世界の線
「それでは行ってらっしゃいませ、魔王様」
「うん!行ってきます」
村長や村人達の見送りで村から出る魔王一行。
場所は昨日魔王達が入ってきた村の入口の反対側だ。
そこから少し歩くと人族と魔族の境界線、通称世界の線と呼ばれる峡谷がある。
横に圧倒的な距離があるその峡谷は超圧縮された魔力の溜まり場で世界中の魔力が集まっているとも言われている。その魔力は世界を歪ませ光すら呑み込むほどの重力を生成しており、その魔力量ゆえに魔力の圧も常軌を逸している。そしてその両方が重なり人族も魔族も足を踏み入れることの出来ない境界線となる。
ちなみにこの超圧縮魔力による重力と魔力圧は峡谷の真上にまで広がり黒い壁のようになっている為、鳥などが間違えて峡谷の上を飛ぶと普通に落ちる。
また峡谷の重力はブラックホールの様に周り全てを呑み込むわけではなく、上から下に光をも呑み込む超重力である。であるから近づくにつれ引っ張られていくなんて事はない、峡谷の一番下はさぞ明るいことだろう。
魔王は峡谷の近くまで行くときには目をウルウルさせて今にも泣きそうになっていた。
「ティコ、ここまで来てくれてありがとう」
「ガゥ!」
泣きそうになりながら言う魔王に元気に返事するティコ、ティコの尻尾は垂れ下がり空元気であることは明白だ。
魔王は懐から首飾りを取り出しティコに付ける。
「これここまでの途中で作ったんだ、大切にしてね」
魔王が渡した首飾りは9つの石が繋がれているだけの物だったがティコは宝物を見る目で付けられた首飾りを見る。
「ガゥ」
「ティコ〜〜!」
ティコが返事するように鳴くと魔王は感極まった状態でティコに抱きつく、ティコは仕返しとばかりに魔王の顔を舐める。
魔王とティコがそこから少しの間じゃれ合ってから離れると両者とも満足気味でふっ切れた様子である。
「それじゃあな、ティコ。また会おう」
「またね!ティコ!」
「ガゥ!ガゥガゥ!」
魔王と勇者は背を向けティコから少し離れる。
魔王と勇者はその身に魔力を纏い、魔王の周りは赤く勇者の周りは白く輝く。
「エナジースペース」
「レディアント ルミナ」
魔王と勇者を赤色の力場が囲むのと同時に勇者から放たれた光線は黒い重力の壁を突き進んでいき一定の所までいくと弾けるように光が爆発する。七色の光は輝き続け黒く塗りつぶされた壁に色彩を与える。
勇者と魔王は峡谷の崖を降りずに、足を崖の先である空中に向ける。波紋を作りながら空中を歩く2人は振り向かずに淡々と前を歩いていく。
そして魔法の効力が切れ光が重力に押し潰されていく頃、魔王は流していた涙を拭いて大きく背伸びをした。
「連れて行きたかったな」
「あぁそうだな。…でも最初から分かっていただろ?」
「うん、私達2人だけで旅をする。初めに決めたもんね」
「俺達が勇者と魔王…いや人族と魔族である限り例外は存在しない」
「ティコが狂化したら嫌だもんね」
「こればっかりはな、割り切るしかない」
もし前の村で魔王が試した感情操作魔法の効果が消えなかったとしても、やはりティコを連れて行く事は難しかったであろう。ダメで元々ってやつだ。
勇者はもう1度魔法を発動させて光を作る。
「それにしても下…見えないねぇ」
「あぁ来た時も思ったが底知らずだな」
勇者と魔王が歩く下、つまり峡谷の中は光が届かず底が見えない状態である。
ちなみに魔王の作った赤色の力場がなくとも2人は峡谷を歩けるのだがわざとそれをしていない。光を押し潰すほどの重力に晒されても命に別状はないのだが、問題ないのは両者の身体だけである。荷物などは聖剣も含めて普通にペシャンコだ、服もペシャンコである。世界の線を入ったら全裸になったとか笑い話にもならないであろう。
「下に行きたいんなら服と荷物、置いてけよ」
「それなら新しく力場作るよ、変態勇者くんも行くなら服と荷物…捨ててってね」
「え?捨てるのか」
