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四話「異世界へ出社」

 夕食時の洞屋家。夜に全員揃うのは割と珍しい。ちょうどいいのでさっくりと暴露する。


「会社が海外で失敗して倒産しました」

「……え?」


 誰が発したのかわからない呆然とした声。それに容赦なく追加情報をかぶせていく。


「で、友達に相談したら新しい仕事紹介してくれるって話で、今日行ってきた。無事再就職が決まりました万歳」

「……はぁ?」

「給料は今までと同じぐらい出そうだから安心だ。ただしばらく泊まり込みやらなにやらで家を空けることが多くなると思う。具体的にはまだわからんけど、まあそんな感じ」


 さて、夕飯をいただこう。今日は鉄火丼だ。醤油にひたした赤身が大変おいしい。ごはんが進む。


「……それで、具体的にどこの会社なんだ? 仕事は何をするんだ?」


 もっしゃもっしゃと食べる俺に、父さんからの御言葉。相変わらずひょうひょうとしているので俺の暴露にも動じてるようには見えない。


「アメイジングエンタープライズって名前。仕事は……とりあえず研修受けて、その後の判断だって。まあ、いろいろ細々したもんだと思うよ」

「……アメイジングエンタープライズって、あの?」


 凱の言葉に首をかしげる。あの、と言われても思い出せない。なんとなく引っかかるものが無くもないのだが。


「うーむ……思い出せん。有名なの?」

「有名も何も、宣伝とかバンバン飛ばしてる多国籍企業だよ。本社は確かアメリカだったと思うけど。ほら、丸にAEのロゴ、見たことない?」

「あーなんか見たことあるような……ないような。瑠美夜、知ってた?」

「知らなーい」

「だよなー」


 流石我が妹。俺と同じで興味がないことは知ろうと思わない。テレビは我が家で一番見ているはずなんだが。


「まー、名前が同じで別の会社だろうよ。そんな大企業俺が入れるわけないだろ?」

「……ああ、うん、まあ……先輩たちも苦労してるみたいだしね」

「多国籍の大企業だもんなー」

「多国籍の大企業だもんねー」


 あっはっは、と笑う俺と妹。二人とも何も考えてないのがモロに分かるバカッ(ツラ)である。……もしかしたらそうかもしれないが、そちらに俺が行くことはあるまい。


「それで、大丈夫そうなのか?」

「あー、うん。まあ、実際のところは行って働いてみないとわからないけど。まあ、職場の環境は悪くなさそうだよ」


 上司と同僚に関しては、だけど。実際どんなところに行くことになるのやら……。父さんはそうか、と頷いてそれでおしまい。そのうち妹が友達の失敗話についてしゃべりだして、俺の再就職の話はあっさりと流れていった。

 が、食事後。自室に引き上げようとした俺を母が捕まえた。


「景。あんた本当に大丈夫なのかい? ほら、凱と瑠美夜の事で……」


 さすが母。家のことは何でもお見通しである。ここで心配させるのもよろしくない。笑って見せる。


「大丈夫大丈夫。まあ、本当にダメならこの前みたくうまく抜けるから。無理はしないよ」

「そうかい? それならいいんだけどね」


 本当のことを言えないのは正直心苦しいが。かといって全部暴露して正気を疑われ、病院に連れていかれるのも困る。嘘も方便だ。


/*/


 就職が決まった後すぐに出社、というわけにはいかなかった。前の会社のについてのアレコレがまだ残っていたのだ。未払いの給料についての手続きや、職場に置いてあった私物の引き上げ。元同僚たちの手伝いなどだ。

 皆再就職先に頭を抱えていた。早速再就職先を見つけたらしい人に、自分も入れないかと詰め寄る人もいた。……ここでも俺は嘘をつかねばならなかった。流石に「俺と一緒に魔王退治しようぜ」とは言えない。いろんな意味で、言えない。

 そんなこんなで数日が過ぎいよいよ本日、初出社と相成った。


「本当にご挨拶しなくていいの?」

「いいからいいから。子供じゃないんだから」


 そういってくる母を玄関で押しとどめる。会社の先輩が通り道だから乗せてくれる……という話をでっち上げた所、これである。母と妹があのキラッキラな赤井さんを見てどう反応するか怖いというも正直あった。

