八話「名もなき多世界組織の事情」
就職二日目。初日と同じく赤井さんの車で出社(通勤時間2秒)。おはようございますと挨拶して入ったアドミンさんのオフィスには、見慣れない人影があった。
端的にまずいえることは、小さい。背丈は俺の胸の位置よりもちょっと低いくらいか。癖の強いボブカットの金髪、褐色の肌、青い瞳。どう見ても日本人には見えない、白いツナギを着た美少女だった。
「来たか。こいつがあたしのパイロットだな?」
「あなたのじゃないです、クラフト」
「あたしのロボに乗ったんだからあたしのパイロットに決まってるじゃないか」
「だったらあなたの作品使ってる人は全部あなたのだっていうんですか」
「あたしが気に入ったらそうなるな!」
「おーぼー! 超横暴ー!」
悲報。朝一で上司と関係者が漫才開始した件について。……とか言ってる場合じゃない。どうも、聞こえてくる情報から察するに……。
「あー……おはようございます。ええっと、大いなる方々の御一人でしょうか?」
そう声をかけると花が咲いたように笑顔になって、その後にやりと微笑んだ。
「さすがあたしのパイロットだな! そのとおり、Cのクラフトだ。ああ、アルファベットは気にするな、無理やり個性を持とうとした初期の名残だ」
「ははぁ。だからアドミンさんは……」
「Aのアドミン、となるわけです。ほかの言葉の人もいますよ『あ』とか」
「半分ぐらい、疲れて人の形とるの辞めちまったけどな」
「趣味制度が導入される前でしたからねぇ……」
大いなる方々にも歴史あり。苦労の後が垣間見える。
「それで、ロボがどうとか聞こえてきましたけど、もしかして昨日乗った……」
「そう、それだ。あたしは技術課の者だ。で、あたしが手掛けたロボにクレームが入ったから足を運んだってわけ」
目を細めて俺を見上げてくるクラフトさん。獲物を狙う猫を思わせる。うむ、正直若干気後れするが、大事なことだ。ここは頑張って話を通そう。
「うっす。エネルギー食い過ぎで、何もできなくなるところでした。改善をお願いします」
「ほおう。具体的にはどうしてほしい?」
「粒子砲幾分か減らしてエネルギー使わない兵器の導入を」
「具体的には? ミサイル? 大砲? ちょっと変わり種で魔導砲ってのもあるぞ?」
「言葉だけじゃ何とも……バランスもあるでしょうし」
よく、ロボットの武装を変更できるゲームがあるが。これなら強い、と思って組んでみても実際使ってみると欠陥が出てくるなんてことはザラである。ゲームでさえそうなのに、実際となってはどうなるか見当もつかない。
しかし、俺の言葉にクラフトさんは不敵に口の端を釣り上げた。
「よろしい、じゃあこいつを使おう」
クラフトさんが片手を上げると、突如オフィスの壁が一部消えた。例によって果てのない空間にオフィスが浮かぶ光景が見えるわけだが、すぐに下から新しい部屋がせり上がってきて接続される。いやあ、実にダイナミックな模様替えである。
新しい部屋はオフィスではなかった。ロボが置いてあった倉庫のように、いやそれ以上に広い空間。様々な機械が並べられ、ハデに音を立てている。これは工場だ。
接続口のすぐ近くには普通の一軒家ぐらいの機械がおかれていて、幾人かの作業者が見える。……そろってイケメンだから、たぶん赤井さんのご同類だろうな。
「シミュレーターだ。あの世界で使われてたやつをこっちで作って改良した。武器の組み換えができるし、別の機体も試せるぞ」
「おおう、それはすごい」
「ついでだ、これで練習していけ。お前、魔王に簡易入力機で挑んだって? よく勝てたな」
じと目でにらまれる。簡易なんたらとは、ゲームパットの事か。まあ、それは自分でも思うところである。緊急だったのだから仕方がないとしても、やはりぶっつけ本番で魔王退治とはいかがなものか。
そろってシミュレーターに向かいながら話を続ける。
