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二話「楽しい就職面接」

 人があふれるように流れていく、ここは駅のターミナル。バスが何台も並び、人を飲み込んでいく。俺がいるのはそこから少しばかり離れた所にある戦国武将の像の下。携帯で時間を確認すると約束の時間まであと10分少々。久々に袖を通した背広が、どうにも似合ってないように思えて仕方ない。まあ、俺に似合う姿は何だと聞かれるとそれも困るのだが。

 もう少しすればアドミンさんが迎えに来る事になっている。あの人と出会って二年ほどになるのか。きっかけは大したものじゃない。ゲームのオンライン協力プレイで偶然知り合った。同じゲームで何度か一緒に遊び、チャットソフトで雑談をするようになった。最初に遊んだゲームが飽きられた後も、新作で協力プレイができるやつが出ると同じものを買って一緒に遊んだ。そんな感じである。

 仕事やゲームの話はするが、その程度。実際に会うのも今回が初めてだ。……世間一般から見れば、そんな人物に仕事の斡旋を頼むとか、どうかしてると思われるだろう。俺も、自分の事でなければ首をかしげるところだ。

 それでも俺が信じようと思った理由はなにかといえば、やはり相手がアドミンさんだからだろう。学生時代も社会人になってからも、俺は人に合わせるというのがどうにも苦手だった。できなくはない。ただそれにストレスを感じるのだ。多くの人々に混ざって、わーいと騒げればきっと楽しいのだろう。どうにも、俺はそういうのを見ると一歩引いてしまう。そんな俺にとって、ストレスなく付き合っていける相手というのは本当に貴重だ。

 数少ない友人であるからこその信頼。まあ、確かに。チャットやボイスチャット程度のやり取りしかない相手を友人というのは若干の抵抗があるといえばあるけど。会ったこともないから顔も知らないし。

 ……あれ。うん、冷静に考えるとやはり軽率に過ぎる気がしてきた。そもそも、全部チャットでの会話だけである。どこの国に派遣されるかだとか、どんな会社だとか一切聞いていない。具体的な仕事内容も、本社が何処で何人働いているかだとかそういうのも一切知らないぞ?


「……やべぇ、まずったか?」


 ジワリと脂汗が浮いてくる。今更後には引けないが、これは面接でしっかりといろいろ聞かないとまずい。資料とかも見せてもらおう。

 そんな事を考えていたら、そろそろ約束の時間である。ぐるり、と辺りを見回す。さすがに県庁所在地だけあって高いビルがいくつかある。……いくつも、と言えないあたり田舎の悲しさである。それでも人通りは地元とは段違いだ。誰かが俺を探していないかと、反対側の歩道などを眺めてみる。たくさんの人々がそれぞれの目的地に向かって歩いていくのが見えるだけで、それらしい姿はない。

 まあ、まだ時間になったばかりだし慌てることもない。あまりに遅かったら連絡を取ればいいだけの話だ。そんなことを考えていた俺の目の前に黒塗りの高級車が停止した。汚れ一つない、顔が写りそうなほど磨き上げられた車体。いったいどこの御大尽様の車だろう。何かあって傷でもつけたらえらいことだと離れようとした時、運転席のドアが開いた。

 降りてきたのは端的にいってイケメンだった。優しげな顔立ちにサラサラヘアー。180cm近い背丈はすらりと伸び、ぶっちゃけアイドルかモデルか少女漫画の彼氏役にしか見えない。高そうな背広を着こんでおり、何もかも劣っている俺としては近くにいたくないのが本音だ。だというのに。


「洞屋景様でいらっしゃいますね?」


 なぜおれの名前を知っているのか。


「ええっと、はい、そーですが」

「お迎えに上がりました。どうぞお乗りください」


 そんなことを言って、わざわざ扉を開けてくださるイケメンさん。……何かの間違いではなかろうか。いや、でも今日ここに俺が来ることを知っているのはアドミンさんだけだ。家族にも伝えていない。つまりお迎えであるということだ……なんで高級車を寄こしたんだあの人は。

 正直こんな高級車に乗りたくないのだが、イケメンさんを待たせるのも心苦しい。イケメンオーラと高級車オーラが合わさり最強すぎてどうにかなりそうだ。おとなしく乗り込むことにした。

 イケメンさんがドアを閉める。ふかふかのシートを少しでも汚さぬように身を小さくして座りながらふと思った。……そういえば俺、アドミンさんに名前伝えたっけ?