 結局、赤井さんの送迎および護衛はアドミンさんから押し切られてしまった。アドミンさんの協力者ではないが、とある社員がプライベートで事故に会い随分とごたごたしたとの事。羮に懲りて膾を吹く、というわけではないようだがアドミンさんたちの間で用心しようということで話が纏まった結果こういうことになったらしい。

 現地派遣される人はみんな護衛がいる、という話を聞かされては頷くしかない。ただ、流石にあの高級車はご近所様の目がアレなので、ちょっと手を打ってもらった。家を出るとタイミングよくやってくる、白の国産車。


「おはようございまーす。よろしくおねがいしまーす」

「おはようございます洞屋様」


 乗り込んだ車の運転席にいるのは、華麗に背広を着こなした赤井さん。そして俺は、またシートを傷つけないように身を小さくして座るわけで。そう、内装はあの高級車。というか、外観をなんかすごいテクノロジーで誤魔化しているだけで、実際はあの高級車のままなのだ。外から中をのぞき込んでも分からないという脅威の技術。俺には一生理解できないに違いない。

 車が動き出したのでシートベルトを付ける。さて、どれぐらいで到着するのかなと窓の外を見やると。


「到着です」

「早!?」


 窓の外には汚れ一つない地下駐車場のような場所が。慌ててシートベルトを外して車から出てみる。新築の建物によくあるペンキや接着剤の臭いこそしないものの、汚れ一つない駐車スペース。郊外にある大型百貨店の立体駐車場のように広いが、いったい何台止められるのだろうか。というか、東西南北(ここじゃ方角わからないけど)見渡しても最果てが見えない。地平線が見える……。


「これ、車に乗る必要あったんですかねぇ……」

「以前は直接転移していただく方法を取っておりましたが、無関係な者に見られてしまうという事がありまして……」

「車は誤魔化すための道具ですか」

「はい。誤魔化すための道具がいっぱいです」


 華麗に駐車を決めた赤井さんに連れられて、目の前にあるエレベーターホールへ。ちらりと見たら、もう車の外観は高級車に戻っていた。

 で、エレベーターに乗ってドアが閉まる……と思ったらすぐに開く。あれ? センサーの故障かと思ったら、違和感。……エレベーターホールじゃなくて、廊下が見えている。……なにこれ。あの一瞬で移動したってこと?


「……これも転移ってやつです?」

「その通りでございます。なお、これは建築を趣味とされている大いなる方の手によるものです」

「趣味っすか」

「趣味でございます」


 ……迷惑でない限り人の趣味にはケチをつけないのが俺ルール。肩透かしを食らった気分だが。廊下に出てふかふかのじゅうたんの上を歩くわけだが……知らない人が幾人も見える。しかも足早に移動したり何やら話し合っていたりする。


「なんか、忙しそうな感じですね」

「はい。現在各世界に介入している部署が大規模な組織改編を行っておりまして」

「組織改編? なんかあったんですか?」

「ええ。いままで大いなる方々は各世界への介入を最小限にしておりました。余計な混乱は望むところではありませんし。しかし物資や人員の調達など、どうしても人類社会に接触する必要があり、いくつかの企業を立ち上げ活動のカバーとして使っておりました」

「なるほどなるほど」


 大金が動けば目は集まる。隠れ蓑は必要だったわけだ。


「しかし今回、洞屋様のご指摘により大いなる方々の人類への理解が一部偏っていたという事が発覚。改めて調査するために手近である各地の社員を調べてみた所、芋づる式に不正や用途不明のお金の動きが見つかりました」

「うわぁ……」


 なんだか大変な事になっちゃったぞ?