「まあ、優秀なサポートと機体性能のおかげっすわ」
「ほう、分ってるじゃないか! 流石あたしのパイロットだ。そうだ、コンセントレーションは発動したか?」
「コン……なんですかそれ?」
「あちらので使う身体が特別性という話は聞いているな? 骨格、筋力、神経、臓器、その他もろもろ。物理技術、魔法技術、双方から強化を施してある。で、その複合的効果によって生まれるのがコンセントレーション。極限状況下での集中力の補助だ。魔王と戦っている時に、やたらと相手を狙いやすかった瞬間とか、なかったか?」
「ああ、言われてみると確かに」
はっきりと思い出されるのは、ジャンプしてモンスターを撃ち下したあの時だ。空中という不安定な状態にもかかわらず、俺はしっかりと狙いを定めることができた。なるほど、それもまた俺が魔王と戦えた理由か。
「でも、あれってもっとこう、はっきりバンバン使えないものなんすかね? その方が楽なんですが」
「お前が感覚をつかめば、その分使いやすくなるだろうさ、努力しろ。……機械的にそれを発動させる技術もあるが、お前たちには使えん」
「なんででしょう? ……まあ、リアルに改造人間になるとかゾっとしませんが」
「アドミンがあちらの身体から痛みを無くせないという話はしたな? それと同じだ。元の身体との齟齬が大きくなると操作に不具合が出る。感じ取ることもできない極小機械ならともかく、腕だの足だの変えるようなレベルだとお前たちと身体を繋げなくなる。他ならぬお前たち自身が自分の身体だと思えなくなるのだ……抜け道はあるがな」
クラフトさんが、猫のように笑う。獲物を目にした時のように。
「本来の身体を改造してしまえばいいのだ。どうだ、最高のボディにしてやるぞ? 地上最強の男とかあこがれないか?」
「結構でございます。こっちでメカの身体になっていったい何と戦えというのですか」
「いるぞー? 割といろいろ」
凶悪犯罪者とかテロリストとかだろうか? そういうのは警察や軍隊お任せである。わざわざボランティアでやることもない。俺がへの字口で首を振ると、クラフトさんは肩をすくめた。
「まあいい、気が向いたらいつでもいえ。さて……おい、一号、準備はできたか」
「はい、完了しております」
シミュレーターで作業していたイケメンさんが返答……おい。
「ちょ~っとお待ちください? すみません、彼のお名前、聞いてもよろしいですかね?」
自分でもかなり低い声が出ているのが分かる。ついてきてたアドミンさんが後ろでびくっと震えてるようだが、今は置いておく。
「む? なんだ? 一号がどうかしたか?」
わかっていない顔のクラフトさんが、一号さんと一緒に首をかしげる。
「ほかの方々のお名前は?」
「……二号、三号、四号、五号だ」
「しっかりとした、名前を、つけてあげましょうやぁ」
すこぶるドスの効いた声でいうと、クラフトさんが一歩さがった。おっやぁ~? おかしいなぁ。下手な神よりもすごい存在であるはずの大いなる方々とは思えぬ行動。一緒にアドミンさんもビビってる気がするがやっぱり置いておく。
「な、なんだ! 名前なんてどうでもいいじゃないか! 区別するための記号なんだから、呼んでわかればいいじゃないか!」
そーだそーだー、とアドミンさんがシミュレーターの陰に隠れて同意してくる。そっちに向かってワン! と吠えてやるとキャインとか言って隠れた。尻が出てるぞ。さて、気炎を上げてクラフトさんに向き直る。
「名前は、親から子へ渡される大事な贈り物なんですよ。その子の一生を考えて、誕生を喜んで、成長を願ってつけるものなんですよ。あたら疎かにしていいはずがないでしょうがよぉ……」
「う、うう!?」
