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三話「覚悟の再就職」

 音を立てて水が沸騰している。水だけが。コンロもヤカンも無し。俺の目の前に浮いた一塊の水が、泡を立てて沸騰している。


「……これもアドミンさんがやってるんで?」

「そうですよ? ヤカンを使うと水に鉄の匂いが移るからこの方法がいいといわれまして」


 だからと言ってここまでやるだろうか。超能力の無駄遣いではなかろうか。などと思うのだが、当然口には出せない。代わりに別の事を聞いてみる。


「ところでアドミンさん。聞いてなかったんですがここって何所ですかね?」

「ここ? 地球ですよ。私たちが作った作業用の異層空間です。この世界はマナがほかの世界に比べて少ないので、マナクライシスの被害を受けにくいと考えられまして。それで地球に拠点となる空間を設置したんです」


 窓の外をもう一回見る。無数のオフィスの先には果てが見えない。これを作ったとおっしゃるか。


「どんくらい広いのですかね?」

「ええっと……今は……オーストラリア大陸よりちょっと小さいぐらいですかね。でも、割と自由が効くので必要に応じてもっと広げられますよ?」

「そーっすか」


 なるほどわからん! いちいちスケールがでかすぎて図り切れない。とりあえずもう、人類には逆立ちしても敵わぬパワーの持ち主たちという事だけで十分だ。そんな風に半ば思考を放棄していたらコーヒーの方も出来上がりの模様。やはり空中に浮かべたコーヒー豆(勝手にばりばり砕けた)に細く湯を注いでドリップ。良い香りが漂ってきた。


「はい、これで完成でーす」

「あー、美味しそうですね」

「よかった。初めてやったので上手くできたか不安だったんです」


 大変うれしそうに微笑む彼女。尻尾をぶんぶん振る子犬が幻視できるのだが、きっと気のせいではないはずだ。いただきますと、一口含む。ああ、これはうまい。香り、苦み、味わい。比較対象が普段飲む缶コーヒーなのはあれだが、比べ物にならないほどにうまい。

 早速それを伝えようと彼女を見やると……すごい顔をしていた。涙目で、口の中にあるものを吐き出したいけど我慢しているという。ああ、子供のころ妹がピーマン食べたときこんな顔してた。彼女は数秒四苦八苦していたようだが唐突に口を開いた。


「にがぁぁい! なんですかコレ!?」

「いやまあ、ブラックですし。でも飲めたじゃないですか」

「口の中から消しただけです! よくスケクロさんは飲めますね!」

「そんなまた超能力の無駄遣いを……これぐらい普通ですって」

「……味覚においても私たちは人類の平均的なものを獲得しているはずなのに」

「個人差がありますわなー」


 信じられないものを見るようにこっちを眺めてくるアドミンさん。今までろくにものを食べた事がないのに、いきなりコーヒーのブラックは刺激が強すぎたか。


「とりあえず、ミルクと砂糖でも入れれば少しは変わるんじゃ……」

「それです! そーでした。入れろって言われてたんでした!」


 カップの中に盛大に投入を開始。もはやコーヒーというよりカフェオレモドキとなったそれを恐る恐る口をつけて、やっと笑顔に。すごく和む。そんな彼女をずっと眺めていたいのは山々だが、そろそろ現実的な話をしよう。もうスケールのでかすぎる話はおなか一杯です。


「それで……結局俺は何をすればいいんでしょうか?」

「あ、はい。えーとですね、やってもらうことはシンプルです」


 マグカップを置いて、彼女は華のように微笑みながら答えた。


「マナクライシスが起きそうな世界に行ってもらいまして、魔王になりそうな存在を倒してもらうのがお仕事です」

「無理を言わんでください」


 まあ、なんとなくそんな事なんだろうとは思っていたが。無茶苦茶にもほどがある。


「あんな怪獣よりもでっかいバケモノ、どーやって倒せと。俺は勇者でも仮面の戦士でもウルトラな巨人でもないんですよ」

「映像でみてもらったあれは最終段階ですから。初期段階はもーっとずーっと小さいんですよ? ヒトと同じかちょっと大きい程度で」

「仮にそうだったとしても、俺は単なる元工場作業員っすよ? 運動だって学生からこっち全然やってない。切った張ったの殺し合いとか、流石に……」

「はい、ですからその辺のサポートは万全です。幸いにも、現在私が担当している世界では専用の訓練設備があるのでそこが利用できますし。あちら側に用意する身体も特別製ですから運動不足も心配ご無用です」

「特別性?」


 そういえば忘れかけていたけど。俺の身体はあの高級車の中にあるんだった。……あれ?