「やはり雇っただけで半ば放置状態であったのがまずかった、と大いなる方々はおっしゃいまして。以後、各地の企業を直接運営するようにするために、このように我々も忙しくなっております」

「……余計なことを言っちまいましたかねぇ」

「いいえ。そのようなことはございません。今回の事を大いなる方々はよき刺激であると受け止めたようです。何より、経営など新たな趣味に目覚めた方がいらっしゃいまして、本来の仕事であるマナクライシス対策への取り組みにプラスの働きが生まれております。決して余計なことではございません」


 微笑みながら赤井さんはそういってくれる。……ならばまあ、いいのだろう。行き交う人々の顔を見る限り、鬼気迫るド修羅場な感じはしない。……俺が勤めたあのブラック企業に漂っていた地獄の空気はない。

 しかし思うことが一つ。


「趣味に目覚めると人増えるんですか」

「趣味は大いなる方々が人の姿を取るうえで欠かせないものですので。マナクライシス対策を趣味とする方々も多くいらっしゃいますが、足りていないのが実情です」


 そんな話をしながら廊下を歩く。窓の外の風景も先日とはずいぶんと違う。個別に浮いていたオフィスがかなりの数合体、大型化している。組織改編や何か起きるたびに、分離合体をするのだろうか。巨大ロボもびっくりである。

 そんな風景を見ながら歩くこと少しばかり。意匠化されたゲームパットの上にAと書かれた表札を掲げたオフィスに到着。


「こちらがアドミン様のオフィスとなります。今回は環境改変に伴いまして歩きましたが、次回以降は直接の転移が可能となると連絡を受けております」

「そーなんすか」


 ドアをノックして、失礼しますと挨拶。中から聞こえてきたどうぞ、の言葉を受けてドアを開ける。


「おはようございまー……なんですかこりゃ」


 先日訪れたアドミンさんのオフィス。黒髪をなびかせ、ドヤ顔で彼女が見せびらかすのは黒塗りのメカメカしい長方形の物体。大きさは人が楽々上で寝そべることができるほど。高さも腰の位置ほどにある。かなり大きい。


「おはようございますスケクロさん。ふっふっふ、すごいでしょう?」

「すごいというか……中に戦闘アンドロイドでも入ってそうなデザインですな」

「それは入ってませんねー。入るのはスケクロさんです」

「俺ぇ!?」


 アドミンさんがパネルっぽい所を触ると、箱が真ん中で上下に分かれて開いた。中はベットのようなものがあり、なるほど人が入るようになっているのだとわかる。……よくわからんメカメカしたものがほかにもいっぱい見えるが。


「いいですかスケクロさん。これからスケクロさんはここから意識を飛ばして異世界にある身体に入り込むわけです。当然、こちらもあちらも同じように時間が流れます。となればこちらの身体もあちらの身体もおなかが減ります。ほかにも、毎日こっちの身体は寝て過ごすことになるので運動量が減って鈍っていくわけです。いちいちこっちに戻って食べたり運動したりしていては、あちらの仕事が進みません。そこで今回ご紹介するのがこちら生命維持装置!」

「ドが付くほどストレートなネーミングですな」

「商品名は別にありますけど、用途が分かれば十分でしょう。で、これなんですが大変便利! 入っているだけで食事も運動もおトイレも全自動! やろうと思えばこれ入ったまま、ずーっとゲームやってられますよ! 長時間プレイによる眼精疲労すらありません!」

「ゲーマーの夢がここに!」

「元々はずーっと働くために開発されたんですけどね」

「ブラック企業の夢がここに……」


 思い出されるかつての記憶。ノルマなんて知るか。上司が楽するための社内規則なんて知るか。会社が責任逃れするための自己責任なんて知るかーーーー!


「スケクロさんスケクロさん。おーい」


 ポンポンと肩を叩かれて現実に戻る。いかん、あれはもう終わったんだ、終わったんだ。過去を忘れて今を見よう。うん、アドミンさんはかわいいなぁ、オッパイおっきいなぁ!


「すんません、ちょっとぼんやりしてました」

「はい、大丈夫ですよー。さてスケクロさんがこっちに戻ってきてくれたところで準備に入りましょう。着ているものを全部脱いでこの中に寝そべってください」

「わかりました……ここで?」


 思いっきりオフィスの真ん中である。いるのはアドミンさんと赤井さんだけであるが、いきなり裸になるのは当然のことながら躊躇われる。が、アドミンさんがにっこりと微笑むと同時に左右からカーテンが流れてきて、さっくりと間仕切られた。……初めから用意してあったのか、それとも今沸いて出たのか。考えるだけ無駄だろう。