なお、その行き過ぎたものがいわゆるキラキラネームというやつである。あれも気持ちはわかる。彼ら彼女らにとって生まれてきた子供は唯一無二のもの。世界で二つとない名前を贈ってやりたいという親心もあるだろう。……だからといって読めない名前を贈るのはどうかと思う。一発で読まれたら負けとか、趣旨が違ってきているだろうが。
さておき。実はこんなことを言っている俺ですが、赤井さんの名前考えるのすっかり忘れてました。今日こそ本買いに行かなきゃ。でも今は心に棚を作って続ける。
「赤井さんや一号さんたちにとって、大いなる方々は親も同じ! その親から物のように呼ばれて、いったいどう思うか! 大いなる方々は意志あるものを作ったという自覚がたりてないんじゃないっすかねぇ……」
「むむむ……」
しかし、あれである。俺ごときがドス利かせた程度で引くってのは、きっと自分たちでも自覚はしてるんだろうな。
「そもそも、なんで名前付けるのそんなに苦手なんですか」
「……我々は、独創性というものに自信がないのだ」
「自分たちで何かを作り出すという事がほとんどありませんでしたからね、私たち」
「取得した情報から、より性能の良いものや発展したものを考えるのは得意なんだがな」
「まるで魔改造ダイスキーな日本人みたいな事を……」
アドミンさんも合流してのご説明。必要は発明の母というがまさにそれ。マナクライシスが発生するまで何もかも必要ではなかった大いなる方々は、何かを作り出したことがなかったらしい。新たに何かを考え出すという事にかけては完全にド素人というわけだ。
「まあ、何はともあれそういうわけですから。名前考えてあげてくださいよ。頼みますから。お願いしますから」
「……なぜお前がそこまでこいつらを気に掛ける? 一号達とは初対面だろうが」
「あー……まあそうなんですが。赤井さんのご同類という繋がりもあるといえばあるわけですし」
ぶっちゃければ、別に特別何かあるというわけではない。名前でイジられた覚えがある気がするが、ほぼ思い出せないし。そんなの子供のころの記憶を紐解けば、誰もが経験していることだろうし。なので、本当にただこのままというのは心苦しいだけという、それだけだったりする。
「そんな立場じゃないのは重々承知しておりますが、あまりに不憫といえば不憫な話であるわけでして。どうかお願いできませんでしょうか。強くいってしまったのはお詫びいたします。申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。うん、少し頭冷えた。俺雇われでこの人たち上司だった! 部下の物言いじゃねぇや! ついカッとなってやった。今は反省している。
クラフトさんたちは困り顔でお互いを見合うと、俺の方を向いた。
「……本当に、お前は人間だなぁ」
「はい?」
「気にしなくていいですよーこっちの事ですから。とりあえず、上にあげておきます。全体的にどうなるかは分かりませんけどねー」
「あたしの方も、頑張って考えてみる。いい加減、苦手だからと避けていられる問題でもないからな。スタート地点としてはいいだろう」
「ありがとうございます!」
もう一度、深々と頭を下げた。うん、これ、俺のわがままだからね! 会って数分の人に言う事じゃないよね普通は! ついカッと(略)。
「さ、それじゃあ本題にもどるぞ。シミュレーターに乗れ。まずは操縦訓練だ」
「了解しましたー!」
そんなわけで、外付けの階段のぼってシミュレーターに乗り込む。中はあのロボそのままだ。もちろん、祭壇はない。シートベルトをつけていると、クラフトさんの部下の人が寄ってきた。何号さんだかはわからないが。
「洞屋様、窮屈な所などはありますか?」
「いや、大丈夫っす」
「何かありましたら些細な事でもお申し付けください。そうそう、洞屋様はコーヒーを好まれるとか。いつでもご用意いたしますので」
すんごくにこにこキラキラしながら言ってくれる。……おやぁ? 好感度高いぞぅ?