「あの。今俺が使っている……使っているでいいのか? ともかく、この身体はいったい?」

「こちらでご用意させてもらったものです。同一世界の異層空間ですので必要なかったんですけど、これからの事を考えたら説明しやすいかなーと」


 説明しやすいかなー、で人の身体を作らないでいただきたい。


「世界間で物品を移動させるのは結構な手間とコストが必要なんですよ。ですので介入先に身体を作っておいて、意識を移して操作する、と。万が一のことがあっても意識は元の身体に戻るだけですから、安心ですよ?」

「……リアルでコンテニュー連打してゾンビアタックしろと」


 試しに手の甲をつねってみる。普通に痛みがある。


「その特別性の身体も、やっぱり痛みを感じるんですよね?」

「ええ、はい。やはり人体が普通に備えているものがないと齟齬が出ますので。つながりが弱くなってしまうと操作にも不具合が出ますね」

「……死ぬような目にあって、さらにそれを繰り返せ、と」


 流石にこれはない。ある程度の事なら覚悟を決めてきたが、許容できる範囲を超えている。ケンカだって一度も勝てたことがないのに、魔王退治とか無茶が過ぎる。思わず深いため息が出た。ここでイエスというのはお互いのためにならないだろう。最悪嫌われるのも覚悟してバッサリと断ろう。


「申し訳ないんですがやはりこの話は無かった事に……」

「お給料! お給料はたくさん出しますよ月一千万円!」


 唐突に、アドミンさん吠える。え、何言ってんのこの人。たぶん今の俺はものすごく不審なものを見る目をしているだろう。こやつめははは、冗談が過ぎる。


「嘘じゃありませんって! ほら!」


 テーブルの上に現れる札束の山。一つ手に取って確認してみる。うん、一万円札だ。十束ある。一束百万として、なるほど一千万だ。大金だなぁ、うむ。


「アドミンさん、お札の偽造は犯罪なんですぜ?」

「ほーんーもーのーですぅー! 私たちが、まっとうな経済活動をして得たお金ですぅー! なんでしたらドルもユーロもありますよ!?」


 音を立てて現れる新たな札束。ドル紙幣は海外旅行で一回見たな。ユーロは見たことなかったから本物かどうかわからん。何はともあれ、大金が山となっている。ちょっとお目に書かれる風景ではないなぁこれは。テーブルからコーヒーカップを避難させる。ついでに一口含む。だいぶぬるくなっていた。


「……マジで本物なんです?」

「なんで疑うんですかぁ!」

「だって、大金ですから。俺、最大で持ったことある現ナマの額って20万ですからね。許容範囲をオーバーフローしておりますわ。……っつーか、こんな金額どうやって稼いだんで?」

「普通にですよっ。安く売ってもらえるところで買って、高く買い取ってもらえる所で売る。商売ってそういうものでしょう?」

「それでこんなに稼げるなら苦労はない……待った。具体的に何を買って、どこに売りました?」

「うん? ……ああ、安心してください。ウランとかダイヤモンドとか石油とかは手を出してません。現地の犯罪や紛争、戦争の助長になると直前で気づきましたから」


 ギリギリセーフ。危うくさらなる紛争や核戦争の切っ掛けになるところだった。それでなくても地球は問題でいっぱいなので新たな火種はご勘弁願いたい本気で。


「例えば野菜とか魚とか、長期保存が難しいものってありますよね? 私たちは個体の時間経過をほぼ0にまでもっていく技術を保有していますので、買って寝かせておいて必要になったところに鮮度そのままで売ると」

「チートや……チーターがおるで……あまりにも卑怯すぎるでしょう?」

「データ改造とかしてませんからっ。 これでも極力現地の人に迷惑がかからないように頑張ってるんですよ? むしろ飢餓が起きそうなところに格安値段で販売してたりもするんですから! ……というか、本当にただお金を手に入れるだけだったら、私たちの情報収集能力の限りを尽くして株相場に手を出せばいくらでも市場から吸い上げられるんですが」