 

/*/


 ビジネスオフィスがある。備品はすべて新品のように見えて、テーブルも椅子もオフィスの仕切りすらもぴかぴかだ。何かの花の香か、柑橘系にも似たそれのおかげで頭がすっきりとしてくる。


「……ん?」


 はて? 俺はいつこんなところに入ったのだろう?


「ようこそいらっしゃいましたスケクロさん」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはおっぱいがいた。……ちがう、そうじゃない。いや違わないが、とにかくきれいな人がいた。美人だ。かわいい。グラマー。おっぱい大きい。でも腰も細いし手足も長い。……だめだ、落ち着け俺。24年生きて初めて見るレベルの超美人だけど、とにかく落ち着け俺。

 とにかく、美人だ。目、鼻、口、あごのラインにいたるまで非の打ち所がない整った顔立ち。一応黒髪のロングヘアではあるが、同じ人種とはとても思えない。外国の人とハーフと言われてやっと納得できるような、浮世離れした美貌だ。

 そしておっぱいだ。バストだ。胸だ。あつらえたようにピッタリの黒のビジネススーツの胸元に、俺の目は吸い寄せられた。白いシャツを押し上げるそのダイナミックなボリューム。ほんの僅かな身じろぎから見て取れる柔らかな動き。そんなとてつもないものを搭載しているのに、スタイルそのものは一流のスーパーモデルのように均整が取れている。

 俺も男だ助平だ。女性には当然興味がある。根性ないから彼女できたことなんて一度もないけれど。なので当然、彼女に対してもただただ圧倒されるだけでそれ以上の行動がとれない。というかTPO的にこの状況ではありえないけど、彼女を口説きに行ける男がこの世にいるのだろうか?


「あの、スケクロさん? 大丈夫ですか? もしかして迎えの者が何か粗相でも……」

「いえ! 全然平気です! はい!」


 彼女が心配そうに一歩近づいてきたので俺は三歩下がりつつ両手を振ってアピールする。いやあ、美貌に気圧されるってあるんだなぁ。


「よかった。……彼はまだ経験が浅いものですから時折トラブルを起こすもので」

「そうなんですかーいやあ全然大丈夫でしたよ本当本当」


 何のことかわからないがともかく話を合わせておく。俺だって美人には見栄を張りたいのだ。かっこよく見せたいのだ。それが男の性なんだ。……それにしても、迎え? あれ、何か忘れている気が。そんなことを考えていた俺に向かって彼女は一礼した。


「改めましてはじめまして。アドミンです」


 にこっと、花が咲いたような微笑みで彼女はそういった。そうかー、この人アドミンっていうのかー変な、もとい特徴的なお名前だなー憶えがあるなーっていうかー。


「アドミンさん!?」

「はい。いつもゲームやチャットでお世話になっています」

「いえいえいえいえ、こちらこそ本当にいろいろと……」


 何ということだ。俺がいつも遊んでいた相手はこの人だったのだ。そら24年間彼女できないはずだわー。生まれてから今まで、いや死ぬまで、いやいや前世と来世の女運全部まとめてただ彼女に出会うためだけに消費されたに違いない。その価値はあった。我が人生に悔いなし。しかし、女のひとだったのかー。なんで気づかなかったんだ俺ー。


「さて、それではいろいろとご説明させていただきたいんですけど、まずは現状を確認していただくのが一番なので。とりあえず、ちょっと窓から外をご覧になってください」

「……はあ」


 何故窓の外を? と思うが美人のお言葉に逆らう気はゼロである。完全に骨抜きになった俺は神の言葉に従う信者のように、只々言われるがままに行動した。しかし、何が見えるというのだろうか。まあ、何を見たとしてもアドミンさんの美貌以上の衝撃などこの世にあるはずはないのだが……と、その瞬間までは思っていた。


「……………………は?」


 窓の外にはオフィスが見えた。隣のビル、というわけではない。ただ、オフィスだけが浮かんでいた。一つではない、たくさんである。手前にも、遠くにも、数え切れない数のオフィスが浮かんでいた。窓に張り付いて下を見てみる。眼下にも、たくさんのオフィス。上を見れば、やはり無数のオフィス。細かくは見えないが、誰かがいてそれぞれそこで作業をしているようだ。

 なんだこれは。どういうことだ。窓じゃなくてTVか何か? プロジェクションなんたら、とかいう壁とかに映像写すあれ? ……いや、決してそんなだまし絵的なものではない。オフィスはそこにある。間違いなく、あるんだ。