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覚えることは多いものの、それほど操縦そのものは難しくなかった。まあ、戦闘なんて突飛な事をするためのものだ。一々難しかったらまともにドンパチできやしない。なので、難しかったのは戦闘訓練である。なにこのクソゲー、と言いたくなるようなデスシナリオがてんこ盛りだ。もちろんゲームではないのだけど。
実際のところはロボこと歩行戦機の弱点を徹底的に突くように組まれた訓練プログラムで。油断するとあっという間に足を折られたり装甲薄い上部や背部を攻撃されるようになっている。結果ばかすか爆散する羽目になるのである。
これがゲームならコントローラー投げておしまいだが、仕事である。ぐあーぐあー、と悲鳴を上げながらひたすら取り組むと、あっという間に昼だった。
昼飯は赤井さんが用意してくれました。料理を趣味としている大いなる方々が作ってくれたとの事。店に出せるレベルの味のペペロンチーノでした。で、料金でもめた。払わせろという俺といらないという向こう側で。結局時折実験料理に付き合うのを条件に只という事で合意。ゲテモノだけはご勘弁くださいといっておいた。
昼休憩から戻れば、またシミュレーター。スケアクロウなどと自虐する事からわかると思うが、俺は決して上手いゲーマーではない。PvPとかでは何度も何度もやって人のプレイの猿まねを繰り返してやっとキル数を稼ぐような感じだった。ああ、あそこに隠れればいいのか。おお、ここで待てばいいのか、といった感じで。
なので、ひたすらシミュレーターにかじりつく。指が折れるまで真剣に、とはさすがに言わないがゲーム疲れによる頭痛で赤井さんの魔法の世話になるぐらい頑張った。
ついでに、装備を換装しての調整もこなした。エネルギー配分さえしっかりしていれば、粒子障壁は有用な装備だ。装甲の薄い所を突かれても、無事で済む場合がある(落とされる時は落とされる。諸行無常)。
「はっはっは。大変結構! おかげいろいろデータが取れる!」
休憩中、ご機嫌なクラフトさんの言葉である。俺はいつもの特製コーヒーをいただきながら一息つく。
「俺なんかのデータでいいんですかねぇ。こんなにボッカンボッカン落ちてるのに」
「構わん。そもそも使うのはお前しかいないしな」
「わっつ、はぷん?」
「……お前が行っているあの世界。あれと同じぐらいの技術レベルに達した世界が、どれだけあると思う?
手元のタブレットPCもどきをいじりるのをそのままで、クラフトさんは問いかけてくる。あの世界、つまり宇宙植民までするようになったレベルか。なんせ、世界は星の数ほどあるわけで。星の数、というとあいまいだが例えば地球のある天の川銀河の星の数は約2000億個ほどあるらしい。ゲーム知識だが。
それを参考にして、高レベル技術であることも踏まえててきとーに考えると……。
「一億ぐらいでどーっすか?」
「一万にも届かん。しかも順調に減っている」
「え。なんで減るんです?」
「自滅するんだよ、自分らの技術でな」
「あー……」
笑い事ではない。俺たちの地球だって、冷戦という世界滅亡の危機がかつてあったのだから。
「人間であろうと妖精であろうと天使悪魔であろうと。知識を蓄え技術を発展させると、自分たちでは扱いきれないものを作り出す。そして自滅する。自滅具合は様々だが、生存圏が汚染される程度ならまだいい方だ。完全に滅亡してしまうことも決して少なくない」
「でしょうねー」
核、生物、科学兵器が解き放たれれば、地球もそうなるだろう。それはないという前提で我々は生活しているし、そうならないように努力されている方々もいらっしゃるわけだがそれでも滅亡の可能性はそこにあるわけで。
「そして、その危険性と可能性は技術の高まりと時間の経過とともに増大していく。つまり、発展した世界ほど滅亡しやすいわけだ。まあ、さすがに天体レベルで拡散しているとダメージが抑えられることが多いようだが、それでも滅亡するときはする」
「げに恐ろしきはヒトの業……ですか」
「愚かしいと嘆くものは多いがな。だが、その愚かさが歩行戦機のような魔王とさえ戦える兵器を作り上げるのだから、否定もできん。我々は発生以来、本当に様々なものを観察し続けてきたがヒトほど見飽きぬものはないな」
カラカラ、と笑う彼女を見て、俺は少しばかり考えてしまう。今はまだいい。いつの日か、大いなる方々がヒトを不要だと考えたらどうなるか。……意味のない考えだった。ちょっと星に降り立つだけで、魔王の発生率がガン上がりするような存在だ。現段階の地球では、対抗手段など何もないだろう。彼女らが人類を不要と考えないことを祈るだけだ。
まあ、魔王退治にヒトを必要としている今の状況ならしばらくは安心だが……赤井さんたちが成長したら……。