「い、インサイダー取引……」

「いくら調べても立証できませんけどね。仮に酷い難癖つけようとして来たら『いろいろ』忘れてもらいます」


 怖いことを平然と言ってのける。……でも、穏便な方なのだろう。もし各国に彼女たちの存在が知れたらどうなるだろう。何をどうやっても敵わない超常存在が実在するとわかったら。……ろくなことにはならないはずだ。内乱、戦争まで行くかもしれない。だったら今のまま誰にも知られない方がいい。触らぬ神に祟りなしだ。


「と、いうわけで支払い能力に問題がないということが証明されました!」


 完全論破! と言わんばかりに輝く笑顔で胸を張る。素晴らしい大きさのものがより強調されて眼福だがそれはそれとして。


「いや、とはいえ一千万はもらい過ぎというか現実的ではないというか……」

「でも、お仕事探してるんですよね? 本当に、やらなくていいんですか?」


 言葉が突き刺さる。そうなのだ。ここでNOというのは容易い。しかしそうしたら、就職はどうなる? 望みの給料を出してくれる企業が求人募集してくれる事に賭けてひたすらハローワークに通い続ける? 仮にそれが出たとしても採用されるとは限らないのに? というか、そもそも俺は学歴も高卒で資格も大したものを持っていない。せいぜいフォークリフトとかその辺だ。企業だって高い給料を出すのなら、それ相応の人物を雇いたいだろう。給料高いなら、たくさんの人間が面接に行くはずだ。そんな人々の中から、俺が数少ないであろう就職の座に就くことができるか? ……宝くじで当たりを引けと言っているようなものだ。現実的に考えてほぼ無理だ。でも、金は必要なんだ。しかし、ここでアドミンさんの話に乗ればそれは解決される。必要なのは、バケモノと戦う覚悟。何度も死ぬ覚悟。

 ……正直に言えば、いやだ。そんなことはできない、やりたくない。いったい誰が好き好んで切った張ったの殺し合いをするというのか。どんなに凄い身体を与えられても、それをやるのは自分なのだ。24年間平和な日本で生きてきた俺なんだ。そんなのはゲームの中だけで十分だ。

 けれど、だけど。それさえ我慢すれば、道は開ける。なんだかんだと、俺は仕事を変えてきた。焼けるような炎天下の夏の日差しの下、工事作業に従事した。脱水症状でぶっ倒れた。バカみたいなノルマと上司のパワハラ、わけのわからない社内規則の中で働いた。先輩の一人がおかしくなって、関係各所の査察が入ってドタバタしているところを何とか逃げ出した。夜勤で眠気と戦いながら部品を作り続けた。まさか会社が潰れるとは思わなかった。

 ……どんな仕事にもきついことはある。むしろ、きつい仕事しか就くことができないのが俺だ。もっと勉強しておけばと後悔したことは数限りない。そんな俺に降って沸いたこの話。……これは、チャンスなのだ。

 まっすぐと俺を見てくる、彼女をの目を見る。


「……やらせてもらっても、いいんですかね?」

「やってくれるんですか!」

「繰り返しますけど、俺勇者でもなんでもないんですけど。ただの元工場作業員なんですけど。それでも雇ってもらえるんで?」

「はい! 大事なのは本人のやる気です!」


 ならば、彼女の言葉に甘えよう。間違いなく楽な仕事じゃない。何度もへし折れるだろう。だけど、こんな俺をそれでも雇ってくれる彼女への恩義を返すために、頑張ろう。


/*/


「っていうか、ぶっちゃけ人間の資質や才能なんて私たちから見れば誤差ですから。能力なんて気にしないでください」

「本当にぶっちゃけやがった……!」

「そもそも。前任者の人たちって、高校生、大学生、40代後半社会人ですよ? すぐにやる気をなくしてしまった最初の人以外はそこそこ続きましたし」

「本当にやる気の問題ってことか……」


 新しく淹れなおしてもらったコーヒーを頂きつつ、そんな話をする。ほかの人はよくもまあゾンビアタックを続けられたものだ。なお、札束の山は消えてなくなっている。仕舞われたと思いたい。


「で、具体的に魔王って発生してるんですか?」

「ええ、週に一回ぐらいのペースで」

「週刊世界の危機!?」


 週刊誌や分冊商法のノリで発生する魔王って一体。というかよく崩壊してないなその世界。


「まあ大抵初期状態で発見できてますので問題なく処理できています。さっきスケクロさんがゾンビアタックとか言ってましたけど、そんな状態になったこと一度もありませんし」