 馬鹿みたいに口を開けて外を眺める俺に、アドミンさんが後ろから声をかけてきた。


「どうですかスケクロさん。スケクロさんの常識的に、ありえない光景だとおもうんですけど」

「あー、はい。なんですかねこれ」

「はい、ではご説明するのでこちらへどうぞ」


 促された俺は彼女についていこうとして、それを見た。尻だ。タイトスカートに包まれたそれは、素晴らしい曲線を描いていた。外を見た衝撃はこの時点で消滅した。よくわからん光景と、確実に素晴らしいもの。どちらに意識を向けるべきかと尋ねられたら後者であると今の俺ははっきりと答える。至高の芸術と言い切っていいレベルのヒップライン。これはもう信仰していいレベルではないだろうか。

 ……なんだか、彼女の事になると確実にバカになるな。だが致し方がない。彼女は超が付くほどの美人。そして俺は男。舞い上がるのは当然。万古不変の真理。というか、女性に対してここまでバカになるのも生まれて初めてである。バカになれるほどの彼女に出会えた俺は世界最大の幸運の持ち主に違いない。


「? どうかなされましたか?」

「いえいえまったくこれっぽっちも」


 怪訝そうにこちらを振り返る彼女に全力で普通を装う俺。きっと怪しいに違いない。というか、いかん、見すぎたかもしれない。女性は見られているのが分かるとか聞くしな! ああ、しかし、そうは思っても視線が歩くたびに振れる彼女の尻に行ってしまう。なるほど、魔がさして痴漢をしてしまう人々の気持ちがわかった。抗えんなこれは! ……いやいやいや、それはだめだ。犯罪ダメ絶対。自制心を総動員して視線をはがし、彼女の後に続いた。


/*/


 さして大きくもないテーブルをはさんで、アドミンさんと差し向かいに座った。目の前に彼女の顔が来るわけである。……脳が煮えていくようだ。


「さて、それではまず……これ(・・)からですかね」


 そう彼女が言った途端、周囲の光景が一変した。そこは車の中だった。奇妙なことに本来あるはずの座席が消えていて、俺たちのテーブルとイスがピタリと据えられていた。……頭を上げると天井にぶつかりそうではあったが。

 そして、後部座席にだらしなく寝ころんだ背広の男。


「俺だ!?」


 思わず椅子を蹴倒してしまう。そうだ、俺はイケメンさんが運転してきた高級車に乗ったばかりだったはず!


「なんで俺がそこに!? っていうか俺はここにいるのに!? あれ、ど、どっちが本物……?」

「どちらも間違いなくスケクロさんですよ。手っ取り早くこちらにおいでいただくために眠っていただいただけです」


 微笑みながらアドミンさんはそういってくる。いまいち理解できないでいる俺。……あれ、立ち上がったのに天井に頭ついてない。……天井が上がった? それとも空間が伸びた? ……そもそも、俺たちはどうやって車の中に? あったはずの座席はどこへ?


「じゃ、視点を変えますね」

「はい?」


 またもや、周囲の風景が変わる。視点が上がっていく。するりと車を抜けて、あっという間に日本列島が眼下に広がり。太平洋からユーラシア大陸まで一望にできたら、今度は地球を宇宙から見ている状態に。そのままどんどんどんどん視点は離れていき、太陽系、天の川銀河、無数の銀河……光よりも早い速さで、周囲の光景は変わっていった。やがて周囲は真っ暗になり、テーブルの上には小さな光が浮かんでいた。


「これが、スケクロさんがいらっしゃる世界です」

「世界」


 鸚鵡≪おうむ≫返しにする事しかできない。


「そして、これが現在我々が観測している世界のすべてです」


 アドミンさんが手を広げると、まるで星空のように無数の光が生まれた。満天の星空のように見えるそれは、とてもではないが数え切れない。これ一つ一つが、世界。荒唐無稽に過ぎる。ただの元工場作業員には理解しがたいスケールだ。しかし、嘘ではないのだろう。どんな技術を使っているか推測もできないようなものを使って、俺に嘘をつく理由も思い浮かばない。


「私たちの仕事は、この世界の一つ一つが壊れないように調整することなんです」


 なんだかすごいことを言い出した。この、無限にありそうな世界の調整? 世界一つにも数え切れないような星があるのに? そんな事ができるのは……。


「……神様?」

「いえいえ。私たちはそれではありません。確かに、多くの世界にはそう呼ばれる超常的なものが存在しています。我々は、それよりもさらに多くの力と能力を有していますが、それでも全知全能には程遠い。崇められているわけでもありませんし」


 ニコニコと、笑顔でそう説明してくるアドミンさん。……いっそ信じられねーついていけねー、と投げ出せれば楽だったのだが。この光景と彼女の笑顔がそれを許してくれない。そこでふと、さっき見た無数のオフィスを思い出す。あの、たくさんのオフィスの存在理由。