「それで話を戻すが」
「あ、うっす」
「そんな感じで、技術の高い場所は全体から見て少数だ。その中で、マナクライシスが起きそうな世界はごく一握り。さらに、現地の神々が我々との対話を拒否するという所まで絞ると、今はアドミンが担当している世界しかないわけだ」
「……介入が必要な世界って、意外と少ないんすね」
「馬鹿者。高度な技術を有した世界限定の話だ。中世程度の技術レベルで介入が必要な世界がこんなに あるんだぞ」
クラフトさんが両手を広げると、床も天井も透けて見えるようになった。上下左右360度、大量に浮かぶオフィスが見える。
「……失言でした。申し訳ない」
「おう。で、だ。そんな技術レベルが高い所じゃなければ使えないだろう、走行戦機は」
壁は一瞬で元に戻った。ほかの人たちがなにも騒いでなかったから、俺だけに見せてくれたのかもしれない。
「いや、あの世界でも違法らしいんすが」
「違法程度で済んでいるだろう? 中世レベルで使ったらどうなる? 竜か神だと思われる。地球で使ったらどうなる? 各国が腹の探り合いで大混乱だ」
「ああ、なるほど……」
だからロボを使って魔王退治しているのが俺しかいない、と。世界に配慮すれば当然の話だったんだなぁ。
「まあ、とはいえいざとなったらどんな世界でも使うけどな。ありとあらゆる兵器を」
「おい」
台無しである。世界への配慮とは何だったのか。
「なんだ? 世界滅亡の危機だぞ? ありとあらゆる手段を用いるのは当然じゃないか。それとも何か? 世界が混乱するのは問題あるからおとなしくそのままマナクライシスを起こせというのか?」
「あーいやーそれはー……」
「勘違いするなよ? 無用な混乱を起こさぬ努力はする。だが、我々の目的はマナクライシスの回避だ。そのためならばありとあらゆる手段を行使するのを厭わない。よく覚えておけ」
「……うっす」
全く以てその通りだった。その結果、どれだけの人がデスマーチとなろうとも、明日が来るのだから勘弁してもらおう。事が起これば明日すらないのだ。
「まあ、さすがの私たちもまだ宇宙戦艦だの衛星砲だのを持ち出したことはない。そこまで末期になる前にカタが付いているしな。なにより、コレがある」
クラフトさんが手を広げると、そこに現れたのは……石の棍棒である。原始人が使ってそうな、先端に赤子の頭より大きな石がはめ込まれた、棍棒。明らかにクラフトさんの体格に合ってないのだが、ふらつくことはない。
「……なんですかこれ」
「マナ結晶。お前はもう見たはずだ」
思い出される粗末な短剣。俺というちっぽけな存在を簡単に押し流してしまえる、力の源泉。そして、魔王を退治した時に手にした、あの水晶のような石。
「人々の努力の結晶。ヒトが愚かでないという証の一つ。お前は信じられるか? かつてヒトは、こんなもので魔王と戦い、退治していたんだぞ?」
「これで……」
「マナと人がある限り、神と魔王が生まれる。しかし、マナクライシスが起きるようになったのはここ数百年だ。それまではずっと、我々でなく人が魔王を打倒してきたのだ」
人の澱が形になったような、あの魔王を。こんな粗末な棍棒で。……どれほどの人が傷つき倒れたのだろう。どれほどの人がその人生を捧げたのだろう。棍棒に刻まれたいくつもの傷から、それを思い図ることしかできない。
「マナ結晶を武器にする技術は、我々もまだ把握していない。ハイエルフやエルダードワーフなどに接触して情報収集を行っているが、加工はまだ成っていない。介入して安定した世界や、滅んだ世界から回収して運用しているというのが現状だ」
「超が付くほどの貴重品なんですね、これ……」
「対魔王用の最終兵器だからな。内部に貯めこまれた膨大なマナで、魔王の吸収力を飽和させる。言うは易しでな、結晶化したマナをどうやって再び通常状態にするのか、我々でもまだ解明できてないのだ」
むう、と眉根にしわを寄せてと唸るクラフトさん。その技術が解明されれば、魔王退治はもっと楽になるのだろうか? ……どうかなー。少なくともあの短剣は、俺には使いこなせる物ではなかったしなー。そう思いながらコーヒーのカップを口に持ってきて気づく。カップの底が見えていた。とっくに飲み干していたようだ。
「と、しまった。休憩長すぎました」
「ん? ……そうだな、ちょっと話過ぎたな」
気が付いたら随分と話し込んでしまった。まだ時間はあるし、訓練に戻るとしよう。できない事より、今できることをしなければ。
「訓練に戻ります」
「おう、次はもっときついターゲットを出すか」
「うひぃ」
そんなこんなでその後も回復魔法の世話になるレベルで訓練して、午後五時となりました。本日のお仕事は終了ー。なお、しばらくはロボ訓練だそうです。あちらの世界は魔王退治以外では行かないのかな?