「え。……魔王って、弱いんですか?」

「適切な装備を持っていない人類には、初期状態でも非常に危険な相手ですね。でも事前準備と装備さえ整えておけば楽……ええと、油断しなければ、危険は少なくなります」


 ん? 珍しく言い直したな。まあいいとして、そういう事ならだいぶ気は楽になる。もちろん、油断などできるはずもないが。


「……っつーか思ったんですが。現地の人に何とかしてもらうとか、装備を渡すとかはでき……ないんですよね? できれば俺なんか雇わない」

「そーなんですよぉ。それができればこんな苦労はしてないんです。私たちの介入方法っていくつかあるんですが、基本的には現地の神々にマナや技術を支援して本人たちに何とかしてもらいます。誰だって自分の縄張りに他人が入ってくるのは嫌なものですから。私たちとしても労力が減って万々歳ですし」


 確かに。比喩ではなく星の数ほど世界があるのなら、いちいち人を派遣していては手が回らないだろう。というか、実際にこうして不足しているわけで。


「でも、今回のように現地の神々が頑なに私たちを拒否する場合は、直接介入しかないわけです。結果的に、魔王発生の根本的理由であるマナの集中に対する対処も私たちがやらなくちゃいけなくなりまして。それに関しては機械でどうにかなるんですが時間がかかってしまうので、発生してしまう魔王を退治する人員が必要になるわけです」

「アドミンさんたちが直接介入しないのにも、わけがあるんですよね?」

「私たちが本気出すとマナ濃度が跳ね上がって魔王発生が一週間から1時間に早まりますからね」

「なにそれ怖い。MMOのレイドボスですかい」


 本末転倒過ぎる。しかしなるほど、彼女たちが人の姿を取るようになったのもうなずける話だ。彼女たちはすごい力を持っているようだが、この問題に対してはあまりにも畑違いだ。外国には、山を削り崩すことができてしまう超巨大ショベルカーがあるが、あれで家の花壇を作れと言っているようなもの。過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ。


「さて、具体的な話はまた今度としまして、最低限やらなきゃいけないことを終わらせましょう」

「ういっす。何しましょう?」

「お金の話です。大事でしょう?」

「死ぬほど大事ですね。で、本気でいくら頂けるんです?」

「いえ、だから一千万」

「俺がガタガタになるまで毎月働いて20万届かなかったと知っての言葉ですかコノヤロー。っていうかほかの人たちはそれもらってたんですか」

「はい。ふつーに」

「よく受け取れたな尊敬するわ。っていうか40代のおっさんが毎月そんだけもらってたら起業しておさらばとか考えますよ。渡しすぎなんですよ」

「……そーだったのかー」


 がっくりとうなだれるアドミンさん。……彼女たちの金銭感覚は一体どーなっているんだ。


「一旦ほかの人たちともその辺話し合った方がいいですよ? 大きすぎる金って人を不幸にしますから。人間、ダメになるときはあっという間になりますからね。というか基本、人間はダメです。ダメにならないように努力して初めて多少マシになるんです。ソースは俺」

「うぐぐぐ……人間は個体数が多すぎて詳細な調査が進んでいないことが仇に……。上にあげておきます」

「そうしてください、えらいことになる前に。で、俺の給料ですが……あ。大事なことがあった。社会保険とかどうなるんでしょう?」


 健康保険、厚生年金、雇用保険、労災保険……普段は気にも留めないが、いざという時に助かる保険。失業保険についてハローワークであれこれしてきたからこそ、これについてはしっかり聞いておきたい。


「もちろん大丈夫です。一応私たちが保有する会社の一つであるアメイジングエンタープライズ社に入社する、という形になりますので。えーっと、履歴書? に空白期間ができたりしませんから」

「それ大事。とってもとっても大事」


 空白期間があると就職の面接で突っ込まれるのだ。バイトしてても悪印象になったりする。就職道は修羅道なり。しかし、アメイジングエンタープライズ? はて、どこかでそんな会社の名前を聞いたような。映画かな? まあ、今はいい。

 さて、そうとなれば賃金交渉である。痛い思いはする、しかしゾンビアタックはそうそうない。社会保険に入れる。世界外派遣。それらを加味して考えると……やや欲張ってみて……。