「窓の外のオフィスって……」

「はい、そういうことです」


 周囲が元に戻った。あの、きれいなオフィスに。


「何せ数が多いわけなので、こちらとしても人海戦術を取らざるを得ないわけです。人員増え続けてはいるんですが、いかんせん観測される世界も増えていっているので……」

「なるほど……」


 たとえスーパーパワーがあったとしても処理限界があるわけか。と、ここで一つ疑問が生まれた。


「なんでまた、こんなことやってるんです?」

「やらないととんでもない災害が起きるからです」


 彼女が表情を正すと同時に、またもや周囲が別の場所を映し出した。そこはなんと、崖の上だった。はるか下には森が広がっており、遠くには山脈が見える。……二度目だからわかるが、これはとてつもなくリアルな映像なのだ。体感式立体映像とでも表現すればいいのだろうか。


「まだスケクロさんの世界では公式に発表されていませんが。多くの世界でマナと呼ばれるエネルギーがあります。ただあるだけならば無害。正しく使えば有益なのですが、一定の濃度を超えると知的生命体だけでなく無機物まで汚染、変質させてしまう性質をもっています。汚染されてしまえば、大抵のものはまともではいられません」


 アドミンさんの言葉と共に、はるか向こうの山脈の姿が変わり始めた。美しかった緑の山肌は見る見るうちに変色し、金属じみた輝きを帯びるようになり。眼下の森林もまた枯れ果て、代わりに茂った草木は禍々しく蠢き。俺たちの周囲にあった自然すらも、まるで地獄の底のようにおぞましい変質を遂げてしまった。


「とはいえ、ただ濃度が高まるだけではここまで大規模な汚染を引き起こしたりしません。必ず起点となるものが存在します。それが……」


 変質が始まった山脈の頂上に、巨大な何かの姿が見えた。一見それは、ファンタジー作品によく出てくるドラゴンのようだった。たぶん、元はそうだったのだろう。しかし、細部はあまりにもおぞましいものになり果てていた。体のあちこちから、腐った竜の首がでたらめに生えていた。体表には様々な生き物の首が生え、絶えることなく泣き声を上げ続けている。一歩踏み出すたびに汚染された大地がさらに歪んでいく。それはどうしようもなく、化け物だった。


「魔王。起点を、多くの世界ではそう呼びます」


 化け物が吠えた。鳥や獣の声を不快に混ぜ合わせた金切声を。周囲の空気がゆらゆらと怪しく揺らめく。


「ですがこの汚染すらも、最終的に起こる災害に比べれば取るに足りない事でしかありません。……魔王は、際限なくマナを吸収し続けます。それは段階的に加速、吸収量も跳ね上がります」


 揺らめく空間から、見えない何かが流れ込んでくる。それを化け物、魔王は際限なく吸収していく。まるで風船のように体積を増やし巨大化を続ける魔王。瞬く間にその大きさは山脈を上回った。

 視点がまた変わった。大地が丸く見える。衛星軌道上、というやつだろうか。そんな上からでも、あの魔王の姿が見て取れる。それほどまでに巨大化している。しかも、まだまだそれは進行し続けていた。存在するだけで何もかもが壊れていく。汚染が際限なく広がって地表を覆い尽くしていく。ついには、その重さに耐えかねて大地が割れた。亀裂からマグマが噴出して大陸規模の火災が発生する。……あの場所で生きていた人々は、助からないだろう。地獄がそこにあった。

 もはやこれ以上はないだろうと思える光景に、さらなる変化が起きた。唐突に、魔王が爆ぜたのだ。もはや原型もわからぬ巨大な肉の山となっていた魔王の中央から、真っ黒な球体が現れた。


「あれが最終段階。こうなってはもう手遅れです」


 周囲の映像が消えて、オフィスに戻った。でも、テーブルの上にはいくつかの光がある。さっきの流れから考えると、これは世界なのだろう。その中の一つが黒くなった。まるで渦のように周囲の何かを、おそらくマナと呼ばれるものを吸い込んでいく。やがてそれは周囲に浮かんでいた光点も引き寄せていき……衝突、爆発。実感のない衝撃がオフィス一杯に広がっていった。


「これがマナクライシス。巻き込んだ世界の数にもよりますが、崩壊時に発生するマナの嵐は周辺世界に伝播します。場合によっては、そこでもマナクライシスが発生。連鎖崩壊も起こりうるんです」