家に送ってもらって、パソコン立ち上げて。そうだ命名本を買わねばと通販サイトを開いて、最初に表示されたのは『貴方へのおすすめ』。アニメ、ゲーム、小説がずらずらと並んでいる。そして、そこに映し出されたとあるキャラクターを見て俺の脳裏に電流が走った。そうだ、これだ。これしかあるまい。赤井さんにピッタリだ。
早速チャットでアドミンさんに伝えようと思って、手が止る。
「……いや、命名だぞ? チャットで伝えるというのは不作法じゃないか? もっとしっかりするべきだろう」
よっしゃ、と立ち上がり財布と車のカギをもって外へ。コンビニにあるといいが。なければ文房具扱っている所に行かねばなぁ。
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翌朝。アドミンさんのオフィスに到着。クラフトさんたちも見えるな。よし。
「おはようございます。アドミンさん、約束の物ができました」
「あ、できたんですか赤井の名前」
「!」
レアイベント。赤井さんのびっくり顔である。
「ほおう。ならあたしたちにも見せろ」
「!?」
猫のように笑うクラフトさん。え、なんでですか、とびっくり顔のままクラフトさんたちを見る赤井さん。いやあ、珍しい珍しい。付き合い始まってまだ短いけれど、基本いつも笑顔だものなぁ。
では、そんな赤井さんの混乱が収まる前に容赦なく開示である。
「それでは発表いたします。赤井さんのお名前は……」
突如、鳴り響くドラムロール。だれだ、流したの。まあいいや。このノリで行こう。懐から取り出したのは半紙。何枚も書き直して、やっと納得いく字になったのは夜中だった。それを、皆に向けて大きく広げた。
「光輝! 光り輝くと書いて光輝でございます!」
盛大にファンファーレが奏でられた。拍手するのはクラフトさん所の一号さんたちである。ほかの方々の仕事のご迷惑になってなければいいが。
「なんかかっこいい名前になりましたねー。元ネタはなんです?」
「元ネタとか言わないでくださいな。名前の由来は、赤井さんがいつもキラキラ輝いてるから」
実はこじつけである。元ネタは、イケメンボイスを当てる大御所声優さんから。でも、これだって思ったのだからしょうがない。
「……別にピカピカしてませんよ?」
「俺がそー見えるってだけですよ」
アドミンさんとそうやり取りしつつ、問題の赤井さんを盗み見る。気に入らなかったらどうしよう……って。
「え、赤井さんなんで泣いてるの!?」
なんと、赤井さんの瞳から、ひとすじの涙が伝わっているではないか。え、不味った? 俺不味ってしまったの?
「何故……でしょうか。何故か、胸が熱くなって、気が付けば……」
自分自身よくわかっていないのか、呆然と己の顔をぬぐう赤井さん。……まあ、怒っていないならそれでよし、である。
「と、いうわけでこの名前、受け取ってもらえますかね?」
そういって、名前の書いた半紙を差し出す。
「ありがとう、ございます。大切にさせて、いただきます」
いつも以上の笑顔で、赤井さんは受け取ってくれた。
――そして、そんな俺たちを、とても透き通った表情でアドミンさんとクラフトさんが見つめていた。