「決まりましたかスケクロさん?」

「基本給……20万ぐらいでどーですかね!」

「……ドルですか?」

「日本円ですよドルでもらってどーするんですか」

「……日給ですか?」

「月給ですよ! だから今までの感覚はおかしかったんだから直してくださいよ」

「でも、さすがに今までとケタが違うので……。本当にそれっぽっちでいいんですか?」


 それっぽっちとはまたひどい。ハロワに出てた求人、大抵基本給15万前後だというのに。まあ、仕事が仕事だから街のそれと比較するのも間違っているか。


「高卒で特異な技術も持ってないようなやつが20万もらえるだけで御の字なんですがね。……まー、あれです。研修とか、覚えなきゃならん事いろいろあるわけですよね? そういうのがしっかりできるようになったら給料上げるとかしてもらえるとやる気アップにつながります」

「やる気アップ! そういうのもあるんですねー」

「……一回、経営関係の本とか読んだ方がいいんじゃないっすかね。俺も読んだことないけど」

「そーします」


 彼女は神妙な表情で頷いた。……本当に大丈夫だろうか?


/*/


 その後、最低限の手続きやら連絡先の交換やらを済ませて、お開きとなり。じゃあ戻しますね、とアドミンさんが笑顔でそういった次の瞬間、俺はあの高級車の中で目覚めた。起き上がって伸びをする。


「……夢でも見てたみたいだな」

「ご安心ください、現実です」

「うおっと!」


 驚いて声を上げてしまった。そうだ、イケメンの運転手さんがいたのだった。


「失礼いたしました。私、大いなる方より以後の洞屋様のお世話を申し付けられました赤井でございます。今後ともよろしくお願いいたします」

「あ、はい。どうも、洞屋景です。よろしくお願いします……大いなる方ってのは、アドミンさんですよね? お世話って……」

「はい。現在は身辺警護と目的場所への送迎を申し付けられております。どこか御用がありましたらどうぞ何なりと」

「いやいやいや……そんな、俺ごときに。護衛って大げさな……」

「とんでもございません。洞屋様は大いなる方々の為に働いてくださる大切なお方。お守りするのは当然のことでございます」

「守るって、ここ日本ですぜ? いったい何から」

「とりあえず交通事故です」

「わあい、そりゃたしかに」


 うちの県は一時期全国ワースト上位の交通事故発生件数だったりしたからなぁ……いやまあそれはともかく。


「それに、わたくしがいれば万が一お怪我などされた場合でもすぐに治療することができます。医療機関に掛かってしまいますと、処理に手間が増えてしまいますのでできれば避けるように、と」

「魔法的なパワーで、ですか」

「はい、マナ操作技術を与えられておりますので」


 ドライバー兼ボディガード兼お医者さまな礼儀正しいイケメン。何この完璧超人。……しかし、こうも丁寧にされると身の置き場がないというか。立場逆じゃね? 俺が運転するべきじゃね? こう、能力差というか人間力というか主人公力的に。

 そんなことを考えてたら車がスムーズに停車した。実に乗り心地の良い運転だった。


「お待たせいたしました。ご自宅です」

「あ……どうも、ありがとうございました」

「いえ、お役目でございますので」


 後部座席から頭を下げると、わざわざ振り返って会釈を返してくれた。いい人である。車から降りれば、目の前にあるのは築三十年を過ぎた我が洞屋家である。


「洞屋様」


 窓を下げて、運転席から赤井さんが声をかけてきた。


「なんでしょう?」

「以後、会社への送迎も私が務めますので」

「え」

「では、本日はお疲れさまでした。失礼いたします」


 会釈一つして、窓をもどした赤井さんの高級車は走り去っていった。いやあ、イケメンはなにやっても様になるなぁ……って、送迎付き? ええー……これは、アドミンさんともう一回話し合わないとな。

 そんなことを考えて車が走り去った方向を眺めていたら、玄関から母が出てきた。


「あら、おかえり……って、どうしたんだい背広なんか着て」


 家を出るときは私服だったからなぁ。驚くのは当然だ。


「あー……後で説明するわ。いろいろあって疲れた」


 ……流石に、正直に伝えられないし、信じてもらえないだろう。……どうやら俺は、勇者に転職したようです。


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