 まあ、やれというのならやるしかあるまい。覚悟を決めてさっさと脱いでいく。しかし、間仕切ってあるとはいえオフィスの中で素っ裸になるとか変態臭いなぁ……。


「えーと、寝ましたー」

「はい、ではそのままじっとしていてくださいねー蓋が閉まりますから。一応何か挟んだらセーフティが働いて閉まらないようになってますけど、稀にそのまま蓋が下りちゃう事故が起きてるってこれ売ってた世界のニュースでやってましたからー」

「怖!」


 空気が抜ける音と共に蓋が下りてくる。特に何事もなく締まり切り、外の明かりが入らなくなる。内部の明かりがついて、顔の前にあるディスプレイに電源が入る。見たこともない文字が次々と下から上へ流れていく。と、背中に暖かな感触……お湯だ。お湯!?


「アドミンさん! ちょっと、なんかお湯がどんどん入ってくるよ!?」

「それ、お湯じゃなくて専門の溶液ですよー。大丈夫、身体に害はありませんからー」

「害がどうとかじゃなくて溺れるから! もう肩まで来てるから!」

「ああ、大丈夫ですよーそれ溺れないようになってますからー」

「どうやっ……がぼっ」


 なんとか顔を上げて浸からないようにしていたが、容赦なく増えた溶液とやらが中を満たしてしまう。慌てて口をふさいで……違和感に気づく。目が痛くない。瞳の粘膜は敏感だ。水だろうとお湯だろうと、触れれば痛みが走る。それがない。それに溶液が鼻や耳、口の中に入ってこない。試しに軽く鼻から息を吸ってみると……普通に呼吸ができてしまった。

 なるほど、確かに溺れないようにできているようだ。……異世界は広い。こんな技術を開発している所があるのか。


「はーい、それじゃあ向こうに送りますから楽にしてくださいねー」


 ういーっす、と返事をしようとしたがごぼりと水泡が一つできた。聞こえただろうか、という疑問はやおら唐突にやってきた眠気に溶けてしまった。


 意識が消える瞬間、アドミンさんに抱きしめられるビジョンを見た。夢か、それとも……。


/*/


 ごぼごぼと、音を立てて溶液が吸いだされていく。溶液まみれになっているはずだったのだが、肌は濡れていなかった。実に不思議な技術である。


「洞屋様。お目覚めになっていらっしゃいますか?」

「はーい。起きてますー」


 外から聞こえてくる赤井さんの声に答える。……あれ? 俺、異世界に送られたんじゃなかったっけ? なんかトラブったのかな。音を立てて蓋が開いていく。……外は暗かった。


「赤井さーん?」

「そばにローブをご用意してありますので、そちらを身に着けてお出でください」


 見れば、確かに白いバスローブじみたものがおいてあった。足元を見ればスリッパまである。素っ裸でいる趣味はないのでさっさと身に着けた。そうこうしているうちに目が少々慣れてきた。カーテンの向こうに、薄明りが見える。歩み寄って、開けてみた。


「…………は?」


 外は、早朝だった。街が、少しづつ朝日に照らされていくのが見える。それは巨大な街だった。日本ではない。アメリカでもない。数百メートルはある、未知のテクノロジーと構造体でできたビル群。空を見やれば、はるか遠くから天を衝く巨大な塔がうっすらと見える。軌道塔だ。


「洞屋様、いかがなさいましたか?」

「……赤井さん。ここ、どこっすかね」


 街並みから目を離せない俺は、後ろから声をかけてきた赤井さんにそのまま問いかける。


「ここは洞屋様の世界とは別の世界、別の星。コンミン星系主星アル・コンミン。その首都でございます」

「……SFっすね」

「技術に関しては、地球と比べて大体700年以上進んでいるとされていますね」


 700年ではたして、地球はこの技術に追いつけるのだろうか。……というか。てっきり俺はファンタジーな世界に行くものだと思っていた。魔王とか聞いてたし。あとは世にある娯楽作品の影響で。しかし目の前にあるこの街は、間違えようもなくファンタジーとは真逆の世界だ。

 この世界で俺は、何をすればいいのだろうか。思い描いていたものとのギャップに、呆然としてしまう。そんな俺に、赤井さんは変わらず爽やかに事を進める。


「洞屋様、お洋服の準備が整いました。こちらへ」

「はい……」


 勤務先はSF世界。仕事は魔王退治。……これからどうなるんだ。



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