「あと全裸勇者くんは服着るまで近づかないでね」
「実質戻れねぇじゃん!」
魔王は勇者の反応に笑い、つられて勇者も笑う。少しは調子が戻ってきたようである。
「そろそろ名前も変えなきゃな、魔王は名前なんて言うんだ」
ほんとに今更な質問である。むしろ知り合って数日は経っているというのに名前を知らないとか些か常識に欠けるであろう、だが勇者と魔王に至っては仕方が無いのだ。勇者は勇者であり、魔王は魔王なのだから。名前で呼ばれることそのものが皆無なのだ。
「名前かぁ、名前ねぇ、私は生まれてすぐに魔王になったから知らないなぁ。物心付く時には魔王って呼ばれていたし案外魔王って名前なのかも」
「いやいやそれはないだろ」
「そういう勇者はどうなのさ、実は勇者っていう名前なんじゃないの?」
「いやいやそれは......ないよな」
勇者もまた生まれてすぐに勇者になったのだ、もちろん物心付く時には勇者としか呼ばれなかった。勇者は勇者なのだ。
「あー私と同じなんだね?お疲れ様」
「てことは同年代なんだな、魔族って年齢を誤魔化してるイメージだから分かんなかった」
「ちょっとまって、今まで何歳だと思っていたの!?これでも超ピチピチなんですけど!」
「あー分かったわかった、それより名前考えないとな」
「人族は年齢より話を誤魔化すのが得意だね!まだ話は終わってないよ!魔族が年齢を誤魔化してるなんて!......なんて、なんか分かるわー」
わかってしまった魔王である。
たまにいるのだ。若く見えて実はオジサンだったり、セクシーな女性が加齢臭のするオバサンであったり。
「まぁ2人とも名前が分からんのが分かったな」
「そだねー」
ちょっと削がれた感じの魔王である。
「名前考えるか」
「そだねーじゃあ勇者はゴンザブロウねー」
適当に即興で作った名前である。
「却下で。魔王はキャワキャワタンでいいんじゃねーの」
「なに?そのキャワ!が語頭でありそうな名前は...」
「はい、それじゃあキャワを付けてせーの」
「キャワ!......はい却下」
笑みを浮かべて言ったあとすぐに真顔になった魔王、笑いを我慢していた勇者を見てすぐに後悔したのだった。
「じゃあなにがいいんだよ」
「アリスーとかジュリアーとか」
「ゴンザブロウーとか」
「女の子の名前じゃないよね!ね!勇者はもうステファニーとかでいいんじゃない」
「可愛い名前だな!男の名前ではないよな!」
勇者と魔王があーだこーだ言って名前を付けあう。光が消えだしまた魔法を発動する頃には2人とも名前を考えるのに疲れていた。
「じゃあもう魔王だしマオでいいんじゃねーの」
「マオって...まぁそれならいっか」
ほぼそのままだが今までのぶっ飛んだ名前よりましであった。
「決まりだな」
「じゃあ勇者はユウでいいよね」
「安直なのは俺も同じだしな、じゃそれで」
こうしてさっきまでの言い合いがなんだったのかというくらいの流れで名前が決まったのだった。
「それじゃあ改めて、マオ」
「なーに ユウ」
照れながらも呼び合う2人。なんだかんだで嬉しいのだ、初めて自分の名前が出来たのだから当然である。
「まぁなんだ、これからよろしくな」
「うん、こちらこそ」
しばらくして峡谷の出口が見える。出口からは森が見えているだけで周りに人はいない。そもそも世界の線に行く人はいないから黒い壁から光りが溢れていても気づかないのだ。
「そろそろだな、マオも準備しといてくれ」
「もちろんだよ。ユウもその聖剣しまっときなよ」
「あぁそうだな」
ユウは聖剣をバックに入れ、マオは人族に姿を変える。両者とも笑いながら人族と魔族の境界線を越えるのであった。
「ねーねーステファニーくん」
「なんだゴンザブロウちゃん」
「もし人前でゴンザブロウって言われたら真面目に泣くよ?」
「全世界のゴンザブロウちゃんに謝るべきだ」
「ゴンザブロウくんならいるだろうね!」