界召喚魔法は莫大な魔力が必要だったり、国家財産数年分の財宝などの貢ぎ物を捧げる必要がある、と読んだ事がある。所詮、空想上のイメージでしかないが、寧ろ、それくらいしないと異世界から人間を拉致し放題になる。
「異世界召喚魔法では、このように座標が狂ってしまう事が良くあるんですか?」
俺の問いに神は首を横に振った。
「極稀にじゃよ。それに、代償も必要じゃ。1つ目は、膨大な魔力。これは、召喚国が長年溜めた魔力と奴隷達の命を引き換えに賄ったようじゃな。2つ目が、召喚陣を所持する国の王族が祭儀を執り行う事じゃ。まぁー、この程度かの」
「その条件が揃えば必ず成功するんですか?」
「ふーむ、星の位置や龍脈の流れ、異世界との距離や波長、祭儀を執り行う王族の素質なども必要じゃからな……ぶっちゃけ、運じゃな」
マジか……。どんだけ曖昧で運任せな魔法なんだよ。それで良く座標が狂うのは極稀だと言えたもんだ。
「因みに、魔法が失敗すればそれまでに溜めた魔力は無駄になり、魔法の反動は祭儀を執り行った王族が受ける事になる」
「……そんな魔法一体誰が作ったんですか?」
しかも、神のこれまでの話から異世界召喚魔法を所持する国は少なくとも7カ国以上存在している事になる。
「異世界の神が知恵を与え、人が生み出したのじゃ」
つまり、神も共犯って訳だ。
「当時……いや、現在も異世界召喚魔法は問題になっていてな。知恵を与えた神は、神格の位を最底辺にまで落とされた」
当然だな。
この神の話では、世界にはそれぞれ管理者ー神ーがいるのだろうと推測出来る。だが、異世界の神と人々が創り出しちまった異世界召喚魔法は、管理者ー神ーの管理領域に無理矢理介入し、才能のある者を奪い取っちまう魔法。他の神にしては、いい迷惑だろうな。
「だったら、異世界召喚魔法なんて破壊すれば良いんじゃないですか?それこそ、関わった人々ごと」
それが1番後腐れしない。
「ぶふっ、恐ろしい事を平然と言う奴じゃな。まぁ……こちらにも色々と事情があるんじゃよ」
おそらく、神にもそれなりの見返りがあるのかもしれないな。そうでなければ、異世界召喚魔法など存在を許される筈がない。
まぁ、今となっては俺には関係ない事だ。
「……最後は、異能について、ですか?」
「うむ。まず、異能について軽く説明しよう。異能の中には、先天性の物と後天性の物がある。先天性は、産まれた瞬間に既に取得しており、後天性とは、技術の向上あるいは、ある日突然目覚めて取得する物だ。異世界では、恩恵や呪いとも呼ばれておるな」
「その力が俺にもあるんですか?」
「まぁ、そう急ぐでない。異能とは、其方達が考える魔法とは似て非なる力。誰もが取得出来る訳ではない。だが、異世界召喚魔法により召喚された者は、既に異能を取得している確率と今後取得する確率が高いのじゃ。それに、もし、異能を取得出来なくても、身体能力と魔力の保有量は通常の者達よりも高い。少なくとも戦力にはなるだろう」
神は、時折長い自らの髭を撫でながら魔法や異能の存在しない世界の住人である俺にも分かりやすいように教えてくれた。
「スズズゥゥ〜…」
神が不思議と温度が保たれている緑茶を一口飲み、再度俺に向かって口を開いた。
「其方、自分の異能が知りたければ、己を拒絶せぬ事だ」
「はぁ?」
ここまで来ていきなり何を言いだすかと思えば、心の声?
「何れ分かるさ。しかし、其方の異能は未だ完全ではない」
「それは、ここが地球だからですか?」
「…………まぁ、穴を通れば嫌でも分かるさ」
「?」
神の曖昧な返答に困惑する。
再度、言葉を変え質問しようと思ったが、神が俺の背後を指差した。何事かと思い振り返ると、クラスの連中が通って行った光の門が現れていた。
「ちょうど時間じゃな。ほれ、さっさと行かんか」
俺は飲みやすい温度で保たれた緑茶を飲み干し椅子から立ち上がる。そのまま、門の前にまで歩き、神に向かって振り返る。
「?」
短い時間、単なる神の気まぐれだったかもしれない。それでも、この気持ちを伝えるべきだと思った。
だが、ありがとう、と言うのはなんだか恥ずかしいし、何か違う気がする。
「……世話になった」
それだけ告げると、光の門へと向かい踏み出す。