「……」


 言葉もなかった。あまりにもスケールが大きすぎる巨大災害。別の宇宙でマナクライシスが起きて、地球人類が気づくことなくある日突然滅亡を迎える。そんな未来がイメージできてしまう。……まあ、だれしも死ぬときは死ぬものだ。交通事故、災害、階段から転んだだけでも。そういった危険は常にある。避けられる努力ができるもの、そうでないもの。そんな中に新しい項目が一つ増えただけとも言える。しかしそれでも、この規模にはただ圧倒される。


「私たちはその構成要素のすべてがマナでできているマナ知性体です。当然ながら、このマナクライシスに巻き込まれれば無事ではすみません。存在が消滅します。私たちとしてもそれは望むところではありません。ですのでこうして、マナクライシスが発生しないように各世界を調査、場合によっては介入しているわけです」

「なるほど……」


 シンプルに納得できる理由である。……とはいえ、さすがに常識の外の話を聞き過ぎた。いい加減限界に近い。脳もフリーズ気味だ。なので、なんとなく。特に理由もなくそれをぽろっと口に出してしまった。


「……こんなクッソ大事な仕事についてるのに、なんでゲームなんてやってんすか」

「ゲームやっちゃいけないんですか!」


 ぺちーん! と両手でテーブルを叩いて、アドミンさんが吠えた。


「大変なんですストレスが溜まるんです一杯一杯なんですぅ! 現地の神々が協力的であればまだマシですけど! 大抵縄張り意識があって私たちの言葉すらろくに耳を傾けてくれないし! 何とか交渉して話を聞いてくれるようになっても、誰が主動で行うかでまたモメるし! 実行段階になってもトラブルが続出するしぃ! 今までいったい何人の私たちがストレスでリタイアしたと思ってるんですか!」


 ぺちーんぺちーん! 涙目になって吠え猛るアドミンさん。俺はこの時、目の前の美女が自分の知るアドミンさんなんだと改めて理解した。うん、そうだ、基本この人仕事のことになるとよくテンパってた。


「こんなことならヒトの姿を模るのではなかったと、誰も彼もが後悔するんです! でもしょーがないんです! 本来の私たちって力も能力もあるけれど細かな対応力においてはヒトに大きく劣るんです! だって必要なかったんですもの! ずーっとずーっと、いくつもの世界が生まれて滅びて数千億年! 私たちはただ私たちであるだけで事足りて脅かすものなど何もなく、だから対応する能力が必要とされなかった! なのに、いきなり、ここ数百年でマナクライシスなんて大災害が発生しだして! もう、本当どーしたらいいか分からなかったんです! だから最も多様性と適応性を持ち数多くの世界に存在するヒト種を模倣したんですけど、そーしたらその脆弱性までも……! でも、脆弱で未熟な精神こそが私たちの求める能力の土台だからカットすることもできなくてぇー!」

「アドミンさーん、落ち着いてー落ち着いてー。そうだねー、大変だねー」

「大変なんですよ本当にー!」


 彼女がエキサイトするたびにダイナミックにぷるんぷるんするそれに目を奪われるがそれはさておくとして。大変な思いをなさっていることはよくわかった。ここまで詳細ではないけれど、仕事の愚痴は前からよく聞いていたし。


「とりあえず、片付いたら今日もゲームやりましょ。たしかクエストもう少しでしたもんね?」

「はい! あと少しで念願のあのハンドキャノンが……! PvPでどれだけ涙をのんだことか。ふふふ、今度は私の番!」

「その意気ですよーその意気」


 チャットでやっていた通り励ますと、今泣いたカラスがもう笑ったとばかりに笑顔になるアドミンさん。まるで子供のようだ。いや、ある面においては子供と同じなのかもしれない。


「それで、ええと、何の話でしたっけ? ゲームというか、趣味ですね。私たちは趣味を持つことを奨励されています。ストレスの発散ですね。私みたいにゲームやったり、本を読んだり、映画を見たり。スポーツや音楽、中にはギャンブルに手を出して大騒ぎになったものもいましたね。ほかにもお酒とか料理とか……ああ、そうだそうでした! コーヒーがあるんですよコーヒー! すすめられたんですけど今まで飲食には興味がなくて! せっかくですから淹れてみますね! スケクロさんも飲みますよねコーヒー?」

「あー、はい、いただきます」

「じゃーちょっと待っててくださいね!」


 いそいそと準備をしだすアドミンさん。その後ろ姿を眺めつつ、俺は椅子の背もたれに体重を預けた。……疲れ切った頭でぼんやりと考える。アドミンさんの仕事はアレを起こさないこと。ということは当然、紹介してもらう仕事もそれ関連。つまり、海外派遣ではなく……


「世界外派遣か……」


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